第186話、一度材料が取れた土地に向かう錬金術師

「久しい、という程に久しくはないか。よく来た。錬金術師殿に精霊使い殿」

「突然の訪問で申し訳ありません、領主殿」

「・・・お邪魔します」


今日は以前の野盗退治の際に泊まった屋敷に来て、いかつい領主に挨拶をしに来た。

何故ここに来たかというと、先日思いついた薬を作る為に魔獣を探しに来たからだ。

ここから離れた所ではあるけど、以前この領地で小型魔獣を狩る事が出来た。

ならばそこに探しに行けば、もう一匹ぐらいは見つかるのでは、と思っての訪問だ。


家の周辺では小型の魔獣は発生しにくいと踏んでいる。というか実際見つかって無い。

そして家の周囲以外なら当たり前に見つかるかと言えば、それもまた違う話になる。

基本的に小型魔獣というのは発生し難い所が有る。だからそもそも見つかり難い。


ただあの街では精霊が小型の動物なら攻撃しない為、自然と強く在る必要が落ちるのだと思う。

環境の変化が種の変化を齎す。その点で言えば、家の近くに小型魔獣が生まれ難いと言える。

何せ強く在らずともある程度生きて行けるのだから、その辺りは当然と言えば当然だろう。


「まさか再会がこんなに早くなるとは思わなかった。むしろ下手をすれば二度と会う機会なぞ無いと思っていたというのに」

「正直な気持ちを言えば、私もです」


二人と同じく私もまた来る事になるとは思ってなかった。

今回は特に何か問題とかやる事が有った訳でもないのに、なぜ挨拶に向かう事になったのか。

まあ挨拶しておいた方が動きやすいな、と彼に言われて素直に頷いたのは私なのだけど。


「しかし、貴殿等も良い度胸をしている。私がどういう立場か解っているのかね?」

「勿論です。それでも彼女がこの地に来たいというので。それに我が領主の言伝も有ります」

「ほう・・・聞こうか。取り敢えず中に入ると良い。茶ぐらいは出そう」


領主に促されて屋敷に中に入るリュナドさん。そしてその後ろをぴったりとついて行く私。

しかしこの人、悪い人じゃないのは何となく解るんだけど、やっぱり苦手だなぁ。

さっきのも静かに喋ってるはずなんだけど、いちいち声が強いというか。びくってなる。


「・・・あの娘の報告は届いているが、実際はどうなんだ」

「メイラの経過報告に嘘は在りませんよ。錬金術師の下で平和に穏やかに暮らしています。私が確認し、私が書いて送っていますので、信じて貰えなければそこまでですが」

「いや、貴殿の事は信用出来る・・・そうか、ならば、良かった」


メイラの経過報告。あ、そういえばそんなの有ったっけ。完全に忘れていた。

どうやらリュナドさんが送ってくれていたらしい。私何にもしてなくてちょっと申し訳ない。


「あの黒い化け物も思ったよりも大人しい様で何よりだ」

「大人し過ぎて少し不気味ですけどね。それに言う事を素直に聞いている訳ではなく、周囲に自分よりも強い存在が居るから大人しいだけですし、危険な事には変わりないかと」

「承知している。だが万が一が有っても何とかしてくれるのだろう、精霊使い殿? ふふっ」

「・・・まあ、そういう約束、ですから」


黒塊の事かな。あれが暴れたら確かにリュナドさんが適任なんだろう。

今の彼に呪いは効かないし、あの黒塊なら自力で押さえつける事が出来る。


そもそも黒塊が存在の強さのせいで、通常時はそれ以外の能力が無いみたいなんだよね。

触れる事が出来るリュナドさんにしてみれば、柔らかいボールが意思持った程度だ。

とはいえ流石に黒塊関連であまり彼に迷惑をかけたくない、とは思っているけど。


「座りたまえ」


屋敷の応接室に通され、促されるままに領主の正面に座った。

それとほぼ同時に使用人さんがお茶を持って来たので、啜りながら二人の会話を眺める。


「先ずは奴からの言伝でも先に聞こうか、精霊使い殿」

「では・・・貴方は、敵に回りますか?」


領主が笑顔で問いかけると、リュナドさんは少し真剣な表情でそんな事を訊ねた。

え、なに、何か急に二人が凄い緊張感で構えて睨み合っているんだけど。怖い。

この領主が敵になるってどういう事なんだろう。この人は苦手だけど悪い人じゃないのでは。

何だかんだ最後はメイラを保護する事に協力してくれたって、リュナドさん前に言ってたし。


「くっくっく、まあ、そんな所だろうな。して、敵に回ったらどうする?」

「・・・出来れば、止めてくれ、との事です」

「なる、ほど、な」


領主はリュナドさんの要望を聞くと、目を瞑って少し考える様子を見せた。

その間私達は黙って待ち、少しして領主は目を開いて私に顔を向ける。


「我が領地に来るという話は貴殿の提案という事だが、それは正しいか」

「・・・・・・うん」


館に来るつもりはなかったけど、領地に来たのは私の意思だ。

あの時兵士達が設営をしていた辺りの山はまだ無事なはずだし、探す価値はあると思う。

なのですぐに頷こうとは思ったのだけど、領主の視線が怖くていつも以上に反応が遅れた。


ただ領主はその事を責めるそぶりは無く、視線をリュナドさんに戻す。

その顔にはもう険しい物は無く、迎え入れてくれた時と同じ様な笑顔を見せていた。


「出来る限り、敵にはならん様に努力するとしよう」

「確約は、して貰えないのですね」

「流石にそこは譲って貰わねばな。私はこの地の領主だ。ならば何を優先する?」

「解りました。わが領主には良い返事を聞けたとお伝えします」

「くくっ、随分な自信だな。まあ、解らんでもないがね」


えっと、敵じゃない、って事で、良いのかな。多分良いんだよね。

領主に言い返事が聞けたって言うなら、そうじゃないとおかしい、よね?


