第191話、失礼に気が付く錬金術師

「すまないな、今日も邪魔をしに来た」

「・・・ん、気にしないで、良いよ」


以前の従士さんとのお話の後、頻繁では無いけれど彼女が家に訪ねて来る事が増えた。

とはいえ彼女も私も余り話題の有る方ではなく、どちらも用が有る訳ではない。


なら何故やって来ているかと言えば、私と彼女の仲が良いと見せる為との事だ。

こうする事で私が彼女を気にかけているという事を、街の住人にも見せたいらしい。

リュナドさんがそう彼女に説明していて、彼女も素直に頷いていた。

そうする事で彼女が助かるならと、私も当然頷いて承諾している。


最初の頃は話題が無さ過ぎて、お互いお茶を飲んで無言で過ごす時も有った。

だけど最近は彼女が話題を持って来てくれるおかげで、何とか会話になっている。

いや、私から話しかける事がほぼ無いので、会話と言って良いのか解らないけれど。


無言時はアスバちゃんの無軌道会話が恋しくなる。案外あれは気が楽だと最近解った。

だって私が何も喋らなくてもどんどん喋るんだもん。返事しなくても喋り続けるし。


「最近精霊兵隊の訓練に混ぜて貰う事が有るのだが、あの訓練量は国境で警戒をしている辺境の兵士すらやっているかどうか怪しいレベルだな。貴女が精霊使いを信用する理由が良く解る」


別に私は彼らの訓練量でリュナドさんを信用している訳ではないんだけどな。

というか基本的に訓練を見に行く事が無いから、どの程度やっているのか殆ど知らない。

この前リュナドさんに会いに行った時も、何だか皆がこっちを見るから彼の背中に隠れたし。


「特に最近の彼の動きは目を見張る物が有るな。気合いの入り様が違う。それに明らかに周りと一つ桁の違う訓練をしているにもかかわらず、それを当たり前の様にこなしているのは流石だ」

「・・・リュナドさん、変わりない、みたいだね」

「変わりない、のだろうか。私には異様なまでに元気が有り余っている、という風に見えるが」

「・・・それは、良かった」


一応精霊からも報告は有ったから知ってるけど、薬は上手く作用している様だ。

ただあの子達の報告だと『リュナドいつもより元気だよー』とか『お腹痛い痛いになってないよー』とか『リュナドこの前こけてたよー』とか、そんなのだから彼女の報告は結構助かる。


「そういえば彼に聞いたのだが、貴女は接近戦も優秀らしいな」


優秀、と言って良いのかな。単純な接近戦なら多分あの騒がしい領主の方が上だと思う。

勿論何でも有りなら負ける気はしないけど、それは純粋な接近戦と言って良いのかどうか。

近接で魔法石使うのも接近戦、と言ってしまえば接近戦なのかな。

ああでも結構ナイフ使う事が多いし、ナイフなら接近戦闘と言えない事も無いか。


「・・・私は何か、不味い事を聞いたかな?」

「・・・え、いや、そんな事は、無いよ。何処までが接近戦か、ちょっと、悩んでた」

「そうか、ならば良かった。すまないな、仮面を付けているので表情が少し読み取り辛く・・・いや、これは言い訳だな。私はそこまで対人能力の高い方ではない。もし不快に感じる事が有れば素直に言ってくれ。こちらも何かあればキチンと言おう。前の様な誤解が無いように」


対人能力。そっか、そうなんだ。何となく最初に会った時から、そうかなと思ってはいたけど。

やっぱり彼女も少し話すのが苦手な人だったらしい。そうと解ると少し心が軽い。

とはいえ私と違って対話から逃げず、苦手だけれど語ろうとする人なのだけども。


「・・・仮面、外した方が、良い?」

「あ、いや、すまない。着けている理由が有るんだろう。失礼な事を言ったと、言ってから気がついた。無理に外す必要など無い。余りに無遠慮な事を口にした。本当にすまない」


