第195話、寂しいけど何かおかしいと思う錬金術師
従士さん達が街を出てからもう何日経っただろう。見送った日がもうずいぶん前に感じる。
彼女が街に滞在している間頻繁に家に来ていたから、尚の事寂しい物を感じていた。
とはいえ彼女には彼女の家が有り、彼女の生活が有る。私が寂しいから居てなんて言えない。
「私だって、そんな事言われたら、絶対断るもん・・・メイラ一人に出来ないし、家精霊を置いてどこかになんて住めないし、ライナと別れるとか二度と嫌だし」
「まあ、そうね。私も出先でそんな事言われても困っちゃうわね」
テーブルに突っ伏しながらの言葉に、ライナが頷きながら返してくれた。
ただ彼女は私と違い声音がさっぱりしている。まあ従士さんと関わり無かったもんなぁ。
因みに今日はライナの店ではなく、私の家でお茶をしている。
最近ちょっとお昼までの時間が寂しいなと、夜に言っていたら遊びに来てくれた訳だ。
「君達は寂しくないの?」
『『『『『キャー?』』』』』
精霊に訊ねてみると、ほぼ全員が『別に?』っていう感じの反応だった。
嘘でしょ君達。結構彼女に懐いていたのに。良く演劇見せてたじゃない。
お菓子も同じ物を分けて食べてたりしてたのに、そんなに淡白な感じなの?
「まあ精霊達はセレスが居れば良い、みたいな所が有るからねぇ」
口にせずとも私の考えが解った様で、ライナは苦笑しながらそう口にする。
そうかな。そうでもない気がするんだけど。だってリュナドさんとかかなり懐いてると思う。
リュナドさんのポケットに良く居る子は、うちには殆どよりつかないみたいだし。
まあ私山精霊達の個体区別がつかないから、そういうの全然解らないんだけど。
頭の上に居る子は常に一緒に居るから、一応何とか区別つく。
「まあ、セレスの気持ちも解らなくはないけど・・・セレスならすぐ会えるでしょ?」
「え、私なら、って、何で?」
「絨毯と荷車が有るじゃない。あれなら王都まで飛ばせば一日ぐらい、って言ってなかった?」
「いや、それは・・・移動自体は・・・そうだけど・・・ちょっと、その」
思わず目を逸らしながら口ごもり、もごもごと言葉になってない言い訳を口にする。
「まあ王都とか絶対栄えた街だから人が多くて行きたくない、とか思ってるんでしょうけど」
・・・口ごもった意味が全くない。言わなくても全部ばれてた。
実際そうなんだよね。私が頑張れば会えない事は無い。
それは解っているのだけど、王都とか近寄りたくもない。
なんか最近この街も大きくなってるけど、この街は元々があんまり大きくない。
その上この辺り山だし、絶対田舎だし、でも田舎でもあの大きさの街が有る国だ。
となれば王都の周辺は、街から離れても絶対人だらけだよ。何それ怖い。
でも寂しいなら、頑張るべき、なのかなぁ。
「・・・なんか、不思議な感じ、かも、こんな事考えてるの」
「ん、何が?」
「・・・人が苦手な私が、あんなにライナとお母さん以外の人が苦手だった私が、新しく仲の良い人が出来て、その人が出てって寂しいって・・・今更だけど、すごく不思議な気分」
前の私なら、ああやっと出て行ってくれた、助かった、ぐらいに考えていたと思う。
家に来る人が居なくなって寂しい、なんて考えた事は無かった。
そう思うと今の私は居なくなると寂しいと思う人が増えた気がする。凄く不思議。
「そう。でも私はセレスが寂しがってて嬉しい、かな」
「嬉しい?」
「ええ、嬉しい。私が居ればそれで良い何て言ってたセレスが、色んな人と関係を持てている今が、私にとっては嬉しい。友人として安心できるわ。いえ、保護者としてかしらね? ふふっ」
「え、で、でも、ライナは、居ないと、嫌だよ。一番好きだよ」
「ありがとう。でもそういう事じゃないの。私は所詮食堂の店主。ただの一般人。出来る事だって解る事だって限りが有る。だけど今の貴女の交友関係なら、貴女はもう自分でやっていける」
ライナは嬉しそうな、だけど何処か寂しそうな、そんな笑顔を私に向けている。
「安心出来る。今の貴女なら、大事な物が増えた今のセレスなら、前より安心」
