第177話、お詫びをしたい錬金術師
「うーん・・・行っちゃ駄目って言われたけど、待ってるのもこれはこれで、辛い、かも」
ライナと相談してから二日経ったけど、あれからあの女性はまだ家にやって来ていない。
ただ昨日リュナドさんが来て「会いに来る、という話にはなると思う」とは言われた。
とはいえ女性は私に会いたくないらしく、一緒に来た人には「帰ろう」と言っているらしい。
それなら今すぐにでも頑張って会いに行って、帰る前に謝るだけでもしないと。
会いたくないと思われるのは当然だし、私も怖いけど、これだけはちゃんとしないといけない。
そう思って覚悟を決めていたら、どうやら他の人達は女性の言葉を突っぱねたそうだ。
『貴様の都合で帰れるはずがない。精霊使いに何を言われて丸め込まれたのか知らんが、我々が会いもせず帰るという選択肢は無い。貴様も従士として勤めて来たなら解るだろう』
と文官さんに言われてしまったらしく、渋々といった様子で頷いていたそうだ。
という訳でやっぱり待つ事になったのだけど、その待っている時間が辛い。
何と言えば良いのか、日が経つにつれて、どんどん謝る事への緊張感が増してくる。
おかげで最近は作業が余り手に付いていない。仕事以外の予備制作はほぼゼロだ。
「・・・じっとしてると、余計に考えこんじゃうから、悪循環かも」
ぐでーんとテーブルに身を投げ出すと、山精霊達が私の頭を撫でる感触がした。
キャーキャーと楽しそうに頭を撫でているけど、途中で山精霊より大きな何かが触れる。
目を瞑ってそれを受け入れていると、何だかとても心地良くて心が落ち着く。
家精霊かなと思ってゆっくり目を開けると、そこに居たのは私の頭を撫でるメイラだった。
思わずキョトンとした顔を向けると、彼女は少し戸惑った様子で口を開く。
「あ、あの、精霊さん達が、撫でてあげてって、その、喜ぶって、言われたん、です、けど」
私を喜ばせられると言われ、素直に実行したらしい。にへっと頬が緩むのが解る。
思わず撫でてくれるメイラの手を取って引き寄せ、体を起こしてギューッと抱きしめた。
「ありがと。嬉しい」
「・・・良かった、です」
メイラは少し照れた様に口にしながら、私の背中に手をまわしてきゅっと抱きしめ返してきた。
そこでふと、ついさっきまでもやもやしていた気分が吹き飛んでいる事に気が付く。
この子を助けてあげなきゃいけないはずなのに、何だか良く助けて貰ってる様な気がするなぁ。
これじゃ駄目だな、うん。私ももうちょっと頑張らなきゃ。
最低限メイラの保護者です、って胸を張れる程度で居ないといけないよね。
そう決めると少しだけやる気と勇気が湧いてきて、メイラの頭を撫でながら思考を回す。
「・・・謝るんだし、お詫びの品とか、先に送ったら、どうかな」
ふと口から出た考えに反応したメイラは、こてんと首を傾げながら私を見上げる。
何故か精霊達も同じ様な動作をしているけど、そっちは措いておこう。
「お詫びの品、ですか?」
「うん、とは言っても、何が良いかなぁ・・・」
あの人って確か従士さんなんだよね。従士って兵士とどう違うのか良く解らないけど。
まあどっちもその土地の戦士共同体だし、この土地の兵隊も殆ど変わらないと思う。
という事は職業兵士さんという事で間違ってないと思うから、リュナドさんと同じだよね。
「お仕事に役に立つ様な道具が良いよね・・・」
「あのお姉さんの、お仕事、ですか?」
「うん、従士さんらしいから、それに役に立つもの、何が良いかな」
「えっと、戦うお仕事なら、あの首飾りは、駄目なんですか?」
「首飾り?」
「リュナドさんが付けてる、結界石の首飾りって、危ないって思った時、自動で発動するんですよね。あのお姉さんは精霊さんが居ないから、役に立つかなと、思うんです」
