第180話、状況確認の大事さを学ばされた錬金術師

何で、何を、急に。まるで状況が解らない。何でこんな事になっているのか。

この人達は仲間じゃなかったんだろうか。何で彼らは彼女を捕えて武器を向けているのか。

全く状況が理解できない。出来ないけど、一つだけ解っている事は有る。


何故か私が彼らを拘束する気だと思われている。そんな気は全く無いのに。

抑えられて呻く彼女の声に思考放棄しそうになるけど、ぐっとこらえて口を開いた。


「・・・逃がせも、何も、追う気なんか、無い」


大体何で拘束しなきゃいけないのか。そもそも帰ってくれるなら大歓迎だっていうのに。

何をどう考えたらこんな事をしないと帰れない、なんて考えに至るのかが解らない。

そんな思いが声音に出たせいか、いつも以上に声が低くなった気がする。


だけど彼らは私の言葉に応えず、ただ緊張感の有る表情で私を見つめるだけで動かない。

これじゃ何処まで本気なのかも解らないけど、もし彼女を傷つけるならその時は――――。


「仲間を人質とか、正気かあんたら」


万が一に備えて頭を戦闘に切り替えていると、リュナドさんが気に食わなそうに口にした。

視界に使者達を収めつつリュナドさんを見ると、彼は声音通りの表情を使者達に向けている。

だからなのかどうかは解らないけれど、文官達の口元が少し緩んだ。


「笑わせるな。裏切者を仲間などと。そもそもこの女は最初から使えないと思っていたんだ」

「人質に使えるだけ役立たずよりはまだマシだがな。それに貴様らがすぐに襲い掛かって来ない事が何よりの裏切りの証拠だろう。本当に関係が無いなら躊躇する意味が無い。こちらとしては役立たずの命一つでこの場を切り抜けられるなら僥倖だ」


・・・そっか、解った。色々解らない事は沢山あるけど、大事な事は良く解った。

この人達、別に彼女の仲間でも何でもないんだ。何だ、安心した。

それなら、もう気にしなくても、良いよね。怪我させない様に取り押さえる事を考えなくても。

彼らの怪我を気にしなくて良いなら、彼女を無傷で助けるのは容易い。


「あんたらも同じか。彼女の同僚だろう。本気でその判断に従うのか」


彼女を開放する算段を立てていると、リュナドさんが答えなかった従士達に問いかける。

そうだ、危ない、答えたのは文官達だけだ。危うく確認せずに行動に移す所だった。

彼女の件もそれで失敗したのに、私は何回同じ事をするのか。本当に彼が居て良かった。


「・・・本音を話せば、我々とて彼女を裏切者だなどとは思いたくはない。だがこの状況では致し方ないだろう。それに我々は命令に従う義務がある。貴様も兵士なら解っているだろう」

「そもそもこの様な事態を引き起こした貴様に問われたくはない。我々とて不愉快だ」


つまり彼らは彼女を本当は傷つけたくないし、こんな事はしたくないって事、かな。

これは・・・困った。彼女を抑えている人員が逆ならもう少し簡単だったのに。

でも嫌ならやらなくて良いじゃないか、って思ってしまうのは私がおかしいのかな。


「はぁ・・・何か勘違いしているが、俺達はお前達を捕らえる気は無い。だが領地内でそんなふざけた事をされたら、俺は役目を全うするしかなくなる。早めにその手を離しておけ」

「貴様こそ何をふざけた事を。この女が要るから精霊をけしかけられないだけだろうに。下手な動きは見せるなよ。生きていれば人質にはなるのだからな。苦しむ姿を見たくはないだろう」

「お前達も口車に乗るんじゃないぞ。そいつを離したら終わりだと思え。あんな碌でもない事を言いだす連中だ。そいつを離したらどうなるか解らんぞ」


リュナドさんは彼らが何か勘違いをしていると諭すも、文官達は聞き入れない。

そのせいか従士の二人は険しい顔を崩さず、女性を拘束する手を離す事は無かった。

碌でもない事って、私もリュナドさんも変な事を言った覚えは無いのだけど。言ってないよね?


これは本当に困った。リュナドさんのちゃんとした説明も通用しないなんて。

彼はその事が気に食わなかったのか、珍しく物凄く険しく怖い顔で口を開いた。


「・・・口車はどっちだか。お前等はそもそもセレスを襲ってでも連れて帰る気だったろうが」

「――――な、何を言って」

「使えないってのはどういう意味だ。セレスを襲えって命令に、国と民を守るべき立場の人間が、一般人を無理やり襲って連れ帰る命令に従わないからか。碌でもないのはどっちだよ」

『『『『『キャー!』』』』』

「な、なにを、言いがかりを! いいから精霊を下げろ!」


リュナドさんは普段と全然違う荒っぽい喋りで、だけど目はその荒さとは真逆にとても冷たい。

それに同意するかの様に山精霊達がキャーキャーと鳴くが、使者達は精霊を下げろと叫ぶ。

何時もならその叫び声に怯みそうになるけれど、二人は恐怖の対象にならない。

だって彼が言った事が確かなら、この二人は完全に敵なのだから。もう人と思う必要が無い。


「国の為に誇りをもって従士やってる女を『役立たず』なんて言って犠牲にするよか、普段はいい加減で、偶に頭抱える事する困った人でも、ちゃんと働く奴は見ているうちの領主の方がよっぽど『マシ』なんだよ・・・!」

