第203話、脅威の情報を得る錬金術師

「錬金術師殿は居るか!?」

「ふぇ!?」

「ひゃふ!?」


早朝から珍しく精霊達の騒ぎ声よりも先に人の声が庭から響き、びくっとして跳ね起きた。

メイラも同じ様に驚いた様で、二人して変な声を上げてしまう。


今の声は王子だと思う。どうしたんだろう。大分慌てている様に聞こえたけど。

急に目覚めた意識を庭に向けると、やっぱり庭に居たのは王子だった。

後ろにリュナドさんとアスバちゃんも居るけど、少し表情が硬い、様な。ちょっと怖い


「わ、私、何かしたの、かな」


な、なんだろう、最近私特に新しい事してないから、怒られる様な覚えは無いのだけど。

いやまあ、最近ちょっと、引きこもり気味では有ったけど、ライナにも叱られてないし。

それにちゃんと狩りには偶に出かけてるから、完全な引き籠りって訳じゃないよ?

ただちょっと街に向かう回数が、物凄く、少ないだけで。まさかそれを叱られる?


「・・・い、家精霊、ちょっと、聞いてきて、くれる?」


王子達の勢いに不安を覚えたら動けなくなってしまい、家精霊にお願いしてみた。

家精霊はその願いを聞くと窓から庭に飛んで向かい、王子達へ話を聞きに向かう。

山精霊が何時もの会話用の板をトテトテと持って行く辺り、何だかんだ仲が良いよね。


「王子様、ですよね・・・何か有ったんでしょうか」

「どうなんだろう・・・」


私の隣で窓の外を眺めるメイラに応えながら、王子達の会話を見守る。

すると暫く何か対話をしていた家精霊は、何か納得した様に頷くと王子達を家に招き入れた。


「あ、あれ、家に、入れた、って事は、何か問題が有った訳じゃ、無いのかな?」

「ど、どうなんでしょう、家精霊さん、ですし・・・」

「だよね・・・」


ちょっとだけ不安がある。家精霊は私に優しいけど、全肯定してくれる訳じゃない。

悪い事は悪い、駄目な事は駄目と、ライナと同じぐらい容赦のない所が有る。

勿論全部私の為を想ってなのだろうけど、それだけに躊躇という物が存在しない。


たとえ私を咎めに来たのだとしても、それが正当な理由なら家精霊は招き入れると思う。

相手が全く知らない人なら別だろうけど、知り合いなら関係の悪化を防ぐ為にも。

私に問題有りという事なら早期の対応解決をさせよう、と言う風に思っている筈だ。

それはあくまで私の為で、この家で私が生活していく為だと信じて。


「うう、風邪ひいた、って事で、駄目かな」

「・・・色々効くお薬作ってるセレスさんが風邪って、信じて貰えない気が」

「・・・私もそんな気がする」


そもそもここ数年、病気らしい病気をした覚えがない。

毒物の実験で苦しんだ事は有るけど、それは病気とはまた違うし。

何てどうやって帰って貰おうか考えている内に、家精霊が二階に戻って来た。


「な、何か、問題、有りそう、だった?」


恐る恐る家精霊に聞くと、家精霊はその返事をメイラに向けて返す。

何時もの通訳の風景を眺めて答えを待ち、ただその答えは少し予想外な物だった。


「えっと・・・精霊殺しの話をしたいって、事らしい、ですけど・・・」

「・・・精霊殺し?」


どうやら私が何かをして怒られそうな訳ではないらしい。

何だか物騒な単語だ。精霊殺しとは一体何だろうか。

そういう道具を作ってくれ、という事なのかな。


ただ精霊に効く道具なら作れるけど、精霊を確殺出来る道具は流石に無い。

精霊と言っても力の強さはピンキリだ。山精霊クラスも居ればお母さんの精霊クラスも居る。

やる気は無いしやりたくも無いけれど、家精霊は私が全力で戦っても倒せるか怪しいし。


「じゃあ、ちょっと、着替えて降りるって、伝えてきてくれる、かな」


家精霊はこくりと頷くと階下に降りて行き、私は寝間着から普段着に着替える。

ただ外套を手に取った所で、まあ別に今日は良いかとそのまま置いた。

リュナドさんとアスバちゃんと王子なら、別に外套が無くても平気だろう。

とはいえ仮面は一応付けておこう。何かちょっと雰囲気怖かったし。


「メイラはどうする? 無理に降りて来なくて良いけど・・・」

「い、行きます。精霊さんの事なら、私も聞きたい、です」

「ん、解った。じゃあ一緒に行こうか」


問いかけた時には既にメイラは着替えていて、答えると同時に仮面を付けた。

ならまああの面子なら問題は無いだろうと思い、メイラを連れて一階へ向かう。


「精霊殺し・・・頼まれても、作れるとしても、余り作りたくはないなぁ・・・」


精霊との暮らしが身近になり過ぎているから、精霊を絶対殺せる様な道具は少し嫌かも。

勿論敵対してきた精霊はかなり危険だし、攻撃して来たら全力で対応するけど。

まあ取り敢えずは話を聞いてからだよね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「確かか?」

「本物を知る者が居りませんので、確実かどうかは、流石に・・・」

「確かに、それも、そうか」


連絡員からの定期連絡の中に、気になる情報が入っていた。

ただしその情報には正確性が無く、ただこの街に身を置く者としては鼻で笑う事も出来ない。


『精霊殺し』


そう呼ばれる人間が居る事は、情報だけでは知っていた。

対精霊戦闘に慣れた『精霊殺し』とまで言われる人間の噂を。

その人物はあくまで報酬を得て、仕事として精霊を殺すらしいと。


だが精霊なんて基本的にそう会える物ではないし、ましてや倒すなど普通は考えない。