成程、それは確かに役に立つかもしれない。
あの首飾りの結界石は、本気の危機を感じた時に発動する様になっている。
精霊作の結界石も似た様な物だけど、あれとこれとでは反応が少し違うんだよね。
精霊の結界石はどれだけ危険を感じていても『結界石を使おう』と思わないと発動しない。
私が作った専用結界石は任意発動が出来ない代わりに、命の危機を感じた瞬間に発動する。
命の危機を感じるレベルの戦闘の場合、ほんの少しの躊躇が命取りになるだろう。
リュナドさんはその辺り、防御を精霊に半ば任せる事で解決している。
勿論態々避けないなんて事はしないけど、危ない時は大抵精霊が結界石を発動させていた。
ただあの女性はいずれ城に帰るのだろうし、多分精霊はついて行きはしないだろう。
アスバちゃんについて行った例外はあるけど、あれは帰って来る前提だったからだろうし。
「そうだね、結界石、良いかも。ありがとう、メイラ」
「お、お役に立てて、嬉しいです」
にへっと笑うメイラに、同じ様ににへっと笑って返す。本当に可愛いなぁ。
また彼女をギューッと抱きしめていると、にこやかに微笑む家精霊と目が合った。
なので片腕を開いておいでと意思表示すると、わーいと素直に飛びついて来る家精霊。
何故か山精霊も纏わりつき、皆で団子みたいになってしまった。
皆も私も満足したと離れた所で、さて作るにしてもどういう物が良いかなと少し悩む。
相手は女性なのだし、どうせならちゃんとした『飾り』の方が良いだろう。
最近の装飾とか流行りとか余り知らないけど、出来る限り凝ってみようかな。
私自身には余り興味は無いのだけれど、女性がそういう物を好むのは解っているのだし。
「久しぶりに、全力で装飾考えてみよう」
気合を入れて手持ちの材料を思い出しつつ、今日はこのままメイラを抱えてベッドに向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
錬金術師に会ってから数日、あれから私はとある部屋から殆ど動かずに過ごしている。
自分の意思でここに居る訳じゃない。お前は動くなと命令されたからだ。
「暇だなぁ・・・」
山で錬金術師と精霊使いに出会って、二人の意志ははっきりと理解した。するしかなかった。
だからと言って私にどうする権利も無く、だとしてもただ素直に危険に飛び込みたくもない。
なので精霊使いも同席しているタイミングで、皆に今回の件は諦めてはどうかと訊ねてみた。
我ながら情けない話だけど、その状況なら身の危険が無いと思ったからだ。
錬金術師は私達に帰って欲しい。そして精霊使いも彼女の意志に準じている。
彼の前で帰還の意志を話せば、私は彼らに害を与える気は無いという意思表示にもなるだろう。
こうしておけばいざという時に彼らに殺されないと、そんな情けない想いからの行動だ。
当然だけど、この意見が却下される事も言う前から分かっていた。
私には今回の件への決定権が無く、更に言えば私は共に来た文官達よりも身分が下だ。
それに破格の報酬の事もあり、普通に考えれば『諦める』なんて頭がおかしい言動だろう。
だからもし他者の目の無い所でこれを言えば、彼らからの拘束も在ると思った。
勿論彼らも現実を知れば私と同じ意見になるかもしれないが、今の彼らは錬金術師を知らない。
つまり彼らにしてみれば私は『何を頭のおかしい事を』と思われているだろう。
「おかしい、と、思われる、よね・・・」
当然その結果、彼らは私が『精霊使いに懐柔された』という風に見ているはずだ。
つまり私がこの街側に付き、それはあの精霊使いが私を守るという認識になる。
結果として私はどちらの陣営からも身を守る為、一番情けない手段を取った事になるだろう。
