第182話、全てを彼に委ねる錬金術師

「話をすると言っても、何の話をするつもりなんだ、精霊使い」

「そうだな。最早答えは決まっている様に見えるが、違うのか?」


女性が席に着いた所で従士達がリュナドさんに問いかけ、私も気になって彼を見つめる。

文官達は何故かは解らないけど人質を取って迄ここから出て行こうとしていた。

私もそんな事態にさえならなければ、彼らが帰る事を止める理由は全くない。

となれば従士さん達も既に帰るつもりだったんだろうし、話す事なんて有るのだろうか。


なんて思っていると彼は何故か私に視線を向け、私は一体何だろうかと首を傾げる。

そうして少しの間彼と見つめ合っていたが、彼はため息を吐いてから彼らに視線を向けた。


「セレスは、彼女を助けようとした、って事で良いんだよな」

「・・・うん」


助けようとしたというか、助けになればというか、そう思ってお詫びの品を送った。

結界石なら役に立たないって事はきっと無いと思うし。なので素直に頷いて返す。


「そういう事なら俺にも考えが有る。それを彼らに提案したいんだが・・・良いか?」

「・・・うん、全然、構わないよ」

「・・・ほぼ即答で頷いてくれるのはありがたいが・・・本当に良いのか」

「・・・私は、提案する事なんか、無いし。リュナドさんが、今全部、彼らに話して」

「セレス・・・そうか、すまない。感謝する」


私の返答を聞くと彼は少し考えるそぶりを見せてから再度問い、それにも私は頷いた。

だって私もう喋る事本当に無いし。全然好きにしてくれて構わないよ。

すると彼は礼を口にし、深く息を吐いてから従士達に顔を向ける。

お礼を言われる様な事をしたつもりは無いけど、彼が良いならそれで良いかな。


「そちらの話は纏まったようだな。聞かせて貰おうか、精霊使い」

「ええ、そうですね・・・確かに本来はもう語る事は在りません。ですがこのまま貴方達を帰せば、面倒な事になるのは目に見えている。その辺りを含めて話したい事が有ります」

「・・・一体俺達に何をさせるつもりだ」

「国を裏切ってここの兵士になれ、という話なら断らせてもらうぞ」

「そんな事を言うつもりは有りませんよ。もしそんな事を語れば、やっと怒りの解けた彼女をまた怒らせてしまうかもしれない。それでは話が進みませんから」

「・・・まるで私が短気だと言われている様だな」

「これは失礼。そんなつもりは無かったのですが、どうかお許しを」

「・・・構わない。話の腰を折ったな。進めてくれ」


凄い。リュナドさん凄い。いつもそうだけど、何でこんなに会話が上手なんだろう。

あんなに私に怒ってた彼女も、彼の鮮やかな謝罪に殆ど怒る様子が無く済ませた。

よく考えたらあのアスバちゃんとも上手く会話しているし、本当にこういう所凄い。

それにしても国を裏切るとか、何やら物騒な話だ。そんな話してたっけ?


「先ず今から話す事は、けして貴方達を貶すつもりではない、という前提で聞いて頂きたい」

「・・・ああ、構わない。続けてくれ」

「ありがとうございます。もし私達がこのまま貴方達を帰せば、きっと貴方達は無事に帰る事は出来ない、と私達は予想しています。それは貴方達も薄々感じているのではないでしょうか」


リュナドさんが従士達にそう語ると、彼らは顔をゆがめながら視線を逸らした。

ただ彼女だけは真剣な顔で、リュナドさんから全く視線を逸らさずに聞いている。

というか、ちょっと聞き捨てならない話なんだけど。

彼女達が無事に帰れないっていったいどういう事だろうか。流石にぼーっと聞き流せない。


「領主は貴方達をこのまま帰す事を良しと思っています。貴方達がどうなろうと構わないと。そしてその後の出来事に、望む所だと、そう思っています」

「豪気な事だ。そこまでの勝算が有る・・・のだろうな」

「ええ、私も勝算はあると、思ってはいます。ですが私は余り賛同はしていません。私の目的は街を守る事。出来れば平穏に話が進めば、それが一番だと思っています」


・・・んんと、どうしよう、いきなり話が全く解らない。全然違う話になったよね、今。

彼らを帰す事で何が起きるのかが解らないままだし、何で領主が強気って話になるのか。

解る事は領主とリュナドさんの考えは違う、って事かな。なら領主の考えはどうでも良いか。


私も平穏が良いと思うし、リュナドさんがそれを望むなら尚の事だ。

とはいえその事と彼らに何の繋がりが有るのかは、やっぱりさっぱり解んないんだけど。


「それは無理な話だろう。我々の命など軽い物だ。上の目的の為に簡単に捨てられる命だ。おそらく貴殿の言うとおり、我々は無事では済まないだろう。それでも我々は帰らねばならん」


その言葉に思わず目を見開いてしまった。無事で済まないと解っているのに何で。

いや、帰りたいって気持ちは解る。私だって家には絶対帰りたい。

だけどそれでも、それは無事に家に帰って、家で皆とのんびり暮らしたいからだ。


それは無事に帰る前提であって、危険なら私は無事に済む様にちゃんと対策を立てる。

彼女の言い方だと、無事に済まないけど帰るって言ってる様に聞こえるのだけど・・・。


「その上でどうするつもりだ、精霊使い」

「簡単な話ですよ。我々は断り、だけど無事に帰した。その事実を証拠として残したい。そして何よりも、誘いは断ろうとも錬金術師は貴女に友好を示したと、その証拠が有れば良い」

