第204話、自分が戦うつもりの錬金術師

怒りで少し思考が停止していた所、リュナドさんの言葉で少し落ち着かないとと思った。

精霊達を殺そうとする存在の事は腹が立つけど、その存在の事は何も解っていない。

まだ戦闘に入っていない以上、先ずは対策を考える方が優先だろう。

そう思い怒りを一旦殺して息を吐き、出来るだけ心を落ち着ける事を優先する。


「殿下、その精霊殺しについて、何か解っている事は有りますか? 申し訳ないのですが、私はその『精霊殺し』という名自体、初めて聞きましたので」


深呼吸をしていたらリュナドさんが王子に詳細を訊ねていたので、呼吸をしながら耳を傾けた。

すると王子は表情を曇らせ、戸惑う様子で口を開く。


「それに関してなんだが・・・すまない、私も何も掴めていないんだ。その容姿すら解らない」

「容姿も? ならその精霊殺しの情報はどうやって?」

「ある日突然国王の前に『精霊殺し』と名乗る物が現れ、その人間に依頼した。としか説明のしようがないんだ。誰も精霊殺しに依頼をした所を見ていない。国王がそう語ったというだけで」

「・・・なら、それは国王のブラフ、という可能性は?」

「依頼を出した所が精霊殺しだけならばそうかもしれない。だがそれとは別に暗殺の依頼も出している。そちらは精霊殺しが精霊を無力化したら、という前提の依頼でね」

「その暗殺を依頼したところに、精霊殺しが居る可能性は有りませんか?」

「それならば暗殺依頼の時に解っている筈だ。暗殺依頼だけ内容が明瞭なのはおかしい」


暗殺、って誰をだろう。まさかこの街で誰かを殺すつもりなんだろうか。

その為に精霊が、街に居る山精霊達が邪魔で精霊殺しを雇ったという事なのかな。

何それ。ふざけるな。山精霊達は悪戯はするけど、街をちゃんと守っている子達なのに。

ああ、さっき抑えたはずの怒りがぶり返して来る。落ち着かないといけないのに。


「そもそも、その『精霊殺し』は存在する人物なのですか?」

「実在する確証はない。だが噂でその存在を聞いた事は有る。そして今迄に一度でも聞いた事がある以上、この街を知る者としては軽く見る事は出来ないと、そう思っている」

「・・・ああ、そう、です、ね・・・確かに、居ないとは言い切れませんよね」


まだ心を落ち着ける為に深呼吸をしていると、リュナドさんが私を見ている事に気が付く。

何だろうと思って彼に目を向けると、彼は慌てて王子に視線を戻した。

話を聞いてないと思われたのかな。確かに普段こうなってる時は聞いてないもんね。

ただ今日はいつもと違って恐怖ではなく、怒りなおかげで話は聞けているけど。


「・・・ねえリュナド、こっちから乗り込んで制圧したら一番早いんじゃないの?」

「お前考えんのが面倒くさくなっただけだろ」

「違うわよ! こっちが先に制圧しちゃえば対応の必要も無いじゃないの!」

「あー・・・そう、か?」


成程、解りやすい。それで解決するなら今すぐアスバちゃんと一緒に乗り込みに行く。

私はその国王が誰なのか解らないので、彼女に付いて来て貰う必要が有る。

ただそれを直ぐに実行しようと思えなかったのは、リュナドさんが首を傾げたからだ。


「いや、アスバ殿、おそらく『精霊殺し』が本物であれば、制圧して解決とはいかないだろう。相手はプロであり、暗殺を受けた者達もプロだ。契約違反が起きない限りは、たとえ依頼主が死のうとも依頼を達成しようとする。そうでない場合も有るが、希望的な想定は良くない」

「となると、出払っている間に『精霊殺し』がやって来て、暗殺も実行に、という事ですか」

「下手をすれば『精霊殺し』にとっては、精霊しか脅威が居ない事の方が都合が良いだろうね」


そしてそれを正解だと言う様に、王子が説明を続けた。流石リュナドさんだ。

つまりそれは、精霊達を守りたいのであれば、私はここから離れられないという事。

幾ら荷車や絨毯の移動が速くても、その速度には限界が有る。


「そもそもその『精霊殺し』が受けた依頼の対象が、精霊だけとも限りませんよね」

「ああ。暗殺依頼と共にという事であれば、暗殺をメインで請け負った者達とも繋がりが有るかもしれないな。もしかしたら奴は他者に勘付かれない様に連絡を取る手段を持っているのかもしれない。それならば国王がいきなり依頼出来た事も納得出来る」


