第206話、様子のおかしい人の下へ駆け付ける錬金術師

「もぐもぐ・・・今日も美味しいねぇ」

「家精霊さんの料理は何時も美味しいです」


今日ものんびりとメイラと昼食をし、作ってくれた家精霊にお礼を言って食べ終わる。

家精霊は私に撫でられて溶け、その後メイラをギューッとしてご満悦だ。

山精霊達も美味しそうに分け合って食べていて、今日は争う様子は無い。

そんな平和な昼下がりを過ごし、一息お茶を飲んだら作業に入ろうとしていた頃だ。


『『『『『キャー!』』』』』

「・・・今の、山精霊だよね。何か、有ったのかな。何だか慌ててるように聞こえるけど」

「大変、大変って、セレスさん呼んでるみたいです。凄く慌ててます」

「山精霊が焦る・・・もしかして――――」


鳴き声が慌てている様に聞こえたのは正解だったらしく、メイラが答え合わせをしてくれた。

ならばこちらからも向かおうと、素早く外に出て山精霊達の下へ

すると鳴き声通りの慌てた様子で、山精霊達が私の足元に群がって来た。


『『『『『キャー!』』』』』

「・・・リュナドさんが?」


何やら『リュナドの様子がおかしい!』と、凄く慌てた様子で告げる山精霊達。

もしかしたら精霊殺しが出たのかと思ったら、どうやら違ったらしい。

ほっとしてはいけないのだけど、ちょっとだけほっとしてしまった。


「おかしいな、昨日も元気そうだったのに・・・」


今の彼はかなり身体が強化されているから、そうそう体調崩さない筈なんだけどな。

あれから定期的に診ているし、昨日元気な様子を診たばかりなのだけど。

とはいえ山精霊達が慌ててやって来たという事は、彼自身が来れないという事だろう。

早急に診察に行って、しかるべき処置をした方が良いね。


「ちょっとリュナドさんの診察に行って来るから、薬箱――――メイラ、どしたの?」


家精霊に薬箱を取って貰おうとして、メイラが凄く険しい顔をしている事に気が付いた。

その事におかしさを感じ、急ぎなのに思わず彼女に訊ねてしまう。


だってメイラは優しい子で、リュナドさんの調子が悪いというなら、きっと心配するはず。

なのに彼女は今も険しい顔で精霊の話を聞き、眉間の皴はどんどん深くなっている。

精霊から聞いた内容で容態が解る程難しい事は、まだこの子には教えてない筈なのに。


「セレスさん、違います、多分リュナドさん、病気とかじゃないです。何か、良く解らないですけど、何かと戦ってるんだと思います」

「なに、か? どういう事?」

「精霊さん達は、良く解らないけどリュナドさんがいきなり怒り出して、見えない何かに槍を振るって、様子がおかしいって。それに、僕達には離れてろって、そう、言われたみたいです」


