第201話、仕事を増やす錬金術師

「精霊達の作った時計、大急ぎで彫刻をしてるわね」

『キャー♪』

「ああ、アスバちゃんも知ってるんだ」


先日マスターに見せた精霊の作った時計の販売を、国内外問わず売りに出すと連絡が来た。

その際に精霊の姿を彫刻し、精霊の作った時計として売り出したいとも。

なので今彫刻が出来る人間を雇い、職人達が大急ぎで装飾を刻んでいる。

どうやらアスバちゃんはその様子を見て来たらしい。


この件には領主も絡んでいて、彫っている人達は領主に雇われた職人だ。

詳しくは知らないけれど、貴族に売る為にマスターが領主に協力させたとか。

マスター自身が貴族に売るルートが無い訳ではないけれど、今回はそんな売り方では駄目だと。

どうやら彼の販売ルートだと彼のやりたい売り方が出来ないそうだ。


なので時計は『この領地の名産品』として売りたいと、態々領主が家迄話に来た。

その事に精霊達はとても不満そうだったけど、リュナドさんが頼んだ事で渋々了承。

という訳で最近の精霊達は結界石を作るグループと、時計を作るグループに分かれている。

ただ固定ではなく気分で入れ替わっている様なので、グループと言うのも少し違うかも。


「そういえば精霊をモデルにするって言ってたけど・・・君達じっとしてられたの?」

『キャー?』

「こいつらが大人しくしてる訳ないじゃない。リュナドの奴が相手してるのを見て、それで下書きしたのを刻んでるの。その程度は出来る腕じゃないと貴族に売れないわよ」


やっぱりじっとしてるのは無理か。ああでもお菓子を与えれば暫くは大人しくしてそう。

家精霊ならじっとしているだろうけど、この子は私とメイラ以外には見えないしなぁ。

それを考えたら家精霊の時計には花ではなく本人を掘ってあげても良かったかも。


「掘ってる連中はどいつもこいつも楽しそうね」

「そうなの?」

「そりゃそうよ。今は数が要るから一定以上の腕が有れば雇ってるんだもの。大きな仕事の無い連中が大勢この仕事に感謝してるわよ。そこそこの額で雇って貰え、その上掘った物が貴族の世界に出回る。たとえ自分の味が余り出せなくとも、今の立場なら十分嬉しいでしょ」