「お、おい、下がれ、脅しじゃないんだぞ!」


男が叫ぶもリュナドさんはその冷たい目を向けたまま、精霊すらも下がらせる様子が無い。

というよりも『下がらせる必要が無い』という方が正しいんだろう。

ただ少し不安なのは、従士の二人が怪我をしないか、という点だけど。彼らは不本意らしいし。

でもリュナドさんの事だから考えてるだろうし、手を出さずに成り行きを見つめておこう。


「・・・精霊使いって呼ばれるようになってから、正面から来る奴は少なくなっていってな。人質を取られる事も有ったし、正直慣れちまってんだよな、こういうの。慣れたくなかったけど」

「ふ、ふざけているのか、早く―――――」

「・・・最後の忠告だ。武器を下ろしてその手を離せ」

「―――――っ、そうか、良く解った。脅しでないと見せなければ解らんようだな。何、死なない様には気を付けるさ!」


リュナドさんの最後通告。それをどうとったのか、男はナイフを押し込もうとして―――――。


「え・・・?」


―――――そのナイフは彼女まで到達する事は無く、男の呆けた声が口から漏れただけだった。

彼女の少し手前でナイフは止まっており、ついでに従士達の拘束からも解かれている。

従士達が自ら解いた訳ではなく、解かざるを得ない力に弾かれて。


当然強い力で弾かれた二人は家の壁に叩きつけられたけど、倒れこむような事は無かった。

幸い玄関側だった事もあり、棚なども無く何も被害は無さそうだ。

まあ家精霊の加護が有るから、ぶつかった所で欠けすらしないとは思うけど。


「これ、は・・・」


拘束を解かれた彼女は呆けた様に周囲を見渡す。自身を中心に発生した結界を。

彼女の足元には家の床から頭を出した精霊がおり、あの子が結界石をこっそりと運んでいた。

騒ぐ精霊達に視線を向けさせ、あの子の接近を気が付かせない様にして。


そして彼女の足元で結界を発動させ、その際発動起点を彼女にしたんだ。

結果として彼女の拘束は弾かれ、ナイフでの攻撃も無意味に終わった。


『キャー♪』


女性の足元で『してやったり』と言わんばかりの表情で楽し気に鳴く精霊。

それを合図としたかのように、精霊達が一斉に飛び掛かった。

当然と言えば当然だけど、人質を取って逃げる様な存在が精霊に敵うはずもない。

あっという間に男二人は捕らえられ、残るは状況に混乱している従士二人。


「・・・あんた達、これ読んでみな」


リュナドさんは複数の手紙を取り出し、テーブルに置いてそこから少し下がった。

精霊も男達を押さえつけている子以外は少し下がり、従士の二人に道を譲る。

あの手紙は確か事前にリュナドさんに貸して欲しいと言われた物だ。


今まで貰った色んな手紙。王子からの物や差出人不明の物。

後はこの前貰った、私を無理やりにでも連れて行こうという人の事。

それらの手紙を彼らは読み進めるにつれ、どんどん眉間の皺が深くなっている。


あれ、何か見覚えの無い封筒も混ざってる。何だろうかあれ。

いや、別に良いか。知らないものは気にしなくて。

取り敢えず誰も怪我無く彼女が無事解放された事を良しとしておこう。


やっぱりリュナドさんは頼りになるなぁ。私だったらもっと荒っぽい結果になってたと思う。

状況確認は大事だね。ちゃんと敵が誰か見極めるの、本当に気を付けないと。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


手紙を読む従士達をとりあえず措いて、何やら叫びたそうな文官達の口を布で塞いでおく。

別に何を言った所で構わないが、煩いし話が進まないと面倒だ。暫く黙らせておこう。


さて、取り敢えず何とかなったな。人質とられるのに慣れてて助かった。

最近じゃもう、特に指示出さずとも目線で精霊達が動いてくれるからな。

セレスが今か今かと足を踏み出そうとしていたから、本当にどうしようかと思った。

こいつが暴れたら酒場の二の舞になりかねない。いや、流石に自宅でそれはしないか?