となると空間の連続を無視して移動しているのかもしれない。それなら突然現れる事も可能だ。

もしかしたら相手は錬金術師なのかも。そういう事が出来る道具は実在するし。

相手が錬金術師だというのなら、精霊戦に慣れているというのも納得出来る。


それに『精霊殺し』なんて言われているなら、精霊にだけ効く様な何かを持っているのかも。

なら幾ら家精霊が強くても、山精霊が一つになっても、太刀打ちできない可能性が有る。

世の中は広い。不思議な事で溢れている。有り得ないなんて事は其れこそ有り得ない。

私はそんな道具の存在は知らないけど、知らないだけで無いとは思っちゃいけないだろう。


「後は『精霊殺し』が一人じゃない、という可能性が一番怖いですね」

「・・・そうだね、考えたくはないが、それが一番怖い。錬金術師殿やアスバ殿が負けずとも、どちらかでも街を離れればそれだけ精霊を殺す隙が増える。相手が複数人だとすれば、誰かを対応している間に別の場所で、なんて事も有り得るだろう」


つまり私のやるべき事は、正体不明で人数も不明の『精霊殺し』を待ち受け、打倒する事。

こんな依頼を出した存在に怒りは有るけど、今はそれどころじゃない。優先順位は間違えない。

私が今一番優先すべき事柄は、私の大事な家族を守る事だ。


出し惜しみ無しの一撃でケリを付ける気であれば、相手が複数人でも一人は一瞬で終わる。

精霊より強いなら難しいかもしれないけれど、それでも不意を打てば行けると思いたい。


『『『『『キャー!』』』』』

「いや、負けないもんって、気持ちは解るが・・・事実としてお前らセレスに負けてるだろう。相手がセレスと同じぐらい強かったらどうすんだよ」

『キャー?』『キャー』『キャー!』『キャー!?』『キャー・・・』


どうやら山精霊達は自分達は負けないと主張したらしい。

ただリュナドさんの言葉で勢いを無くし、キャーキャーと相談を始める山精霊達。

対精霊特化の道具など持っていない私に負けたのだから、そこは考えていて欲しかった。


その途中でカリカリと音が聞こえ、目を向けると家精霊が板に何かを書いている。

他の皆もそれに気が付いたのか、家精霊が書き終わるのを山精霊も静かに待っていた。


『主の害敵なら私達は戦うだけです』


書き上がった板にはそう書かれていて、家精霊の表情からも覚悟が見えた。

たとえ相手が自分を殺せる存在でも、自分の存在意義に従って戦うと。

それが家精霊の存在意義だから。家主を守るのが家精霊が生きる意味だから。

私が家族と思う山精霊達を守る事も、家精霊にとっては自分のやるべき事なんだと。


「だ、だめだよ、精霊さん。だ、だって、精霊殺し、なんて名前って事は、精霊さん相手に何度もそういう事をして来た、って事でしょ? そんな相手と戦うのは、危ないよ・・・!」