「・・・成程、確かにそうなれば、私達が元の生活に戻る事は可能だ」


物騒な話になって少し不安になっていたけど、どうやら彼女が無事で済む方法が有るらしい。

流石リュナドさんだ。街の人じゃなくても無事を願う優しい人だ。


「だがどうする。その証拠をどうやって作る。下手な物などしらばっくれるのがオチだぞ」

「この中で、貴女一人が苦労をする覚悟が有れば、上手く行く方法が有ります」

「・・・つまりそれに乗れば、同僚達の命は助かる。そういう考えで良いか」

「それは勿論貴女もですよ。ただしあくまで、貴女が乗ってくれれば、ですが」


リュナドさんの言葉に、彼女は考え込む様子を見せている。

私としては出来れば彼女には無事に帰って欲しいので、彼の言葉に頷いて欲しい。

正直さっきの話は殆ど解ってない。だから私からは何も言えない。


だけどリュナドさんならきっと悪い様にはしないから。きっと、大丈夫だから。

そう願いながら、お茶を啜りつつ彼女の結論を黙って待った。


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こんな事を提案するという事は、私ならば乗ってくると思っているのだろう。

後ろの二人を人質にした提案、というには出された条件が甘い。


これでも従士として鍛えていた身であり、戦力の把握はそれなりに出来るつもりだ。

彼の領主が強気な理由も当然と言えるほど、この街の戦力は充実している。

単純に精霊兵隊だけが強い、精霊がいるから強い、というだけの話ではない。

この街は兵士が兎に角多い。勿論質に難は有れど、それでも充実していると言える程の量だ。


ならば私にこんな提案をする利点がどこに在るかと言えば、あくまで街の為なのだろう。

平穏に、平和に終わらせ、何事も無く続ける為に。何処までも街の為に。

そんな彼だからこそ、錬金術師は彼の提案の内容も聞かずに許可を出したのだ。

街を守る為の兵士。何事が有ろうとそれを貫く彼の誇りを知るからこそ。


「解った、乗ろう、精霊使い」

「お、おい!」

「そんなに簡単に受けて良いのか!?」


同僚達は私を止める様な事を口にするが、私はもう撤回する気は無い。

それで彼らが無事帰る事が出来、更に言えば我々の命が争いの火種になるよりは余程良い。

二人だって解っているはずだ。あの手紙を読んだ以上は、甘い考えなど出来はしない。


おそらく国王陛下はどんな手段を使ってでも錬金術師を手に入れるつもりだ。

それこそ城に帰った私達を殺し、その犯人をこの街の領主や精霊使いに仕立て上げてでも。

大義名分を作り、他国の王子に横やりなどさせない形でこの街に兵を送る為に。


それでも我々は従士であり、国に仕える事を誇りとする兵士だ。

そんな人間が裏切りをすれば、それは同僚達の誇りを汚す事にもなる。

何よりも我々の家族にも累が及ぶ可能性が有る。ならば死が待っているとしても帰るしかない。


「まだ内容を話す前なのですが、宜しいのですか」

「構わん。錬金術師が口を出さないという事が、今の私にとっては信頼出来る。そうだろう、錬金術師。精霊使いが私を嵌めるなど、まさかあるまい」


ここまでじっと、一切口を開かずに茶を啜る彼女に、今この場で一番信用出来る相手に問う。

すると彼女は仮面の奥の目をちらりと彼に向け、鋭い目を私に向け直した。


「・・・彼なら、何とか、してくれる。大丈夫」


一切の疑いの無い全肯定の言葉。強大な力を持つ精霊使いの上に立つ彼女の言葉だ。

詳しく語る事も無く、ただひたすらに「彼を信頼している」という言葉だ。

私の在り方を信じてくれた彼女のその言葉を、どう疑えと言うのか。


そもそも彼女には『彼の考える事などお見通しだ』という事なのかもしれんが。

実際そっちの方が説得力は有るな。私の行動も見抜かれていたのだし。

案外全て把握した上で『知らない振り』をしているのかもしれない。食えない相手だ。


「ならば問題ない。私が従士として国を裏切らず、仲間達を無事に帰せるというのならば」

「・・・解りました。ご協力感謝します」

「感謝するのはこちらだ。我らが生きて無事に帰れる術を、こんな事になっても貴方は考えたのだろう。精霊使い。いや、精霊使い殿。先日の非礼を貴方にも詫びたい」

「気にしておりませんよ。正直な所、私も彼女の意図を読み取れていませんでしたから」

「ふふっ、なるほど。それでは大人しく帰ってしまう訳だな」

「ええ、困った事に、彼女は全てを話してはくれませんので」


成程、策を余り周りには話さない口なのか。確かに効果的だが時には悪手だと思うが。

特に今回の様に、私の様に勘違いをする者も・・・いや、そうか、そういう事か。

これは一杯喰わされたかもしれないな。わざと言わない事で私の信頼を得たか。

まあ良い。その程度の些細な事に腹など立たないさ。彼女が私の誇りを信じたのは確かだ。


「では、話して貰おうか、精霊使い殿。私に一体、何をさせたいのか」

「・・・貴女には、王子に会っていただきます」

「「「・・・は?」」」


余りにも突拍子の無い内容に、私も同僚も間の抜けた声が出たのは致し方ないだろう。

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