ああ、凄いな、私とは違う。ちゃんと気配りが相手の為になっている。

さっきも誤解が無いようにって言ってたけど、それに関しては悪いのは私なのに。

優しい人だ。良い人だ。元々そう思ってはいたけど、改めて実感した。


対人が苦手だという彼女は、その苦手にどこまで頑張って立ち向かっていたんだろうか。

いや、もしかしたら今も心は震えながら、だけど頑張って背筋を伸ばしているのかもしれない。

そんな人が仮面のせいで話し難いと言うなら、取らないのは幾らなんでも失礼だと思う。


「・・・ごめん、外すね」

「い、いや、本当に気にせず――――」


とはいえ私も彼女に慣れ切った訳ではないので、恐る恐る自分の様子を見ながら仮面を外す。

仮面状態だと色々麻痺しているから、外した瞬間に一気に感情が溢れる可能性が有る。

目を瞑って深呼吸をし、外した仮面をテーブルに置き、ゆっくりと目を開いた。

すると彼女は眼を見開いたまま固まっており、ポカンとした表情を私に向けている。


「・・・どう、したの?」

「――――あっ、いや、その、ああ、えっと、すまない。変な気遣いを、した、だろうか」


仮面を外した事に驚いていたのかな。変な気遣いなんて、そんな事全然無いのに。

むしろこの仮面を外して大丈夫なのかと、ちゃんとそう聞いてくれた事は有りがたかった。


「・・・ううん、ありがとう」

「そ、そうか、ならば良いのだが・・・」


そう言いつつも彼女は仮面をじっと見つめ、気まずそうな表情を私に向けている。

そんな顔をして欲しかった訳じゃないのだけど・・・仮面を外したのは失敗だっただろうか。

少し心配になって上目使いで見つめると、彼女は私の視線に気が付いて顔を向け口を開いた。


「・・・もし、失礼でなければ、その仮面を何故付けているのか、教えて貰えるだろうか」

「・・・これは、人の目を、気にしない、為」


仮面の説明、してなかった。何処まで私はうっかりしているのか。


「人の、目。なる、ほど・・・そうか、そうだったか。すまない、確かに貴女には必要かもしれないな。だがそうなのだとすれば、私に素顔を見せても良かったのか?」

「・・・貴女には、見せないと、と、思ったから」

「―――――、そ、そうか。それは光栄だ」


彼女は一瞬息を呑む様子を見せたけれど、その後に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

その様子にほっと息を吐き、知らずに入っていた体の力を抜いてお茶を飲む。

喜んでくれた事がお茶と共にじんわりと体に馴染む様で、気が付くと口の端が上がっていた。


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精霊使いの提案で錬金術師の家に定期的に訪問する様になった。理由は良く理解している。

これは王子が万が一来られなかった時の為に、証人を一人でも多く作る為の保険だ。

錬金術師の家への道は街道に面しており、訪問すれば当然だが街道を歩む者達の目に触れる。

何せ彼女の家への通路以外何も無いのだから目立って当然だ。


そしてこの街道には当然他の領地の人間の目も有り、中には他国の人間の目も存在するだろう。

あの結界石は一年を待たず王都にも届いた。ならば同じ距離の他国に渡らぬ道理は無い。

結界石の売買を求める者が他国に居ないなど有りえないと、世情に疎い私でも言い切れる。


つまるところ私の死を彼女のせいに出来ぬ様に、他国へ私と彼女の関係を見せようとしている。

正直言って気の長い策だ。少なくとも年内で私を王都に返す気は無いな、これは。

勿論帰っても死が待っている以上、彼らの策に乗るしか生き残る手段が無いのだが。



ただここで問題は、私は正直、特に会話が得意な口ではない、という事だ。



初めて一人で訪問した時は、聞きたい事も有ったので特に問題は無かった。

だが定期的に会いに来て話題に上げる様な事柄なぞ、私には殆ど存在しない。

そもそも彼女も無口な所が有り、お互いに訪問時と帰宅時以外口を開かぬ事もしばしば。


ただ流石に何度も訪問していると、段々と彼女の興味を引く話題が少しは解る様になった。

何時も仮面の隙間から見える鋭い目。それがとある話題を出すと細められる事が多いと。


「最近精霊兵隊の訓練に混ぜて貰う事が有るのだが、あの訓練量は国境で警戒をしている辺境の兵士すらやっているかどうか怪しいレベルだな。貴女が精霊使いを信用する理由が良く解る」


彼の名を出すと、彼女の眼は優し気な物になる。仮面を付けていても解る程に。

それは私にとって助かる事だった。何せ話題が出せなくとも、終始無言は居心地が悪い。

彼女がどうなのかは解らないが、少なくとも私に彼女の無言の威圧感は少々辛い物が有る


なので共通の話題として彼の話をし、最近はそれなりに雑談と言える状態にはなったと思う。

だからだろう。うっかりと失言をしてしまったのは、気が緩んでしまっていたのだ。


「仮面を付けているので表情が少し読み取り辛く・・・」


実際仮面を付けているせいで、彼女の表情は読み取り辛い。

だが女性が人前で常に仮面を付けている。その事にもう少し配慮すべきだった。

若い女性が仮面を付ける理由など、容姿に何かしらが有る可能性が大きいだろうに。


謝って許される事と思うべきではないが、慌てて謝罪を口にした。

だけど彼女は私の謝罪に対し謝罪を重ね、その仮面を外してテーブルに置いた。

そこに現れたのは、目つきは鋭いが容姿に問題など無さそうな若い女。

どちらかと言えば容姿は良い方と言えるだろう。その眼付きの悪さえ除けば美人と言える。


「・・・これは、人の目を、気にしない、為」


ならば何故かと、失礼ながらも問うた言葉の返答に、頭の足りなさを痛感した。

彼女は今や敵が多い。素顔を知られるという事はそれだけ危険に繋がる。

仮面は自己防衛の為の物であり、それを外す相手は限られているという事だ。


「・・・貴女には、見せないと、と、思ったから」


そして私は、彼女に、その信頼を受けてしまった。外して良い相手だと思われてしまった。

全く、相手が喜ぶツボという物を解っている。本当に敵う気がしない。

貴女にしてみれば男女関係なく掌の上だな。それでいて嫌ではない事が悔しいよ。


その後は緩やかにお茶を飲み、彼女の弟子が帰ってくる前に家を去る。

ただ帰り道にふと、大事な事に気が付いた。


「・・・そういえば、未だに名乗った覚えが無い。完全に忘れていた」


彼女の事だから私の名なぞ知っているだろうが、それでも礼を失する事だろう。

訪問をされた側の彼女と違い、本来は私が先に名乗るべき立場なのだから。

それでも彼女が私の名を聞かないのは、その失礼に見ない振りをしてくれているのだ。


「全く、何処までもやってくれる」


お茶を飲んで優しげに笑う彼女の顔を思い出し、思わず苦笑と呟きが漏れる。

鋭い目つきの時には想像がつかない程、少々幼く可愛らし気なあの表情。

どちらが彼女の素顔なのか・・・いや、どちらであろうと構うものか。


「本当に仕えるべき相手って、ああいう相手なのかもしれないわね」


もし誰よりも先に彼女に会えていれば、そんな事を考えてしまう。

ああ本当に、力が足りずに身動きが取れないこの身が口惜しい。

私に精霊使いの半分でも力が有れば。そう思わずにはいられないな。

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