第184話、従士と二人きりで話す錬金術師

「了承しておいてなんだが、本当に他国の王子が来るのか? おそらく陛下の妨害も予想出来るだろうに、その面倒を押し通す方が余程面倒と思うのだが」

「・・・さあ」


今日は従士の女性が遊びに来ている。何やら私と話してみたいという事だそうだ。

ただ今日は隣にリュナドさんが居ないので、少々不安なのだけど。


私大丈夫かな。また怒らせないかな。でも二人っきりで話たいって要望だったしな。

一応精霊達の事は気にしないって言われたけど、人間は私と彼女だけだ。

本当はまだちょっと怖いけど、彼女には負い目が有るので嫌とは言えなかった。


「随分他人事なんだな」

「・・・だって、私の判断じゃ、無いし」


実際に王子がどうするのかとか、何が面倒とか、私には解らない。何にも聞いてないし。


「本当に、全く関与していない、のか?」

「・・・彼が決めたなら、私が口出す事じゃ、無いし。必要も、ないから」


そもそも私が関わった所できっと邪魔になるに違いない。なら大人しくしているのが吉だ。

それにリュナドさんなら何とかしてくれると思うし、私なんかが口を出す必要は無い。

大体前回の話も何だか良く解ってない私に判断を任せるとか狂気の沙汰だ。私もしたくない。


「凄いな。貴女は。どうやったらそこまで信頼出来るのか。些事ならば兎も角、こんな大事を」


確かに人の命がかかっているから大事だけど、だからこそ私は彼に任せたい。

というか、彼が助けてくれなかったら、もう誰に泣きつけば良いのか。

ライナに泣きつくにしても、余りにも関係無さすぎる彼女に頼るのは少し気が引ける。

とはいえ誰にも頼れなかったら最終的にライナを頼りに行くと思うけど。


「・・・彼は今まで、私なんかを、何度も助けてくれた。だから、大丈夫」


こんな私に優しくしてくれた。駄目な私をいつも助けてくれた。優しい兵士さん。

仕事だからっていうのは解ってる。だけど彼はその仕事を絶対に最後までやってくれる。

そう言い切れるだけの事を、彼は私に何度も見せてくれた。だから彼なら、きっと大丈夫だ。


「あの人は、この街で、誰よりも頼りになる、兵士さん、だから」

「――――そ、そう、なの」


彼女は納得する様な言葉を発して頷いたけれど、何故か口元を抑えて目を逸らした。

とはいえ元々私が目線を合わせていないので、だからどうと言う事も無いのだけど。

ただ力強くずっと視線を合わせようとして来る人だから、少し気になって首を傾げてしまう。


「あ、い、いや、気にしないで。いや、その、私は子供の頃から剣を振っていた変人で、その、そういう話は耐性が無いの。ちょっと、まって」


彼女の言葉の意味が良く解らず、余計に首を傾げてしまう。

とはいえ私は何か彼女が戸惑う事を言ってしまったらしい。

ここは大人しく彼女が落ち着くまで待とうと、家精霊の入れてくれたお茶を啜る。


彼女も深呼吸をするとお茶を口に含み、ふぅと息を吐く。

その際にリボンが舞う方向に目を向けて「美味しいよ。ありがとう」と口にしていた。

家精霊はにっこりと笑顔を返していたけれど、その姿が見えていないのは少し寂しい。

せめて服を着れば良いと思うんだけど、来客の時は着ない事が多いんだよね。何でだろう。


『キャー』

「ふふっ、ああ、ありがとう」


山精霊が食べかけのクッキーを手渡そうとすると、彼女は礼を告げて笑顔で受け取った。

何故食べかけを渡すのか。隣に新しい物が有るのに。

でもなぜか彼女は笑顔なので、別にそれで良いのかな?


