第175話、謝れなかった錬金術師

どうしよう。どうしようどうしよう。本当にどうしたら良いんだろう。

頑張って大丈夫か声をかけたけど、全然返事してくれない。

それどころか凄い顔で私を見つめているし、完全に怒ってるよぅ。


あうう、怖いぃ。自分が悪いんだけど、怒られたくないようぅ・・・。

まだ何も言われてもいないのに既に泣きそうになっていると、背後から足音が聞こえた。

目の前の女性の視線から逃げる様に階段に顔を向けると、そこにはリュナドさんの姿が。


確か精霊兵隊さんが彼に報告をしてくると言っていたので、多分それで来てくれたんだと思う。

城から来る人達と話す時は一緒に居てくれるって、前に約束していたから。

少し息が荒い様子が有るけど、もしかして急いでやってきてくれたんだろうか。


「・・・邪魔して、良いか?」

「うん・・・!」


パァーっと心が少し軽くなるのを物凄く自覚しながら、力強く頷いて返す。

階段の途中で止まっている彼の袖を握り、上がって来る彼に縋る様に傍に寄る。

ただ慌てて掴みに行ったから、引っ張る形になってしまったのは失敗だった。


「ちょ、待っ、いたぁっ!」

「・・・あ、ご、ごめん」


そのせいで階段を一つ踏み外したらしく、脛を強打して蹲ってしまうリュナドさん。

今日の彼は鎧の類を着ていないので、綺麗にぶつけた脛はかなり痛そうだ。

ああう、何で私はこうなんだろう。だ、大丈夫かな。結構凄い音がしたけど。


「く、薬、塗るから・・・」

「ぐっ・・・も、問題、無い・・・大丈夫だ・・・!」


半泣きになりながら軟膏を取り出そうとし、だけど彼はその前に立ち上がってしまった。

本当に問題無いのか心配だけど、彼がそう言うのならきっと大丈夫、なんだろう。多分。

でもやっぱり心配なので、後で診させてもらおう。流石に骨折はしてないと思うけど・・・。


「・・・従士殿、彼女に会う際は私も同行すると、そうお伝えしておりませんでしたか」

「申し訳ない。弁明は、出来ないと、解っている」

「・・・ただこうなった以上は、致し方ないでしょうね。彼女の意志は聞かれましたか」

「言葉では聞いていない。だが、態度で理解している」


リュナドさんは静かに彼女に語り掛け、だけど彼女は何処か怯えた様子で返していた。

やっぱりこの人、もしかして私と同じで対話が苦手なのかな。

とはいえ私と違ってちゃんと会話出来てるし、少し苦手ぐらいな程度なんだろうけど。


それにしても私の意志を聞いたかって、家から出て行かないっていう話の事かな。

彼女にその事を語った覚えはないけど、言わなくても解るぐらい態度に出ていたのか。

態度で解って貰えるとか、ちょっと嬉しい。緊張して話さずに済むかも。


「では、その事を皆さんに伝えて頂けますか」

「そ、それは・・・!」

「その方が、お互いに余計な面倒が無くて済む。そう思いませんか。少なくともこの場では」


そこでリュナドさんが私をちらっと見て、女性もつられた様に私に目を向ける。

話の流れが良く解らずにただ聞いていたので、唐突な視線に思わず体を固くしてしまった。


「――――たとえ告げたとして、素直に『はいそうですか』とはならないだろう。少なくとも私はあの中では『命令に従う身』だ。私が聞いたからと言って、私に判断を下せる事ではない」


ただ彼女は私からすぐに視線を外し、リュナドさんに向けてそう語った。

視線が外れた事にホッとしつつも、内容は余り喜ばしくない事に眉を顰める。

それって「私は解ったけど話を聞かなきゃいけない人は別」って事だよね。

て事は折角この人が解ってくれたのに、やっぱり知らない人と話さないといけないのかなぁ。


「貴女の身が危険だと、その自覚は有った上での返答、という事で宜しいですね」

「・・・脅し、と取って良いか」

「単純な事実です。この場で何が一番危険か、解らないほど鈍いというのであれば別ですが」

「それ、は・・・」


彼女は困った顔を見せると俯いてしまった。え、なに、この人何か危険な目に遭ってるの?

