第198話、見当をつける錬金術師
リュナドさんが強化道具を使う様になって数日、あれから私は毎日彼の訓練を眺めている。
人の多い所に長時間居るのは苦手なので、荷車を訓練場に入れる許可を貰えて良かった。
今は荷車の中から精霊達と一緒に、陰から見守るような体勢でじーっと観察している。
基本的に人の居ない所に停めているので、ここから見ている間は仮面は外して。
「やっぱり、ちょっと振り回されてる、感じ、だね。だいぶ慣れたみたいだけど」
何故こんな事をしているかと言えば、前日の彼の強化の件が理由だ。
先あの強化の強さが気になって、そうしてその次に不具合が無いかが気になった。
一応彼本人には不具合は無いと聞いてはいるけれど、念の為に経過を直接見ておきたい。
「私の時は、あの半分以下、だったし・・・」
一応あれは自分で試したし、その際は自分の予測以上の結果は起こらなかった。
リュナドさんに渡した薬も、実は自分で多少は飲んでいる。
勿論配合は彼とは違うけれど、一時的にあの強化の負荷を誤魔化す事が出来た。
熊相手に試験する前に、庭での初起動時にそれは確認済みだ。
「でも、やっぱり、切れるんだよね・・・」
強めの薬をそこそこ混ぜていた筈が、朝飲んで昼になる頃には完全に効果が切れていた。
一応薬の効果自体は最低一日持続するはずなのに、半日も保たないとかどういう事か。
やはり持続系の薬は私には効果が薄い。そう再確認しつつ、諦めて普通の麻酔薬に変えた。
でないと薬がもったいないもん。小型魔獣の血なんて簡単には手に入らないし。
そして実戦にて試した強化は、事前に試した時と殆ど手応えは変わらなかった。
麻酔薬で麻痺させた分の加減が少し違ったぐらいだろう。
当然だ。そういう風に作ったのだから、自分としては思った通りに出来ただけ。
だけど実際に彼が使ってみたら、自分の予測の範疇以上の効果が出てしまった。
「見た感じ、魔力の流れは安定してる・・・変に力が溢れたり、消耗してる感じもしない・・・リュナドさん本人も使ってて不調の有る様子は確かに無いし・・・本当に何でだろう」
最初は核の力が強く流れ過ぎているのかとも思った。何せあの道具は二匹分の核を使っている。
簡単な考えで言えば、本来の出力の二倍まで出せる、と考えて構わない。
ただそうすると使用者の体が耐えられないと思い、出力はもっと抑えて作ったつもりだ。
核二つ分の出力を抑え、一つ分の最大出力を安定させているのがあの道具。
そういう意味ではリミッターが付いていて、外せばもっと強化が強くなる事でも有る。
とはいえもし全力で使えば、多分薬が有っても彼の体に反動が残るはず。
それにそうなるともっと魔力が歪に溢れ、あんなに綺麗な魔力の流れでの強化は出来ない筈だ。
彼が魔法使いなら制御出来るだろうけど、彼は魔法どころか魔力の流れも解らないし。
「精霊達は楽しそうだね」
『『『『『キャー』』』』』
「ん、良いよ、別に。私はここで見てるだけだから、気にしなくて」
『『『『『キャー♪』』』』』
リュナドさんの周りにいる精霊達は、彼が大きく動く度に楽しそうについて回っている。
特に今日は飛んだ時の加減をしたいらしく、ぴょんぴょんと何度も飛んでいるから余計に。
一緒に荷車に居た精霊達は混ざりたかったらしく、許可を出したら喜んで走って行った。
彼が跳ねる度に後ろを跳ねて付いて行く様は、親鳥に付いて行く雛のようだ。
「・・・精霊・・・そうか、精霊の加護の事、完全に忘れてた」
リュナドさん自身は普通の人間で、魔法も使えなければ特殊な技能も無い。
だけど彼にはその環境により手に入れた精霊の加護と、その精霊の持つ小さな神性がある。
もしかしたらそれらが強化に作用して、本来以上の効果に引き上げているのかもしれない。
そういう事なら道具自体は予定通りの出力しか出していないし、安定している理屈が通る。
出力した力を別の力で増加しているとして、それはどちらの力が原因だろうか。
どちらにせよ、もしそれが原因なら私に調整は少し難しい。何せ力の流れが殆ど解らない。
「メイラにお願いすれば、見て貰えるかな」
その場合は流石に彼に家に来て貰う事になる。メイラをここに連れて来るのは可哀そうだ。
とはいえ解った所で私に見えない以上、調整が難しい事には変わりないのだけど。
「・・・だけど原因さえ解れば、心配はもう無いかな。精霊の加護が原因なら、彼にとって悪い事になる事は無いと思うし。精霊達は、あんなに彼に懐いてるんだし」