・・・怪しいな。うん、怪しいと思う。未だに凄い威圧放ってるし。

追う気なんか無いって言った時、俺も全く信じられないぐらい殺気立ってたしな。

多分俺が割って入らなかったら、あの四人死んでたんじゃないだろうか。


とはいえ前と違って動かなかった辺り、多分本当に彼らを捕らえる気は無かったんだろう。

俺が行動している間も最後まで待っていたし、最初の無茶苦茶な威圧感は足止めの為かもな。

いきなり訳の分からない化け物が現れた錯覚を覚えたぞ。何だあれ。怖すぎるだろ。

そんなに彼女が気に入ったのか。まあ、俺も割と好感を持っちゃいるが。


「・・・この情報が本当だという証拠は有るのか、精霊使い」


取り敢えず文官達の拘束を終えると、従士の男が訊ねて来たので顔を向ける。


「襲撃に関しては無い。だが王子殿下の手紙は本物だ。そしてその手紙の内容を読めば、貴殿等の仕える主君が何をしようとしていたのか、大体察しが付くだろう。ならそこの文官達が何処まで情報を得ているのか知らないが、強硬手段を取るに至っておかしくない」

「だ、だがそれは、あくまで予想にすぎないだろう」

「本気で言ってるのか?」


俺の問いに彼らは口を噤む。王子殿下の手紙は確実に本物だ。

そしてこれまで王家同士のやり取りを記録した情報も大体はここに在る。

態々王子が俺達に送ってくれた物だ。これで惚けるのは無理が有るだろう。


明らかにこの国の国王は、王子の言葉を無視して、有利に事を進めようとしていると。

王子が俺達なんかに逐一情報を渡すとは思ってなかったんだろうな。

どれだけセレスを欲しているのか、その辺りの考察が甘すぎた結果だと思う。

下手したらこの時点で国同士の諍いになりかねない事を考えると、彼らには災難な話だな。


「本当なら諍いになる前に出すつもりだったんだがな。別にあんた達を捕らえる気は無い、という言葉を信じてくれればこんな手荒な真似はしなかった」

「・・・信じられると思うか?」


一瞬目線が明らかに俺ではなくセレスに向かっていた。

まあ、うん、そうだな。気持ちは凄く解る。俺も背後から感じる殺気が凄く怖いし。

目線を向けられた一瞬少し構えた気配が有ったな。頼むから怒らないでくれ。自業自得だから。


「それはこっちも同じだと思って欲しいな。このやり取りをした上でセレスを誘いに来る人間を、真っ当な手段で連れて行く人間だと誰が思う。連れていかれたらどうなると思う」

「それ、は・・・」


もしこれでセレスが城に向かえば、この街はきっと終わる。

精霊は制御を離れ、精霊の加護の無い街は力を失い、そんな街を王子が受け入れるかは怪しい。

そもそもあの王子は錬金術師を欲しているのであって、街はそのおまけだ。


その辺りの事は国王も解っているんだろう。だからセレスを手中に収めようと画策した。

そうなれば王子はこの街に協力する理由は無くなり、力を失った街は良い様にされるだろう。

結局の所セレスの力で栄えたこの街は、まだセレスの手の外に出られていない。

彼女が居なくなったこの街が何処までもつか。そしてそんな街を国が何時まで真面に使うか。


勿論それはセレスに抗う力が無く、無理やりに連れていかれる可能性が有ればの話だが。

現実は残念ながら、彼ら程度に彼女をどうこうする事は出来ない。可哀そうだけどな。

彼らも仕事でここに来ている。そこに関しては文官達にも同情の余地は有るだろう。

こんな事をする国王だ。失敗して帰ってお咎めなし、なんて事はきっと有りえないだろうしな。


「俺は、この街の兵士だ。悪いが国に仕えている訳じゃない。この街を守ろうとする領主に仕えている、この街を守る為に存在している兵士だ。それなりに矜持が有る」


何の力も無く、状況も解らずに居られたらと何度思ったか解らない。

だけど精霊兵隊なんて仰々しい役職と、その名を持つだけの力を手に入れてしまった。


唐突に表れた色んな事をひっかきまわしてくれる錬金術師のせいで。

その錬金術師が街を豊かにして、ただ利益を求めるだけではなかったおかげで。

セレスのせいで、あいつのおかげで、俺は自分の街を守る事が出来るんだ。

もう覚悟は決めている。国に逆らう事になろうが、この街を守ると。


「うちのとんでもねえ錬金術師の誘いすら断った、誇り高い従士さんなら、解るだろ」

「―――――はっ、ここで、私にそんな事を言うのか。役立たずと断じられた私に」

「俺はそうは思わないけどな。この中でいの一番に状況を理解して、誰よりも犠牲になる事を覚悟して、一番やるべき事を最初にやろうとしたのはあんただ。節穴で役立たずはそこの二人だ」


彼女は良くやっていたと思う。すれ違いは有ったが、この状況での最善を選ぼうとしていた。

死ぬ事が怖くない訳じゃないだろう。それでも彼女はその命を職務に殉じようとした。

少なくとも俺には同じ事は出来ない自信が有る。俺は自分の命が惜しい。

その彼女を役立たずなどと、ふざけた事を抜かすな。役立たずはてめえら等だろうが。


「さて、状況は理解出来たか。ならもう少し話をしましょうか。今度は落ち着いて、ね」


と、一番臨戦態勢のセレスに目を向け、頼むから座ってくれという意思表示をする。

ずっと殺気立ってて正直俺も怖いんだよ。良くこれと敵対しようと思えるな。

ただ一応俺の意図を汲んでくれたのか、渋々という様子で席に着いた。

セレスの傍でリボンが動いていたから、家精霊が促してくれたのかもしれないが。

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