第176話、反省と確認をする錬金術師

「成程、そんな事になってたのね」

「うん、勘違いで、怒らせちゃった・・・」


何時も通り夜にライナの店にて、今日の昼に有った出来事を落ち込みながら話した。

謝る事すら出来ずに居る今の状態が情けない。最近少しは出来る様になったと思ったのに。

今回は訳が解らずじゃなく、明確に自分が悪いと解っているから、余計にだ。


「で、でもね、明日、リュナドさんに彼女の居る所聞いて、謝りに行こうと、お、思うの」


だけど今の私は以前の私とは違う。仮面の力に頼る事にはなるけど、ちゃんと外に出られる。

明日行く覚悟を決めれば、謝りに行くのは、何とか出来ると思う。凄く怖いけど。


「うーん・・・それは、止めておいた方が良いかもしれないわね」

「え、そう、なの? でも悪い事したら、ちゃんと謝る様にって、ライナは良く言ってたよね」

「それはそうなんだけど、そうねぇ・・・」


何で謝りに行くのを止めるんだろう。普段ならむしろちゃんと謝ってきなさいって言うのに。

悪い事をしたと、ちゃんと理解しているなら、それは謝るべきだって言われた事が有る。

普段私が色々良く解ってないからこそ、そうやって理解した事はちゃんとしようって。


「相手は多分、怒っているっていうより、色々驚いていると思うのよ。だから謝るにしても、相手も落ち着いてからが良いと思うの。セレスだってパニックになった時に何か言われても、良く覚えてないでしょ。ちゃんと伝えられる時、相手が聞ける状態の時の方が良いわ」

「そう、かな・・・でも、私みたいに慌てたりとかじゃなくて、怒ってるんだ、けど」

「だからこそ、よ。あんまり怒りで頭がいっぱいなのも、混乱してるのと変わらないわ」

「そうなんだ・・・」


確かに言われてみると、私も怒ってる時はちょっと頭が回っていない感じがする。

普段から難しい事は解ってないと言われてしまえば、何にも反論は出来ないのだけど。


「でも良かったわね、精霊が居て。でなかったら大惨事だったかもしれないわ」

「あ、うん、そう、だね・・・でも・・・」


あの時私は怒りでいっぱいで、それでも状況確認だけは冷静にしていたと思う。

だからいきなり攻撃に移るのは危険だと思っていたし、精霊の真意も確かめたいと思った。

ただその全ては勘違いで、確認していなかったと思うとぞっとする。


「ねえセレス、貴方は今日『ちゃんと確かめてなかったら大変だった』って事を学んだの。結果的に上手く行ったから良かった、って考えなら駄目だけど、もしかしたら大惨事かもしれなかった事が解ってる。なら次からはちゃんと確かめる様に気を付けるでしょ。それで良いのよ」

