第193話、予想外に早い訪問者を迎える錬金術師

「いやいや全く、彼も中々に無理を言う。一国の王子をいきなり『こっちに来い』と呼びつける兵士も中々居ないだろうね。少なくとも私の人生では初めての経験だ」


言葉の割りに楽しげに語る様子に、特に気にしていないのかなと感じる。

家精霊が差し出したお茶を啜り、山精霊の踊りを鑑賞する姿はご機嫌その物だ。


「・・・それは、少々語弊があると思いますが、殿下」

「ふふっ、まあ確かに多少はね。だけど大半は事実だろう」


反対に表情が無くなっているリュナドさんの言葉を、やはり楽し気に返す王子。

何が楽しいのか本当に何処までも楽しそうだ。指を握る精霊とリズムを取って遊んでいる程に。

王子の頭の上には既に山精霊が三体、肩にも四体乗っており、完全に馴染んでいる。

前回餌付けされていたし、美味しいお菓子の味を覚えているのだろう。


「頑張って出来るだけ早くやって来たんだ。これぐらいは良いだろう?」

「それについては感謝致します。まさかこんなに早くやって来るとは思っていませんでした」


リュナドさんの予想では、早くても暖かくなる頃にやって来ると予想していたらしい。

それがまさかの寒さの真っただ中にやって来て、報告を聞いた彼はかなり驚いていた。

偶々結界石を渡す日だったので、庭で山精霊から聞いていたその様子を良く覚えている。


「いやはや、彼の王は色々と理由を付けて来れない様にしていたがね。来られて困る事しかないのだから当然だが、流石に押し留めるには理由が足りんよ。父を巻き込ませて貰ったからね」

「・・・その話は初耳なのですが」

「言ってなかったからね。何、君達が気にする様な事は何も無いさ。迷惑はかけないよ」


また更に渋そうな顔をするリュナドさんを見て、王子は心底楽しそうに笑っている。

本当に何が楽しいのか、彼はこの家に来た時からずっとこの調子だ。


「いやー、阿呆を揶揄うのは楽しいよね」

「・・・殿下、彼女が居る前でその発言は如何なものかと」


クックックと笑う王子の言葉に、リュナドさんが従士さんに目を向けながら静かに告げる。

その事に気が付いた王子は笑い顔を消し、真面目な顔を従士さんに向けた。

私には何故彼女の前では駄目な発言なのか解らなかったけど、駄目な発言だったらしい。


「ああそうだね。確かにこれは申し訳ない。現状の貴方の立場がどのような物であれ、自国の王を蔑まされる事は不快に違いない。心から謝罪を、従士殿」

「い、いえ、ど、どうかお気になさらず!」


今日は従士の彼女もやってきていて、彼女は先程からガチガチに固まっていた。

私と同じく対話が苦手な彼女は、今の言葉が王子が来てから二回目の発言だ。

最初の発言は自己紹介で、その時もどもって噛んでいる。


ただその時王子は彼女に距離を詰めて、頬に手を添えて顔が近かった。

あんな事をされたら私達の様な人間は、驚いて上手く喋れなくなるに決まっているだろう。

何せ私と違い彼女は王子と初対面だ。緊張しないはずがない。


因みに彼女の名前はフルヴァドというらしい。この前教えて貰った。

ただ名前を教えて貰って以降、その名前を呼ぶ機会が一度も無いのだけど。

何となく従士さんで最初に覚えちゃったから、反射的にそう口にしちゃう。

リュナドさんの時も門番さんで慣れちゃって、中々名前を口に出来なかったなぁ。


「君は錬金術師殿が認めた相手だ。なれば私は貴女に敬意を払う必要が有る。そこに居る精霊使い殿と同じ様に。謝罪を受け入れては貰えないだろうか」

「う、受け入れます。受け入れますから!」

「感謝する」


私の友達だから気にしてくれたらしい。まあ私の同類だと思えば気も使うだろう。

従士さんはそれにも慌てて返していたが、王子は満足そうに優しく微笑んでいた。

その様子に従士さんは安堵の息を吐き、だけどまだ落ち着かない様子で王子を見つめる。


「さて、ではそろそろ本題に入ろうか。今回私は彼女を助ける為に、精霊使い殿の要請に応えてこの街に来た。その際にこの国との関係を少々悪化させたが・・・まあそこは問題無い」

「も、問題無い、のですか?」


王子の言葉に疑問を持った従士さんの言葉に、王子はふっと笑って返す。


「無いよ。この国と彼女を天秤にかければね。錬金術師殿を軽く見過ぎているこの国との関係悪化と、彼女の要請に応えない事を比べれば、どちらを選ぶかなど考えるまでもない」

「・・・殿下、今回の件は私の判断であり、領主の要請です」

「ああ。そうだな精霊使い殿。だが私にとっては同じ事だよ。君は錬金術師殿が傍に置く人間であり、その要請を断る事が何を意味するか、馬鹿でなければ解る。そうだろう」

「・・・今回は、否定は致しません」


私が傍に置く、とは違うんだけどな。彼が傍に居てくれている、が正しいと思う。

とはいえリュナドさんが今回は否定しないって言っているし、そこは黙っておこう。

余計な事を言って彼を困らせたくは無いし。


「なれば錬金術師殿よ、貴女に問おう。貴女は私に何をさせたい」


そこで急に話を私に振られ、予想外の事にびくっと固まってしまう。

だって今の話の流れ、私関係ないよね。リュナドさんも自分の要望だって言ったんだし。

何で私に話を振るの、この王子は。振られても返す要望なんて何も無いよ。


何故かリュナドさんと従士さんも真剣な顔で私を見ているけど、そんな顔されても困る。

というか今回の件私は完全に何も知らないんだから、私に答えを求めないで欲しい。


「・・・私は、何も、無い。リュナドさんの、考えだもの」

「ふむ。となれば断っても私に何も損は無い、と考えて宜しいか」

「・・・さあ?」


損? 損が有るかどうかなんて私には解らない。不思議な問いに眉間に皺が寄る。

そして首を傾げて応えると、王子は何故かクックックと楽しげに笑いだした。

この人今日は本当に機嫌が良いなぁ。何処に笑う所が有ったのかいつも以上に解らない。


「あっはっはっはっは! いやはや、全く勝負にならないね。まあ元々私の方が下なのだから当然と言えば当然だが。了承した。そう言われては、彼の要望を蹴る訳にはいかないな」