そっか、お仕事が無い人の職場にもなってるのか。それは確かに喜ぶだろう。

お仕事も無ければお金もない不安が私には良く解る。街に来た時は不安だらけだった。

そんな私と同じ様な事にならない人が増えるなら、この件はそれだけでも価値がある。

意図した訳ではないけれど、精霊達に時計作りを教えて良かったかも。


「あんたも大概えぐいわよね、やり方が」

「ふぇ? 何が?」

「こんな精密で小型な物を短期間大量生産とか誰が真似出来るってのよ」

「それは私にも無理だよ? これは精霊達が、数に物を言わせてるだけだし」


確かに時計作りを教えたのは私だけど、後の作業は完全に精霊達の仕事だ。

精霊達は自分達の小ささを利用し、細かい部品を私よりも早く作り上げる。

その上私だとピンセットが要る部品を、あの子達は素手で組み上げられるのだから。

おそらくその気になれば、自分達の腕サイズの時計も作れるんじゃないかな。


「その精霊を従えてるのはあんたでしょ。あんたがやれって言わなきゃやんないわよ」

「そう、かな。今回の件はリュナドさんが頼んだからだと思うけど」

「あいつが頼んでも、あんたが許可出さなきゃやんないわよ、こいつらは」


そうだろうか。でも私の知らない所でこの子達色々やってるしなぁ。

この前の大道芸の事とか、最近まで全然知らなかったし。

多分私が「絶対にやっちゃ駄目」ぐらい言わない限り、大体の事は自分達でやると思う。


「それにその気になれば、精霊にだって彫刻は出来るでしょ」

「この子達の器用さなら、多分出来ると思う」


ただこの子達の目的は自分達も時計を持つ事なので、彫刻に関しては特に気にしていなかった。

メイラに渡した腕時計も特に細工はしていないし、したのは家精霊の時計ぐらいだ。

精霊達からも特に要求は無かったし、単純にそれだけの理由でしかない。


ただ時計の部品を正確に精密に作り上げるあの腕なら、ちょっとした彫刻程度は出来ると思う。

それにメイラと一緒に居る精霊達も、どの子も絵が上手だったし。


「でも今更やらせたら、その雇った人達、やる事なくなる、よね?」

「そうね。その為に雇ったんだもの」


それはちょっと困る。さっき教えて良かったと思った事を早くも後悔しそうだもん。

別に精霊が彫刻を覚える事が駄目って訳じゃないけど、そうなれば少し罪悪感が湧いてしまう。

知らなければ気にしなかっただろうけど、さっきのアスバちゃんの話で知ってしまったし。


「時計には、刻ませないよ。するとしても、自分の物にさせる」

「ま、そうよね」


ニッと笑うアスバちゃん。どうやら聞く前から私の答えが解っていたらしい。

私は相手の答えの予想とかメイラ相手以外は出来ないから、こういう所は皆凄いと思う。

まあメイラ相手でも人見知りで怖がってる時ぐらいしか、殆ど予想は出来ないんだけど。


「王子殿下も宣伝に協力するって言ってたし、勝負は短期決戦になるかしらね」


王子も協力してるんだ。それは知らなかった。何だか色々やってるなぁ、あの王子。


「そのせいで暫く忙しくなりそうだわ。幾つか護衛に付いて貰えないか、って言われてるし」

「また長期のお仕事?」

「おそらくね。まあ全部付いて行く訳じゃないわ。少数の護衛の方が動き易い場合は付いて来て欲しい、って話だし。でも実際の所、それは口実でしょうけど。一番の目的はこいつでしょ」

『キャー?』


アスバちゃんはテーブルでお茶を飲む精霊の額をツンと突き、精霊は首を傾げる。

私も同じ様に首を傾げているけれど、彼女は精霊に視線を落したまま続けた。


「何でかこいつは私に付いて来るからね。精霊が本当に人の街に住みついている証拠としては十分過ぎるでしょ。そしてこいつが時計を持っていれば、ね。良い宣伝だわ。精霊に手を出す馬鹿が居てくれれば尚の事、こいつらの脅威も伝わって一石二鳥ってね」

「そういえば、その子はアスバちゃんに懐いてるよね」

「懐いてる、ね。まあそういう事にしておいてあげるわ。ね?」

『キャー♪』


ふっと笑うアスバちゃんに満面の笑みで返す精霊。

そういう事も何も、どう見ても懐いてると思うんだけどなぁ。


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「彼女は実は、錬金術師よりも商売人の方が向いているんじゃないだろうか、アスバ殿」