彼は疲れたのか跳ねるのを止め、深く息を吐いて立ち止まっていた。
体は疲れていないのだろうけど、気を張って動いているので精神的に疲れているんだろう。
そんな最中精霊達は彼の体をよじ登り、頭の上でやり切った感の有る鳴き声を上げている。
更に彼の髪に旗の様な物を括り付け、地面に降りると他の精霊達と抱き合って喜び始めた。
あれは一体何の遊びなんだろう。凄く気になるけれど、リュナドさんは一切気にしていない。
「・・・君達って、リュナドさん相手には、他の人より一層距離感が近いよね」
『キャー』
頭の上の子に訊ねると『だってリュナドだもん』と返されてしまった。
何で『だって』なのか全く解らないけど、悪い意味ではないらしい。
種類的には『仲間だから』という感じの意味合いの様だ。
・・・時々思うけど、言葉にしてないのに意味が解るのは狡いと思う。私もその言語欲しい。
一言二言で言いたいことが伝わるなら、私でもちゃんと会話出来そうだし。
「キャー・・・」
『キャー?』
「キャー」
『キャー♪』
「キャー♪」
うん、全く何も解らないし何も伝わって無さそう。でもちょっと楽しい。
「キャー、っ・・・!」
「・・・あ、ええと、その、何してんの」
どうやら私がよそ見をしている間に、彼は強化を使って一歩で荷車の傍まで跳んだらしい。
接近に気が付いた瞬間にはもう遅く、精霊達の様に手を上げてキャーと声を上げていた。
その体勢のままギギギッと顔を声の方に向けると、戸惑う様子で私を見つめる彼の姿が。
「きゃ、きゃー・・・」
「・・・きゃー」
誤魔化す様にきゃーと口にすると、彼も戸惑いがちに答えてくれた。
あ、あうう、は、はずかしい。ど、どうしよう。
最初の方ならまだ兎も角、テンション高めのは流石に恥ずかしい・・・!
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もう最近色々諦め、セレスの観察も周囲の視線も無視して訓練をしている。
とはいえ流石にやってる事がやってる事なせいか、兵士達の目は今までと少し種類が違う。
普段が割と地味できつめな訓練を多めにしているから余計かもしれないな。
最初は何をしているのかと怪訝な顔で見られたが、今じゃそんな物は一切無い。
取り敢えず二日で歩行に何とか慣れ、次に踏み込んでの突撃訓練に移行。
その踏み込み速度と訓練時間、そして実際に攻撃に移った時の威力。
それらを見せる頃、俺に怪訝な顔を向ける兵士は、最早一人も居なくなっていた。
「まあ、つっても結局、まだ加減出来てないけど」
踏み込み突撃からの攻撃は確かに出来る様になったが、あれじゃ相手を絶対殺してしまう。
あれなら普段は靴と手袋を使った方が良い。という訳でそれ以降はもっぱら加減の訓練だ。
勿論普段の体を苛める訓練もやった上であり、この強化に頼り過ぎるつもりは無い。
というか、普段からこれを使うのは色々良くないと思う。
この強化はなるべく使いたくない。これに慣れたら俺はきっと駄目だ。
使いこなせる様に訓練は続けるけど、あくまで奥の手としておきたい。
『キャー!』
「俺は山か・・・」
一旦飛ぶのを止めて真剣に考えていると、精霊達に遊ばれて色々馬鹿馬鹿しくなった。
何でいつも上り慣れている俺の頭に登るのに、足元の連中は応援してるんだ。何だその旗。
でもまあ、何だかんだコイツ等のお気楽行動に、自分が引っ張られている部分が有る気もする。
そういう意味でもコイツ等には精神的に助けられているのかもしれない。
ただそれと同じぐらい色々面倒をかけられているので、礼を言うのは癪だから口にしない。
高級食材使う料理店の前に大勢で開店前に並んだりとかな。
しかも食ったは良いけど支払いの金が無いから、後で俺に請求が来たし。
高級食材を当たり前の様に大量に食うな。幾ら給金が有っても足りねえっつの。
「今日はこんなもんにしとくか・・・よっと」
大分慣れたというのを見せる意味も込め、荷車まで強化で跳んで近付く。
着地も流石にそれなりに慣れ、最初の時の様にまた飛ぶ様な事は無い。
「キャー、っ・・・!」
「・・・あ、ええと、その、何してんの」
近付いた瞬間高めの楽しそうな声が聞こえ、次の瞬間息を呑むのも解った。
ただその体勢のまま固まった彼女に戸惑い、思ったままの事を口に出して問いかけてしまう。
すると彼女は目を思い切り見開いて、物凄く体に力を入れながらこちらに振り向いた。
「きゃ、きゃー・・・」
「・・・きゃー」