だ、大丈夫、なのかな。あ、でもリュナドさんがこう言うって事は、知ってるって事だよね。

彼が気が付いてるなら、きっと力になってくれると思うから、何とかなると思う。

ただ彼女は対話が苦手みたいだから、彼に頼る事が出来ないのかもしれない。


「・・・彼に頼れば、問題無い」

「・・・は?」


きっとリュナドさんならなんとかしてくれるから、頼れば助けてくれるよ。大丈夫だよ。

そう思って伝えると、彼女は物凄く眉間に皺を寄せながら私を見つめて来た。

あ、あう、な、何でそんな顔するの。あ、そうだ、そもそも私怒られてるんだった。忘れてた。

泣きそうになりながらリュナドさんの服の背中を掴み、彼の背後に逃げて隠れる。


「・・・そういう事、らしいですが、どうされますか?」

「そ、そんな事、出来る訳・・・!」

「・・・まあ、そうでしょうね。私もそう思いますよ。貴女の立場を考えれば」


んえ? どういう事だろう。彼女はリュナドさんに頼れない理由でもあるのかな。

でもリュナドさんはその理由を知っているみたいだけど、立場ってどういう事だろうか。

色々と良く解らない事が多いけど、その疑問よりも今は彼女の怒りの視線が怖い。


「あ、貴方こそ、それで良いのか。貴方の主の、領主の選択がどういう結果を引き起こすのか、予想がつかない訳ではあるまい。今ならまだ間に合う。貴方程の力が有れば―――」

「申し訳ありませんが、興味が有りません。私はただの街を守るだけの兵士ですから」


・・・どうしよう、二人が何の話をしているのかさっぱり解らない。

だけど二人共凄い真剣な顔で、女性に至っては睨んですらいるので、怖くて何も聞けない。

でも領主がどうこうって言ってるから私には関係ない話だろうし、解らなくても良いか。


「ここで言い合いを重ねるのは止めませんか。貴女も落ち着く時間が必要でしょう。今日の所はお送り致します。貴女を無事に返す気だからこそ、彼女も貴女の手当てをしたのでしょうし」

「・・・」


あ、あう、彼の肩越しに様子を見たら、また凄い顔で睨まれた。この人怖いよう。

ただ彼女は大きな溜め息を疲れた様に吐くと、リュナドさんに視線を戻してベッドから降りた。


「解った。今は貴方に従おう」

「それは良かった。ただ衣服は直して頂けると、余計な誤解を招かないので助かります」

「成程、微妙に視線を逸らしていると思ったら、それが理由か。案外初心なんだな」

「・・・ご想像にお任せします」


女性は少し笑みを見せながら、介抱の際に私が緩めた服をきちんと着直した。

怒られるって事で頭がいっぱいだったけど、あの格好を男の人に見せるのは不味かったかな。

でも彼女は堂々としているし、リュナドさんも普通に部屋に入って来たし、問題ないよね?

それに笑顔になったという事は、もう機嫌は直ったって事で良いのかな。


「では、錬金術師殿、今日の所はありがたく帰らせて頂く」

「・・・うん」


ちゃんと格好を正した後に私に告げた言葉はとても硬くて、全然機嫌が直ってなかった。

だけど何とか泣かずに頷いて返し、二人が家を出て行くのを見送る。

ただその際メイラに「私のせいで怖がらせてごめんね」と、彼女は小さく告げていた。


悪いのは私なのに謝った所を見て、良い人なんだなという事は解る。

ただ私に対しては最後まで厳しい視線で、その良い人を怒らせたという事実が辛い。


「あう・・・しまった、怖がってばっかりで、ごめんなさい、言えてない・・・」


こ、今度会った時は、ちゃんと言えるように頑張ろう。

あ、しまった、リュナドさんの足も診てない。あうう、何で私はこうなんだろう。

せめて軟膏を精霊に届けて貰おう・・・本当に私は駄目だなぁ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


