第190話、道具の実地試験をする錬金術師

「行ってきます、セレスさん」

『『『キャー』』』

「ん、行ってらっしゃい。気を付けてね」


今日もいつもの様にメイラを見送り、彼女の姿が見えなくなったら作業部屋に向かう。

部屋に入ったら棚に置いてある金具の腕輪と足輪を、両手首と両足首に着ける。

自分用ではないので少し緩いけれど、皮の留め具も付けているので締めれば問題ない。


次は皮と金具を交互に組み合わせたチョーカーとベルトを付ける。

こちらは最初からサイズ調整が出来る様にしているので特に問題は無い。

全てを着け終わったら外套を纏い、これで準備完了だ。


「じゃあ、ちょっと試験をしてくる、ね」


家精霊に出かけて来る事を告げ、コクリと頷いたのを確認してから絨毯を手に取る。

庭に出たらすぐに飛び上がり、メイラの居ないであろう方向へ飛ばす。


「魔獣か、最低限熊とかこの前の猫ぐらいの、大型の獣が良いな」


今日はさっき付けた腕輪と足輪、チョーカーとベルトの動作試験だ。

これらはそれぞれ単一の道具ではなく、全部合わせて一つの道具。

全て着けないと効果を発動しないし、これは装着者の安全の為でもある。


これらの道具の中には先日の魔獣の核を混ぜ込み、とある魔法の発動条件を組み込んだ。

当然リュナドさんの為の道具ではあるのだけど、彼に渡す前に動作試験をしておきたい。


勿論完成した後に庭で発動自体は出来る事は確認している。

ただ実戦でどこまで使えるかの試験は、渡す前にしておいた方が良い。

特にリュナドさんへの送り物だ。制作者が性能把握出来ていない様な物は絶対に送れない。


「うーん・・・狼の魔獣は、相変わらず見つかるけど、あれ相手にしてもなぁ」


狼の魔獣はその気になれば普段でも素手で倒せる。そんなの相手にしても仕方ない。

以前熊の魔獣を倒した辺りに何か出て来ないかと進むも、街道辺りは平和だ。

当然と言えば当然なので、その周辺の山の上空をうろうろと飛ぶ。


「あ、熊だ」


魔獣ではないけれど一際大きな熊を見つけた。あれなら下手な魔獣よりも強いだろう。

道具の試験に丁度良いと思うし、近くに川も有るから捌くのにも丁度良くお土産にもなる。

魔獣では無いけれど、熊の肉は少し高いと聞いた事が有るし、内臓は薬にもなるし。


「・・・いや、内臓は、今日は諦めておこうか」


今日やるつもりの事を考えると、いつもの様に綺麗な状態で殺すのは無理かもしれない。

まあ良いか。取り敢えずあれでテストをしてみよう。あの大きさならば十分効果を確認できる。

絨毯を熊へと向け、熊が気が付くように近くに降り立つ。


「グルゥウウウゥゥゥ」


熊は私の出現に驚くそぶりも見せず、不機嫌そうに立ち上がって威嚇をして来た。

時期的にこの寒さなら本来熊は寝ているはず。ならここに熊が居る理由は二つ。

途中で少し起きて外に出て来たか、巣に何かあって出て来ざるを得なかったか。


どちらにせよ機嫌が悪い事には変わりないだろう。戦う気が有る方が私も都合が良い。

熊が寄ってくる前に麻酔薬を一つ飲み、心を戦闘状態にして熊に敵意を向けた。

その意識に装飾が反応し、私の中に力が流れ込んで来る感覚を確認する。


「ふぅ・・・!」


強制的に有りえない力を出せる様にされている感覚に、若干頭痛と吐き気が上がって来た。

ぎしぎしと体中が悲鳴を上げている。そんな力は自分には無いと叫んでいる。

それを気合で堪えて我慢し、無手のまま構えた。今日の戦闘に道具は使わない。


錬金術師が準備も何も無く無手で戦うのは、最早敗北と言って良いと学んでいる。

だから本来無手戦闘は最終手段で、最初からやる戦闘方法ではない。

ただ今日に限っては無手である必要が有るから仕方ないだろう。正確な試験結果の為だ。


麻酔薬が効いて来たらしく吐き気は落ち着いてきて、体の痛みも無くなって来た。

当然本当に無くなった訳ではなく、麻酔で麻痺させているだけだけど。

感覚はちゃんとある。ただ痛みにだけ鈍くなる麻酔だ。


「グオオオォォォ!!」


熊がのっしのっしと私に近づき、その腕を大きく振り下ろしてきた。

普段から熊の攻撃程度は避けられるけれど、今日は何時もと感覚が違う。

熊の動きが異様に遅く感じ、避けるという程の意識すら必要無い。

認識能力の上昇はしっかり出来ている。薬が無かったら頭痛が酷そうだけど。


熊は当たらない事にイラついているのか、唾を飛ばしながら鳴き声を上げて追撃を重ねる。

それを今度はわざと受け止めに行き、片手で熊の一撃を真正面から止めた。

少し怖かったので思い切り力を入れてはいるけど、受けた感じ然程の威力を感じない。

当然薬で麻痺しているせいも有るけれど、腕を見るに骨折した様子も無いから問題ないだろう。


「ふっ!」


そのまま熊の前足を振り払い、無防備になった脇腹を殴りつけた。

熊は情けない鳴き声で吹き飛んで行き、木々にぶつかりながら転がっていく。

加減が少し解らなくて打ち損じた。吹き飛ばす気は無かったのに。


転がって行った熊はよろよろと立ち上がり、だけど私を見つめながらじりじりと下がっていく。

勝てない相手だと認識したらしい。悪いけど逃がす気は無いよ。

靴の力を使わずに走って熊に肉薄し、今度はしっかりと踏み込んで顎を打ち上げた。


