第205話、精霊殺しの為に準備をする錬金術師

「メ、メイラ、泣いてるけど、だ、大丈夫、かな」


窓からこっそりとメイラの様子を伺い、隣に居る家精霊に問いかける。

すると家精霊は優しい笑みで頷き、その視線をメイラに向けた。

私もそれに倣って視線を庭に向けるも、やっぱし泣いている姿は少し不安になる。


こんな事ならメイラがこっそり起きた時に、悩んでないで声をかければよかったかも。

こっそり動いている事は何となく解ったけど、私がどうするべきかが解らなかった。

でも家精霊は満足げだし、山精霊達は何故か踊り始めてるし、一応大丈夫なのかな。


「あ、笑ってる」


まだ涙は出てるけど、笑顔で山精霊達に応えているのが見えた。

あれなら大丈夫、なのかな。良かった。


「それにしても、あの子達は何でもありだね」


メイラがさっきしていたのは、以前やった神宿りだろう。

ただメイラ自身は才能は有っても使いこなす事が出来ない。

その為の力の誘導を精霊達が担う形を取ったんだと思う。

精霊達は神性が大きくないから、その分の力を制御に全て回して。


「自力で成長する精霊か・・・話の通じない子だったら脅威だったね」


精霊達は個々で色々と学び、ただそれが何時の間にか共通の知識と能力になっている。

個であり全である在り方の強みなんだろう。それだけにこの先の成長が少し怖くもある。

あの子達と敵対する様な事は、ただ強敵だからという意味以外でも有って欲しくない。

だけどあの子達の成長の仕方次第では、そういう悲しい未来も想定しておかないと。


『キャー』

「え、あ、うん・・・そっか、ごめん・・・」


頭の上の子が『主が死ぬまで僕達の主は主だよ』と、私の思考を察した様な事を告げた。

隣では家精霊もうんうんと頷いていているので、確実に考えを悟られていた様だ。

だけど私にとってはそれが嬉しくて、同時に敵対想定をしていた事が申し訳ない。


「・・・そう、だね。私は精霊達の主、なんだよね」


何故山精霊達がこんなにも私に懐いているのか、全くもってそこは解らない。

だけど私はあの子達にもう愛着が有り、そして主と言われるなら守るべきだ。


「対策、しないと、だね」


とはいっても『精霊殺し』は何時やってくるか解らない。である以上遠出は出来ない。

ならば対策は手持ちの道具でやるしかなく、だけど一応対応する為の道具は作れる。

本当は全く作る気のなかったあれを作れば、たとえ相手が複数でも多少は対応できる筈。


「よし、明日から頑張ろう!」


そう決めたら先ずはメイラが戻ってくる前にベッドに転がり、眠りこけていたふりだ。

彼女が家の扉を開けて家精霊と話し、隣に転がったのを感じてから意識を落とした。

そうして翌日からは精霊殺し対策の為、普段の仕事以外の作業も増やしていく。


流石にお昼寝時間は削り、毎日毎日道具作成を全力で取り組んだ。

そうして何日経っただろう。もう結構な日数が立つも、精霊殺しが来る気配は無い。

アスバちゃんなんて『いつ来るのよ! もう待ってんのイライラするんだけど!』と、私にあたりに来て困ったぐらいだ。そんな事言われても私だって辛い。


「こちらから先手を打てない問題は、私も好きじゃないし・・・」


表面上は平和で、メイラも笑顔が戻っていて、何の問題も無い毎日が過ぎている。

むしろ出来ればこのまま何も起こらない方が良いのでは、と最近は思う程に。

だけど王子とリュナドさんは相変わらず警戒している様子で、そんな事は言えそうにない。


・・・精霊殺し、か。精霊に接触する前に、対応できると良いんだけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お待ちどう様!」