「実は既に何度か命令に異議を申し立てている。私は民の為にならぬ戦はする気が無い。その戦に意義は有るのか、とな。まあ罵詈雑言が帰って来たよ。とはいえ現状の命令は言いがかりで喧嘩を吹っかけろ、という様な物だ。あんな理由で化け物に手を出すなど馬鹿のやる事だ」

「それは・・・大丈夫なのですか?」

「態々私に命令を下した意味を考えれば問題無いだろう。私の戦力を理解しているという事だ。それに私を領主の地位から降ろせばどうなるか、流石にそこまで予想できん馬鹿では無かろう。もし予想できん程の馬鹿ならば・・・その時は貴殿等と本格的に組むのも悪くない」

「ははっ、一応聞かなかった事にしておきますよ」

「くくっ、そうしておいてくれ。今はまだ、な」


なんか二人とも楽しそう。私全然話の内容解らなくてちょっと疎外感。

お話、まだ続くのかなぁ。早く山に行って採取に向かいたいなぁ。


あ、そういえば前に保護に至った事情の話された時、メイラが少し凹んでたっけ。

怖がってばっかりだったから申し訳ないって、そんな事を言っていた。

今日はあの子お留守番だし、お話が終わったら伝えておけば、あの子も喜ぶよね。


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朝の訓練を終え、服を着替えて嫌々事務仕事に向かおうとすると、部下から焦った報告が入る。

何やら空飛ぶ荷車が庭の上空で待機しているとの事だ。普通なら余りに頭のおかしい報告だな。

当然そんな物は一つしか知らず、確実に誰かなど解りきっている。


「・・・来るという話は聞いていないが」


彼女は勝手に他の領地に入り、後でそれを領主が賠償として金を払う形式が成り立っている。

それは私の領地も例外ではなく、彼の領主とは全く知らない仲でもない。

なので領民に迷惑が掛からない範囲なら好きにしろと告げている。

となれば態々ここに来るという事は、急ぎの用が有るという事か。


「このタイミングで私に用など・・・間違いなく、あの件だろうな」


謀叛の可能性あり。その日に備えよ。なんて命令書が城から届いているしな。

とはいえ取り敢えずは、何の用なのか解らないという顔をしながら彼らを出迎えた。

話を聞くとやはり用件はいざ戦になった段の確認だったが、一つ予想と違う事が有る。


「我が領地に来るという話は貴殿の提案と先程聞いたが、それは正しいか」

「・・・・・・うん」


てっきり領主の意図で来たのかと思っていたら、初動は錬金術師だという。

彼女の実力を十分に理解している私を脅しに来た、という風では無いな。

それならば領主の言伝を聞き、大人しく黙って見ている訳もない。


ならば純粋に『止めておけ』と忠告に来たという事か?

自分で言うのも何だが、私は彼女に然程好かれていないと思う。今の頷きも渋々という様子だ。

口には出さずとも、彼女の態度はそう言っている。なのになぜ私に忠告に来た。


真意は解らんが、無駄な殺しを避けようとしてくれているのはありがたい。

この二人がその気なら、現時点で先に我らを潰す事も不可能ではないのだからな。

全く、何が謀叛か。見限られたの間違いだろうに。謀叛ならばとっくに戦火が上がっている。


大人しくしている相手にいらぬ手を出そうとしておきながら、馬鹿げた話だ。

そんな馬鹿な話の為に、大事な領民の命を捨てられるものか。

私は彼らが理不尽に戦火を上げる様な事が無い限り、はなから戦う気は無い。


あの命令書は私がどう動くかの確認でも有るんだろうが、知った事ではないな。

王家が絶対的な力を持っていると錯覚しているのならば、今回は少々勉強して頂こう。

まさか争いが無い年月の長さが、こんな形で国を悪化させていくとはな。解らんものだ。


「では、私共は、これで失礼致します」

「ああ、ではな」


精霊使いといくらかの情報交換の後、席を立った彼らを見送る。

相変わらず精霊が纏わりついている荷車に錬金術師が手をかけ、ふとこちらに振り向いた。


「・・・メイラが『怖がってばかりで、ごめんなさい』って、言ってた」

「―――――そうか。私は何もしていない。気にするな。そう返しておいてくれ」

「・・・解った」


彼女は低い声で応えて頷くと今度こそ荷車に乗り、精霊の鳴き声と共に空を飛んで行った。


「救ったつもりの少女に救われた、といったところか」


私はきっと錬金術師には好かれていない。それはきっと間違いない。

だが彼女が引き取った娘が気に掛ける相手として、敵対しない様に忠告に来たのだ。

随分可愛がられているじゃないか。人を気にかけられる程に余裕が出来たのだな。


だがそんな事をしに来たという事は、国に敵対の意思は在ると私に教えた様な物だ。

さてはてどうしたものか。ただ傍観するだけ、というのは流石に無理かもしれんな。

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