第179話、誘いの返答をする錬金術師

「すぅーーーーー、はぁーーーーー、すぅーーーーーーーーー、はぁーーーーーーーー」


本日は来客が決まっている。やって来る時間も決まっていて、もうすぐ来る予定だ。

その時間が迫れば迫る程心臓の音が煩く鳴り響き、呼吸も上手く出来なくなってきている。

何とか心を落ち着けようと深呼吸を庭で繰り返しているのだけど、どうにも上手く行かない。


「て、てが、ふる、える」


仮面を付ければ多分多少はマシになると思うけど、付けていないと目の前に居ないのにこれだ。

本当に今日を乗り切れるのかと今更ながら不安で堪らない。

因みに訪問はメイラの外出時間になっているので、彼女が怖い目に遭う危険は無い。


『キャー』

「ん、そう、か。だと、良いけど、流石に無理じゃ、ないかなぁ」


精霊達はどうやらあの女性と街で何度か会っているらしく、割と友好的に接しているらしい。

食事を分けて貰ったり、そのお礼に道案内をしたりと、友人の様な関係だ。

だからなのか精霊は気楽に『あの人なら大丈夫だよー』と言うのだけど、余り信用は出来ない。


前回の事で精霊の事をもう少し信用すると決めたけど、それは私に対する好意という点だけだ。

精霊は基本的にお気楽言動だし、私以上に細かい事を気にしない。

そんな彼らの『大丈夫』を信じる事は、流石の私にもちょっと無理だ。

大体大前提として『絶対許さない』と言われている時点で、怒られない訳が無いのだもの。


そう思い遠い目で空を眺めていると、手にそっと優しい感触を覚えた。

視線を下げると家精霊が手を握っており、にっこりと笑顔を向けている。

まるで『私が要るから大丈夫ですよ』と言っているかの様に。


「うん、ありがとう、そうだね、傍についてくれてるもんね」


今少しだけ気持ちが楽になった気がしたのは、気のせいではなく家精霊のおかげだろう。

この子の力で強制的に心を落ち着けさせられたのだけど、私はありがたいので感謝しかない。

ギューッと抱き着いて感謝を伝え、抱きつき返された所で精霊達が騒がしくなった。


「き、来たみたい、だね」


ごくりと喉を鳴らして仮面を取り出し、装着したら街道への道をじっと見つめて待つ。

少しするとキャーキャーと楽し気に踊る精霊に先導されながら、リュナドさんが現れた。

そしてその後ろに見慣れない4人の男性と、最後尾にあの女性が歩いて来るのが見える。


リュナドさんは普通の表情だけど、後ろの5人は険しい顔だ。

あれ、も、もしかして、他の4人も怒ってる、のかな。

そ、そうだよね、仕事仲間にした事だし、怒るよね。あうう。


「セレス、彼らが城からの使者だ。君に話したい事が有るそうだが・・・ここでするのか?」

「・・・ううん、家に、どうぞ」


流石にここで立たせて、って言うのは出来ない。取り敢えず家に入って貰い、お茶を出す。

その際家精霊に頼んでいたのだけど、彼らは家精霊が見えないので驚かせてしまった。

そのせいか彼らの顔は更に険しくなり、私は泣きそうになりながら目を逸らしてしまっている。