「すまない。少し取り乱したが、もう大丈夫だ」

「・・・ん」


どうやら落ち着いたみたい。話し方が元に戻っている。

これってリュナドさんみたいにお仕事用の喋り方なのかな。


「しかしそうなると、尚の事王子が本当に来る事を気にしない、というのは不思議だな」

「・・・そう、なの?」

「普通、そうではないのか?」


彼女の問いの意味が良く解らずに首を傾げると、彼女も同じ様に首を傾げてしまった。

お互いに解らないという表情をしていて、山精霊達も『キャー?』と一緒に首を傾げている。

多分この子達は私より考えてないと思うけど、取り敢えず私は疑問に思う理由自体解らない。


「まあ、その辺りは私の様な女には、少々判断がつかんところだな。経験が無い」

「・・・そう、なんだ」

「ああ。先の通り、幼い頃から剣を振る事に喜びを覚える変人だった。こういった事には疎い。この年の女としては情けない話だが、だからこそ私はどうしても上に登りたかった。夢を諦めなかったと言えば聞こえは良いが、実際はそんな情けない想いも、無い訳じゃない」


カップをきゅっと両手で包みながら、彼女は少し気落ちした様子で語る。


「・・・何が、情けない、の?」

「―――――っ」


ただ彼女の語る『情けない想い』という部分が、私にはちょっと解らなかった。

なので申し訳ないと思いつつ、恐る恐る彼女に訊ねてみる。

すると彼女は一瞬息を呑んだ様子を見せてから、ふっと優しく私に笑顔を見せた。


「そう、だな・・・いや、うん、確かにそうだ。すまない、今の話は忘れてくれ」

「・・・ん、解った」


忘れて欲しいというのなら、素直に頷いて忘れる様にしよう。元々良く解ってないし。


「貴女は、本当に不思議な人だな。成程貴女が信じるというのであれば、確かに私も彼を信じたくなる。正直話を聞かされた時点ではまだ半信半疑だったんだが、そうだな、信じてみよう」

「・・・なら、良かった」


良く解んないけど、私の言葉でリュナドさんを信じる気になってくれたらしい。

珍しく私いい仕事した。その結論に至った理由とか全然解んないけど。


「だが、貴女は本当にそれで良いのか?」

「・・・私?」

「ああ。王子を呼ぶ事が、きっと街を守る為の最善手なのだろう。私達の命を救う為の手段でもあるのだろう。だが、貴女は本当に、それで構わないのか?」


前にも思ったけど、何で王子を呼ぶ事で私に確認を取る必要がるんだろうか。

そもそも私、この件に関係無いのに。いや、勿論彼女と関わった以上無関係とは言えないけど。

ただ今回の件は王子のせいなんだから、王子を呼ばなきゃどうしようもないのでは。


「・・・私は、別に。リュナドさんが判断したなら、それが正解だろうし、王子は自分の望みを叶える為に、やらなきゃいけない、だけだし」


その望みが何なのかは知らないけど、来ないと王子自身も困るんだろう事は聞いた。

という事は別に私達だけの話ではなく、彼もこの街にやって来なければけない。

ならこの事はどちらにとっても良い事になるんじゃないのかな?


「・・・くっ、くくっ、あはははははははっ!」


そう思って答えると、彼女は唐突に、心底おかしそうに笑い声をあげた。

思わずびくっとして彼女を見つめ、笑い声が収まるまで少し困りながら待つ。

私笑われるような事言ったかな。いやでも怒らせるよりは良いか。うん。


「いやいや、これは敵わない。経験不足の私ではその辺りの思考はさっぱり解らん。成程私が考えるだけ無駄の様だ。くっくっく、あっはっはっは!」


すこぶる楽しそうに笑う彼女の言葉に、何となく私も同意してしまう。

色々解らないから考えるだけ無駄って所、凄く良く解る。口にするとライナに叱られるけど。


そういえばリュナドさんと最初に話していた時も、何処か詰まりながら話していた。

もしかしたら根っこは私と同じタイプなんだろうか。だったら少し親近感が湧く。

いやでも私との会話は堂々としてるし、同じではないか。


その後は少しばかり世間話をして、お茶のお代わりを飲んで彼女は帰って行った。

入れ替わりでアスバちゃんが来たので静かにはならなかったけど。


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今日は無理を言って錬金術師と二人っきりで話をさせてもらう事になった。

