第187話、小型魔獣と戦う錬金術師

『キャー!』

『『『『『キャー!』』』』』


精霊が高らかに鳴き、荷車が上昇していく。今日はあの子達に操縦を任せている。

幌の上に海賊船長みたいな格好している子が居るから、多分そういう遊びなんだろう。

曲線強めのカットラスを掲げ、船員役達に指示を出している。

私としては目的地に着く事が出来ればそれで良いので、好きにさせている感じだ。


『キャー!』

『『『『『キャー!』』』』』

『キャー!』

『『『『『キャー!』』』』』


何時もテンション高いけど、今日は殊更テンション高いなぁ。

指示の度に左右に揺れるのは船の舵を切っているつもりなのだろうか。

楽しそうだから今は邪魔する気は無いけど、帰りはまっすぐ飛んで貰いたい。


「ん、リュナドさん、どう、したの?」


ふと視線をリュナドさんに向けると、彼は口を押さえて険しい顔をしていた。

よく見ると若干顔色が悪い様に見え、心配になって傍に寄る。

だけど彼は近付く私を手で制し、少し震えた声音で返してきた。


「・・・気持ち、悪い、だけだから」

「もしかして、リュナドさん、酔った?」

「・・・多分」


絨毯移動が多かった頃に高速軌道でも平気だったから、まさか酔うと思ってなかった。

上下左右の揺れが小刻みなのが原因だろうか。取り敢えず精霊達には止めて貰おう。


「精霊達、揺らすの止めて」

『『『『『キャー』』』』』


精霊達は私の言葉に素直に応え、荷車を揺らすのを止める。

そしてわらわらとリュナドさんの傍に寄り、心配そうに声をかけ始めた。

彼はその声に頷きはするけど言葉は発さないので、何と言われているのかは解らない。

ただ船長役の子が恐る恐るという様子で鳴いていたのを撫でていたので、謝っていたのだろう。


「リュナドさん、吐き気は、強い?」

「・・・多少有るけど、吐き出しそうな程、じゃない。我慢は、出来る」

「なら、えっと・・・これ、飲んで。吐き気や眩暈を抑えるから、酔い止めにも使える」

「・・・悪い」


懐から薬を出して彼に渡し、彼が薬を飲んだ所で目的地に到着した。

降りられそうな場所を探して荷車を地面に下ろし、私一人で外に出る。


「リュナドさんは、休んでて。少ししたら、楽になると思うから」


何時もは付いて来てもらうけど、流石にこの状態の彼を連れて行く訳にはいかない。

薬を飲んだから少しすれば回復するとは思うけど、それまで休んでいて貰おう。


「・・・悪い。お言葉に、甘えさせて、貰う」

「うん。精霊達は、彼の事、お願い」

『『『『『キャー』』』』』


元気よく答えた精霊達に満足しながら、少し心配だけど彼を置いて山道を進む。

折角なので薬草の類も適当に採取するも、珍しい物は特に見当たらない。

近くの山で取れる物とほぼ同じ様な物しかなく、更に言えば余り使える物が無い。


「ま、良いか、今日は別に」


今日は素材は素材でも、魔獣の素材を探しに来たんだ。植物類は駄目でも良い。

それに薬になりそうな草木は余り無いけれど、単純に食料としては優秀な山だ。

小動物が好むような木の実が沢山有るし、実際結構な量をさっきから見かけている。


とはいえ目的の小型魔獣は見つからず、黙々と足を進めている形なのだけど。

途中野生の大きな猫に襲われたけれど、ナイフを喉に突き刺して捻って止めを刺した。

普通にナイフが通る獣は楽で良い。魔力を持ってると毛皮が硬い事が多いから。


その場合目や口等を狙えば良いのだけれど、細かく狙いを定めなくて良いのはやはり楽だ。

そんな事を想いながら襲って来た猫を血抜きしつつ、近くに在る川を目指す。

前に来た時に空から地形は把握している。もう少し歩いた先に確かあったはずだ。


「ん、有った有った」


そこそこ大きい川だったので流されない所を探し、猫を投げ入れる。

暫くこのまま置いておくとして、さてどうしようか。

何となく何時もの流れで狩ってしまったけど、これを捌けばまた時間がかかる。

魔獣でもないくせにその辺の熊ぐらい大きいし。足とか私の腕の5倍はあるな。


別に普段なら気にせずのんびりやるのだけど、今日は別の目的で来ている。

となればここでのんびり血抜きを終わらせ解体、というのは無駄な時間だ。

ただでさえ領主とのお話でそれなりに時間が経っているし。


「何時もの癖でやっちゃったけど・・・置いて行こうか」


少しもったいないけど仕方ない。今回はリュナドさんの為に来たのだから。

彼の身体強化の為なのだし、そこを忘れてはいけない。

薬が出来れば今日の様に酔う事も無くなるだろうし、きっと喜んでくれるだろう。

それに魔獣のお肉じゃないから、ライナへのお土産にもならないし。


「・・・ん?」


そう思って川から離れようとして、私の様子を窺っている複数の何かの気配を感じた。

ただし攻撃をしようという感じではない。だけど余りに私に注意を向けている。

ただの野生の獣とは少し違う気配。とはいえ人間の視線とも思えない。


何処だろう。何処からか見られている。見られているのは解っているけど位置が解らない。

