第196話、帰りをのほほんと待つ錬金術師

「・・・ああ、そうだ、解った」


最近アスバちゃんが遊びに来ないんだ。

彼女の嵐の様な訪問が無いなら、道理で寂しいと感じる訳だ。

私は何も聞いていないけど、どこかに長期で討伐にでも行ってるのかな。


唐突に遠くまで討伐に行く事は有るけど、今回は少し長い様な気がする。

何か有ったんだろうか。でも彼女が魔獣に負ける所はちょっと想像出来ない。

もし彼女が負けるとすれば、それは精霊クラスと相対した時だけだろう。


リュナドさんならアスバちゃんの予定を知ってるかな。

明日納品の予定だから彼が来た時についでに聞いてみよう。


「いや、確か今日辺り、リュナドさんは薬を全部飲み切る頃だよね・・・」


となれば最終的な結果と、その状態で強化が使えるかどうかを確かめたくはある。

別に明日でも良いのだけれど、用事を二つ思いついたなら会いに行くのも有りだと思う。

ただもうそろそろメイラが帰ってくるのと、お昼を食べる時間なんだよね。


「どうしようかな・・・ううん・・・」


背中に抱き着く家精霊を背負いつつ、居間をウロウロしながら悩む。

なんて事をしている間に山精霊達が帰って来て、メイラも帰って来た様だ。

・・・私は何をやっているんだろうか。まあ良いや、庭に出て迎え出よう。


「ただいま帰りました!」

『『『キャー!』』』

「うん、お帰り」


メイラと護衛の山精霊達を迎え、鞄を受け取った家精霊にメイラが付いて行く。

あのままお昼の用意の手伝いをするつもりだろう。


山精霊達は今迄書いた内容をキャーキャーと楽しそうに見せ合っている。

もう護衛じゃないねこの子達。最近は調合もメイラと一緒にやってるし。

このまま学んでいくなら、山精霊も錬金術師になるんじゃないだろうか。


「・・・そうなれば、半永久的に知識を繋ぎ続けられるね」


人間は何時か死ぬ。そしてそれは寿命を全う出来るとは限らない。

不慮の事故で死んで、知識を伝えきれずに、なんて事は珍しい事じゃない。

メイラの呪術がそうだ。あの子は才能が有るのに呪術の事を殆ど知らないもの。


だけど山精霊に私の知る知識を頭に叩き込めば、それはほぼ永遠に無くならない知識になる。

精霊が消滅する事は滅多に無いし、寿命なんて物も基本的に存在しない。

特に街での生活で神性を得た山精霊達なら、気の遠くなる様な年月を生きるだろう。


「・・・精霊達に、本気で教えるのも、良いかも」


メイラに言うのは憚られるけれど、山精霊の物覚えはメイラよりも良いし器用だ。

少し教えたら大体の事は覚えるし、魔法系の道具は下手をすれば私より上な時も有る。

それにあの子達の特性として、魔力に頼らない発動条件を簡単に組み込めるし。


まあ問題が有るとすれば、あの子達は他人に口頭での説明が出来ない事なんだけど。

ただそれでも、出来る限り精霊達に伝えておけば、私に何かが有った時にメイラが困らない。

メイラなら精霊達の言葉が解るし、精霊達が覚えてさえいれば何時かは伝えきれる。


「そうなれば、私が死んでも、知識は残る。メイラは生きて行ける」


それに、そうなれば精霊達も何時までも人と在れる。

きっと家精霊も、私が居なくなった後でも良い主に出会えるだろう。

いや、それよりもメイラがこの家の主になる方が先かな。


「・・・これは、言ったら怒られちゃう、かな」


私にしては珍しく、メイラの行動を予測出来た。ただそれも当然かもしれない。

ライナやお母さんがそんな事を言ったら、多分私は泣くか怒ると思うし。

私を慕ってくれているメイラや、大事にしてくれている家精霊には黙っておこう。


そう考えた物の、お母さんが私より先に死ぬ姿が全く想像出来ない。

絶対私より長生きする気がする。あの人は殺しても死なないっていう良い例だと思う。

とはいえ私だって簡単に死ぬつもりは無いし、まだメイラを置いて行く気なんか無いけど。


『『『キャー?』』』

「あ、ううん、何でも無いよ。行こうか」


山精霊達がコテンと首を傾げながら呼びかけてきたので、思考を止めて居間に戻る。

もう今から出かけるのも何だし、昼食を食べたらメイラの授業をやってお昼寝しよう。

アスバちゃんの事は気になるけど、お母さんと同じで彼女がどうにかなる所は想像し難いし。


案外リュナドさんに聞いてみたら、どこかで遠回りして帰ってるだけかもしれないよね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あはははは! 何よその魔法は! あんた達それでも王宮魔導士なんて大層な肩書持ってる魔法使いな訳!? てんで話にならないわよ! その程度ならせめて千人は連れて来なさい!!」