家精霊に死んで欲しくはない。だけど家精霊の在り方も否定したくはない。

そんな上手く処理出来ない気持ちのせいで言葉に詰まっていると、メイラがそう口にする。

ただそんなメイラに家精霊は優しく笑って頭を撫でると、首を横に振って何かを語った。

その答えが何だったのか解るのはメイラだけで、だけどメイラの望みと違う答えなのは解った。


「・・・それでも、私は、嫌だよ」


震えて今にも泣きそうな声音だ。きっと精いっぱいの気持ちを口に出したんだろう。

それでもきっと家精霊は譲らない。この子はそういう子なんだ。

だから今も申し訳なさそうにメイラを見つめ、それ以上の言葉を語らない。


「・・・守るよ。全部。私が倒せば、良いだけ」


だけどそれもこれも、全部解決する手段は有る。単純明快な唯一の手段だ。

私が『精霊殺し』を相手にすれば良い。私は人間だから精霊専用の道具は効かない。

もし単純に精霊と戦えるだけの力が在るという事なら、確かに私一人ではとても危険だろう

とはいえただ強いだけというのなら、精霊達と一緒に全力で対処する事が出来るはずだ。


「私達、でしょうが。私を戦力から外すんじゃないわよ」

「・・・良いの?」

「ったり前でしょうが。何の為にここに居ると思ってんのよ」

「・・・ありがとう、アスバちゃん」

「ふ、ふん、礼なんて要らないわよ。今回の事は私も関係者なんだから!」


関係者? あ、そうか、そういえばアスバちゃんにも懐いている精霊が居たっけ。

その子の為に戦う、という事なんだろう。とはいえそれでも嬉しい。

敵対戦力が不明な以上、彼女の魔法はとても力強い。


「とはいえ正体が解んねぇからな。確実に精霊に先に手を出してくるだろうし、精霊達の連絡を今以上に密にさせるしかないか。異変が有ればすぐに連絡を取る様に、連絡を取れなくても取れない事で異変が察知出来る様に・・・普段定期的に連絡とってない精霊にも取らせるか」

『『『『『キャー!』』』』』

「ん、じゃあさっきの話、全員に伝えてくれ。くれぐれも気を付ける様にな」


山精霊達はリュナドさんの指示を聞くと、元気よく返事をしてバタバタと家を出て行った。

目的の人物を見つける事も考えた上で、精霊達の事も考えた優しい指示だと思う。


「待ちになるのがもどかしいけど、精霊使い殿の言う通り待ちしか手段が無いだろうね。幸い国王が頼んだのはプロだ。依頼外の被害を出す事は余りしないだろう。勿論今後も出来るだけ情報は集めるが、精霊殺しに関しては期待しないで欲しい。すまないね」

「ええ、解っています・・・どうにか、しますよ。俺だってこいつ等には、愛着有りますから」

『キャー!』


リュナドさんは王子に力を籠めた声音で応え、ポケットの精霊も元気よく応えていた。

それは何故か不思議な安心感が有り、この人が居ればどうにかなりそうな気分になる。


「・・・頼りにしてるね、リュナドさん」


心から頼りにしていると、そう伝えると彼は一瞬思案した顔の後、納得した様に頷いた。


「・・・そうか、ああ、そういう事か。やっと解ったよ。このアクセサリーの意味が。この時の為、だったんだな。お前は解ってたんだな。俺が精霊達抜きで戦える必要が有るのを」

「精霊使い殿・・・なにを?」

「事前に彼女に託されているんですよ。精霊抜きの戦闘の為の道具を」

「・・・そういう事か、恐れ入る。まんまと騙されたよ。既に対策はしてるんじゃないか」


ん、何の話だろう。急に二人が何を言っているのか解んなくなった。

騙されたって何の事だろう。私何も騙したりしてないよ。

そのアクセサリーは、リュナドさんが怪我をしない様にっていう対策だし。


「あっはっは! 成程そういう事! いいじゃない、徹底的に教えてやりましょ! 私達に喧嘩を売るって事がどういう事か、徹底的に、暗殺者連中も全員ね!」


どうしよう、アスバちゃんの成程も何が成程なのか全然解らない。いや彼女は何時もの事か。

ただ彼女の言う通り、暗殺者も出来れば対応しないとだね、確かに。完全に忘れてたけど。

いやでも、それ別に私の仕事じゃない様な・・・ああでもリュナドさんのお手伝いになるか。

街の治安を守るのは彼のお仕事だし、それのお手伝いだと思う事にしよう。


そんな感じで当面は山精霊達による密な連絡で、今後は警戒を強める事になった。

ただ人間の兵士の警邏も前より警戒を強めるという事で、精霊頼りにする気は無いらしい。

私はその事に少し安心をしていたけど、その日メイラの表情が晴れる事は無かった。

心配なのは解るけど・・・全力で対応して、結果で安心させるしかないかな。


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眠れない。朝に聞いた話が心に重く残っていて、どうしても落ち着かない。