い、いけない事は解ってるの。今回ばかりはちゃんと見なきゃって。でも怖いんだよう。

取り敢えず心を落ち着ける為に仮面をずらしてお茶を飲み、ふうと息を吐いて仮面を戻す。

さて何を言われるのだろうと力を入れて構え直すと、何故かそのまま無言の時間が過ぎた。


「・・・何も語るべき用が無いなら、このまま終わりという事で宜しいですか」


その様子を見かねたのかリュナドさんがそんな事を言いだした。

この状態が辛い私は頷き返そうとして、それじゃ駄目だとかろうじて踏みとどまる。

向こうの話が無いならそれは終わりでも良い。だけどこちらにはまだ用が有る。


ここを逃したら多分謝るタイミングが無い。何時謝られるか解らない。

怒られるのは怖いし、怒られたくは無いし、だけどここで謝らないといけないんだ。

誰かに諭されたからでも、そういう決まりだからでもなく、私が悪いと思ったのだから。


「・・・だめ」

「そういう訳には――――」


リュナドさんを止めようとひり出した言葉と、文官さんらしき人の言葉が重なった。

彼らは少し困った様な顔を私に向けていて、思わずまた視線を逸らして黙ってしまう。

うう、発言の邪魔をしてしまった。リュナドさんも首を傾げてるし、またやっちゃった。


「錬金術師殿は、私達の話を聞く気が有る、という事で宜しいかな?」


思わず俯いていると文官さんが訊ねて来たので、とっさには声が出なかったのでこくりと頷く。

話は当然聞く気は有る。無かったらそもそも家に入れていない、と思うんだけど。

とはいえ城への誘いは御免なさいという返事しか無いから、聞くと言って良いのかどうか。


「成程、話に聞いていたよりは会話の出来る方の様だ。こう言っては失礼だが、安心した」


・・・私が会話出来ないって、そんなに有名なんだ。説明しなくて助かるけど、少し悲しい。

それにしても今の私のどこを見て『会話が出来る』と思ったんだろうか。

もし本当に会話が出来るなら、今頃既に話が終わって様な気がする。多分。解んないけど。


「では率直に。貴女は城への誘いを断ったと聞いております。手紙を見れば誰からの誘いか解るはずであり、更に言えば庶民には天上への誘いであるのに。その真偽は如何なのでしょうか」


城への誘いってあの手紙の事だよね。天上への誘いって言われても、私には地獄の誘いだよ。

なんかゴテゴテした印が押されてたから貴族の誰かだとは思うけど、誰かなんて知らないよ?


「・・・手紙の差し出し主、なんて、知らない、けど」


私の返事をじっと待ってくれていたので、何とか落ち着いた声でそう返す。

すると文官さんは一瞬目を見開いた後、にぃっと笑みを深くしてリュナドさんに目を向けた。

不思議に思って私も彼に目を向けると、何故か彼は物凄く驚いた顔で私を見つめている。

何でそんな顔をされているのか理解できず、混乱していても整理する時間は与えられなかった。


「成程知らない。成程成程。つまりは真実を知らず、都合の良い言葉を聞いて代筆で返したという事ですか。これはおかしいですね、精霊使い殿。我々が知る情報と話が食い違う」