「・・・それは、良かった」


リュナドさんの望みを聞いてくれるなら、それは友達として嬉しいと思う。

王子の様子にリュナドさんはホッと息を吐き、従士さんも大きく息を吐いていた。


「とは言っても今回私の出来る事など限られている。それは流石に容赦して頂きたい。ここに来る時点でそれなりに無理を通してもいるしね」

「・・・別に、責める様な事は、無いよ」

「そう願いたい物だ」


いや、私が許する許さないとか、そんな話になる様な事何も無いはずなんだけど。

何で王子はいちいち私の反応を気にするんだろうか。

私の関係ない所に私の考えを聞かれても困るだけなんだけどなぁ。


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精霊使いからの要望を受け、即座に彼の王に向け書簡を送った。

出来るだけ早く届く様に、そして出来るだけ早く返って来る様に手を打って。


錬金術師の件は公には交易品を求めての交渉という形に纏まっている。

それも王子自ら話を通しての事であり、だからこそ私自身が再度出向く事に不自然は無い。

それを拒否するという事は、錬金術師と私の関係を悪化させるという事。


つまり彼女の作る商品の仕入れを出来なくするという、経済的な攻撃と言える。

本来は私が再接触するまでに内に取り込み、上手く交渉をするつもりだったんだろう。

だがそれが出来ておらず、自分の企みを知られたくない彼の王は、当然妨害をした。


勿論彼女の居る国が私の国でない以上、公に見ればその行為に不当な部分は無い。

自国の利益の為に制限をかける。それ自体に口を出す事など本来は出来ないだろう。


「自国で賄えるなら、な」


我が国は海に面している。それがどういう意味を持つのか、解らないはずもない。

勿論他の国とも交易もしているだろうが、私と父の国交を舐めて貰っては困る。

周辺国を巻き込んでの経済制裁ならこちらの方が力が上だ。調味料と美術品の力を舐めるなよ。


その結果うだうだと言い訳がましい返答が何度か続いたが、早々に決着がついた。

おそらく止めは父がこの件に不快感を覚えている、という点だろう。


とはいえこれで父に借りを作った様な物なので、こればかりは気分が重い。

今度ご令嬢と引き合わされるという話を聞いたせいで殊更に。

まあ上手く嫌われるように立ちまわるとしよう。王族の結婚など面倒でしかない。


そんなこんなで無事に錬金術師の居る街に着き、相変わらず精霊の走り回る街に笑みが漏れる。

他の土地では決してみられない光景だ。私はこの光景が結構気に入っている。

それに精霊の楽し気な鳴き声と共に、子供達の楽しそうな声も多い。

子供に元気が溢れている街という物は、それだけ街に力が有るとも言える。


「さて、着いたからには早々に話を進めるとするか」


別に急いで帰る必要など無いが、気分良く滞在する為にもやるべき事は先にやってしまおう。

そう思い錬金術師への訪問の許可を取り、精霊達に快く迎え入れて貰った。

錬金術師は相変わらず仮面を付け、ただ今日は少しだけ初対面の頃に戻っている気がする。

少々その圧に気圧されているのを笑顔で誤魔化して話しを進めた。


「なれば錬金術師殿よ、貴女に問おう。貴女は私に何をさせたい」

「・・・私は、何も、無い。リュナドさんの、考えだもの」


一応精霊使いの考えは理解しているし、その点を拒否するつもりは無い。

だが彼が私を利用しようとしている事には違いないだろう。

その点に関して彼女が何を考えているのか、探るつもりで訊ねた。


だがその答えはあくまでこの要望は彼の物であり、自分は関係ないという物。

つまり自分の借りにはならないと暗に言っている訳だ。相変わらず上手い。


「ふむ。となれば断っても私に何も損は無い、と考えて宜しいか」


私にとって一番重要なのは彼女であり、彼女が望むからこの街に無理を通してやって来た。

だがその彼女が『自分の要望ではない』というのであれば、私はそのまま帰る事も出来る。

本来ならこんな駆け引きはしない方が良いが、負けっぱなしというのも悔しいのでね。


「・・・さあ?」


だが彼女は当然の様に私の上を超えて行く。元々彼女の方が強者なのだから当然ではあるが。

仮面の奥なせいで解り難いが、眉間に皺を寄せて首を傾げるその返答。

明確に言葉にしてはいないが、断るなら何が有っても知らないと、そう言われているんだ。

これは言葉にしないからこその圧力が有る。何せ実際に敵に回るとは口にしていないのだから。


勿論前回私を許してくれた彼女が本当に手を下すとは思えない。

だが私の出した答えに対し、勝負を挑むなら相手になってやると言われたんだ。

今回は彼女側の要望だったから少しは揺さぶれるかと思ったんだけどな。

全く動揺した様子無く返されてはどうしようもない。今回も完敗だ。


「さて、ならばやるべき事は早めにやってしまおう」


終わったらのんびりとお茶といこうか。本音を言えば酒で乾杯でもしたいところだが。

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