「ライナ・・・うん、解った。次は、もっと気を付ける、ね」

「ええ、そうしなさい」


するべき事を優しく教えてくれるライナの言葉で、不安だった気持ちが少し落ち着いて来る。

それと同時に彼女の言う通り気を付けようと、今日の事は心に刻んだ。

勿論私の事だから、気を付けていてもやらかす事は在ると思う。だけどそれでも、頑張ろう。


「あ、そうだ、あの時の精霊に、お礼に何か、包んで帰ってあげよう、かな」

「それが良いわね。その子は大分怖かったでしょうし」


あう、やっぱりあれは怖がってたんだよね。慌てて首を振ってたし。悪い事をした。

今回私が精霊を怖がらせた理由は、あの子達を信用しきれていないせいも有ると思う。

だって山精霊との出会いって、私が縄張りに入って行って、そのまま打倒しちゃったわけだし。

それにあの時は精霊を殺す理由が無かっただけだったから、余計にだ。


むしろ殺したら不味かった可能性が有る。何せ長年あの土地に住み着いた精霊だもの。

確実に山の環境に影響を与えているし、岩や鉱石の事も有るし、消す不利益の方が怖い。

そういう利害の理由からだったのだけど、もし利益が有るなら殺していた可能性も在った。


実際お母さんから学んだ知識の中には、精霊を犠牲にする物も在る。

錬金術師と精霊は共存も出来るけど、敵対してもおかしくない存在だもの。

今でこそ身近になった山精霊達も、初対面時に利用出来るなら材料にしていたかもしれない。


どうしてもそんな考えが頭の片隅に有るから、精霊が敵対する事に違和感が無かったんだ。

そもそもこの子達の思考が理解しきれないし、精霊の思考を理解出来たと思うのも危ないし。


「精霊を材料にする道具も知ってるけど、作れる状況じゃなかったからなぁ・・・」

『『『『『キャー!?』』』』』


あの時に山精霊達を狩らなかった理由をポソッと口にすると、精霊達が慌てた様子で散開した。

え、え、と私が慌てているうちに、それぞれ壁際やポットの中、食器棚に隠れる子も。


「・・・セレス、今のは流石に、私もどうかと思うわ。私が精霊だったら怖いわよ?」

「セ、セレスさん、精霊さん、材料にしちゃうんですか?」


ライナに呆れた顔を向けられてしまい、メイラは手元に居た精霊を守る様に抱きしめている。

しまった。今ので環境整ったらこの子達を使うって思われたんだ。

そんなつもりは無かったのだけど、隅っこで山になって震えてる姿はとても罪悪感が湧く。

私と目が合った子がプルプルと首を横に振る様子は、虐めているみたいで居た堪れない。


「いや、その、しないよ。今更君達にそんな事。今はもう愛着も有るし、お世話になってるし」

『『『『『キャー?』』』』』

「ほ、本当。変な事言って、ごめんね。約束する、絶対私から、そんな事はしないよ」


ちゃんと約束をすると、精霊達は安心した様にか細い声で鳴き、ぞろぞろと元に位置に戻った。

誤解が解けた事にホッとしつつ、ふと頭の上の子は逃げなかった事に気が付く。

寝ているのかとも思って手を伸ばすと、その手を掴んだのでちゃんと起きている様だ。

何となくそのまま掴んでテーブルに置いて、こてんと首を傾げる精霊を見つめる。


「君は、怖くなかった、の?」

『キャー』

「・・・え?」


その返事は余りに予想外で、この子達らしくなさ過ぎて、思わず思考が止まってしまった。


「だ、駄目だよ、そんなの。精霊さん」

『キャー』

「で、でも、だって」


メイラが慌てた様に精霊を止め、その答えに何を言ったのかは解らない。

だけど多分、今私に言った事と似た様な事を告げたんだろう。


『主が必要なら、僕は良いよ。使って良いよ』


何時も私の頭の上に陣取っているこの子は、さっき確かに私にそう意志を伝えて来た。

他の精霊の様に消滅を怖がるのではなく、ただそうあるがままに受け入れる様に。

初めて私に付いて来た精霊もこの子だったし、多分変わって居る子なんだろうとは思う。


だけどそれでも、自身が消滅しても良いと、そこまでは普通言わないだろう。

実際他の精霊は皆逃げた訳だし、怯えた様子で私を見ていた。この子は、何で・・・。


『キャー』

「え?」


疑問に思いつつ精霊の様子を見ていると、話を聞いているメイラが首を傾げてしまった。

精霊は特に気にする様子無くもしゃもしゃと食べだし、満足そうに『キャー』と鳴いている

私達は暫くメイラの反応を待つも彼女は動き出さず、見かねたらしいライナが声をかけた。


「・・・メイラちゃん、あの子は何て言ってるの?」

「あ、その、えっと・・・私にもちょっと、良く解らないんですけど・・・良いですか?」

「ええ、私達は全く解らないのだし、全然構わないわ」

「わ、解りました・・・えっと・・・」


そこからメイラはさっき精霊が告げた事を思い出す様に、少し詰まりつつ口にする。

ただその内容は私達も首を傾げる物で、おそらく意味が解るのは精霊達だけじゃないだろうか。


『僕は僕じゃなかった。僕を僕にしてくれたのは主で、僕達は皆僕達になれた。僕達はきっとずっともっと僕達で居られる。なら、僕が主の役に立つなら、それは嬉しい事だから、良いの』