そして何よりも、その言葉通りのホッとした顔が、とても優しい笑顔が向けられていた。
その様子はとても複雑で、私にはライナの考えは解りそうにない。
だけどそれでも、今の私を褒めてくれている事だけは解った。
「ライナが安心出来るなら、良かった」
「ええ、本当にね」
ずっとお世話になっていた親友が安心できると言ってくれるぐらい、私は成長出来たのかな。
ううん、そんな事は無い気がする。あくまでライナの安心は周囲の環境だろう。
ああでもそれでも、メイラの保護者としては、少しだけは、成長してるかな。
「さて、じゃあそろそろ私は店に戻るわね」
「うん、気を付けてね」
「ええ。じゃあ、また夜に」
「うん」
精霊を引き連れて食堂に戻るライナを見送り、静かになった家に戻る。
まあ静かになったと言っても、山精霊は踊っているし、家精霊も傍に居てくれるんだけど。
ただやっぱり、ここ最近人が居た事が多かっただけに、人の居ない今は寂しく感じる。
「・・・うん? そう言えば、何か最近前以上に静かな様な、あれ?」
ふと、静かなのは当然だけど、何かそれ以上に静かな気がした。
何かに気が付いてない様な、そんな感じが。何だろう・・・
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錬金術師と別れての王都への帰り道。その旅路は順調過ぎる程に順調だった。
幾ら対策をしているとはいえ、道中襲撃の一つでもあると思っていたのだが。
「いやあ、平和な旅路だねぇ」
「殿下のおかげですね」
「いやはや、私は少し手を貸しただけだよ。根本的には錬金術師殿と精霊使い殿のおかげさ」
ただ何で殿下まで付いて来ているのかだけは、未だに納得が出来ないが。
私達の帰る算段が付いた後、何故か王子が一緒に付いて来るという話になった。
王子と陛下の関係を考えると危険だと思うのだが、それでも王子は王都に向かう必要が有ると。
せめて護衛が多ければ別だが、たった二人の護衛しか連れていないのがとても不安だ。
『ああ、大丈夫。あの二人に勝てる人間なんて錬金術師殿か精霊使い殿ぐらいだよ』
と出発前に言われてしまったので、そう言われると何も言えなかった。
ただ片方は見た限り言う程強そうに感じないのだが。
まあそこをとやかく言うのは不敬だろうと、同僚達も口を噤んでいる。
そんな感じで王都への道を歩み、錬金術師の居る街へ向かった時と同じ日数が経った。
「ふむ、久しぶりに来たが、中々栄えている。平和な年月のおかげだろうな」
殿下は王都の道中で街を見ながらそんな事を言っていた。
私も言わんとする事は少し解ってしまう。鈍い私が解るのだから文官達は尚更だろう。
彼らは私を殺そうとしたからか、同中ずっと顔色が悪い。その顔色が更に悪くなっている。
これから平和でなくなっても維持出来るか、と暗に言っているのだから。
つまり維持出来ない様にする気なんだ、この王子は。私よりも文官が悲鳴を上げるは当然だ。
「さて、取り敢えず帰還報告と、私が居る事を伝えて頂けるかな、従士殿」
「はっ」
城に戻ったら帰還報告をし、その際に王子殿下をお連れした事も報告する。
すると報告を聞いた文官は明らかに慌てた様子を見せ、王子は楽しそうにしていた。
指示を出すから少し待てと言われ、その間王子殿下の警護をするように命令が下る。
言われた通り王子の警護をしつつ、王子が案内された部屋で待つ事になった。
「・・・さてさて、どう出ると思う、二人共」
「愚王でなければ大人しく、愚王であれば、考えるまでもないでしょう」
「全ては予想通りに行くかと思われます」
王子は護衛の二人にそんな事を訊ねていて、それが何だか嫌な予感がした。
そして嫌な予感という物は当たる物で、何故か私達が同席して殿下と共に陛下に謁見するよう命令が下る。
絶対にありえない展開だ。任務を失敗した従士が、何故陛下に謁見できる。それも文官も。
「さて、先導頼むよ、従士殿」
「はっ」
だが命令が下っては仕方ない。言われる通り王子を謁見の間まで先導する。