それでも様々な事情により、人間と精霊が敵対した事が有るのも事実だ。


我が国にも精霊が居た記録は有るが、遥か昔な事のせいで真偽は解らない。

だが人の言語に『精霊』という言葉が存在する様に、その存在が在る事だけは知られている。

そしてその精霊の脅威も、事実として残っている歴史書の類を見れば想像に容易いだろう。


いや、だからこそ信じていない者も居るには居る。脅威過ぎるからこそ信じない者達が。

そんな存在が本当に居るのであれば、今頃世界は滅びているだろうと。

信じない者達は全員この街に連れて来たい物だ。うちのクソジジイ共は全員黙らせたい。

いや、今はそれは措いておこう。奴らの事はまた今度だ。


考えが逸れたが、精霊が居る事実をこの街では確実に否定できず、ならば精霊殺しも同じくだ。

仕事として精霊を殺せる人間。それが真実であれば、その実力は計り知れない。

精霊使いに何度か精霊の力を見せて貰っている身としては、正直恐怖すら感じる。


「ただ国王がそう呼ぶ人間を雇い、錬金術師の暗殺を目論んでいる事は確実です。そしてそれとは別に、暗殺を生業としている連中にも依頼を出しました。標的は錬金術師と殿下です」

「精霊を無力化し、錬金術師と私をか。アスバ殿は事が終わってから犯人に仕立て上げるつもりだろう。彼女の力は一般人からすれば脅威。私と錬金術師が同時に殺されれば、身近に居る彼女が疑われるように持って行く事も可能か。しかし精霊殺しか、偽物であれば良いが・・・」


だが希望的観測を持ち、何も対策を講じない訳にはいかないだろう。

直ぐに精霊使いとアスバ殿に連絡を取り、錬金術師の家に向かう事に決めた。

早朝から迷惑だとは思ったが、事が事だけに早めに伝えておきたい。


そう出迎えてくれた家精霊に伝え、居間にて錬金術師が下りて来るのを待つ。

暫く待つと彼女は可愛らしい服装で降りてきて、だけど相変わらず仮面を付けていた。


「早朝からすまない、錬金術師殿。既に家精霊殿から聞いていると思うが、まだ王座に縋りついているあの男が、国王が精霊殺しを雇ったとの情報が入った」

「・・・精霊殺しを、雇った?」

「ああ。貴殿ならば知っているかもしれないが、精霊を殺して報酬を得る事を生業としている人間らしい。一応解っている範囲では、性別は男で、武器は不明、戦闘方法も不明と、解らない事の方が多い事だろうか。そもそもその存在も噂程度で、本当に居るのかも怪しい人物でね」


もしかしたら彼女は既に情報を得ているかと、様子を見つつ説明を口にする。

だが彼女は鋭い目を更に鋭くし、首を傾げながら私の話を聞いていた。

彼女ですら動きを知らないとなると、本物であればかなりの脅威になりえるな。


本当に精霊殺しの実力が本物であれば、普通なら彼女がその存在に感づかない筈がない。

そういう意味では偽物の可能性も上がったという事だが、実際は不明と判断するしかない。


「・・・精霊を、殺す為に、雇った、って事?」

「いや、本命が貴女なのは間違いない。その為にも精霊が邪魔であり、脅威と再認識したという事だろう。色々な意味でね」


おそらく再度やった精霊の調査を、王座争いに備えている連中の調査結果を見たのだろう。

そして精霊の戦闘能力の把握と、経済を動かせるだけの技術力を理解した。

つまりその両方を潰せればまだチャンスがある。彼の国王はそう判断し――――――。


「―――――っ」

「・・・精霊殺し、そう、この子達を、殺す気、なんだ」


息が、詰まる。心臓を鷲掴みにされている様な、ありえない恐怖のせいで。

自分に向けられていない事は目線がズレている事から解るのに、死の予感が頭にちらつく。

ただ殺意を向けているだけ、それだけで死を感じる異常性にむしろ笑いが出そうだ。


従士達の無事を説明した時も、彼女はこの威圧を放っていた。

あの時はまさかの私への責任言及で焦ったが、今回は完全に国王に向いていると見える。


「どうすんの。大人しく終わらせてやろうとしてるのに、まだやる気みたいよ、あの馬鹿」

「・・・家族に手を出すなら、容赦は、しない」

「はっ、上等、腕が鳴るわ。今度は私も容赦なしで良いって事よね!」


だがその威圧感の中、にやりと楽しげに笑うアスバ殿もやはり格が違う。

しかしアスバ殿の言う通り、彼女は本当に平穏に事を終わらせようとしてくれていたのにな。

これで領地を買い上げる金がまるまる浮くかもしれんな、領主殿。それはそれで困りそうだが。

国王よ、本当に愚かな選択をしたものだ。これで貴殿は本当に終わりだぞ。


「いや、それよりも、まずその良く解らない『精霊殺し』って奴の対策が先だと思うんだが・・・セレスも、その、精霊殺しってやつの事、知らないん、だよな?」

「あ、う、うん、そう、だね」

「い、言われなくても解ってるわよ! 当然その対策は立てるわよ!」

「嘘だ。絶対嘘だ。お前は絶対何も考えてなかっただろ」

「うるさいわね! 解ってるって言ってんでしょ!」

「あー解ったよ! 解ったから耳元で怒鳴るな! お前が煩いっつの!」


一気に室内の威圧感が霧散した事に、思わず精霊使いの顔を見つめてしまう。

あの空気の中、淡々と対策をか・・・やはり彼は素晴らしいな。

全く、自分はただの街の一兵士などと良く言う。私は呑まれて言葉が出なかったよ。

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