「我々は領主からも貴殿からも『彼女は全てを知っている。知っていて断った』と聞いているが、どういう事か説明して貰おうか。場合によってはただでは済まんぞ」


え、え、まって、なんで、なんでリュナドさんが責められてる感じなの。全然解んない。

全く状況が理解できずに眉間に皺を寄せていると、従士の女性も同じ様な顔をしていた。

私が何を言っているのか解らない。そんな感じの表情でじっと見つめている。


「・・・セレス、どういう、事だ」


彼女の視線に尚の事困惑していると、リュナドさんのかすれた声が耳に入った。

そのおかげではっと状況を思い出し、そして全員の視線が私に向いている事にも気が付く。

ただその視線は様々で、文官二人は更に笑みを深くし、従士の男性達は何処かホッとした様子を見せ、従士の女性とリュナドさんは困惑した顔を向けている。


多分今私に何かの言葉を期待しているんだとは思うけど、何を言えば良いのか全く解らない。

さっきのリュナドさんの『どういう事だ』に関しても、むしろ私が何の事なのと言いたい程だ。

だけどみんな私から視線を動かさず、私の発言を明らかに待っていて、とても泣きそう。


いや、落ち着け。落ち着くんだ。幸い皆ちゃんと待ってくれている。

騒いで怒鳴って問い詰めるのではなく、ちゃんと私の発言を待ってくれている。

この時点でここに居る皆の対応は優しいと見て間違いない。仮面の有る今の私なら頭も回る。


だったら最低限、その優しさに応えるべく、ちゃんと発言だけはしなければ。

えっと、なんだっけ。何を言われたんだっけ。あ、そうだ、手紙の差し出し主が誰かだっけ。

嫌でも誰か解る様な手紙じゃなかったよ、あれ。大きな印字がされてただけで。

あ、そうか、その事を言ってないから、私が手紙を読んでないと思われたのかな。


「・・・手紙に、印が有ったけど、誰かなんて、私は知らない」

「だそうだぞ精霊つか――――は?」


文官さんはニヤッとした顔をリュナドさんに向け、途中で私に顔を戻して呆けた声を出した。

良く見ると他の人も同じ様な顔をしていて、リュナドさんだけが大きく息を吐いている。

そして呆けたままの彼らに顔を向け、平静な顔に戻して口を開いた。


「それで、私に何か言いたい事がおありですか。今彼女が語った通りですが」

「なっ、そ、それは、だ、だが、正気か貴様! 本気でこの返事をさせる気か!?」


リュナドさんの落ち着いた言葉とは真逆な、若干裏返った怒鳴り声が室内に響いた。

びっくりして思わず身構えてしまい、怖くて顔を少し伏せながら様子を窺う。

するとリュナドさんは一切表情を変えず、とても静かな声音で続けた。


「貴方達は一つ大きな勘違いをしている。私が錬金術師を従えている? 私が錬金術師を軟禁している? 私が錬金術師を手籠めにしている? どれもこれも間違いです。真実は真逆ですよ。私が彼女に逆らえない。私はただ、仕事を全うしているだけです。彼女の要望通りに」

「そんっ、な・・・!」


彼らの目が、私に向く。見開かれ、驚いた様子の、だけど何か怖がっている様な目が。

ただその奥に一つだけ、私を鋭く射貫く目が在った。彼女の怒りの目が、私に向いていた。


「だから言ったでしょう。この交渉は最初から成立しないと。さて、どうしますか。私の覚悟は決まっています。どこまでやれるか知りませんが、命を懸けましょう」


彼女はそう言うと、剣に手を、かけた。え、嘘。それは、流石に、本気で困る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


