第194話、従士を見送る錬金術師

「まさかこんなに早く帰る算段が付くとは思わなかった・・・」


家精霊に出されたお茶を啜りつつ、呆けた様に従士さんが呟く。

先日王子がやって来て、早々に従士さんが帰れる様に手を打ったらしい。

勿論翌日直ぐに、何てのは無理だったけど、従士さんの滞在日数を考えれば早かったと思う。


「・・・良かったね。無事、帰れそうで」


リュナドさんに任せれば大丈夫だと思っていたけど、無事に終わりそうで本当に良かった。


「ああ。本当に。全て、貴女のおかげだ」

「・・・私は、何も。リュナドさんが、やった事だから」

「ふふっ、そうだったな」


クスクスと笑う彼女は初めて会った時と違い、とても柔らかい表情だ。

最近は特に空気が優しくなった気がする。以前はもっとこう、きりっとしていた様な。

勿論前の感じが悪いなんて失礼な事は言わないけど、今の方が私は好きだな。


「だがそれでも・・・私は貴女に礼を言いたいの。ありがとう」


にっこりと、今まで見た事が無い満面の笑みで、柔らかい声で礼を告げられた。

その事に一瞬面を食らうも、自分の口元も緩んで来るのが解る。


「その、どういたし、まして」


彼女が無事に帰還できるのは、私ではなくリュナドさんの成果だ。

だから私が応えるのは違う気がするけど、それでも私に伝えたいというなら応えよう。

なんか、ちょっと、照れるけど。


「ふふっ、そんな顔もするのね」

「え、え? そんな、かお?」

「ええ・・・きっと貴女の素顔は、そっちなんでしょうね」


素顔って、どういう事だろう。今は仮面を被ってないから素顔だけど。

良く解らずキョトンとしていると、彼女は尚の事楽しそうにくすくすと笑いだす。

だけど暫く笑った後に彼女は少し寂しそうな顔になり、目を伏せた。


「貴方が普段から、そう在れる国だったら、きっとこんな事にはなってなかったのよね」


うみゅ。さっきから何を言われているのかちょっと解らない。

国がどうこうとか言われても、私はこの街以外の事は余り良く解らないし。

依頼で他の領地に行く事は有るけど、依頼が終わったらすぐ帰るし。

素材採集も基本的に採集が終わったらそのまま家に帰ってる。


「私は、普段通り、だよ?」

「・・・ふふっ、そうね。そういう事にしておきましょう」


しておきましょうっていうのが気になるけど、納得してくれたなら良かった。


「貴方の弟子の子にも、ちゃんと謝っておきたかったのだけど、まだ遅くなりそうかしら」

「謝る?」

「ほら、初めて顔を合わせた時に怖がらせた事、軽くは謝ったけど、ちゃんと謝れてないから」

「ああ、えっと、もうちょっとしたら、多分帰って来るとは思う、けど」


ううん、大丈夫かな、顔合わせて。でもメイラもこの人は悪い人ではないって言ってたっけ。

今の彼女は雰囲気柔らかいし、この感じなら問題ないかもしれない。

そう思っている所で丁度精霊達のキャーキャーと鳴く声が庭から聞こえて来た。


「・・・何か有ったのか? 楽しげな声なので、悪い事ではなさそうだが」


ただ従士さんは初めての事態だからか、ちょっとだけ警戒した様子で玄関に目を向けた。


「多分、帰って来たんだと思う。メイラの周り守ってる子達が」

「ああ成程。大事にされているのね、あの子は。確かに精霊が傍についていれば安全よね」

『『『『『キャー』』』』』


だって、私が保護者だから、ちゃんとしないと。

メイラはちょっと、自分の事を抜いて物を考える所が有るし。

気が付くと無理してがんばろうとするから、少し過保護なぐらいで丁度良いと思う。


この前も市場で買い物を頑張ろうとして、男性の店員の前で泣いてたし。

あの時は店員さんが物凄く狼狽えていて申し訳なかった。ちょっと騒ぎになったし

頑張るのは良いんだけど、本当に無理はしないで良いと思う。

そもそも私も仮面が有って人と対面できても、会話自体はてんで駄目なんだから。


「ただいま帰りました!」

『『『キャー』』』


少ししてメイラと精霊がご機嫌に帰って来て、家精霊が荷物を受け取りに向かう。


「ん、お帰り、メイラ」

「お帰りなさい」

「あ・・・ご、ごめんなさい、お客様が、居たんですね・・・そ、その、上にいってます」


どうやらメイラは従士さんに気が付いていなかった様で、申し訳なさそうに階段へ足を向けた。


「ああ、待って、メイラ。ちょっとここに座って貰える、かな」

「え? は、はい・・・解りました」


その途中でメイラを呼び止め、テーブルに着いて貰う。

家精霊は荷物を置いたらメイラの分のお茶を用意し、そのお茶に山精霊達が群がる。

だけど山精霊達は家精霊に摘まみ上げられ、ペイッと投げ捨てられてしまった。

背後でキャーキャーと山精霊の抗議が聞こえるけど、今はちょっとこっちを先に済ませよう。


「えっと、この人の事は、覚えてる?」

「あの、えと、お城から来た、従士の方、ですよね?」


