第183話、自分の価値を告げられる錬金術師
「成程ねぇ・・・あの人も大概良い度胸してるわねぇ」
もぐもぐと食べる私を見つめながら、ライナは小さくそう呟く。
従士さん達との話も終わり、いつもの様にライナのお店で今日の報告をした。
私にはいまいち解らない内容も多かったのだけど、多分得た情報は全部伝えられたはず。
そんな私からの曖昧な部分も有りそうな説明でも、ライナは全容を把握してくれた様だ。
「いい度胸?」
「ええ、一兵士が王子を顎で使おうっていうんだから、良い度胸と言わず何と言うのかしら?」
「顎で使う、事になるの、かな?」
「少なくとも私は兵士が王子に『近い内にこっちに来い』なんて言えると思わないわよ」
ふふっと笑いながらライナが語る内容に、確かにそれはそうかもしれないとは思う。
けど従士さん達の命がかかっている以上、王子が対処に動くのは当然じゃないのだろうか。
『今回の件の発端が王子殿下なのは間違いありません。そして殿下は錬金術師の言い分を全て呑むと応えた。ならば今回も呑んで頂きましょう。多少の無茶は押し通してもらわねば』
『ま、待て精霊使い、流石にそれは無理だろう。こんな些事に応えるとは思えん。我々の命の為に出向くはずが無いだろう。むしろあちらにとっては好都合ではないのか』
『呑むし、呑まずとも呑んで頂きます。でなければ殿下の願いはけして叶わない』
『・・・王子の執着はそこまでだったか。成程、国王陛下の読みは甘すぎた訳だ』
因みにこんな感じの会話だった。どうやら今回の件は王子が原因だったらしい。
なんかこの国の王様と王子のやり取りの結果、あんな訳の分からない事態になったそうだ。
ならそれで彼女が助かるなら、王子には動いて貰わないと困る。
最後に私に確認を求められたけど、当然それにも頷いた。頷かない理由がない。
そもそも別に私に確認取る必要ないと思うんだけどな。私何にも関係ない気がするし。
だって国王陛下と関わり合いとかないし、王子とのやり取りとか知らないもん。
そんなの私に聞かれても困る。何が有れば私と王様が関りが有る様な事態になるのか。
まあお母さん関連で王子と会う事になった事を考えれば、可能性はゼロじゃないんだろうけど。
だとしても現状私が王様とどうこう、なんて事はまずありえないし、気にする必要も無いか。
取り敢えず彼に任せておけば大丈夫だろう。王子の願いを叶える為でも有るらしいし。
という訳で王子が来るまでの間、従士さん達はもう暫く滞在する事になった。
因みに文官達の扱いはリュナドさんに任せている。あの後どうなったのかは知らない。
「まあ、おそらく王子は来るんでしょうね。それこそ万難を排してでも」
「だと良いな。彼女には、無事に帰って欲しい」
「大分気に入ったのね、その従士さんの事」
「気に入った、というか、申し訳ない、かな。色々。沢山、怒らせちゃったし、迷惑をかけちゃったから、出来れば無事に、帰って欲しいなって」
一歩間違えれば私は彼女を殺していたかもしれない。あの時の私の思考なら有りえた話だ。
その点を誤魔化す事は出来ない。謝っても謝り切れない負い目だと思ってる。
敵でも何でもない、ただメイラを心配してくれただけの、優しい人を殺す所だったんだ。
『そうだ、最初はあの娘が、彼女の弟子が錬金術師本人だと勘違いして、勝手に貴殿の事を幼女を手籠めにした外道、と思った事もついでに謝っておこう』
『・・・それ、態々口に出す必要ありましたか』
『くくっ、いやいや、悪いと思った事は謝っておかねばな。それにあの娘を心配して、という輩も出て来ない訳ではないと思うぞ。ま、そう滅多に無いとは思うが』
『・・・次は勘違いされない様に、何かしらの手を打っておきます』
『ああ、そうした方が良いだろう。貴殿もそのような噂が立つのは嫌だろうからな』
何処でそんな変な噂が立ったのか知らないけど、酷い話だ。彼がそんな事する訳ないのに。
ただその結果彼女はメイラを追いかけ、心配で声をかけたという事らしい。
つまりは何処までも彼女は良い人で、絶対に敵意を向けちゃいけない『人間』だった。
「私、この街に来て、色々あって、前より少しだけ、成長したつもり、だった。けど、やっぱり、私は変わってない。相変わらず、私は私だって、再認識したよ・・・」
その事を思い返してしまうと食事の手が止まり、泣きだしたいぐらい悔しくなる。
どうして私はいつもこうなのかと。いや、勿論解っている。解っているんだ。
私の認識能力が他人より低く、そしてその低さに自身で疑問を持てない。
会話の先を読む、裏を読む、という思考回路が、私にはどうしても働かないから。
だから受け止めた事実以上の事は解らないし、解らないから他人を怒らせてしまう。
でもそれが悪いと解っていても、私にはどうしようもないんだ。
変えようと思って変えられるならとうの昔に変えている。変えられないから今の私が有る。
それでも、少しづつでも、昔よりはマシになってると、そう思っていたのに。
「もし、彼女を殺していたらと、思うと、ぞっとする・・・」
手が、震える。余り考えないようにしていた事を、改めて口に出してしまった恐怖に。
敵でも獣でもなく、攻撃して来た訳でもない人を殺そうとした。殺す所だった自分が、怖い。
前にライナに話した時よりも、彼女の人間性を知ったから尚の事だ。
これだから人が怖い。人の目が怖い。人に関わるのが怖い。私が何をするか解らなくて、怖い。
何処までも悪くて駄目なのは私で、人にどう思われているか解らなくて、怖くて堪らない。
私の認識と他人の認識が違い過ぎて、だけどその違いが私には解らなくて。