暫く周囲を警戒して立ち止まってみたけれど、やはり視線だけで動く気配は無い様だ。

私がこの場を去るのを待っている、という感じがする。


「・・・んー」


取り敢えず何も気にしない振りをしつつ、山道に足を向ける。

そして川に入れた猫が見える様に移動をして、そこそこ離れた所で足を止めた。

そこから様子を見て暫くは何も起きなかったけど、やがて猫の傍に寄って来る者が現れる。


それは私の片手ぐらいの小型の猿が3匹。さっきの視線の正体はあれだ。

私が猫を置いて離れようとしたのを見て、奪い去ろうと構えていたんだ。

ただそこで私が足を止めた為、戻って来る事を警戒してすぐには飛びつかなかったんだろう。


そしてその猿は小柄な体では考えられない力で、猫を軽々と持ち上げてしまった。

普通の猿なら絶対にありえない。間違いなく魔獣の類だ。


「ふっ!」


靴に魔力を通し、一歩の踏み込みで猿達に肉薄する。

無防備だった2匹は意識の外から喉を刈り取れた。

ただ問題は猫を抱えていた個体だ。猫が邪魔で攻撃しにくかった。

おかげで魔力を込めた毛皮に刃が流され、完全に警戒態勢を取られてしまう。


猿は私の出現に焦りつつも、全速力でその場から逃げ出した。

靴が無ければ追いつけないと諦める速度。だけどせっかく見つけたんだ。


「絶対に逃がさない。それ抑えておいて」

『キャー』


頭の上に子に二匹の猿を抑えて貰い、私は逃げた猿を追いかける。

あそこ迄警戒心の強い魔獣だ。ここで逃がしたら次は無い可能性が高い。

私を覚え、他に仲間が居るなら情報共有をし、絶対に近付いてこないだろう。


「ギキャッ!」

「っ!」


ただある程度接近したところで猿は近くの木を蹴って反転し、私に拳を向けて来た。

拳はフードを少しかすめた程度で終わったけど、猿が蹴った木は粉砕している。

多分拳が当たっていれば私もあの木と同じ様に粉砕していただろう。

そして猿はそのまままた逃走し、私も方向転換して追いかける。


「ギャッ!」

「よっと」


さっきの攻撃が有効だと思ったのだろう。また同じように反転攻撃をして来た。

だけど一度見たのと同じ軌道で2度目は流石に甘い。

突っ込んでくる瞬間に合わせてナイフを構え、拳を躱しつつ喉に突き刺した。


突進の勢いが強かった為、魔力で覆った毛皮も刃を逸らし切ってはくれない。

それでも猿は逃げようと頑張ったけど、ほどなくして絶命したのを回収。

川に戻って保存用に持って来ていた箱に猿を入れ、事前に作った氷と一緒に保冷する。


「ふぅ・・・ちょっと疲れたけど、成果は十分以上、かな」


まさか1日で済むとは思わなかった。早く帰ってメイラと家精霊を安心させてあげよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスを見送った後、まだ気持ち悪さが抜けずに荷車の中でくたばっている。

車酔いとか久々だ。この荷車で酔うとかありえないと思ってのに。


「あー・・・ぎぼぢわるい」

『キャー、キャー』

「縁起でもない・・・死なねえよ・・・気持ち悪いだけだ・・・」


死なないでリュナドって、そもそもお前らが変に揺らすからこうなってんのに。

おい、なんだその棺桶は。お前ら絶対反省とかしてないだろ。

つーか中に既に精霊が入ってんじゃねえか。何がしたいんだお前らは。葬式を始めるな。


「・・・あ、だいぶ楽になって来た」


セレスに貰った薬のおかげか、ついさっきまであった胸の苦しさが消えた。

苦しくなくなって助かったのは良いが、本当に相変わらず怖いぐらい効くな。

それに少し怖い気分になりつつも感謝をし、深呼吸をして荷車を降りる。

当然だがセレスの姿はどこにも無く、追いかけるにもセレスがどこに居るのか解らない。


「・・・大人しく待っておくか」


素材採集に向かったとは言っても、まさかこのまま何日も戻って来ない事は無いだろう。

暇だが仕方ない。精霊の面倒でも見つつ荷車で大人しく待っていよう。

精霊に頼めば見つけられそうな気もするけど、何となく嫌な予感がするし。


そう思って待っていたら、山奥で何か破砕音の様な物が響いた。

うん、やっぱり大人しくしてて良かった。アレ絶対アイツだろ。

あ、また破砕音。音からすると結構遠くまで行ってたんだな。

なんて若干麻痺した感覚で待っていたら、少しして絨毯でセレスが帰って来た。


「ただいま。リュナドさん、もう、大丈夫?」

「ああ、おかえり。見ての通りだ。助かったよ」

「ん、良かった。目当ての物見つかったから、今日はもう、帰るね」

「解った」


指示に従って荷車に乗り、帰りは揺らさない様に精霊に言ってから飛ばさせる。

移動を始めたらセレスは鞄を降し、嬉しそうに笑いながら口を開いた。


「これで、大丈夫・・・期待しててね、リュナドさん」

「・・・ああ、うん」


大丈夫、ね。それなら何を想定しての大丈夫なのかを語って欲しい物なんだが。

あの笑顔が逆に不安だ。巻き添え食う様な兵器とかじゃないと良いな・・・。

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