第178話、報告を聞いて覚悟を決める錬金術師
「という感じで、かなり怒り心頭に突っ返されたよ。ありゃ駄目だな」
出来たばかりの箱と首飾りをリュナドさんに託し、従士の女性へと持って行って貰った。
その結果報告をソワソワと待っていたら、余りにも絶望的な報告で頭が真っ白になっている。
ど、どうしよう。よ、予想以上に、目茶苦茶怒ってる。ぜ、絶対許さないって、そんな。
「・・・デザイン、流行りじゃなかった、かな」
「いや、だったら打ち払いまではしないと思うが・・・」
うう、気に入らないデザインだったのかと思ったけど、そんな希望は無いらしい。
リュナドさんの言う事だからそうなんだろうな。じゃあ私どうしたら良いんだろう。
絶対に許さないとまで言う程怒ってるって事は、凄い剣幕で家に来るんだろうなぁ。
どうしよう。今既に泣きそうなんだけど。逃げたくて堪らない。
家で介抱した時はそこまでじゃないと思ってたけど、あれは違ったのか。
ただ静かに怒る人だったのかもしれない。どれだけ謝っても許してくれないんだろうなぁ。
「なあセレス、一応聞いておきたいんだが、これは予想通りの反応なのか?」
「・・・そんな訳、無いよ」
「まあ、そうか。そんな顔してるもんな」
そんな顔がどんな顔か解らないけど、多分今の私の顔は酷い顔だとは思う。
今から怒られる恐怖に泣きそうになっているのを、必死に我慢しているのだから。
情けない顔してるだろうなぁ、今の私。泣くのを我慢して時々変な声が出ちゃってるし。
「で、どうするんだ。こっちから出向いたりでもするか?」
「・・・行かない。動かない。私はこの家で、待ってる」
ライナに忠告されたし、私から会いに行く事は無い。勿論彼女が帰るというなら別だけど。
結論が『会いに来る』と言うなら、彼女が家に来るまで私からは決して会いに行かない。
そして物凄く怖いけど、とっても泣き出したいけど、ちゃんと謝るんだ。
でもきっと、許してくれないん、だろうな。それでも、謝る事は、しなくちゃ、いけない。
「そうか、なら使者達が動くまでは相変わらずこのまま、って事だな」
「・・・うん、そう、だね」
結局私は何もできないまま、ただ彼女がやって来る事を待つしか出来ない。
そう思うとまた気分が重くなり、瞳に涙がたまるのを目を瞑って我慢する。
暫くその状態で体に力を入れて堪え、ふうと息を吐いて目を開けた。
「彼女がこのままお前への怒りを解かなかった場合、どうするつもりなんだ」
「・・・どうも、しないよ。仕方ないと、思うだけ」
私がどう思おうと、彼女の怒りは私が悪いのだから仕方ない。
例えそれでどんな風に怒鳴られたとしても、泣きながらでも最後まで聞くしかない。
今回の事は私が悪いんだ。悪い事をしたとちゃんと理解出来ているんだ。
頑張って、怒られるのを耐えよう。ただ泣いちゃうと思うから、その時彼には縋らせて貰おう。
「そう、か・・・なら、そうならないと、いいな」
私の言葉を聞いて、彼はボソッと小さくそう呟いた。
ただその言葉は言う気が無かった事だったのか、はっとした表情を見せて慌てて口を閉じた。
今の言葉の何に焦ったのか良く解らず、思わず眉間に皺を寄せながら首を傾げてしまう。
「あ、いや、今のは、その、すまない。セレスの考えを否定する気じゃなくて、だな」
リュナドさんは慌てた様に早口でそんな事を言い、成程慌てた理由を察する事が出来た。
私は彼女に許して貰えないという事を予想していて、きっと彼も同じ予想だったんだろう。
だけど優しい彼はそうならない方が良いと想い、その呟きは私の予想の否定だと考えたんだ。
優しい否定なのだから、そんな事を気にする必要ないのに。本当に優しい人だなぁ。
「・・・ありがとう。大丈夫だよ。私も、その方が、本当は良い」
「そう、なのか・・・そうか。だったら、上手く行くと、良いな」
「うん、行くと、良いね」
多分上手くは行かない。既に絶対に許さないと宣言されているのだから。
それでも彼の優しさを否定する気なれず、むしろ胸に嬉しさが浮かぶのを自覚している。
だからその気持ちのまま笑顔で彼に応え、出来ればそうなって欲しいという願望を口にした。
「本当に、そうなってくれると、良いな・・・」
その後に小さく出た呟きは無意識で、だけどやっぱりそれが本音だと自覚するには十分だった。
好きで怒られたい訳じゃない。出来れば怒られずに済んで欲しい。けどそれは叶わないだろう。
ただこの優しい彼が隣に居てくれるなら、何とか耐えれそうな、そんな気分も感じていた。
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『これが答えだと伝えろ、精霊使い。たとえ殺されても、貴様らは、絶対に許さない』