緊張で吐き気すらしてくる気分で、精霊使いが階段を上がるのを――――。


「ちょ、待っ、いたぁっ!」

「・・・あ、ご、ごめん。く、薬、塗るから・・・」


―――――待っていたのだけど、少々間の抜けた光景を見せられ気が抜けてしまった。

勿論完全に気を抜いた訳ではないのだけど、そこまでの異常な緊張は抜けた気がする。

わざと、と思うのは考え過ぎだろうか。私を油断させるつもりではと。


その考えはそこまで間違っていなかったと、話を終えた今では思う。

錬金術師は終始私を観察する様子を崩さなかった。

精霊使いを前に出し、自分を意識から外させ、私という人間を判断していたんだろう。


最初から無事に生かして返す方向で話を進めていたのも、食いつきの加減を窺っていたんだ。

だからこそ、あんな揺さぶりをかけて来たんだと思う。私が組し易いと思って。

眼を見合うだけで怯む私を『弱い』と判断し、その弱さによる判断を促す為に。


『・・・彼に頼れば、問題無い』


つまりは自分達に付け、という言葉。何時でも殺せる相手を生かした理由はそれだ。

私を味方に付けて何をさせる気かは解らないが、そうさせる利点があるのだろう。

あるいは単純に『間諜になれ』という意味かもしれないが。


あの錬金術師、街の噂以上に曲者だ。どこまで何を考えているのかが殆ど読み取れない。

精霊使いに会話をさせたのも策の内なんだろう。あのせいで彼女の思考は良く解らないままだ。


表情から真意を読み取ろうと必死になっても、仮面のせいも有ってやはり殆ど解らない。

解った所であの鋭い視線と殺気に勝てるかと言われれば、全く勝てる気がしないのだけど。

あんな恐怖は初めてだ。一合も打ち合わずに『殺される』と感じた事なんて。


「・・・精霊使い殿、貴方はもしかして錬金術師に従っているのか。領主ではなく、彼女に」


だからこそ、あの場では聞けない疑問を、帰りの道中で確かめたかった。

錬金術師の居る場で聞いたとしても、本人が居る以上絶対に真意は答えないだろう。

勿論今だから正直に答えるかと言えば、それも可能性が低い事は解っている。


「あいつは、私に強制はしていませんよ」

「つまりそれは、貴方の意志で共に居るという事か」

「そういう事になるんでしょうね。我ながら何をやっているのかと思いますが」


今彼は『あいつ』と口にした。近しさを感じる声音で、つまり噂は真実という事だろうか。

錬金術師と精霊使いは男女の仲であり、だからこそ精霊使いは錬金術師側に付いたと。

となればこの場合、利用されているのは領主となるのかもしれない。


いや、領主の態度を考えれば有りえないか。お互いに利用し合う関係の方がしっくりくる。

勿論あれらが演技ではなく、全て本音の上での行動であればだけれど。


「そう思うならば止めれば良い。この行動の先に何が待つのか、多少の予測はつくだろう」

「・・・貴女達を敵に回す方が余程安全なんですよ。それが一番貴女に通じる理由でしょう。他にも細々と有りはしますが、それを貴女に語っても致し方ない事です」


私達を敵に回す方が楽。それはそうだろう。錬金術師に相対した今なら頷くしか出来ない。

だけどそれは単純に私達相手だけの話であって、その先は――――――。


「――――――まさか、本気、で」

「・・・少なくとも、領主と錬金術師は本気ですよ」


私はこの街に来た時、命の危機を感じていた。それは明らかな拒絶が見えたからだ。

ただしそれは触れては不味い所に触れなければ、一応は生きて帰れる範囲だと思っていた。

私達を殺すにしても、のらりくらりと国に言い訳出来る範囲で暗殺するのだろうと。


だけどこれは違う。彼らと私達は前提条件が余りにも食い違っている。


彼らは私達を暗殺する気は一切ない。もし殺したとしても死体を生き残りに届けさせる気だ。

この街で見せた情報の一切を包み隠さずに報告させ、国と争う事が大前提。

国からの指示なんて最初から堂々と『何も聞く気が無い』と返すつもりだったんだ。


「本気で国と、正面からやり合う気、なんて・・・!」


この仕事は、最初から失敗が確定していたんだ。彼らは正気の沙汰じゃない・・・!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る