第181話、ちゃんと謝れた錬金術師。

何だか良く解らないけれど、どうやら従士達は落ち着いてくれた、のかな。

少し険しい顔をしては居るけど、静かにリュナドさんと話している。

途中で目を向けられてビクっとしてしまったけど、彼らはすぐにリュナドさんに視線を戻した。

目が険しかったからちょっと怖かったので、少しだけ彼の背後にズレる。ここなら安心。


「このやり取りをした上でセレスを誘いに来る人間を、真っ当な手段で連れて行く人間だと誰が思う。連れていかれたらどうなると思う」


・・・もしかしてリュナドさん、文官達がああいう行動をとるって最初から知ってたのかな。

だから精霊達も用意周到に動いていたんだろうか。リュナドさんはやっぱり凄いなぁ。

彼の言葉に従士達も納得するような様子を見せているし、私じゃきっとこうはいかない。


それにしても話を聞くに、王子と彼らの主は知り合いなのかな。

リュナドさんの反応から察するに、私が連れていかれたら酷い目に遭うっぽい。

そんな人の所に行く気はさらさらないけど、リュナドさんの優しさが凄く嬉しい。


「さて、状況は理解出来たか。ならもう少し話をしましょうか。今度は落ち着いて、ね」


取り敢えず私が変に口を挟むと良くないと思うし、彼らの話が終わるまで待っていようかな。

そう思いながら成り行きをじーっと見つめていると、不意にリュナドさんが私に目を向けた。

何だろうかと思い首を傾げていると、家精霊がすっと椅子に座る様に私を促す。

良く見ると彼の視線も椅子と私を往復していて、そういう事かなと思いつつ恐る恐る座った。


すると彼はほっとしたように息を吐いたので、どうやら正解だったらしい。

家精霊のおかげとはいえ意図を汲めたのは嬉しいけど、それなら言ってくれれば良いのに。


「・・・私も席に着いて良いのか。貴女にしてみれば、私もその者達と同じだろう。私は誰よりも先に、貴女に武器を向ける事を選択したのだから」


私が座るとリュナドさんと従士達も席に着き、だけど彼女は立ったまま私にそう問いかけた。

でもそれはさっきリュナドさんが言った通り、何か誤解が有ったからなんじゃないかな。

文官達は知ってたのかもしれないけど、従士さん達は何も知らなかったみたいだし。


私が何か変な事をして、それで余計に誤解させたのかもしれないし、気にしなくて良いと思う。

そもそも私が彼女を怒らせたのが原因でも有るし、彼女を悪く言える訳が無い。

敵でもないのに攻撃態勢を取ったのは私が先だ。なら彼女の警戒は当然の事だもの。


「・・・貴女が、怒ってないなら、それで良い」

「―――――っ、なぜ、貴女は、そんなにも私を気にするのだ。私に一体何を見た」


何を見た? 何を見たかと言われたら、それは単に、この人がきっと良い人なのだという事。

メイラに見せたあの優しさは、きっとあれがこの人の本質なのだと思うから。

私に対し怒り心頭でも有っても、それをあの子に対してはけしてむけなかったもの。


「・・・貴女は、良い人」

「な、何故そんな事が言える。それにもしそれが真実だとして、何故あんな物を私に送った。あんな首飾りを、何故。私をそう評するならば何故そんな事をした!」


あ、あう、な、何で怒ってるんだろう。く、首飾り送っちゃ駄目だったのかな。

も、もしかして従士さんって、贈り物が駄目だったりするんだろうか。

良かれと思ったんだけど、あうう、何で私はこう空回りするんだろう。


「・・・結界石の、首飾りが有れば、貴女を守れると、思って。迷惑だったら、ごめん」


何とか送った理由を絞り出し、しょぼんと落ち込みながらやっと謝罪の言葉を告げる。

やっと言えた。やっと謝れた。何だかついでみたいな謝り方になったのは気になるけど。

恐る恐る彼女の反応を確かめようと、下げた視線をゆっくりと上げる。


「―――――――っ」


すると彼女は目を見開いて息を呑んでおり、視線が宙を彷徨っている。

どうかしたんだろうかと思いつつ上目遣いでじっと見つめていると、彼女はふいと顔を背けた。

あうぅ、やっぱり許して貰えないかな。怒らせた上に迷惑な事したみたいだし。

不安になりながら反応を待っていると、彼女は深く、とても深く息を吐いて口を開いた。