『キャー!』


たった一人の少女。たった一人の魔法使い。

その一人に、百人を超える魔法使いが吹き飛ばされる。


王宮魔導士の魔法は少女に全く通用せず、少女の魔法は容易く結界を打ち破って行く。

例え王宮魔導士が複数人で大詠唱の魔法を重ねても、それすら少女には届かない。

だけど少女はほんの一言二言の詠唱で、数十人の魔法を遥かに超える。

騒ぎを聞きつけた魔導士達が増えようと、その結果は何も変わらない。


それはまるで、おとぎ話の一節を見ている様な、非現実的な光景が、そこには在った。


「全く派手にやってくれる。おかげで私の本当の護衛の影が薄い」

「護衛なんて本来それで良いでしょう」

「ほら、さっき私の護衛は強いって言ってしまったし、やっぱり証拠は見せたいじゃないか」

「どうでも良いです」


そしてもう一人、明らかに異常な人間がもう一人居た。

王子の軽口に応えながら、接近戦を仕掛けて来た大量の兵士をなぎ倒していく男。

それも明らかに手加減をして、殺さない様に斬る場所を選んでいる。

少女と違って派手さは無いが、桁違いの実力を確かに感じる男だ。


私達はそんな二人の活躍を見せつけられながら、必死に王城から走って脱出をしている。

逃げる際に王子と護衛が引っ張ってくれなければ、呆然として反応が遅れただろう。

それぐらい今目の前にある光景は、非現実が過ぎる。


「そろそろ出口か。思った以上に簡単に逃げられた。流石は大魔法使いだ。死人は?」

「一人も出しておりません。きちんと手加減をしています。怪我人は居るでしょうが」

「あの大魔法で手加減と言われると、全く恐ろしい物が有るね」


私としてはこの光景を見て平静でいられる王子の方が恐ろしい。

だが現状命を救われている身である以上、余計な口は挟めない。

だが、これでは、私が戻って来た意味は・・・。


「ああ、すまない、言い忘れていた。君の家族は既に保護している」

「・・・は?」

「道中余りに平和だっただろう? あれは私達の動向を把握してなかったからではなく、把握していたからだ。私達を城に引き入れて仕留める為に。おかげで君達の家族への監視が緩んだ」

「まさか、その為に、殿下はこんな危険な事を・・・!?」


言い忘れていた、というのは嘘だろう。情報が洩れる事を防ぐ為に黙っていたんだ。

だとしてもそんな事に怒る気にはなれない。何故王子自らがこんな危険な事を。


「君達を助ける事が錬金術師殿との約束だ。君が城に戻った一番の理由は家族の無事だろう?」

「――――っ」


―――――――こんな所まで、彼女は、私を守るのか。最後まで守ってくれるのか。


「私が生きて共に逃げきれれば、私の名の下に君の誇りは守られる。君の家族も守られる。君が失う物は・・・まあ、この国の従士という立場ぐらいだろうか。さて、その立場に未練は?」

「ありません」


悩む事も無く、即答していた。あれだけ未練の有った事だというのに。

こんな歳迄剣を振り続け、騎士になる事を諦めなかった私が、最早そんな事はどうでも良いと。


「ああ、勿論君達の家族も保護して有るよ。とはいえ一人だけ、どうにもならなかったけど」

「・・・私ですね。構いません。陛下があの様な行動に出た時点で、おそらく家は私の事を既に切り捨てている筈です。事情を知らないとは、思えません」


一緒に逃げている者達に王子が声をかけ、だけど文官が一人暗い声で返していた。

たしか彼の家は貴族だったはずだ。つまりそこには声をかけなかったという事だろう。


「私が自分の為にやった事を考えれば、無残に殺されていないだけ、マシでしょう」

「そうだね」


王子は文官に慰めの言葉をかける様子も無く、ただその言葉を冷たく肯定する。

それだけ王子にとって錬金術師という存在が重要なのだろう。

もし錬金術師が許していなければ、おそらく文官達は王子に殺されていたに違いない。


「君達は生かしてくれた彼女の為に働け。それだけがこの先、君達が平穏に生きる手段だ。さて、馬と車を奪って逃げるよ。馬を繋いでいる間頼むね、アスバ殿」

「はっ」


王子は本当に王族なのだろうかと思う程、手慣れた様子で馬を車に繋いでいく。

兵士達を少女が魔法で少し牽制している間に、護衛と共にあっという間に終わらせた。

そして少女以外が全員車に乗り、少女を乗せずに馬車が走り出す。


「で、殿下!? あの子が!」

「大丈夫。別に置き去りにした訳じゃない」


馬車が城から飛び出し、そして――――――。


「なっ・・・!」


城を囲う堀。そこを通過する為の石橋が爆散した。

そしてその後に上空から軽やかに少女が降って来る。

音もなく静かに、まるでも重さなど無い様に馬車に着地した。


「さて、逃げるよ」


王都を王子が操縦する馬車が駆けて行く。まるで逃げる道順を把握している様に。

いや、何も知らない振りをしておきながら、王都の地図も頭に入れていたんだ。

そういえば城から逃げる際、彼は案内無しで一切迷わずに馬車迄たどり着いていた。

城の内部構造を知らなければ、あの状況でそんな事は出来ない筈だ。


「何もかも、最初から全て予定通り・・・首飾りは、本当に万が一、だったのね」


まるで勝負になっていない。完全に格が違う。

相手を見くびり情報収集も準備も怠ったこの国と、全てを把握している錬金術師。

始まる前から勝負は決まっていたのね・・・。

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