「私は、本当に、駄目だね・・・」
「そんな事ないです!」
唐突な大声にびくっとして、声の主に目を向ける。
そこには少し半泣きになりながら私を見つめるメイラの姿。
「セレスさんは、駄目じゃないです。私を心配して、あんなに急いで来てくれた。私を心配してくれただけです。駄目なんかじゃないです。ちょっとすれ違いがあっただけで、セレスさんが全面的に悪いなんて、そんなのおかしいです!」
彼女が大声を上げるなんて思わなくて、今の声が彼女だと認識するのに少し時間を要した。
そんな私に彼女は、先程の大きな声に負けないぐらい強い声で、少し涙声で続ける。
ただ言い切った後はっとした顔になり、顔を俯かせてしまった。
「す、すみません、大声、だして。その、私、セレスさんの事、凄いと、思います。駄目なんかじゃ、ないです。セレスさんが居なかったら、私は、ここに、居ません。精霊さん達と一緒に、こんなに楽しく生活なんて、きっと、出来なかった、その、だから・・・!」
きっと言いたい事は沢山有るんだろう。だけど言葉が纏まらず口から出て来ない。
そんな、まるで私がもう一人そこに居る様子に、だけどその温かい言葉に、私も泣きそうだ。
山精霊がキャーキャーとメイラを慰めるのを見つめながら、少し深呼吸をして心を落ち着ける。
メイラはきっと、救ってくれた人間が自分を貶すのが嫌だったんだ。
私がライナにそうして欲しくない様に、ライナの事を凄い人だと思っている様に。
ライナが今の私と同じ様になっていたら、今のメイラと同じ様に間違いなく否定をする。
私を救ってくれた貴女は凄い人だって。何か失敗をしたとしても、それは変わらないって。
何よりも自分が関わっている事だからこそ、そんな風に思って欲しくないと。
「・・・うん、ありがとう、メイラ。ごめんね」
メイラの頭を撫で、礼と謝罪を口にする。私を認めてくれた礼と、自分を否定した謝罪を。
嫌だよね。自分が認めている人間の、自身を否定する姿なんて。
「ち、ちが、その、私、謝らせたく、なんか・・・!」
「うん、解ってる。大丈夫。だけど謝らせて。解ってるから」
「・・・はい、わかり、ました」
大人しく謝らせてくれたメイラに、ライナも優し気な笑顔を向けている。
きっと彼女はメイラと私を重ねて見ているんだろう。私もライナに同じ様な事言ったし。
そう考えると、何処までもライナのおかげだなぁ。ライナが要るからメイラの気持ちが解った。
私が大好きで、尊敬していて、誰よりも信頼している親友は、やっぱり凄いな。
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「じゃあ、また明日、ライナ」
「お邪魔しました」
「はい、またね」
『『『『『キャー』』』』』
笑顔で帰って行く二人の様子に、今日は別に何も言う必要は無いかと笑顔で手を振って返す。
絨毯で飛んで行くのを見届けてから、店を閉めていつも通り後片付けをする。
「メイラちゃんが居て、本当に良い方向に進んでいるわね。良かった」
食事の手が止まって自分を責め始めた時は、どう慰めようかと思った。
今回の件は確かにすれ違いは有ったけど、実際どちらが悪いというのは難しい所だもの
セレスからすれば迷惑な従士達の訪問だし、その理由を考えれば『敵』でもおかしくはない。
だけど話を聞くに彼らは殆ど事情を知らない様だし、何よりその女性は悪い人には思えない。
それにもし攻撃してしまえば、事態はきっともっと過激な方向に進んでいただろう。
ただそれが悪いかと言えば、セレスだけが悪い訳じゃないと、私はそう思っている。
今回の件はセレスの周りがそれぞれの意図で、噛み合わずにすれ違い動き続けている結果だ。
確かにセレスにも悪い所は有ったけど、セレスが全て悪いなんて事は流石に有りえない。
結局のところ、誰が明確に悪いというのは、少し難しい状況だ。
あえて誰が悪いかを挙げるなら、おそらく国王陛下という事になるのだろう。
ただもしそんな事を口にすれば、きっと恐ろしい結果が待っている。
だから私は上手く慰めの言葉を出すのに時間が必要で、すぐに口を開けなかった。
「ほんと、あの子がいて、良かった」
だけどメイラちゃんの『悪い所が有ってもそれが貴女の全てではない』という言葉。
それはあの子自身がその証拠であり、似た様な事をセレスも私に言っていた。
だからだろう。あの子の為にも、そして私の為にも、すぐに気を取り直したんだ。
あれ以上自分を責める事は、メイラちゃんにも私にも悪い事だと思って。
「それにしても、メイラちゃんを手籠めに、ねぇ。ふふっ、あの人が、ぷっくくっ」
リュナドさんがメイラちゃんに手を出すとか、流石にちょっと面白過ぎる。
あの人の人柄を知ってれば完全な笑い話だ。絶対にそんな事は有りえないと言えるわね。
「ま、何年か経てば、逆は有りそうだけど、ね」
あの人は何だかんだ、意図せずともセレスにとっていい方向に舵を切る。
それはメイラちゃんにとっても、彼を認める要因の一つなんだと思う。
何度か彼女がリュナドさんと一緒に話す姿を見ていても、他の人よりは怖がっていないもの。
下手をするとあの子、私より彼との方がちゃんと会話出来てるんじゃないかしら。
「・・・何年か経てば、二人がリュナドさんに付いて行く姿が想像出来る気がするわ」
両手に仮面の女性を侍らす精霊使い。また新しく変な噂が出来そう。
私は面白いけど、彼はまたお腹を押さえて苦しみそうね。
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