ぐっすり寝ているセレスさんを起こさない様に、こっそり起きて階下に向かう。


『眠れませんか?』

「精霊さん・・・うん、朝の事、どうしても、気になって・・・」

『メイラ様は、お優しいですね』

「優しいのは精霊さん達だよ。それにセレスさんも。セレスさん、精霊さん達の為に、すごく怒ってたもん。だから、家精霊さんも、危ない事はしない方が・・・」

『メイラ様、私は私の領域から出る事は叶いません。そんな私が戦うという事は、この領域に住む者に害を与える存在が来たという事なのです。戦う事は、避けられません』


精霊さんの言葉に何も返せなかった。その言葉がただただ正しいと解ってしまうから。

家精霊さんは攻撃的な性格じゃないし、理性的に物事を見ている。

そんな家精霊さんが戦う時は、きっと戦わなきゃいけない時なんだろう。


だから正しいのは家精霊さんで、間違っているのは我が儘な私。

守られる事しか出来ない、戦えない私の、我が儘な言葉だ。


「・・・ちょっと、お散歩に、行ってきます。頭を、冷やしてきます」

『このお時間に外は冷えますよ。それに・・・』

「大丈夫です。庭からは、出ません、から」

『・・・解りました。ですがこれだけでも羽織って行ってください』


家精霊さんは上着を私の肩にかけて、庭に出る私を見送ってくれた。

多分家精霊さんの性格を考えれば、一緒に付いて来て傍に居たいのだと思う。

だけど私が今は一人で外に出たいという気持ちを汲んでくれたんだろう。


何処までも甘えている。自分で物凄く情けない。

そんな気持ちを抱えながら、私は塔の下へと向かう。

黒塊が鎮座している、山精霊さん達が作った変な塔へ。


『娘よ、どうし―――――』

「力を貸して。貴方の力を、ちゃんと貸して。前みたいなのじゃない。私に、きちんと、力を貸して。精霊さんを助けられるぐらいの力を、私に頂戴」


震えながら、声だけじゃなく体中震えながら、黒塊に告げた。

あの化け物の姿はまだ頭に残っている。あの恐怖はまだ消えていない。

それでも私が出来る、優しくて暖かいこの場所を守れる力が、そこには在る。


『―――――我が娘の望むままに』

「――――――っ」


黒塊が近づいて来る。傍に山精霊さんもおらず、家精霊さんもセレスさんも居ない。

一人で、この化け物の、目の前に、立っている。その恐怖に泣きそうになる。


『『『こっちこっちー』』』

「えっ?」


いつの間に居たのか、足元にいつも一緒の山精霊さん達が居た。

ふと周りを見ると、物陰から心配そうに皆見ている。

静かだから居ないと思っていたら、ただ静かに見守っていてくれただけらしい。

その事に気が付くと、現金だとは思いつつも安心してしまった。


『・・・小さき神性よ、癪では有るが貴様らに従おう。我は我が娘の為に在る』

『まかせろー♪』『従えー』『従うがいいー』


そして黒塊が私―――――ではなく精霊さん達に近づき、精霊さんと黒塊が混ざった。

黒塊が混ざった精霊さん達は白く光り、そのまま私の中に溶け込む様に消えてしまう。

その事に一瞬驚くも、温かい何かが体に宿っているのを感じ、それが精霊さん達だと解った。


「これ、は・・・」


黒塊の呪いと、山精霊さんの神性が、私の中で溶けあっている。

余り心地良くなかったはずの力が、とても暖かい物に感じる。

前の時は余り良く解らなかった力の流れも、その温かい力が教えてくれる。


『これならだいじょぶー』『これは神性?の力?だからー』『僕達の力も使えるー』

「ふえ!?」


頭に声が響いて思わず変な声を出してしまった。

どうやら精霊さん達はこの状態で喋れるらしい。


「あ、ありが、とう、精霊さん」

『いいよー』『僕メイラ好きだもんー』『一緒にがんばろー?』

「―――――っ、うん・・・!」


一緒に。そう言って貰えるのが、嬉しかった。守ってあげるじゃなくて、頑張ろって。

私も、頑張るよ。皆に助けられたのと同じぐらい、皆を助けるよ。

だから、今は、ちょっと泣かせて。これは、嬉しい涙だから。

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