精霊に見えない何か。その見えない何かに槍をふるうリュナドさん。

それは、嫌な予感が、私にしては珍しく当たりそうな嫌な予感がした。


「絨毯と用意してた服持って来て!」


家精霊は私の言葉で即座に動き、いざという時の為に用意したローブを持って来た。

それに袖を通して仮面をつけ、絨毯を広げて精霊達を乗せる。


「メイラはお留守番してて。家精霊、お願いね」

「・・・わ、私も・・・いえ、解り、ました」


メイラは一瞬何かを言おうとして、だけど了承の言葉を口にして俯く。

その事に少し心配になるも、家精霊が抱きしめ頷く様子で任せる事に決めた。


「精霊達、リュナドさんの所へお願い」

『『『『『キャー!』』』』』


絨毯の操作を精霊に任せ、リュナドさんの下へ飛んで貰う。

加減無しの全力で飛んだおかげで、あっという間に彼の下へ辿り着いた。


『『『『『キャー!』』』』』

「・・・やっぱり、そうか、見えてないのか」


現地に辿り着くと、精霊達の言う通り確かにリュナドさんは槍を振るっていた。

だけどその先には間違いなく相手がいて、大剣を振るう大男が存在している。


おそらく何かの道具か、それとも特殊な魔法なのか、精霊にだけ認識出来ないんだ。

だから精霊に相手をさせるのは危険と、リュナドさんは精霊達を下げて戦っている。

ただ、その様子に、少し違和感が。相手の男、加減をしている様な、気がする。


「くっ、のっ・・・!」

「やっぱり、貴方、人間にしては強過ぎる」

「容易くいなしてる奴が言うんじゃねえよ!」


間違いなく強化を発動させているにも関わらず、リュナドさんが完全に押されている。

力も速度も相手の男の方が上に見え、技の切れも相手の方がやはり上に見える。

なのに勝負はつかず、ぱっと見には互角の勝負に見え、それが変な感じがした。


手加減をしている、と言うよりも、気遣っているに近い様な、そんな感じ。

そのせいでリュナドさんと斬り結んでいるにも関わらず、手を出すのを躊躇ってしまう。

勿論攻撃らしい攻撃はしているんだけど、やっぱり殺さない様に気を使っている様に見える。

それに一瞬、私を見た。私の接近に気が付いている。だけど攻撃してくる気配は無い。


これどうしよう。手を出して良いのかな。そう悩んだところで、二人が武器を弾き合った。

それと同時に二人共後ろに飛び、お互いに距離を取って、リュナドさんは呼吸を整えている。

キャーキャーと心配そうに鳴く声を聴きながら、二人の様子を観察して――――。


「俺相手に手加減するなら、何でこいつらを狙った!」

「彼らが、私の仕事の条件を満たした。だから、その精霊は、殺す」


―――――ローブの懐に手を入れ、内側に弱く縫い付けていた袋を引き千切って魔力を通した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


仕事の条件を満たした? 国王の依頼を受けたから殺すって事か?

そうだとしてもいちいち言い回しが解り辛いし、それが本当なのかも解んねぇ。


「はぁ・・・はぁ・・・」


くっそ、体が重い。強化の道具を使ってるってのに、相手の攻撃の重さに疲弊してる。

俺にどうこう言うが、お前こそ本当に人間かよ。シャレになってねえ化け物だぞ。

ただどうやら話には付き合う様だし、セレスが来るまで時間稼ぎでもさせて貰うか。

最低限少し回復させてほしい。本気できつい。


「条件ってのは、国王からの依頼か」

「それも、条件の一つ」

「一つ? 他にも有るって言うのか?」

「精霊達が、人に害を与える事を口にした。先ほどの精霊達が、人間を苦しめて殺すと」


コイツ、精霊達の言葉が解るのか。それにしても苦しめて殺す? あいつらが?

山精霊共がそんな性格悪い事をするとは思えない。やるなら一思いにやるだろう。

何か言ったとすれば、そこで取り押さえてる食い逃げ犯に言った事だろうか。


「お前ら、そこで捕えてる奴追いかけてる時、何か言ったのか?」

『キャー』『キャー?』『キャー!』


打ち首獄門。ギロチン。さらし首。うん、食い逃げの罪にしては、余りにえげつないな。

ただこいつらの言う事だしなぁ・・・適当な事言ってる気がする。


「お前ら、それがどんな刑か解ってる?」

『キャー』『キャー・・・?』『キャー!』

「お前ら・・・」


打ち首獄門は、獄門って門に首をベーンって打つ刑。

ギロチンは首に板をだーんて落とすか、脛にだーんって落とす刑。

さらし首は、首にさらしを巻く刑。という返事が返って来た。

お前ら何処でその刑を聞いたんだ。どれも間違え過ぎだろ。特に最後は何の意味が有るんだ。


「聞いての通りだ。別にこいつらは本気で殺す気じゃなかったみたいだぞ」

「・・・それは、しまった、な――――」


一瞬。精霊の言葉を聞き、俺の言葉で戸惑いを覚えた、その一瞬の隙をついた一撃。

勿論放ったのは俺じゃなく、空から降って来たローブ姿の人物、セレスの攻撃だ。


ただ男はセレスの不意打ちに反応し、逃げようとはしていた。

普通なら逃げられたんだろう、凄まじい反応速度のバックステップ。

だがそれは男が立っていた所を中心に発生した、内に閉じ込める結界に阻まれた。

そして結界の中には、あの肉塊を倒した時の様な、大きな水晶が輝いている。


「吹き飛べ」


聞き覚えのある言葉が聞こえた瞬間、轟音と光が周囲を支配した。

だけどそれは前の時程強くなく、目も耳も被害は左程ではない。

光が収まった後を見ると、まだ結界が維持されていて中で土煙が舞っている。


予想するに、以前黒塊を閉じ込めた様に、衝撃を中に抑え込んだんじゃないだろうか。

そして結界はゆっくりと消え去り、土煙が周囲に広がっていく。


「セ、セレス、何も問答無用で殺す事は―――――」


あの近距離であの爆発の魔法では、おそらく死亡は確定だろう。

そう思って声をかけようとした所で、異変に気が付いた。


「――――剣が、浮いている?」


大男が振っていた大剣。それが浮いていて、更にはあの爆発の中で傷一つ入った様子が無い。

その事にセレスも脅威か何かを感じたのか、大きく飛びのいて俺の傍にやって来た。

仮面で表情は見えないが、明らかに警戒している事だけは解る。


すると剣はゆっくりと刃先をこちらに向け、そして先程の大男が剣を構えた体勢で現れた。

何も無かった空間に、最初からそこに居たかの様に、突然に。


「なん、なんだ、こいつ・・・!」


間違いない。こいつ人間じゃない。道理で化け物みたいな強さしてるはずだ、畜生。

つーかセレスのあの攻撃が効かねえって、本物の化け物だろ・・・!

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