錬金術師に会いに行く。そういう話で結局纏まった。纏まってしまった。

そもそもそれ以外の選択肢が無かったのだ。会いに行くか、諦めて帰るかしか。

当然錬金術師を知らない彼らは最終的には『会う』方を選ぶ。当たり前すぎる帰結だ。


「貴様は余計な口を開くなよ。それと今回の件は、上に報告するからな」


出発前に文官にそう言われ、現実を理解している私にはそんな事は些細にしか感じない。

当然の表情で頷く私に少しイラついた様子の文官と、私を心配してくれる同僚達について行く。

事前の約束通り精霊使いが錬金術師の家へ案内し、そして彼女に出迎えられた。

黒いローブを身に纏い、石の仮面を付けて佇む、不気味な存在に。


庭を観察するとそこかしこに精霊が居り、明らかに敵地である事を実感させられる。

良く見ると変な塔に不気味な黒い球体が有るし、何故かリボンの様な物が浮いている。

家の扉は手を触れずとも開き、茶を見えない何かが出してきた。


この時点で私を含めた全員が、理解不能な領域に足を踏み入れたと思っているだろう。

その証拠に誰も口を開かず、ただ錬金術師だけがゆったりをお茶を啜っている。

まあゆったりとといっても、どう見ても彼女の体には力が入っているのだけど。


明らかに既に戦闘態勢に入っている。文官達は気が付いていないけど、私達には解る。

緊張感の有る状況が続くも、何も喋らない文官に焦れたのか精霊使いが終了を告げた。


「・・・だめ」

「そういう訳には――――」


当然文官達が了承しないのは解っていたが、まさか錬金術師まで否定するのは意外だ。

精霊使いも少し困惑の表情を見せている辺りから、予定外の発言なのだろうか。

ただ文官達はそれを好機と取ったらしく、精霊使いに畳みかけて行った。


そこからの流れは、正直私は困惑していた。錬金術師は歩み寄る発言をしだしたからだ。

先日の彼女の行動を考えれば、差し出し主を知らないなんて事は有りえない。

だけどここではそう答え、精霊使いも動揺した様子が見え、全く状況が解らない。

だけど、そうじゃない。そうじゃないんだ。この女は、やっぱり、ネジが外れている。


「・・・手紙に、印が有ったけど、誰かなんて、私は知らない」


その発言を聞いた瞬間『ああやっぱりこうなったか』と、変に冷静に納得できてしまった。

当然の発言だろう。だって彼らは言っていたじゃないか。国と正面からやり合う気だと。

ならば『国王など知らない。この国でそんな人間の存在は知らない』と言っておかしくない。


ああ何処までも不遜で強気で傲慢な女だ。国王陛下に牙向くどころの話ではないと言うのか。

この国に国王は居ないと、そう侮蔑するのかこの女は。ふざけるなよ。

ならその国に、国王陛下に仕える者達を、私の様にそれに憧れる者達も侮辱している。


「だから言ったでしょう。この交渉は最初から成立しないと。さて、どうしますか。私の覚悟は決まっています。どこまでやれるか知りませんが、命を懸けましょう」


状況を把握しきれない文官達に対して、自分でも酷く冷たい声が出た。

それも致し方ないと思って欲しい。そうなってしまう程に目の前の存在が腹立たしいのだから。


やはりこの女とは相容れない。殺されようとも誇りだけは胸に死んでやる。

私が出来る事は生きて帰る事じゃない。最低限文官達をこの場から逃がす事。

出来るかどうかと問われれば出来ないだろうが、それでもやるしかない。


「二人共、生きて帰れると思わない方が良い。だが彼らだけは、全力で逃がすぞ」

「・・・それしか、無いか」

「きついな、あの精霊相手にどこまでもつか・・・!」


同僚の従士達はどうやら覚悟を問う必要は無く、ここで死ぬ事を決めたらしい。

おそらく錬金術師がずっと臨戦態勢だった事で、最初から最悪の事態を予想していたんだろう。

精霊使いはそんな私達の様子に席を立ち、構えはしないものの槍を手に私達を睨みつける。


今日の彼は甲冑を身に纏っている。こういう事態も想定済みだったんだろう。

ただ文官達は殺気立った状況を把握しきれていないのか、判断を口に出来ずに狼狽えている。

これはもう二人の言葉など待たず、引きずって庭に出るべきか。


「・・・それは、困る。私は貴女に、反撃したく、ない」


だがそんな一触即発の最中、低く唸る様な声音と共に、おかしな言葉が聞こえた。

声の主に目を向けると、下から睨みつけるような眼がまっすぐに私に向けられている。

今彼女は何といった。貴女に反撃したくないと、そう言ったのか。


「どういう事だ、錬金術師。何故私に―――――」


まさかこの状況で私にも翻意ありと思わせ、連携を崩す気か。何処までも汚い手を・・・!


「・・・貴女は、良い人。だから、手を出したく、ない」

「――――な、なにを、いって、お前は、本当に何を!」


なんだ、一体。いきなり何を言いだしている。私が良い人だから攻撃したくない?

意味が解らない。何故そんな事を今更。それにそんな威圧を放ちながら言う言葉か!


「貴様の言う事は何も解らない。私に解るのは、ただきさ―――――」


何故だと、そういった疑問の言葉は出なかった。ああそうかという諦めしか胸には浮かばない。

やはりお前の狙いはこういう事か。私に従士として命を張らせる事すら許さないのか。


「この女の命が惜しければ、逃がして貰おうか」


同僚の従士達に拘束され、文官の持っていたナイフが喉元に突き付けられる。

錬金術師に通じる仲間と判断され、藁をも掴む判断で私を人質にして逃げようと。

それはきっと叶わない。だって私は本当に錬金術師と繋がってなんかいないのだから。


万が一逃げきれたとしても、きっとその先で私は殺されるか、汚名を背負うのだろう。

敵と戦って死ぬのではなく、仲間に裏切り者と指を差されて。

もう私には、誇りを胸に死ぬ事も出来ないと、心が折れるのが――――。


「・・・なに、してる、の?」


目の前の『化け物』の目覚めで、強制的に中断された。

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