第192話、薬の使用経過を自分で確認しに行く錬金術師

精霊と従士さんからリュナドさんの経過報告を聞くけれど、自分の目でも確かめておきたいな。

ふとそう思い立ち、街道で見張りをしている精霊兵隊さんに訓練の日程を訊ねた。

すると彼は別で仕事が無い日はほぼ毎日訓練していると聞き、なら今から見に行こうと決める。


「隊長もきっと、気合入ると思いますよ」

「ええ、喜ぶと思います」


その際にそんな事を言われた。私が見に行く事で気合が入って喜んでくれるならそれは嬉しい。

もし彼が見に来て欲しいのであれば、普段から定期的に見に行くようにした方が良いのかな。

訓練中の兵隊さんの勢いがちょっと苦手なので、あんまり近づきたくは無いのだけど。


どうにもあの大声は慣れない。仕方ないのだろうとは思うけどもどうしても辛い。

距離も有って人数も居るから、指示にはどうしても大声になってしまうのは解っている。

解ってはいるのだけど、解っていてもやっぱり大声はちょっと怖いよね。


「リュナドさんの訓練の様子、見て来るけど、メイラも行く?」

「え、えっと、い、いえ、お邪魔でしょうし、その、男の人、多そう、ですし」


一旦家に帰って一応メイラに付いて来るか聞いたけど、流石に予想通りの答えが返って来た。

とはいえ彼女を邪魔なんて思うはずが無いのだけど。むしろそれが理由なら連れて行く。


「ん、それじゃあ、行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃい」

『『『『『キャー』』』』』


メイラと家精霊と山精霊に見送られ、荷車を走らせて訓練場へ向かう。

最近移動は完全に精霊任せなので、外に顔を出さなくて良いのは本当に楽だ。


『キャー♪』

『キャー♪』


偶に街に居る精霊との挨拶なのか、唐突に止まる事が有るけどそれぐらいは良いだろう。

ただ荷車の中に精霊が増えていくのは何故だろうか。いや、それも別に良いけども。


『『『『『キャー♪』』』』』


何故か荷車の中でどこかの民族の踊りらしきものが始まった。

ドンドコドンドコ太鼓を鳴らし、祈りを捧げる様な動きで太鼓の周りを回って踊る。

一通り終わるとばーんと一際大きく太鼓が叩かれ、キャーキャーと私に話しかけて来た。

どうやら最近覚えたのを見せたかったらしい。君達本当に街の生活を満喫してるね。


「上手だったよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


素直に褒めると精霊達は跳ねて喜び、キャーキャーと走り回って荷車を出て行った。

残ったのは最初から居た数体の精霊だけになり、一気に静かになった気がする。

本当にあの子達は自由だなぁ。楽しそうで何よりだと思う。


そう思っていたらさっきの太鼓の音が外から聞こえて来た。

恐る恐る外を見てみると、広場らしき所で精霊達がまた踊っている。

今度は街の人達を観客にしている様で、ただ私と違うのはおひねりを要求していた。

帽子を逆さまに持って抱えている子が、ちょろちょろと足元を走り回っている。


「・・・え、お金稼いでるの、あの子達」

「ああ、偶にやってますよ。稼いだ小金を持ってお菓子を買って、孤児院の子供達と一緒に食べてますね。それぐらいは出そうって話が領主様から有ったらしいんですけど、要らないって言ってああやって大道芸の真似事してるみたいです。その、領主様、精霊に嫌われてますから」

「お菓子・・・」

「残った金は寄付しているみたいですね。まあ寄付というよりも、お菓子は買えたからもう要らない、って感じで置いて行ってるだけですけど。金も払わなきゃいけないというよりも、払って交換するのが楽しいからしている、って感じですね」