勿論無茶な願いだと思いつつ精霊使いに告げたのだが、意外にも許可が下りた事には驚いた。

何やら錬金術師は渋る様子も無く頷いたとの事で、思わず胸に来るものが有る。


話したい内容は先日の件で、精霊使いが進めた話だ。

まだ何も事は進んではいないが、だからこそ今の内に確かめたい事が有る。


あの場では彼女は本当に、最後まで碌に言葉を発さず、精霊使いに任せきりだった。

勿論彼女が精霊使いを信頼している、という事は確かなのだろう。

だがそうだとしても、彼女の意図は何処まであるのだろうかと、そこが少し気になった。


「・・・彼が決めたなら、私が口出す事じゃ、無いし。必要も、ないから」


だが返って来た言葉は、本当に全く何も関与せず、彼に任せているという言葉。

事態を考えればそんな事が出来るはずがない。絶対状況の把握はしたくなるのが人間だ。

だというのに彼女は何処までも彼を信頼し、その結果に覚悟も持っているのだ。


「・・・彼は今まで、私なんかを、何度も助けてくれた。だから、大丈夫。あの人は、この街で、誰よりも頼りになる、兵士さん、だから」


前半は今までと同じ、低い声音で、何処か迫力の有る雰囲気を纏っていた物だった。

だけど後半は違う。何処までも優しく、柔らかい、人への想いを感じる声音。

それはただ信頼をしているからだけとは受け止められない、そんな想いを感じた。


そうだ。そういえば精霊使いと錬金術師はそういう関係だった。

となれば彼への深い信頼は、そういった想いからも来ているのだろう。

うん、何ていうか、どうしよう、私が恥ずかしい。私そういうの苦手なのよね。


経験が無いし、考えると顔が熱いし、ちょっと待って、辛い。

取り敢えず一旦会話を止めて貰い、心を落ち着ける事に勤める。


『キャー』

「ふふっ、ああ、ありがとう」


精霊が『毒見はしたから大丈夫だよ!』と渡してきたクッキーを礼を告げて受け取る。

この子達の意思は先日少し解る様になってきて、ちょっとだけ嬉しく思っている。

とはいえ殆どは『キャー』としか聞こえないのだけど。何か条件が有るのだろうか。


そのおかげで落ち着けたと思っていたのだけど、やはり慣れない事を考えるべきではなかった。

言うつもりの無かった情けない事を、態々彼女に告げてしまうなど。

行き遅れ。それならまだ良い方だ。人によっては欠陥品の女、なんて言う連中も居る。


そんな言葉など無視して剣を振り続けて来たつもりだが、きっと虚勢も多少は有った

自分でそれを認識出来ている部分が有るからこそ、我ながら情けない。そう、思っていた。


「・・・何が、情けない、の?」


それでも剣を振り続け、従士であり続けた私を、諦めなかった私を肯定する言葉。

何なんだろうな彼女は、本当に。こんな私を情けなくないと言ってくれるのか。

私の醜態を何度も見て、あんな情けない所を見て、それでも私は情けなくないと断言するのか。


ああ、本当に敵う気がしない。出来れば敵にはしたくない。

戦って勝てる勝てない以上に、人としてこの人に剣を向けられない。

そう思うからこそ、今回の彼の判断で本当に良いのか、そう思った訳だが。


「・・・私は、別に。リュナドさんが判断したなら、それが正解だろうし、王子は自分の望みを叶える為に、やらなきゃいけない、だけだし」


さも当然の様に返された言葉に、最早笑うしかなかった。

ああ成程、私が考えた所で無駄な世界だ。おそらく男女の機微など解らない私には無理だ。

そして何よりここまで彼女が落ち着いていて、精霊使いのあの言葉。


『あいつは、私に強制はしていませんよ』


きっと間違いなく信頼は有るのだろう。だがそれ以上に確信も有るのだ。

彼が、精霊使いが錬金術師の手の内から逃げる事など無いと。

そして王子すらも、王族すらも転がすだけの自信が有ると。

これはもう、手玉に取られている彼らを楽しく眺めさせて頂くのが正解かもしれないな。

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