メイラはちゃんと彼女の事を覚えている様だ。ぱっと見怯えている様子も無い。

勿論仮面が有るからだとは思うけど、彼女が女性である事が大きいかな


「ああ、先日は私の勘違いで、君を怯えさせるような事になってしまった。申し訳ない」

「あ、え、い、いえ、だ、大丈夫です、その、精霊さん達から、話を、聞いてます、から」

「精霊から?」

「は、はい。嫌なのじゃないのが居る、って、言ってました。だから、解ってます、から」

「そうか・・・それでもちゃんと謝っておきたかったんだ」


そうか、メイラは精霊の会話が全部解るから、彼女の事も聞いているんだ。

確かにそれなら彼女が良い人だって伝わっているだろう。

精霊達の会話なので、若干不安が残る部分は有るけど。


「うん、これでもう、心残りは無いな。さて、今迄長々と邪魔をしてすまなかったな。訪問はこれで最後。もうきっと、顔を合わせる事も無いかもしれないな」

「あ、そっか・・・」


そうだ。彼女は自分の家に帰る。それはここから遠い王都に帰るという事。

勿論絨毯を使えば会いには行けるだろうけど、彼女にとっては気軽には会いに来れない。

私としても知らない人が沢山居る街は、ちょっと、行くのに、勇気と覚悟がいる。


離れていれば些細な動向は解らないし、引っ越せば二度と会えないかもしれない。

何よりも彼女は兵士だ。戦闘で死亡する事だって、無い訳じゃないと思う。

少し仲良くなれた人なのに、そんなのは、嫌だな。


「そうだ、ちょっと、待ってて」

「え? ああ、解った」


慌てて席を立ち、作業部屋に向かう。そしてとある箱を手に取って居間に戻った。


「これ、持って行って」

「これ、は・・・あの時の首飾り」

「この結界石は、通常の結界石とは違うから、余程の大魔法以外は防げる」


この結界石の首飾りは、リュナドさんに渡したのと違って複数の結界石を重ねてある。

元々はデザインの為にそうした所も有ったけど、今となってはそれで良かった。

アスバちゃんクラスの大魔法相手だとちょっと怪しいけど、そうでなければ防げるはずだ。


「・・・ああ、ありがたく、今度こそはありがたく受け取っておこう」

「うん、気を付けて・・・元気でね」

「ああ、勿論だ・・・!」


二ッと笑う彼女に目には、少しだけ光る物が有ったから、私も少しつられてしまった。


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家精霊と山精霊、錬金術師とその弟子に見送られ、彼女たちの家を後にする。

今日の家精霊は私に居場所が解る様になのか、衣服を着ているから動きも解り易い。


「君は付いて来て良いのか?」

『キャー』


肩やポケットに居た子達は庭からの道中で降りて行ったのだが、一体だけ降りる様子が無い。

訊ねてみるとご機嫌な鳴き声だけが返って来た。意味は解らないが肯定なのだろう。


「今思えば、君は監視ではなく、護衛だったんだな」

『キャー?』

「ふふっ、主の真似事?」


何の事? と首を傾げる精霊に、思わずクスクスと笑みが漏れる。

結局彼女は最後まで、自分の手柄を主張しなかった。

ただ自分はそこに居ただけだと。すべては精霊使いのやった事だと。


「部下の成果をかっさらう上司はごまんと見てきたが、自分の成果を部下に持たせる上司か」


それだけでも彼女がこの街で認められる理由が解るという物だ。

勿論王子との会話を見るに、ただそれだけの事ではない事は解っている。

だけど何処までも彼女は、私を助ける為に動いてくれたんだ。


「首飾り、か」


こんな見事な物どころか、安物の首飾りもつけた事は無い。

女らしい装飾など興味も無く、似合わないとも思っていた。それを自らの意思で付ける。


「似合うかな?」

『キャー♪』


柄じゃない言葉だと解っていながら問うと、精霊は満面の笑みで頷いてくれた。

そのせいか何だか、今更胸から、熱い物が溢れて来た。


「ああ・・・本当に、彼女は、良いな・・・君達の主は、本当に」


この首飾りにどれだけの意味が有るのか、愚鈍な私には全ては解らない。

だけどこれだけの物を渡す価値が有ると、そう思ってくれたんだ。

こんな物、思わず目頭が熱くなっても仕方ない。


「人を泣かせる、酷い人だ・・・」

『キャー・・・』

「ああ、ごめんなさい。悪口を言ったつもりは無いの。素敵な人よね、貴方達の主は」


これから私は王都に帰る。だけどきっと、もう今までの様に従士は出来ない。

王子のおかげで命の保証はされるだろう。だけど国に逆らった形になるのは明らかだ。

公には勿論そんな事は無い。ただの任務失敗というだけの事。だた、それでも。


「・・・首飾り、無駄にはしないわ」


万が一、なんて事が有りえる。彼女はそう思っているんだ。

本当に最後までありがとう。最低でも、貴女に迷惑だけはかけない様にするから。

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