「・・・貴女の謝罪を、受け入れよう。そしてこちらも、謝罪をしたい。貴女を見誤っていた。すまない、どうか許して欲しい」

「・・・良いの?」

「貴女が私の誇りを守ろうとしてくれていたと、そう解った以上、私に否と言えるはずがない」


えっと、許して貰えたって事で、良いんだよね。良かったぁ・・・。

ホッとしていると彼女は席に着き、やっと落ち着いた様子になった気がする。

誇りとかその辺りの話は何か良く解んないけど、彼女の機嫌が良くなったなら良かった。

うん、ちゃんと謝れて本当によかった。今日は気分よくライナに報告出来そう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


助けられた。それは紛れもない事実だろう。

精霊使いは明らかに私を擁護する言葉を発し、今も拘束する気配がない。

錬金術師も私が武器を手にしたにもかかわらず、その判断に何も文句を付けない。


それどころか大人しく席に着くように促した言葉に、渋々ながらも従っている。

二人の関係を知らなければ、精霊使いの言葉に従わざるを得ない何かが有ると思うだろう。

だが私は事前に彼に聞いている。彼らの立場は逆なのだと。錬金術師事が最上位だと。


ならば私を拘束せずにおくというのは、彼女の判断なのだ。

何故彼女は私を放置する。明らかに敵意を見せ、武器を手にした私を。

賄賂を叩き返した、明らかに味方にならないであろう事が解っている相手を、何故。

その疑問を抑える事が出来ず、率直に彼女に訊ねた。最早命の心配など無意味だと感じて。


「・・・貴女が、怒ってないなら、それで良い」


そして返された答えは、全く意味が解らなかった。何故私の感情を主軸で考えている。

私の気持ちを慮る様な関係では無いはずだ。少なくともそうなるであろう関係を私が断った。


「・・・貴女は、良い人」


低く擦れた、何もかもが気に食わなさそうな声音に反した、酷く意味の解らない評価。

少なくとも彼女に『良い人』などと呼ばれる様な事をした覚えはない。

だけど何故かその言葉が嘘に思えず、私の中で苛立たしさが増して行った。


もし本気でそう思っているのなら、何故私の誇りを汚したのか。

賄賂なんて物を送って、私がどう思うのか解らないはずが無いだろう。

もし本当に『良い人』と評価しているならば、あんな首飾りを私に送るはずがない。


「・・・結界石の、首飾りが有れば、貴女を守れると、思って。迷惑だったら、ごめん」


その言葉で、かちりと、今までのちぐはぐな出来事が嵌った気がした。

結界石。それはこの街の錬金術が売りに出した、強力な防御結界を発生させる道具。

ついさっき精霊が私に使った物も、その結界石なのだろう。


それが首飾りに仕込まれていたという事は、あの素晴らしいと言える意匠は偽装だったのだ。

つまり彼女は最初からこの事態を予想していて、私を守る為にあの首飾りを送った。

結界石を仕込んでいると思われず、女性が身に着けていておかしくない物を。

私が賄賂だと思ったそれは、ただ単純に私を死なせない為の、ただそれだけの為の策だったと。


先の手紙の事を考えれば、私は明らかに彼女に敵になる。

文官達の命令を聞き、彼女を攻撃し、捕えて連れ帰る為の人員だと思うはず。

なのに私を守ろうとした。それはつまり、私がそんな事をしないと断じていたという事。


「―――――――っ」


喉の奥が苦しい。目頭が熱い。駄目だ、泣くな。泣くんじゃない。

狡い。こんな不意打ちは卑怯だ。つい最近会ったような相手に、何でこんな。

この中で誰よりも、彼女こそが私の誇りを信じていた。その事実に、胸が熱くなる。


あんなにも腹立たしかったのに、怒りがもう保てない。

あんなにも敵愾心を見せたのに、それを気にしない彼女に敵う気がしない。

私の誇りを、見てくれた彼女に、何も出来る気が、しない。


ああ、そうか、精霊使い。解るよ。勝てないなこれは。こんな人間に、勝てる訳が無い。

貴方はその誇りを、彼女に信じられているんだな。

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