ただし私は謁見などした事が無いので、その前を貴族の文官が歩いているのだが。
謁見の間に着くと大きな扉が開かれ、誰も居ない玉座が見えた。
ただ玉座の近くには複数の貴族や騎士、部屋の壁には多くの魔導士と騎士が立っている。
明らかに何か様子がおかしい。普段のこの部屋を知らない私でもそう思った。
だが王子は特に気にすることなくスタスタと進み、部屋の中央で膝を突く。
なのに私達が遅れる訳に行かず、同じように膝を突いた。
「国王陛下のおなりである!」
そう貴族の一人が大きな声で告げると、奥に有った扉が開かれ王冠を被った方が現れる。
勿論膝を突いて頭を垂れているので見えはしないが、それ以外無いだろう。
「王子よ、面を上げよ。我が国の者ではない貴殿の礼の姿に感謝を」
そこで王子が顔を上げ、ただ私達はまだ顔を上げずにいる。
許されたのは殿下だけだ。同じく王族の彼だけ。
「そして何よりも、愚鈍な貴殿に感謝をしよう」
その声音は、明らかな敵意と殺意を感じた。嫌な予感がどんどん膨らむ。
「突然随分な事を言われますね、陛下」
「ふん、小僧が、随分と好き勝手にやってくれたが、詰めを誤ったな」
「おや、何の事でしょうか、愚鈍な私にはさっぱり」
「余裕の振りが上手いな。内心は焦りで埋め尽くされているだろうに。確かに貴様の事がどれだけ気に食わなかろうと、手を出せば問題になる。だがそれも貴様の動向が割れていればだ」
「何がおっしゃりたいのか解りかねますね、陛下。貴族らしくなくて申し訳ないのですが、私は余り回りくどい事は好きではなのですよ」
「そうか、ならばこういう事だ」
陛下が動いた気配の後に、複数の剣が抜かれる音が耳に入った。
思わず顔を上げると騎士達が剣を抜いており、魔導士たちが詠唱を始めている。
同僚達も私と同じく顔を上げており、真っ青な顔で周りを見ていた。
「ここで貴様が死ねば、殺した人間を錬金術師に仕立て上げられる。貴様は王都に来る予定など無かった。私はそんな話は聞いていない。貴殿の不幸を従士の到着で知った。それも王子殿下を錬金術師から守る為、命からがら王都に逃げて来た従士達の到着で」
「成程、中々に陳腐なシナリオですね、陛下」
「ほざけ。その人数で何が出来る」
「こういう事が出来ます」
王子は懐から水晶を取り出し、周囲に結界を発生させた。
どうやら錬金術師の結界石を持ち歩いていたらしい。だが・・・。
「阿呆が。それの耐久力と欠点を調べなかったと思うのか。王宮魔導士の力であれば、その結界は破れる。それにその結界の欠点は、二重に張れない事だ。ならば破られてすぐに張り直す事も出来んだろう。このまま魔法で全員吹き飛ばしてくれる」
「陛下! お待ちください! どうかお考え直しを!」
「従士ごときが私に口を利くなど不敬。死ね」
思わず陛下をいさめようと叫ぶが、それも空しく王宮魔導士達から魔法が放たれる。
そしてそれは結界に当たり、結界は吹き飛――――――んでいない。
「なっ!? 何故だ! まさか新型の結界石が作られていたのか!?」
「いえいえ、私の持つこれは、普通に流通している結界石です。ただし使ってませんが」
「な、に・・・!?」
「出番だよ」
王子がニヤッとした笑みを見せてそう言うと、彼の護衛が立ちあがった。
今までずっと膝を突き、微動だにしていなかった、小柄な女性が。
被っていたフードをバサッと外し、好戦的な顔が露になる。
「大魔法使いアスバ様の結界を、こんなチャチな魔法で敗れるとは思わないで欲しいわね!」
『キャー!』
そういえば、何度か聞いた覚えが有る。錬金術師が『尊敬』する魔法使いの名を。
確か、その名は『アスバ・カルア』だった。まさか、もしかして、この女の子が。
それにあの子の頭の上に居るのはあの街の精霊。まさか付いて来ていたのか。
「言っただろう? 私の護衛は強いのさ」
呆けている私達に向けて、王子は楽しそうに笑いながらそう告げた。
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