どちらの陣営についた訳でもなく、ただひたすらに自分の身可愛さな行動をとったと。
「情けない、なぁ・・・本当に、私、情けない事、ばっかりだ・・・」
同僚達を死なせたくない、という想いは確かに在る。だからこそ諦めようと早めに告げた。
だけど解っている。私のこの行動は、騎士になるならば余りにも情けなさ過ぎる行動だと。
私はただひたすらに『死にたくない』という想いから、こんなどっちつかずの状態なのだから。
『キャー』
「慰めてくれるの? ありがとう」
私の手を優しくぺちぺちたたく精霊に礼を告げ、お返しに頭を撫でてあげる。
気持ちよさそうにキャーと鳴く精霊を見ていると、落ち込んだ気分が少し軽くなった気がした。
この子達に主と言うなら、精霊使いも悪い人ではないのかも、何て考えが頭によぎる。
「・・・平和を態々崩そうとしている人間が、悪い人間じゃない訳、ないじゃない」
これからきっと人が死ぬ。酷ければこの街の住民全員が死ぬ。
たとえ彼らがどれだけ強くとも、街の人間はただの非戦闘員だ。
勿論精霊が戦う事で街の住民を守れるかもしれない。
でもそれも穴が無いなんて誰が言えるだろうか。絶対に無事な保障なんかない。
「嫌いだ。人の命を軽んじる連中も、そんな連中に抗えない私も・・・!」
『キャー・・・』
精霊が心配そうな声音で鳴いているのを聞きながらも、悔しくて握った拳の力が抜けない。
どのくらいそうしていただろうか、暫くしてノックの音が耳に届く。
「どうぞ、鍵はしめていない」
気分を仕事に切り替えて返事をすると扉が開かれ、入って来たのは精霊使いだった。
思わず身構えるも、彼はそんな私を気にせず部屋に足を踏み入れる。
「不用心ですね」
「精霊達が居る時点で鍵など無意味だろう。瞬きの時間が有れば扉など壊せる」
「私達が貴女を殺す前提は無いつもりなんですけどね」
「どの口がいうのか」
「この口でです。その証拠も今持ってきました」
眉間に皺を寄せて言葉を返すと、精霊使いは何やら綺麗な細工の施された箱を前に出した。
両手に乗る程度の大きさのそれは、鮮やかな金属細工で、かなりの値が張る物だと解る。
下品でない程度にちりばめられた綺麗な水晶が、とても鮮やかに輝いて見えた。
「・・・その箱がどうかしたのか」
「錬金術師から貴方へ、怒らせたわびの品、と言っていました。どうぞ受け取って下さい」
これは罠だ。ここで受け取ったら、完全に後戻りできなくなる。
あんなものをただの従士程度に渡すなど、普通は考えられない。
そう思っていると、精霊使いはその箱を開いて、中を見せた。
「こちらを、貴女にと」
「―――――っ」
中に在った物は、煌びやかな箱に負けぬ劣らぬ輝きを見せる首飾り。
単純に高価な石が使われているだけなら兎も角、その意匠の鮮やかさに目を奪われた。
こんな首飾り、箱の比ではない。これを私に、それは、つまり―――――――。
「っ!」
一瞬で頭に血が上り、彼の持つ箱を打ち払った。当然首飾りは地面に落ち、甲高い音を鳴らす。
何て侮辱だ。酷い侮辱だ。ああそうか。そういう事か錬金術師。
お前はそこまで私を愚か者だと、情けない人間だと思っていた訳だ。
貴様に恐れを抱き、しっぽを振ってこんな賄賂を受け取るような『ただの女』だと
「これが答えだと伝えろ、精霊使い。たとえ殺されても、貴様らは、絶対に許さない」
奴は私が従士である事を侮辱した。私を従士などではなく、愚かな女だと蔑んだ。
ああ私はお前が怖い。出来れば絶対に挑みたくはない。むしろ逃げ出したいさ。
だけど私は従士である事に誇りを持っている。その誇りを汚したお前を許さない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます