第189話、強化薬を作る錬金術師

「ん~・・・・んはぁ・・・よく寝た」


大きく伸びをしてから息を吐き、まだ少しポヤッとした頭を起こす。

今日はやるべき事が決まっているので二度寝はしない。

そもそも最近は二度寝をしたいと余り思わない。起きた時に体がすっきりしているし。

とはいえお昼寝を基本的にしているので、二度寝と同じ様な物かもしれないけど。


「んみゅ・・・おはようございます」

「うん、おはよう」


私が体を起こしたのを感じたらしく、メイラもまだ少し寝ぼけた感じで起き上がる。

起きたら家精霊に挨拶してタオルを受け取り、顔を洗いに二人で井戸に向かった。


外はもう寒い空気が漂っているはずだけど、庭の中であれば不思議とマシに感じる。

うっかり寝間着のまま外に出ても凍えない辺り、家精霊の加護は本当にありがたい。

とはいえ流石に家の中と違い、この格好ではちょっと寒いかも。

井戸の傍では私達の接近に気が付き、先に水を汲んでいる山精霊達の姿が有った。


『『『『『キャー』』』』』

「ん、ありがとう」

「ありがとう、精霊さん」


毎朝顔を洗いに出るからなのか、最近はこうやって汲んでくれる事が多い。

ただ毎日汲んでくれる訳ではない。何故なのかは考えるだけ無駄だと思っている。

水に手を入れるとかなり冷たく、顔を洗うとその冷たさに一気に意識が覚めた。


「そろそろ、本格的に寒くなって来たね」

「そうですね。家に居る時は解らないですけど、採集の時とか、そう思います」


よく考えたらメイラは私よりも外に出る事が多い。実感も私より有るだろう。

もっと寒くなった時の為に、メイラ用の暖かい服を作った方が良いかもしれない。

食堂に行く際も空は寒くなってきているし、フードの防寒にも限界が有るだろう。


幸い毛皮の類は有る。外に毛の服も良いけど、中に毛の多い服も暖かいだろう。

それなら外側は可愛く出来るので、多分メイラも喜んでくれるんじゃないかな。


「黒塊、おはよう」

「・・・おはよう」

『おはよう、娘よ』


黒塊は相変わらずだ。私も挨拶したんだけどどうでも良い様子が崩れない。

少し残念な部分も在るけれど、これはこれで安心出来る材料だと割り切っている。

黒塊の関心は何処までもメイラにしかなく、メイラが無事な限りは問題無いと。


それに最近はメイラが挨拶をする程度にはなったのも、黒塊が大人しい理由だろう。

多分今は構って貰えるだけで満足なんだと思う。つい最近まで基本的に無視だったし。


『娘よ、今日は――――』

「セレスさん、家精霊さんが、朝食が出来たって言ってます。行きましょう」

「あ・・・えっと、うん」


黒塊が話しかけていたけれど、今のメイラは確実にわざと無視した。

表情なんて全く解らないけれど、塔の上の黒塊がしょんぼりしている様に見える。

とはいえ家精霊が玄関に出てきている辺り、呼びかけが被ったのは事実な様だ。


『『『『『キャー♪』』』』』

「うん、いこう、精霊さん達」


朝食と聞いてスキップしながら鳴き声を上げ、メイラに付いて行く山精霊達。

にこやかに答えるメイラを見ていると、少しだけでも黒塊を構ってあげてと思ってしまう。

ただメイラにすれば黒塊は怖い化け物だろうし、仕方ないと言えば仕方ないのだけど。


メイラの後を追って家に入ると、テーブルには既に朝食が並んでいた。

元々私は朝食を食べる口ではなかったけれど、最近はメイラの為に食べる様にしている。


というのもメイラは成長期だし、最近は昼迄素材採集に出かけている。

ならその為の栄養をちゃんと取らねばと、家精霊に詰め寄られたらしい。

話を聞いてそれならばと許可を出し、だけど一人だけ食べるのは気が引けるという話に。


山精霊が居るから一人ではないのだけど、そういう事ではないのだと精霊達に言われた。

何故かこれに関しては家精霊も山精霊も同じ反応で、私は頷くしか出来なかった訳だ。

まあ家精霊の作る食事は美味しいし、そこまで量も無いので起き抜けには良いけども。


食事を終えたらメイラは服を着替え、何時もの鞄と筆記具を持って出かけて行く。

今日は新しい薬草を採集しに行くからか、とても気合が入っている様に見える。


「行ってきます、セレスさん」

『『『キャー』』』

「うん、気を付けてね」


メイラと精霊達を見送り、同時に庭から半分ほど精霊が消えたのを確認。