そして物凄く低く擦れた声で応えられ、思わずびくっと跳ねつつ同じ様に返してしまった。
いやだって、怖いって、目茶苦茶ガンつけられてるし。目の開き方が怖いって。
と思っていたら彼女は顔を少し俯かせ、凄まじい目つきで睨んで来た。やっぱ怖い。
・・・もしかしてさっきの様子が恥ずかしかったんだろうか。それぐらいしか思いつかない。
でも俺悪くないと思うんだ。だって終わったら来てって初日に言ったのそっちじゃん。
何時も通り来ただけで俺悪くないと思うんだ。だからその眼で睨むの死が見えるから止めて。
「・・・か、体の具合、は、どう?」
「え、あ、ああ、その、全然、問題無い、な、うん」
ただセレスも流石に理不尽だと思ってくれたのか、向こうから話を振ってくれた。
相変わらず睨んだままなのは怖いが、おそらく譲歩はしてくれたのだろう。
取り敢えず彼女の機嫌をこれ以上損ねない様に、無難に彼女の質問に答えていく。
「・・・うん、やっぱり、精霊の加護、なのかな、強化が強い原因」
「精霊の加護?」
医者の問いに応える様に全て答えると、セレスは『精霊の加護』と口にした。
前に黒塊とやった時にも聞いた、俺が『精霊使い』だから持っているらしい力。
これっぽっちも自覚は無いが、どうやらそのせいであんな事になったらしい。
ただあくまでそれも仮説で、だけどそれなら今後も体に不調は無いだろうとの事だ。
「・・・一応、メイラなら、解ると思うから、明日、良い、かな」
「ああ、頼む。そろそろ王子達も帰って来るし、なるべく不安要素は消しておきたい」
「・・・王子、帰って、来るんだ」
「まるで帰って来なくて良さそうな言葉だな。そうなるとアスバも帰って来なくなるから、俺としては煩いのが減って静かになって良いけどな」
「・・・え、それは、駄目。アスバちゃんは、帰って、来ないと」
「まあ、そりゃな。解ってるさ、冗談だよ」
駄目、と言った時にまた少し声が低くなったな。やっぱあいつを戦力に数えているのか。
その割に王子に対して態度が雑なのは、あえてそうしているのか本当にどうでも良いのか。
まあどっちにしろ、もうすぐ今回の騒動は片が付く。いや、始まるのかもしれねえな。
「・・・そっか、そういう事も、有るのか・・・それは、やだな」
アスバの奴全面的に信頼されてるな。帰って来ないのは有りえないと思われてたらしい。
向こうの勧誘も考えたら絶対にありえないとは言えないと思うが・・・。
いや、あの従士の在り方を認めたんだ。アスバの誇りを甘く見る事はしないか。
「ま、もうすぐ帰って来るさ。無事に帰路についてるって連絡は来てるし」
王子は事前に自分の手の者を国に入れていたらしく、連絡員が当たり前の様にやってきた。
どんな連絡手段かは教えられなかったが、王都から無事戻っているというのは確かな様だ。
別ルートで従士達の家族も護送していて、何処まで最初から見越していたのかと思う。
いや、むしろ驚くべきは、そこまでやらせたセレスの方かもな。
セレスは直接的には一言も口を挟まず、だけど望む結果を引き寄せた。
あくまで自分は何もしてない。その態度を崩さずにここまでやり切ったんだ。
普通の人間なら途中でやきもきしたり、不安になったりで口を出しそうなもんなのに。
「お前は、本当に凄いよな」
「・・・何が?」
「いや、すまん、何でもない」
いつの間にか睨むのを止め、キョトンとした顔で首を傾げるセレス。
その徹底さに思わず苦笑しつつ、今の発言を撤回した。今のは余計な言葉だな。
ただ彼女はいつもの様に黙りはせず、ただ緩やかに目を細めて口を開いた。
「凄いのは、リュナドさん、だよ。アスバちゃんと、ライナも、私より、よっぽど凄い人」
「そうか・・・じゃあそれに応えられる程度には頑張りますかね・・・」
セレスの中で自分の在り方をどう考えているのかなんて全く解らない。
だが彼女がこういう事を言う相手が限られているのは、流石に俺も解っている。
あいつらに並べられるのは流石にプレッシャーだけどな。特にアスバの横とか巻き添えが怖い。
だが、まあ、やるしかねえわな。その誇りを信じてるなんて、そんな態度を取られたら。
ほんっと・・・良いように使われてるよな。あーもう、逃げたいのに逃げらんねぇ。まったく。
取り敢えず、一人の時はああやって精霊と遊んでるのかとか、そういう疑問は忘れておこう。
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