『キャー』


私の呟きに精霊兵隊さんが説明をしてくれて、彼についている精霊もコクコクと頷いている。

初めて知った事実にちょっと驚きを隠せない。私よりもしっかり街に根付いている。


「・・・凄いね、君達」

『『『『『キャー♪』』』』』


心からの誉め言葉に精霊達が喜び、荷車の速度が上がったのは流石に注意した。

そんなこんなで目的外の出来事も有ったけど訓練場に到着。


「隊長はあそこに居られます」


手をかざして視線を誘導されたので素直に顔を向けると、走っているリュナドさんが見えた。

傍に居る人達はへとへとといった様子だけど、彼だけは普通の顔をして走っている。

あ、いや、もう一人、彼が先輩と呼ぶ兵士さんは元気そうだ。


「呼びに行きましょうか?」

「・・・ううん、休憩迄、待ってる」


優しい彼の事だ。呼び止めたら絶対に訓練を中断して私を構ってくれる。

それなら邪魔にならない様に、休憩迄陰から見ている方が良いだろう。

元々彼の調子がどうかを見に来たのだし、私にとってもその方が都合が良い。


「戦闘訓練も、見れると良いのだけど・・・」


体力関連は精霊からの報告である程度把握している。実際今も元気そうだし。

あ、でも、私彼の訓練見た事ないから、どの程度か解ってないかも。

良い機会だから、今日はじっくり見ておこう。ちょっと人目のつかない陰から。

あ、そうだ、タオルでも用意しておこうかな。精霊にお願いして持って来てもらおう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お前最近、元気が有り余り過ぎじゃねえか?」

「余裕で付いて来る先輩に言われたくないですね」

「はっ、こちとら体のつくりが違うんだよ」

「いやまあ、明らか体格から違いますもん。先輩実は魔獣だったりしません?」


別について来る必要も無いのに、何故か俺と同じペースで走る先輩。

部下共はもう完全にばてていて、走っているのか歩いているのかという状態だ。

とはいえ今日は既にそこそこ走っているので、足を止めていないだけ誉めてやろう。


「いやよ、真面目な話、お前最近大丈夫か。無理してんじゃねえだろうな」

「無理はしてませんよ。むしろ体力が有り余ってます」


以前の俺でも今の訓練量は出来ない事は無いが、流石にここまで余裕は無かった。

それなりにばてていたはずだが、最近は1,2段体力が上がったかのように感じる。

原因は解っている。多分セレスに渡された薬で強化されたんだろう。


ただ彼女の説明からすると、あの薬はだた飲んだだけでは効果が無い。

よく食べ、良く動き、その結果体が強くなると、そう言っていた。

つまり疲労回復の速度が上がっているんだと思っている。


ライナに聞いた時はどんな危ない薬を渡されるのかと恐怖したが、予想外に真面で安堵した。

走る際も靴を使った方が早いし、力も手袋が無くてもどうにかなる程じゃないしな。

訓練の効果が異常に出るという点では、普通の薬とは確かに言えないが。


まあ問題はその説明と薬を渡された後のアクセサリーだが。

あれ、本当に使える様になんのかね。渡された翌日試しに使ったが酷い物だったぞ。

頭痛に吐き気に体中の痛みで、戦闘どころか歩く事もままならない。

藻掻いた際に叩いた地面が吹き飛んだのは驚いたが、あれじゃ使い物にならないだろう。


「ま、そういう事なら良いが。姫さんも見ているみてーだし、良いとこ見せないとな」

「姫さん?」

「あそこ」


先輩が指を差した先、建物の物陰からこちらを窺うフード姿が見えた。


「・・・あいつ、もうわざとだろ、あれ」


絶対また脚色された噂が出てくるぞ。精霊使いを心配する健気な様子とかなんとか。

違うからな! あれ絶対に薬の効果を確認しに来ただけだからな!

なんて思っていたら、休憩時にタオルを手にパタパタと駆けて来られた。


「リュナドさん、タオル使って。体の方は、どう。精霊から聞いてるけど、不調の類は無い?」


セレスの口から出て来た言葉は予想通りだが、周りには一切聞こえない程に小声過ぎる。

その上俺の袖を握って顔を近づけて来るから、余計に周りの目が痛い。

近付けられている俺自身は目の前に有るのが石仮面なので、何とも言えない気分だ。


「調子は悪くない。良すぎるぐらいだ」

「良かった。もし不調が有れば、直ぐに言ってね。ちゃんと対処するから」

「出来ればそうならない事を祈るよ」


その後は他の訓練も見て行くという彼女の言葉に、少々頭を抱えつつも了承。

身体能力の上がり具合を確かめたいらしい。俺自身も解らない不調が出たら怖いし仕方ない。

因みにこの会話の間の部下共の生暖かい目に、戦闘訓練は容赦してやらねえと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る