ただしさっきの一撃で感覚を掴んでいたので、今度は吹き飛ばすような真似はしない。

きっちりと打撃を伝えきり、熊の下顎と鼻先は完全に粉砕した。

ただし熊がそれで悲鳴を上げる前に、頭部に向けてもう一撃入れて即死させる。

頭が吹き飛んだ熊は大きな音を立てて地面に倒れ、ふぅと息を吐いてから道具の力を切った。


「うん、ちゃんと行ける、ね」


戦闘中に強化が切れる事も無く、切るという意識を持つまでちゃんと維持されていた。

設定はちゃんと機能しているし、効果もきちんと発揮されている。

接近の際の踏み込みも、靴の力を使わずとも遜色ない速度で移動出来た。

ただやっぱり難点は使用時の身体負荷だろうか。こればかりはどうしようもない。


「魔法使いが使う様な身体強化とは、これは違うからなぁ」


あくまで小型魔獣の核を使った、核に体が馴染んだ魔獣が使う身体強化だ。

小型魔獣は成長の過程で体が普通の小動物とは別物になり、負荷に耐えられる体になる。

というか、この負荷がかかっているのが通常で、そういう風に進化した生き物なんだ。


そして人間はそんな風に出来ていない。である以上この強化は著しく負荷がかかる。

一応我慢すれば薬無しでも使えない事は無いけれど、出来ればやりたくはないかな。


「だけどあの薬と併用すれば、リュナドさんだけは、普通に使えるようになる」


最初の内は無理だろう。だけど暫くすればこの力に彼の体が馴染んでいく。

最終的にその気になれば常時発動状態も出来るはずだ。多分。

流石にそこは人の体なので、絶対とは言えないのが難しい所だけど。

少なくとも薬を全部飲み切る頃には、一時強化の負荷は殆ど無いと思う。


「さて、じゃあこれと薬を彼に渡して・・・服用量だけはちゃんと言っておかないと危ないね」


一旦家に帰って山精霊に伝言を・・・いや、今日は私がちゃんと渡しに行こう。

彼への普段のお礼なんだ。ちゃんと自分から出向く方が正しい、よね?

幸い今なら仮面も有るし、騒がしい場所への移動でも、荷車での移動を許可されてるし。


「よし、行こう」


リュナドさん、喜んでくれる、かな。喜んでくれると、嬉しいな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日も今日とてそこそこ平和な見張りを続ける日々だ。

たまーに変なのが絡んで来るが、最近は滅多にそういう事は無い。

本当に国の中央と揉めているのか、実は俺達を驚かす為の嘘じゃないのかと思う程に平和だ。


『キャー』

「ん、ほんとだ。市場に行く・・・にしては時間が半端だな。食堂かな?」


精霊に声を掛けられて通路に目を向けると、荷車が走って来るのが見えた。

少し浮いているし車輪が回っていない荷車を『走っている』と言って良いのかは解らない。

兎も角あれがやって来たという事は、錬金術師が街に向かうという事だ。


「さっき帰って来たところなのに、珍しいな」

「そうですね、普段一回出かけたら夜まで二度目は無いですもんね」


俺の呟きに後輩が応え、やはりそうだよなと思いつつ荷車の接近を待つ。

今日彼女は絨毯でどこかに出かけていて、さっき帰って来たところだ。

普段の彼女ならそのまま出て来ないか、出てきても差し入れに来てくれる程度。

何時もならしない行動に、まさか何か有ったのかという考えが頭に過りつつ声をかける。


「錬金術師殿、街に向かわれるのですか?」

「ちょっと、リュナドさんに、会いに、行きたくて」

「ああ、成程」


納得した。これ以上訊ねるのは野暮という物だろう。

彼女が隊長に会いたいというならば、会いたい以上の理由など必要ない。

いや、有ったとしても、我々が態々訪問理由を訊ねるのは無粋という物だ。


「では、隊長は今頃訓練をされていますので、そこまでご案内致します」

「あ・・・そっか、訓練・・・今行ったら、邪魔、かな」

「まさかそんな。隊長が貴女を邪魔などと思うはずがないでしょう。大丈夫ですよ」


隊長の邪魔になる事を気にする彼女に問題無いと返し、生暖かい視線を向ける俺と後輩。

実際問題が有ったとしても、彼女がそうしたいと言えば止める権限は俺達には無い。

当然隊長も部隊よりも彼女への対応が最優先事項なので、断る事は無いだろう。


「では、先導いたします」

「あ、うん、ありがとう」


仮面の奥の目が嬉しそうに細められたのを確認し、訓練所まで荷車を先導する。

これで二人の関係に関しては誤解だなんて言われてもなぁ、なんて考えながら足を進めた。


彼女は訓練所に付くと『自分が会いたくて来たのだから』と、自ら隊長の下へ向かう。

訓練中の兵士達の目の中、パタパタと駆けて行って隊長に何かを手渡す錬金術師の姿に、新たに噂が広まったのは必然だったのだろう。

兵士達の目から少し隠れるように、隊長の袖を握って近づいていたのも原因かもしれない。


『錬金術師こそが精霊使いに惚れ込んでいる』


暫くしてそんな噂が、明らかに出所がはっきりしている噂が、街にも広がっていた。

因みに噂が隊長の耳に入った際、兵士達は足腰が立たない程の訓練をさせられる事になる。

何故か俺達の訓練量も増えたのは絶対に八つ当たりだと思う。

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