第188話、作る物の方向性を考える錬金術師
まさかの想定外の採取量にホクホク気分で荷車を飛ばし、どう使おうか今から考えている。
当初の予定では一体だけのつもりだったので、彼の為の身体強化薬だけを考えていた。
だけど三体だ。小型を一気に三体なんてそう簡単には狩れない。何せ先ず見つからないし。
最初に気配は解ったのに捕まえられなかったのも、それが小型魔獣だったせいだ。
先ず当然だけど小型故に隠れられるとまるで解らない。身動きを取らなければ尚の事。
多分猫を川に置く前から近くに居たんだろうけど、あの時点まで全く気が付けなかったし。
そして小型魔獣は魔獣の癖に、あんまり戦闘意欲が無いのだ。
たとえ肉食であっても、自分より大きな獣に戦闘を仕掛ける事は滅多に無い。
勿論戦闘意欲旺盛な個体も居るけど、そういう個体が発生した場合もっと山が荒れる。
人里も平気で襲うので、確実に討伐対象になるだろう。
前のリスの時は、多分知らずのうちに兵士達がリスの巣を壊したんだと思う。
その上相手は多く、パニックになり、もうやけくそな状態での戦闘だったんじゃないかな。
小型魔獣は基本的に戦闘を好まない個体が多いけど、別に自分を弱いと思っている訳じゃない。
だからいざとなれば戦闘に移るけど、やっぱり基本は逃げ隠れするから見つからないんだよね。
「三つも有れば、他にも作れる・・・」
小型魔獣はちゃんと保冷しておけば、その体の全てを素材に使える。
前回のリスは状況が状況だったのと、あの後私が疲れていて色々放置してしまった。
あれはもったいなかったなぁ。とはいえ仕方ないと諦めるしかなかったけど。
なので今回は全部しっかり有効利用する気満々だ。今なら私の体調も万全だし。
とはいえやっぱり一番有効なのは核だ。小型の魔獣には大抵力の核が存在する。
ただしそれは以前の蛙のような大きければ良いという物ではなく、小さい方が質が良い。
小型魔獣は中型や大型魔獣と違い、体の大きさは普通の小型の獣と同じ様な物だ。
だけどその力は中大の魔獣と遜色なく、下手をすれば力の爆破力は大型を遥かに超える。
力を付ければ肥大するという、生物として当然の在り方を否定する存在。
それが小型魔獣であり、小型魔獣の核。圧縮された膨大な力の塊。
これが有ったからこそ、黒塊戦であれだけの魔法を放つ事が出来た。
一つは予備に置いておくのも良いかな。また黒塊みたいなのが現れた時の為に。
『キャー』
「ん、着いたんだね。ありがとう」
精霊の声に応えて外を見ると、家の庭の上空に着いていた。
庭では山精霊達がキャーキャーと出迎えており、中心にメイラと家精霊が立っている。
荷車を庭に降ろして外に降りると、メイラと家精霊が飛びついて来たので抱きしめ返す。
「お帰りなさい、セレスさん」
「うん、ただいま」
何度聞いても嬉しい気持ちになる『お帰り』に、笑顔で『ただいま』と返す。
ほんのちょっとの外出も、数日開けた外出でも、やっぱり家に戻って来た時は心が安らぐ。
ただ山精霊が纏わりつくのは、その、歓迎してるのは解るんだけど、ちょっと邪魔。
顔に張り付いた子をべりっと剥がし、頭の上に置いたら普段から居る子に蹴り落とされた。
「俺は帰還報告してくるな」
「あ、うん、今日もありがとう、リュナドさん」
「仕事だからな」
これは彼の何時もの口癖だけど、最近はちょっとだけ嬉しい気持ちも有る。
何時も通りに付き合ってくれると言われている様で、思わず口の端が上がるのを感じる。
とはいえ仕事だからこそ大変な事にも付き合ってくれる彼に、しっかりお返ししないと。
本当は彼の身体強化の薬だけにするつもりだったけど、他のも彼の為に使おうかな。
勿論予備に一つは残しておくけど、核は二つとも彼の武装に使うのも良いかもしれない。
いや、そうしよう。元々その為に狩りに行ったんだから。
武器は槍が有るし、胴体は鎧が有る。いざという時の為に結界石も有る。
となれば防御を固めるよりも、今回は攻撃力を上げる方が良いかもしれない。
槍は沼地を作り出す機能は有れど、攻撃力自体はあんまり高くない、というか普通の槍だ。
でも新しい槍、というのももったいない。あの槍もまだまだ壊れそうにないし。
そもそも折角彼の魔力が定着しているんだ。彼も気に入っているみたいだし槍は却下。
となると身体強化の薬よりも・・・常に身体強化かける様な道具の方が良いのかな。
勿論薬も体質改善の為に作るけど、更にその先を行ける道具を。
「・・・なんか俺、変な事言ったか?」
「ふぇ? 何が?」
「いや、えらく笑顔を向けてじっと見るから、何かと思って」
どうやら私が彼の為に何を作ろうか、と思ってじっと見ていた為に気になったらしい。
あんまり意識していなかったけど、自分で思っている以上に顔に出ていたみたいだ。
「今から、何を作ろうかと思ってたら、ちょっと楽しくて」
「ああ・・・そういう事か」
私の言葉に彼は納得の言葉を口にし、小さく溜息を吐いていた。
リュナドさんって時々こうやって確認するよね。別に変な事言ってないのに。
もし変な事が有るとすれば、それは私が原因だ。気にしなくても良いのに。
「あ、あの、お疲れ様、です」
「ん、ああ、ありがとう。そっちも留守番ご苦労様。特に何も無かったか?」
「えっと、アスバさんが来たぐらい、です。セレスさんが居ないので、すぐに帰りましたけど」
ああ、アスバちゃん来てたんだ。すぐに帰ったという事は、特に用事は無かったのかな。
それにしてもメイラ、仮面は付けているけど大分リュナドさんと普通に話せている。