元気良く食事を持って来た給仕に、小さく頭を縦に動かして応える。

目の前に置かれた料理はとても美味しそうに見え、多分美味しいんだろうなと思った。


「・・・美味しい」


と思う。多分。体が満たされる感じがするから、きっと美味しいんだろう。

今までで一番回復している気がする。この辺りを動く間は、ここで食事を摂る事にしよう。

食事を全て食べきったら金を支払い、店を出ようとする。


「ありがとうございましたー!」

『『『『『ありがとうございましたー!』』』』』


その際に給仕と小さい精霊達が見送りの言葉を発し、それにも頷いて返した。

店を出ると街中の至る所に精霊が歩き回っていて、見かけない通りが殆どない。

ただそれは事前に聞いていた情報と、大分食い違う所が有る。


「次は精霊さんの番だよー!」

『わかったー、いくよー!』

「精霊様は何でも美味しそうに食べるねぇ」

『んー? これ美味しいよー?』

「あ、ありがとう、拾ってくれて。何処に落としたかと・・・!」

『今度は気を付けてねー。むふー』


小さな精霊達は、人間達と上手く共存している様に見える。

少なくとも私の眼からはそう見える。精霊を相手にする人間達は笑顔なのだし。


私の知る情報からでは、この街は『精霊使い』率いる精霊達に支配されていると聞いた。

国の事なら一番良く解っているであろう『国王』に聞いたのに、何故こんなにも差が有るのか。

これでは私は条件を満たせない。依頼情報に齟齬が有っては私は戦えない。


「・・・戦わなくて、良いなら、それでも良いけど」


私は私の在り方を全うしているだけだ。仕事をしなくても良いならそれでも構わない。

この辺りに強い精霊の力を感じたからやって来ただけで、それが害になっていないなら。

人間は弱い。だけど精霊は強い。精霊が害になっている場合、人間じゃ普通は勝てない。

だから私は人間の害になる精霊を殺す為に来たのだけど、今回は空振りかもしれない。


「・・・誤情報を流した『国王』は、その内精霊に殺される、かな」


精霊は強い。だから人間が精霊に害をなしているのなら、私が手を出す必要は無い。

どちらが害かという考えは難しい所が有るけど、私は領域を犯したか否かだと思っている。

この精霊達は領域を犯したのではなく、領域に住まう者達と共存している様に見えた。

もしこの共存を『国王』が脅かそうというのであれば、相応の攻撃をされるだろう。


「ひ、ひぃ!」

『まてー!』

「か、勘弁してくれぇ!」

『駄目だもんねー! 引きずって連れてくぞー!』

『打ち首獄門だー!』

『ギロチンだー!』

『さらし首だー! 首に包帯巻いてやるー!』


・・・共存していると思った端から、その真逆の光景が目に入った。

人間はおそらく一度物理的に攻撃を受けたのだろう跡が有り、恐怖で腰が抜けたように見える。

そんな人間に対し追撃をどころか、苦しめて殺そうという発言だ。

特に最後の晒し首は、まさか包帯で首が千切れる迄締めようというのか。余りに酷い。


「・・・成程、あながち全部嘘じゃない、のか」


明らかに害意を持って人間に詰め寄る精霊を見ていると、恐怖での支配というのは有りえる。

なら私が戦える条件は問題なく、このままあの精霊を殺す事も可能だ。

ただ見た所あの精霊達は一体一体が個で全。全て殺さない限り消滅しないだろう。

それでも私の目の前で人間が精霊に害されているのなら。


「私の仕事だ」


背負っていた『私』を握り、鞘から抜いて全力で踏み込む。

精霊は私の接近に一切気が付いておらず、そのまま両断――――――。


「――――っ!?」

「ぐっ!? お、おもっ!?」


―――――止められた。槍の先で止められ、しかも止めたのは人間だ。


「ぐのっ!」


人間が槍を大きく振るのに合わせて後ろに飛びのく。

すると膂力が想定以上だったせいで、かなり吹っ飛ばされた。

何だ、あの人間。私を受け止めた事といい、あの膂力といい。


いや、本当にあれは何だ。纏う魔力の流れは小型の魔獣のそれだ。

しかもその魔力が身体だけではなく、武装全体を覆っている。

そのせいで本来なら槍ごと両断出来るはずが止められた。


その上内包している物は本人以外の魔力も有れば、精霊の物も在る。

何より微弱ながら神性も纏っていて・・・。


「貴方、人間?」

「お前に言われたくねえよ!」


ごもっともだ。私の一撃を受けた人間は、私を人間とは思えないだろう。

もっとも私が人間に攻撃を加える事なんて、滅多にない事なのだけれど。


「お前ら、何ぼーっとしてんだ! 構えろ!」

『リュ、リュナド、何怒ってるの?』

『僕達何か悪いことした?』

『僕達お仕事してただけだよ?』

「は? え、な、なに、言ってんだ、お前ら」


人間は精霊達の言葉に戸惑っている様だけど、精霊も人間の言葉の意味が解らないだろう。

今の私は精霊達に認識出来ないのだから、精霊達からすれば虚空に話しかけている様な物。

条件がそろった私を、精霊が捉えられる道理は、無い。


「くっ、お前、こいつらに何をした! 何者だ!」

「なに、もの?」


何者かと問われたら、其れは応えなければいけない。私は答えなければいけない。

私はそう、私は私として在る為に。私を肩に担ぎ、顎を少し上げ、相手を見下げる様に。


「私は、精霊殺し」


何時もの様に、仕事をする。

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