大体こんな感じの事を言ったらしく、やっぱり良く解らなくて再度訊ねるも答えは同じだった。

僕達になれたとか、僕達で居られるとか、一体どう意味なんだろうか。

こういう時直接話せない事がもどかしい。話せたとしても解る様に答えるかは怪しいけど。


「ご、ごめんなさい、何だか今日は、精霊さん、不思議な言い方ばっかりで、その・・・」

「良いのよメイラちゃん。気にしないで。仕方ないわ。そもそもこの子達って、元からそういう子だもの。解った事は、この子がセレスの事をちゃんと好きで主って言ってるって事よね?」

『キャー♪』


メイラが落ち込みそうになったので慰めようと思ったら、ライナが即座にフォローに入った。

半端に伸ばした手を迷いながら下に降ろしていると、彼女の言葉に精霊が嬉しそうに鳴く。


「そっか・・・セレスさんの事、大好き、なんだね」

『キャー♪』

『『『『『キャー!』』』』』


メイラの言葉に嬉しそうに同意をする精霊に、唐突に他の精霊達が文句の様な声を上げた。

そして唐突に私に向くと全員キャーキャーと訴える様に鳴きだし、凄い音量になってしまう。

あれ、これ昼間も似た様な事があった気が。このまま放置するとお店が大変な事になるのでは。

と思っていたけど、ライナが手を叩くと示し合わせていたかの様にピタリと止んだ。凄い。


「はいはい、落ち着きなさい。貴方達が皆セレスを好きなのは解ったから」

「え、ライナ、そう、なの? メイラ、本当?」

「あ、その、はい。みんな『僕の方が』って、言ってました」

「そう、なんだ・・・」

『『『『『キャー♪』』』』』


嬉しそうに鳴く山精霊達を見ても、やっぱり何で好かれているのかは全然解らない。

だけどこの子達の好意が確かだって事は、ちゃんと信じよう。今日は、そう思った。


『・・・キャー』


さっきので圧し潰されたらしい普段頭の上に居る子は、恨めしそうに鳴いてから頭に戻った。

何だか可哀そうだったのでちょっと撫でてあげたら、機嫌は直ったみたい。


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何時も通りセレスとメイラちゃんを見送り、精霊に手伝って貰いながら片付ける。

完全に厨房から火を落として、自室に戻って息を吐いた。


「はぁ・・・何事も無くは無理だろうと思ったけど、早速かぁ」


今回の件は確実にまた変な誤解を与えた、と思った方が良いわね。

ただセレスはその『誤解』に関しては全く理解していないのだけど。

それにたとえ理解していたとしても、多分解く事は出来ないでしょうね。


解こうと必死になって、更にややこしい事態になるのが目に見えるようだわ。

せめて既に仲良くなった相手ならまだ良い・・・いや、それでも難しいのだけど。


もしリュナドさんやアスバちゃんからの誤解を告げたら、あの子はきっと気を張ってしまう。

そしてその誤解を解こうなんて考えたら、間違いなく更なる面倒を引き起こす。

だからこそ最近の私は積極的に誤解を解く気は無く、現状維持のスタンスなのだから。


今のセレスは平穏に暮らせていて、本人も出来る範囲で頑張っている。

なら私はそれで良い。態々変につついて悪くない関係を崩す必要も無いもの。

メイラちゃんという弟子の面倒を見ているおかげで、街の噂には良い物も増えているしね。


「とはいえ、今回は悪い人じゃなさそう、ってのが逆に厄介よね」


セレスやメイラちゃんから聞いた範囲では、その女性は割と良い人の様な気はする。

なら尚の事変に焦らせるような事は避けたいと思い、セレスには行かない様にさせた。

セレスは怒っていると言っていたけど、私はその相手が『怒っている』とは思えない。

多分今セレスが態々謝りに行ったら、圧力をかけに来たと思われる可能性が大きいと思う。


ただどうしても彼女達とセレスの目的は相反する物で、流石に平和な着地点が見当たらない。

既に話が街の食堂の一店主にはどうしようもない事だけど、どうしたものかしらね。

セレスは彼女に罪悪感を抱いている。その彼女が酷い目に遭う事は看過できないでしょうし。


「・・・一応、セレスが行くのは止めた事、リュナドさんに伝えておきましょうか」


現状私に出来るのはこれくらいよね。彼が店に来た時に、少し相談しましょうか。

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