黒塊がそーっと移動しようとしていたけれど、家精霊に捕まって塔に戻されていた。

もう家精霊にとってもあの位置が黒塊の基本配置らしい。


「さて、それじゃあ私も作業しようかな」


流石に寝間着から着替えて氷室に向かい、既に処理しておいた材料を手に取る。

前日の内に必要な分を全て氷室に置いておいた。今日はこの中で作業するつもりだ。


「これを劣化させたくないし、ね」


家に帰ってから氷室の中で詰めた、猿の魔獣の血が詰まった瓶。

魔力の残りがとても良く、今回の目的に十分沿う材料になるだろう。

小型魔獣の血という事を考えれば、そうそう簡単に劣化しない素材ではある。

だけどせっかくなので、出来る限りきっちりと効果を発揮させたい。


「ベースは栄養剤にして・・・」


今回の薬剤のベースは、身体機能が落ちた人の為の栄養剤にする。

栄養剤と言っても薬が栄養を完全に補填する物ではなく、体質を改善するタイプの栄養剤だ。

なので正確には栄養補給改善薬、と言う方が正しいのかもしれない。

この薬を飲む事によって、食事からとれるエネルギー量を増やす事が出来る。


ただ問題は量が過ぎると、常に大量の栄養を体が求め過ぎる様になる事か。

エネルギーは足りているはずなのに、枯渇している様に感じるのでちょっと危ない。

胃が爆発するまで食事をしたくなるので、一歩間違えば毒も同然だろう。

勿論絶対そんな事にならない様に気を付けて調合しているけれど。


「そして身体機能増強・・・」


別にもう一つ薬を作る。こちらは元々身体機能が弱い人の為の薬だ。

とは言ってもこれも飲んだら簡単に強くなるとか、そういう部類の薬じゃない。

身体機能の回復速度を上げる事が出来る薬で、筋肉痛とかにも効く。


ただし服用量は守らないと心臓に異常が出る事が有り、最終的に呼吸困難になって死ぬ。

とはいえ大量に飲まない限りはそうはならないので、滅多に起こる事では無いけれど。


更に言えば先に作った薬と合わせる事で、筋力増強剤としての機能を発揮させる。

ただこれは単純に腕力だけの話ではなく、内臓や心臓も強くなる。

当然その過程で多少の負荷が存在するが、その辺りを誤魔化す麻酔も一緒に渡すつもりだ。


「これに血を・・・」


作った二つの薬に魔獣の血を少しづつ入れては混ぜるを繰り返し、満遍なく混ぜ込む。

小型魔獣の血には、小型魔獣ならではの強化の力が宿っている。

あの小柄な体で戦闘出来るだけの身体強化の力が、死して尚その体に残り続けているからだ。


態々戦闘時に強化をかけているからではなく、当たり前の様に普段から強化されている体。

小型魔獣は存在自体が身体強化の魔法のような物とも言える。

とはいえ核と違いずっとその効果を維持し続ける事は不可能、っていうのが難点なのだけど。

なので今作ってるのは、リュナドさんの体を少しずつ本人の身体機能で強化していく薬になる。


服用してすぐには効果は余り出ない。だけど毎日服用しているうちに段々と変わっていく。

薬を全部飲み終わる頃には、上手く行けば今とは段違いの身体能力を手に入れているだろう。

単純に薬の力だけではなく、緩やかに残る強化魔法が彼の体を強靭に変えていく。

魔法の力は何時か消えるけど、その頃には彼の体は幾らか強化をかけた様な体になっている。


「私にも効果が有れば、自分用にも作るんだけどな」


私は一時的な身体強化薬なら効果は有るのだけど、ずっと続く体質改善系は効果が余り出ない。

全く効果が無いという訳ではないのだけれど、ほぼ無意味に終わってしまう。

昔から色々と薬を飲んでいた弊害かもしれない。強い薬じゃないと効かない時も有るし。

だからって毒が効かないかと言うと、そういう訳じゃないから時々困るんだけど。


ただ彼は薬がかなり効きやすいので、この薬の効果は思いっきり出ると予想している。

因みにこの薬を作れるのも、今までの彼へ処方した薬が有ったおかげだ。

彼の調子を聞き、その度に素材や量を変え、彼専用に何度も調合した経験の成果と言える。

単純な誰にでも効果が出るであろう量ではなく、彼に万全に効く様に調整した専用薬だ。


「後は小分けにして、冷暗所で乾燥したら完成、と」


後は出来上がった薬を瓶詰するだけなので、薬の作業は終わりだ。

均一に量を間違えない様に慎重にやっていたから、結構な時間がかかってしまった。

扉を開けて日の高さを見ると、もうそろそろメイラが帰ってきそうな高さだ。