リュナドさんの優しい気質のおかげもあるのだろうけど、本当にこの子は頑張り屋さんだなぁ。
家精霊が後ろから抱きしめているので、その影響も有るのかもしれないけど。
「・・・あいつほんと自由だな。あいつだけだぞ、何にも気にせずセレスの家に来るの。ライナは別としても、マスターでも基本遠慮してるのに」
「あ、アスバさんは、セレスさんの、お友達です、から」
「それが一番謎なんだよな。最初の出会いを考えれば、どうやったら友人になれるんだか」
確かに彼女は声が大きいし、ぐいぐいくるし、良く騒ぐし、活発だし、結構よく怒る。
あれ、ほんとに凄いな。私の苦手要素満載だ。言われてみると本当に良く友達になれたと思う。
けどそれでも友達になれたのは、彼女が凄い人だからだ。
「彼女は、凄い人、だから」
「・・・まあ、それは、解るけど」
彼女の誇り高さは眩しく感じる。彼女の苦手な部分を忘れる事が出来るぐらいに。
だから彼女の事を好きになった自分が居て、出来れば仲良くなりたいと感じた。
それに何だかんだアスバちゃんは優しいし。でなければ私は彼女と仲良くなれてないと思う。
「今後も、仲良くしていきたい、かな」
「それは俺もそうある事を願うよ」
リュナドさんとアスバちゃんは、既に仲が良い気もするけどな。
むしろ二人の方が私より仲が良い気がする。二人は良くお互いの事を私に話すし。
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アスバとの友好関係は言葉の通り保っておいて頂きたい。二人の喧嘩とか堪った者じゃない。
お前らが戦ったら巻き添えで死ぬ自信がある。絶対に今まで通りの関係で居てくれ。
「じゃ、俺はそろそろ行くよ。またな」
「うん、またね、リュナドさん」
『『『『『キャー』』』』』
精霊達を引き連れ街道に足を向け、街道で部下から問題なしの報告を受ける。
それに「ご苦労」と応えて街に向かい、そのまま領主館へと足を向ける。
領主館へ着いたら文官に領主が居るかを聞き、居る様なので執務室へ。
最早最近は訪問して良いかの伺いを立てる事が無い。
別にこれは俺が面倒だからではなく、向こうの要望だ。
セレス関連は緊急の時も有るので、気にせず来いと言われている。
「帰ったか。早かったな」
「目的の物が早めに見つかったらしいので」
「そうか。何をするかは聞いたか?」
「いつも通りですよ」
「そうか。まあ、お前が彼女に重用されている間は、悪い方には転がらんだろう」
判断基準がそこで良いのかと言いたくなるが、あながち間違ってないのが辛い。
あいつは俺の条件を呑んだ。俺がこの街の兵士である限り手を貸すという条件を。
つまり街に害を与え、俺があいつと敵対する様な事はしない。と思いたい。
因みにこの件は領主に報告していない。流石にこれは個人的すぎる約束だからな。
「ああ、ただ、期待していろ、とは言われましたね。これで大丈夫だ、とも」
何が大丈夫で何を期待すれば良いのかは解らないけども。
まあこのタイミングでの遠出で、期待しろってのはそういう事なんだろうが
「期待か・・・やはり戦争になった時の対策、なんだろうな」
「おそらく」
「ああ、そういえば脳筋男は何と言っていた?」
「なるべく敵にならん様にしよう、と」
「そうか。まあ、そうだろうな。あいつはあれで合理的な男だ。民の為にその身を礎になんて考えを持っていながら、自らと部下の犠牲が無駄になると解っていれば確実に動かん奴だ」
「それだけではなく、正当性が無いから、とも言っておられました」
「だから合理的だという話だ。錬金術師が他国の王子と縁が有る事を奴は知っているのさ。ならばその戦いに正当性が無ければ、敵は何処まで膨れ上がると思う。大人しくしている方が領民の為でもある。下手に動けば責任を擦り付けられかねないしな」
「・・・知らせていた、の間違いでは?」
俺の問いに領主は答えなかったが、口元がニヤッと上がっていた。
やっぱりそうか。向こうが持っている情報がいやに正確だと思った。
意図的に情報を他領に今まで以上に流している。おそらくあの領地以外にも。
多分あの人は解っていてその部分は口にしなかったんだろうな。
「さて、後はお前の希望通り、王子殿下が来るのを待つとするか」
「・・・申し訳ありません」
「前にも言っただろう。謝るな。それとも謝らなければいけない事をお前は考えているのか」
「・・・いえ、私は街の為に、ただそれだけです」
「ならそれで構わん。領地と領民の為を想った行動に、何を咎める必要が有るんだ」
領主はそう言うが、あれは俺の独断だ。ならば立場としては咎められるべきだろう。
おそらく領主は俺と見ている部分が違う。つまり領主の計画を一つ潰したようなものだ。
この件に関しては既に謝罪しているが、やはりどうにも怖い所は有る。
気にするなと言われても、本気でそう思われているとは、流石に思い込めない。
「今日は錬金術師に付き合って疲れただろう。明日は休んで良いぞ」
「はっ」
今回俺は殆ど何もしていないから疲れていないが、余計な事を言うのは止めておこう。
休暇か。何をするか。どうせ精霊共の面倒を見て一日が潰れる気がするな。
ああいや食堂に行くか。彼女なら今日の素材をどう使うか聞いているかもしれない。
・・・聞くのも怖いから、本当はあんまり行きたくないけど。
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