第202話、親友への感謝を伝える錬金術師
「時計の売れ行き、順調に予約が入ってるみたいね」
「あ、うん、そうらしいね。私は詳しい内容とかは、余り聞いてないけど」
何時も通り食堂での食後、お茶を飲みつつライナは時計の事を口にした。
精霊達が作って売る事になったのは初日に言ったけど、その後の事を誰かから聞いたらしい。
あれから最初の方に作った時計は既にあらかた売れていて、既に次の予約が入っている。
とはいえ私自身はその話に余り関わっていないので、そうなんだ、という感じだ。
ただ結界石の時もそうだけど、時計を作って稼いだお金を精霊達は受け取らない。
今回報酬が大きいから、少し気になって精霊達に話したのだけれど・・・。
『それ主のー。無いと困るんでしょー?』
と、自分が稼いだお金なのに、なぜか私の物という判断になっている。
確かに無いと困るけれど、私は私で仕事をしているから受け取ってくれて良いのだけど。
その事を伝えても『持ってると食べちゃうよー?』と言われたので、預かっておく事にした。
大道芸で稼いだお金も置いて帰るって言ってたっけ。自分達を良く解っている訳だ。
ただ今回は精霊達の食費を増やす事にして、お菓子の量も少し増やしたけど。
こっちは素直に受け取って食べるので、最初から食べ物を渡せばよかったかもしれない。
因みに最近はどこかの工場の真似なのか、監督役の精霊がお昼に鐘を鳴らして作業を止める。
一斉に疲れたーという様子を見せた後、お昼を家精霊にねだりに行く様子は少し面白い。
山精霊達が作業服に身を包み、一列に並んで器を差し出す姿は完全に配給の様相だ。
私の為に作業をしているという認識だからか、家精霊も山精霊達に大人しく付き合っている。
最近はメイラも楽しそうに参加していて、列が二列になっていたりするけど。
私が参加すると何故か私の所に全員一列になり、お代わりも全部並んで来たので腕が疲れた。
「相変わらずねぇ・・・まあマスターが絡んでる以上、セレスを騙す様な事はしないか」
「マスターが私を? そんな事しないと、思うけど・・・」
「ふふっ、そうね、しないでしょうね。あの人は良い仕事をする相手には真摯だから」
マスターは初対面時の失礼な私に仕事をくれた親切な人だ。
その人が私を騙す様な事、きっとしないと思う。
そう伝えるとライナも笑って肯定してくれた。良かった。
いい仕事をしている、と言う部分には少し自信が無いけど。
「生産量の制限をするつもりだったらしいけど、マスターは『精霊達がちゃんとやってるから指示しなくても良くて助かる。本当にあいつは良く解っている』って言ってたしね」
「制限? そうなの? 私何も聞いてないけど・・・」
「でしょうね。私の予想では、セレスが特に指示を出さないから、精霊達が作りたい時だけ時計を作って渡している、って所だと思ってるんだけど、どうかしら?」
「え、うん、気ままに作りたい時に作らせてるよ。それでもあの子達早いし。体が小さいから、小さい部品の調整が私より早いんだよね。私も小さくなりたいとちょっと思っちゃった」
「ほんと、驚くぐらいセレスと周りで温度差が有るわね・・・」
あれ、何だかライナの笑顔が消えて難しい顔になってしまった
でも精霊に指示出してないのは事実だし、そもそも別に急がなくても良いとも言われてたし。
制限どうこうは聞いてないけれど、精霊の作る速度は十分って言われたんだけどな。
「ま、それで良い様に回ってるなら、それで良いか。精霊達も楽しいみたいだし」
「あ、うん、楽しそうだよ、あの子達」
良かった、特に問題は無いらしい。実際精霊達は毎日楽しそうだしね。
勿論お仕事として引き受けたから作っては欲しいけど、余り強制もしたくはない。
精霊たち自身が楽しくやれているならそれが良いと思う。
「・・・ほんと、住む所がない、仕事がない、助けてぇ、言ってた頃が懐かしいわね」
「んみゅ、そう、だね、えへへ・・・懐かしいね」
優しく笑うライナに自分も少し照れながらの笑顔で返す。
本当、そこまで物凄く前の事でもないのに、もうかなり前の事の様に感じる。
この街に来てから色々有ったせいかもしれない。思い返せば濃い日常だったと思う。
お母さんに追い出されて、お金も殆ど無くて、ライナと再会して、自分でお仕事貰って、精霊達に出会って、家を手に入れて、メイラを引き取って・・・思い出すと本当に濃い。
家では作業と採取と食事と睡眠を繰り返すだけだったから、全く違う日常だ。
「セレスさん、お仕事無かったん、ですか?」
するとそこまで静かに精霊と遊んでいたメイラが、私におずおずと質問を投げかけて来た。