「んー・・・核を使った道具作成は、明日にするか、昼を食べてからにするか・・・」


リスの時と違う黄色の塊の核を手に取りながら、どうしたものかと悩む。

いや、やっぱり今日中に出来る事はやってしまおう。

私の事じゃなく、リュナドさんの為に始めた事なんだから。


それに作った薬は元々の予定とは違う薬だ。本来は核を使い別の薬を作る気だった。

だけど小型三匹分の血と核二つ。これだけ有るならばと予定を変えたんだ。

次に作る物こそ本命。なら本命を作らずにどうするの。


「よし、お昼食べたらやるぞ」


今日のお昼寝は我慢だ。待っててね、リュナドさん。


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「・・・何それ、本気で言ってんの?」

「セレスはすこぶる本気だったわ」


今日は休みを与えられたので、取り敢えずライナが何か聞いていないかと食堂に来た。

結論から言えばしっかりと聞いていたらしいが、俺は聞かなきゃ良かったと後悔している。


「俺の強化って、これ以上何する気だよ・・・手袋に靴に鎧に槍に、十分過ぎるだろ・・・」

「セレスが言うには、攻撃力を上げたいって話だったわね」

「攻撃って、新しい槍とかか」

「それはしないって言ってたわ。途中から良く解らない材料の説明になっていたから、半分ぐらい覚えてないけれど、とにかく薬を作るって言ってたわね」


強化の為の薬って、もうその言葉だけですげー怖いんだが。

その薬で化け物みたいに体が膨れ上がったりしそうな想像が頭に浮かぶ。


「アスバちゃんが心配していたのを聞いて決めたらしいけど、何も聞いてないの?」


ちょっと待て。あいつが原因かよ。何であいつは色々と引っ掻き回していくかなぁ!


「ほんとさ、頼むから俺に関係あるなら、事前に言ってくんねえかな・・・」

「私に聞いて来たりせずに、直接あの子に聞けば良かったじゃない」

「いや、だってさ・・・」


今回の件に関して、アイツは元々硬い口を更に噤んでいる。策を誰にも、ライナにも語らない。

それは当然の防衛手段であり、俺が下手に知る方が迷惑をかける可能性も在るだろう。

というかそのせいであいつの機嫌損ねるのも怖いし、聞いて良いのか最近は殊更判断に困る。


「・・・一応危険は無いのかは聞いているから、安心して良いんじゃないかしら。普段から貴方専用に薬を調整しているのだし、貴方相手に無茶な事はしないわよ、あの子は」

「良く解らない薬を連絡なしに飲まされるのは無茶ではないと?」

「あら、別に飲みたくなければ拒否すれば良いのよ。あの子は貴方が嫌がれば無理に飲ませようとはしないわ。そもそも貴方の身を案じて作るのだから当然じゃない」


彼女は笑顔で口にするが、その内心はちっとも笑っていない。

話す様になってから時々見せる「私は少し機嫌が悪いです」という笑顔だ。何でだよ。


「貴方が街の兵士で、セレスが街の住民である限りは守る、って約束をしたのは聞いてるわよ。その上で一つ言わせて貰うけど、その約束がある限り、貴方が約束を守る限り、セレスが貴方に直接害が出る様な事はしない。貴方はセレスがその約束を破ると思うの?」

「それ、は・・・」


・・・悔しいが、自分でもその判断で大丈夫なのかと思うが、そうは思わない自分が居る。

勿論不安が無いと言えば嘘になるが、それでもあいつは約束を守ってくれると思えた。

それに俺だって一応は解っている。あいつは俺を何度も守ろうとしてくれたんだから。


「・・・解ってるよ、それは」

「なら信じてあげて」


ライナの表情から笑みが消え、機嫌が直った事に息を吐く。

解っているさ。俺を強化をさせる理由が有る事ぐらいは。


もしこの先戦闘になれば、俺はきっと前に出ざるを得ない。

精霊使いとして、錬金術師の隣に立たなきゃいけないんだ。

その俺が弱いままじゃ、アイツの足を引っ張る事になりかねない。

下手をすれば俺だけが死ぬ、なんて事が普通にあり得る。


それに王子を呼ぶ件は俺の独断だ。となれば尚の事俺は前に出なきゃいけない。

あいつは、今回の事の為に、俺を生かす為の対処をしているんだろう。

でも薬かぁ・・・怖いなぁ・・・化け物になったりしないと良いなぁ。

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