先程言われた言葉を思い出しつつ、はぁとため息を吐きながら錬金術師の家へ。
足元に居る精霊達は陽気に踊っているが、その陽気さを俺にも少し分けて欲しい。
いや、こいつら程適当だと仕事にならないから要らないな。余計な面倒を起こしそうだ。
「あー・・・報告に行きたくねぇ・・・」
俺が受け取った時にやたら真剣な表情で『お詫びって、渡して』と言われた物だ。
確実に渡す事を前提とした物だろうし、渡せなかったという報告を聞いてセレスは何と思うか。
そう考えるだけでどんどん足が重くなって、さっきから物凄く歩みが遅い。
とはいえずっと歩いていれば進んでしまう訳で、どれだけ嫌でも到着してしまった。
「・・・いらっしゃい、リュナドさん」
「あ、ああ、邪魔をするな」
ここ最近とは違ってゆるっとした様子の無い、鋭い目で迎えられて思わず体に力が入る。
やべえよどうしよう、なんて思っているうちにお茶を出されてひとまず一口。
カップを置いて気合を入れて息を吐き、覚悟を決めて今回の事を報告して箱を渡した。
「――――っ」
その顔は久々に見た、目を思い切り開いた、明らかに怒りを感じているとしか思えない表情。
流石に本人が居ないからか構えていないものの、その様子には思わず息を呑んでしまう。
「・・・デザイン、流行りじゃなかった、かな」
怒りを抑える為なのか冗談の様な事を低く震える声で言い、俺は出来るだけ平静に返した。
普段通りの感じで出来るだけ言ったのだが、それすらも彼女は気に食わなかったらしい。
ただ彼女が断られる事を想定してなかったとは思えず、思わずその事を確認してしまった。
それがいけなかったんだろう。彼女の機嫌は尚の事悪くなり、体に力も入りだした。
ドンドン表情が険しい物になって行き、呼吸も小さく唸る様にしながら肩を上下させている。
やばい、どうしよう、めっちゃ怒ってる。お腹痛い。来る前に薬飲んでおくんだった。
とはいえ色々と確認をしない訳にもいかず、不機嫌な彼女に少し怯みつつ質問を重ねる。
ただ意外だったのは彼女が『動く気が無い』と言った事だ。流石に動くと思ったんだが。
どうやら彼女はこの怒り様であっても、動く事が得策ではないと考えている様だ。
やっぱり断られるの予想してたんじゃないのか。単純に断られた事が気に食わないだけで。
でなけりゃ何かしらの先手を打つと思うんだが、その辺りは俺が考えても詮無い事か。
どちらにせよどうにもならなければ『仕方ない』と言っているのだし、な。
これはきっと、敵対するなら最悪の事態も仕方ないと、そういう意味なんだろう。
「そう、か・・・なら、そうならないと、良いな」
その事態を想像していたら無意識な呟きが漏れ、慌てて口を押さえた。
これじゃセレスの考えを否定したいと言っている様な物だ。やっちまった。
普段のセレスなら兎も角、今日の機嫌の悪いセレスにこれは不味い。
実際セレスは首を傾げながら俺を睨み上げており、明らかに不機嫌その物といった様相だ。
早く弁明しなければと思い慌てて言い訳をすると、彼女はふにゃっと柔らかい笑顔を向けた。
「・・・ありがとう。大丈夫だよ。私も、その方が、本当は良い」
それは最近よく見るここ最近のセレスの笑顔で、だからなのか本音を語っていると思えた。
相反した事を語っているはずなのに、こちらの方が彼女の本音なのだと。
そんな自分の判断に自分で混乱しながら、その後少ししてセレスの家を後にした。
「・・・どっちにしろ、俺に出来る事なんて、成り行きに任せる事しかないんだがな」
ため息交じりの呟きは精霊達の鳴き声にかき消され、陽気な精霊達に恨めしさすら覚える。
とはいえこいつらのおかげで色々助かっているので、余り文句は言えないのが辛い。
再度ため息を吐いているとポケットの精霊が慰める様に鳴き、何とも言えない気分になった。
「慰めあんがとよ・・・後は領主に報告、か」
今日の事を一応報告しておく為、今度は領主館へと足を向ける。
ただしまだ頭が少し混乱しているので、報告内容を整理しながらゆっくりと。
結局のところ俺にはセレスの真意は良く解らず、ただ事実を語るだけになってしまうのだが。
領主館についた頃には報告内容も纏まった、と思った所で見覚えの有る集団に道を塞がれた。
「精霊使い殿、我々は明日錬金術師に会いに行こうと思う。宜しいか」
それは城からの使者達であり、どうやら長かった様子見を終える事にしたらしい。
言い放った文官の後ろには従士の女性が睨んでおり、その眼には覚悟が見える。
早速厄介な事になりそうだと思いつつ、今度は胃腸薬を飲んでからまたセレスの家に向かった。
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