「どうでしょうか。商売人『も』出来る、の方が正しいかと思われます」

「確かに、言われてみればそうかもしれないね。全く、機の見方が凄いね」


王子殿下はセレスの一連の行動に、明らかに予想外という様子を見せていた。

殿下の予想では王都の混乱を傍観し、いいタイミングで王子が介入。

それと同時に街の領主と錬金術師の要求を突きつけ譲歩させる。

というのが大体のシナリオだったはずで、私も当然そうだと思っていた。


だけど違った。セレスはまだその先を考えていたんだ。

王子に頼り過ぎず、街が独立して存在出来るように、自分ではなく街の力を上げる事を。


時計なんて基本的に高級品だ。作り方を知っていても部品を作るのが先ず大変な物。

部品一つ一つが職人技であり、そしてそれをくみ上げるのにも技が要る。

そんな物を短期間で大量に作れ、しかもそれが人間の作った物ではないと来た。


勿論余り大量に売り過ぎると価値が下がるから、その辺りの調整はするつもりだろう。

当然その事が解っているマスターと領主に販売を任せた辺りもセレスの上手い所だ。

自分で販売を行うルートが無いのであれば、解っていて出来る奴にやらせれば良い。

しかも自分がやって欲しいではなく、あくまで領主側がやらせて欲しいという形でだ。


これで領主は元々セレスに上がらなかった頭が一層上がらなくなったわね。

ただ精霊達が言うには『あいつが先に利用しようとした』らしいので自業自得でしょうけど。

自分より力の強い物を利用するなら、その後の危険を含んで行動するべきだわ。


「このまま王都の芸術家も街に引き込む気かな?」

「そうでしょう。元々精霊の事は噂になっていましたし、これで貴族を味方に付ければ、今迄こちらに来れなかった者達も街に来る。そうなれば、街はもっと潤うでしょうね」


今回領主が雇った職人達は、言ってしまえば鳴かず飛ばずの連中だ。

親方の下で修業したが、自分が親方になる事はまだまだ出来なさそうな連中ばかり。

だけどそんな連中が集団で仕事を受け、親方の仕事を上回ればどうなるか。


そんな物、自分達も仕事に噛ませてくれと言ってくるのは目に見えている。

何せ彼らからすれば未熟者も良い所の連中が、自分達よりもいい仕事を受けているのだから。

自分達ならもっと良い物を、貴族に売るに相応しい物を作れる。そう思っておかしくない。


勿論この仕事に噛まなくても問題無い連中も居るでしょうけど、親方もピンキリだもの。

傾きかけてる連中だって居ない訳じゃない。そういう連中からしたら逃がす手は無いわ。


だってこれで貴族の覚えが良くなれば、あの時計に関わった職人として仕事が出来るんだもの。

先見を持った職人として、美術家として、貴族からの仕事が来る可能性を少しでも上げられる。

その為にも特別な彫刻を刻んだ物をいずれ作り、そしてまた時計が売れるって訳だ。


上手く出来ている。いや、セレスがそこまで上手く回してしまった、が正しいわね。


「領地を買い上げる気、だろうね、これは」

「その可能性が高いでしょう。誰からも文句を言わせず、独立した地にさせる為に、正式な手続きを踏んで正々堂々と買い上げる為に、領主もこの商売に巻き込んだんでしょう。セレスはその気になれば、全部精霊にやらせられるはずです。本人もそう言っていましたから」

「従士の命を助けたのは、この後の手の為かな」

「そこまではまだ解りかねますが、その可能性も高いでしょう」


何処までもセレスの掌の上だ。それ悔しく感じると同時に誇らしい。

魔法使いとして絶対に負けられない相手。だけど尊敬に値する友人だから。


「本当に君達は、立場の無い一個人におくのがもったいない」

「私に出来る事は魔法を使う事だけです。彼女の様に全てを見通す行動は叶いません」


セレスには敵わない。策謀では絶対に勝てない。そこだけはどう足掻いても誤魔化せない。

どれだけ頭を回しても、彼女の思考の先回りなんて出来やしないでしょうね。

事が起こって、先が見えてきて、そこでやっと何をする気なのか解る程度だもの。


「だからこそ私は彼女の友として、魔法だけは絶対に負けません。誰にも。セレスにも。私が傍に居る限り、殿下の身の安全は保障致しましょう」


勝てないと思う相手じゃない為に。勝負の出来る相手で在る為に。

同格の友としている為にも、私は魔法使いという誇りを絶対に地に付けない。

だから協力してあげる。あんたの仕事に、上手く利用されてあげる。


「護衛の件、受けてくれるという事で良いんだね」

「受けさせて頂きます」

「・・・彼女は、良い友に恵まれているね」

「どちらかと言えば、私が良い友を得た、と言うべきなのでしょう」


私と張り合える唯一の相手。私が本気を出しても大丈夫だと思える相手。

本心から同格だと思える、何も気にしないで居られる友人を、やっと得られた。

損得じゃない。そんな物で今回は動いていない。これは私の我が儘だ。


友の為に、良い宣伝材料になってやろうじゃないの。

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