「う? うん。街に来て直ぐはね。お母さんに追い出されたの。言ってなかったっけ」
「あ、それは、聞きました。けど、セレスさんなら、お仕事なんて幾らでも有りそうなのに」
「お仕事自体は、沢山あったけど、受けに行くのが、ちょっと・・・」
「ああ、セレスさん、人込み嫌いですもんね」
「・・・うん」
嫌いと言うか、怖いが正解なのだけど。でも嫌いと言っても間違いではないか。
私は今でも相変わらず人の視線は怖いままで、仮面が無いと気軽に出かけられない。
私自身は何も変わっていないけれど、周りの状況だけが変わった気がする。
「あの頃を考えたら信じられないわよね、今の状況。あのセレスが、って思うわ」
「うん・・・ライナのおかげで、リュナドさんのおかげで、マスターのおかげだと思うけど」
「ふふっ、でもそこにセレスの実力が無かったら、こうはなってなかったと思うけどね」
「そうかな? そうだと、良いな」
自分の実力も有ったから今の状況が在るなら、それはとても嬉しいと思う。
でもやっぱり一番はライナの存在だ。彼女が全てのきかっけだ。
ライナが居なければ私は街から出て、人里で暮らすのを諦めていた可能性だって有る。
「・・・うん、やっぱり、ライナのおかげだね。ありがとう、ライナ」
「そ、どういたしまして。ふふっ」
笑顔で応えてくれるライナを見て、彼女が友達で良かったと心の底から改めて思った。
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「さって、後片付けをしますか」
『『『『『キャー』』』』』
「はいはい、ありがとうね」
精霊達に手伝って貰い、後片付けと戸締りを済ませる。
一通り終わったらお茶を持って自室に向かい、椅子に座って息を吐いた。
「順調は、順調みたいね・・・」
時計の件は特に妨害らしい妨害も無く、順調に売れているらしい。
それはつまり順調に貴族が味方に付き、領主達の画策が上手く進んでいるという事。
ただ領主達は『セレスの計画に乗っている』と思っている様だけど。
「セレスは何にも考えてないんだけどなぁ・・・」
あの子は現状、周りに望まれる事をやると喜ばれるからやっているだけ。
時計作りだってお仕事が増えた上に喜んで貰えてる、ぐらいの認識しかない。
勿論結果的にセレスにとっていい方向に進んでいるのは間違いないんだけど・・・。
「ちょっと、不安、だわ」
セレスがまるで把握していない所で、今迄とは桁の違う規模で名前が広まっている。
元々セレスの作る道具は他国からも関心を得ていたけれど、今回は物が違う。
王族と組んで、明確に貴族に協力を得て、大きな変化を作り出している。
それが彼らの目的だと思われているなら良い。だけどセレスの目的だと思われていたら。
「・・・セレスが強いっていうのは、今はもう解ってるけど・・・暗殺とか、怖いわよね」
『キャー?』
テーブルに体を預けつつ、横で小さなカップを傾ける精霊を突く。
無邪気に特に何も考えていなさそうなこの子達は、セレスとの相性が良過ぎる気がする。
「君達にとって、セレスは今でも主なのよね?」
『『『『『キャー!』』』』』
「きゃっ・・・びっくりしたぁ・・・」
目の前の子に問いかけたつもりが、部屋が振動するかと思う程一斉に返事が返って来た。
夜中なのでもう少し声を落として欲しい。多分近所の人を起こしてしまったんじゃないかしら。
でもそれだけこの子達にとって、セレスが特別って事なんでしょうね。
「なら、守ってあげてね。出来ればあの子が守りたい物、全部」
『『『『『キャー♪』』』』』
「あ、うん、そうね・・・ありがとう」
やっぱり、そうよね。貴方達がここに居る一番の理由はきっとそうなのよね。
今この子達は『主が一番大事なライナを守るよ』と言った。結局この子達の目的はそこなんだ。
私の料理がきっかけになったのは間違いないんだろうし、私の料理が好きなのも間違いない。
だけどそれでも、その料理を差し置いてもセレスを『主』と想っている。
「周りに恵まれているわね・・・本当、街に来た頃が嘘みたい」
あの何も出来なさそうだったあの子が、今や多くの人に感謝される人間だもの。
本人には全く自覚は無いけれど、セレスの仕事にどれだけの人間が助けられているか。
食堂の裏で蹲っていたあの姿を思い出し、感慨深いものを感じながらお茶を啜る。
「私に出来る事は、もう、無さそうかな・・・」
親友と想ってくれる、言ってくれるあの子に、私じゃもう何も出来なさそう。
それだけが、少しだけ、寂しいと思う。これはきっと贅沢な想いね。
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