第174話、怒られるのを怖がる錬金術師
取り敢えず女性を連れて家に帰り、ベッドに寝かせておく事にした。
その際軽く服を脱がせて外傷や異常を確かめたけど、特別焦る様な問題は見当たらない。
とはいえ気絶して意識が無いという事は問題なので、完全な安心は出来ないのだけど。
ただ現状出来る事は無いだろう。脈は安定していて呼吸も落ち着いている。
苦しむ様子も無ければ顔色も悪くない。なら変に手を出す方が危険だろう。
とりあえず寝かしておいて様子見しか、今私に出来る事は無いかな。
打ち身と擦り傷は多少有ったけど、その手当はちゃんとしておいたし。
「大丈夫、でしょうか、あの人」
「多分、大丈夫だとは、思う」
メイラに返事をしつつ、家精霊の入れてくれたお茶を啜る。美味しい。
さっきまでとても慌てていたので、やっと落ちつけた気分だ。
「その、セレス、さん、もう、ご機嫌は、良いん、です、よね?」
ほへぇっと息を吐いていると、メイラが恐る恐るといった様子で訊ねて来た。
その様子に一瞬『はて?』と首を傾げそうになるも、すぐに何の事が気が付く。
山での私の様子を見て、もう今は怒っていないのかと、そういう事だろう。
メイラにすれば私が怒っていた姿はとても怖かったに違いない。
ならもう大丈夫なのか、というのは問いかけるだけでも勇気の要る行動のはずだ。
「えと、その、ごめんね、怖がらせて。もう、大丈夫だから。本当にごめんね」
「あ、謝らないで、下さい。わ、私が勝手に、怖がっただけ、ですから」
「でもそれは、私が怒ってたから怖かった、んだよね?」
「え、えっと、その、それは・・・」
メイラは私から視線を宙に彷徨わせながら言葉に詰まる。
何て答えたら良いのか解らない。変な答えをしたら怒られないだろうか。
そう考えている時の私の様で、尚の事申し訳ない気分になって来る。
「あ、あのね。あれは、その、私が変に勘違いして、だから、メイラは何も悪くないよ」
あ、あう、焦って上手く言葉が出ない。一番焦っている時よりはましだけど、これは酷い。
メイラも困惑した様子だし、全く何も話が伝わっていない気がする。
というか、そもそも私もまだ状況を把握出来ていないので、色々良く解っていないんだ。
多分事情を知っているであろう可能性が有るのは、彼女の肩に乗っていた精霊だろう。
ただ精霊達の言葉って解る時と解らない時が有るので、聞いてもちゃんと理解出来るかどうか。
「あ、そ、そうだ、メイラ、お願いが有るの」
「お、お願い、ですか?」
「う、うん。精霊に話を聞きたいんだけど、私じゃ詳しく解らないから、通訳して欲しい、な」
「わ、解りました。頑張ります」
お願いの内容を伝えると、メイラはぐっと手に力を入れて応えてくれた。
その顔は先程までの少し怯えた様子が弱くなり、目に力が宿った様に見える。
これは良かった、と思って良いのかな。落ち着いたみたいだし、取り敢えず良しとしよう。
「えっと、さっきあの人の肩に居た子は、どの子?」
『キャー・・・』
山精霊達に確認すると、本人らしい精霊が少し怯えた表情でおずおずと前に出て来た。
私を上目遣いで見ながら『僕、ばーんされるの?』と言っている様だ。
何か前にもメイラか精霊が言っていた気がするけど、ばーんって何の事だろう。
「えっと、良く解らないけど、取り敢えず事情を聞きたいだけだよ」
『キャー?』
ただ『本当? 主怒ってない?』という言葉で、精霊にも謝らなきゃいけない事を思い出した。
そういえば私、この子にも勘違いで敵意を向けていたんだ。事情を聞く前に謝るのが先だろう。
「怒ってないよ。むしろごめんね、勘違いで敵意を向けて」
『キャー・・・』
精霊は安心した様に気の抜けた鳴き声を上げると、コクコクと頷いてくれた。
その事に私も安堵していると、精霊はトテトテとメイラの方へ近づいて行く。
するとメイラは自然な動作で精霊を抱き上げ、テーブルに置いて私に向けた。
何というか、息がぴったりだ。私よりもメイラが主と言う方がしっくりくる気がするな。
精霊は何でも聞いてという様に『キャー』と鳴き、実際そうだったらしいので質問を始める。
「先ずは、えっと、そうだね・・・あの人とは、どこで会ったの?」
そこからは疑問が出る度に何度も質問を重ね、何とか状況を理解するまでに至る事が出来た。
ただやっぱりメイラが居なかったら、答えてくれた事の半分も理解出来なかっただろうな。
鳴き声にしか聞こえない時も有れば、内容が解っても意味が解らない時も有ったから。
取り敢えずメイラと一緒に話を整理して解った事は、女性は確かに城から来た人だという事。
ただ精霊兵隊さんが言っていた様な事実は無く、話をしたかっただけらしい。
態々精霊に話しかけて良いかと訊ねたらしいので、その時点で悪い事をする気は無いだろう。
「話、聞きたいだけ、だったんだ・・・」
精霊はリュナドさんに言われて彼女の護衛と、一応監視の役割も持っていたそうだ。
だけど彼女の様子は精霊にとっては好ましかったらしく、そこそこ仲良くなっていたらしい。
まあ食事の際に分けてくれるから、というのが少々大きい様だけど、そこは措いておこう。
ここで重要なのは、彼女は善良な人間であり、ただ私から話を聞きたかっただけ、という事だ。
つまり私を無理やり連れて行く、という考えではないという事かな。
どうやら前情報で伝えられていた内容は間違いだったみたいだ。
もしかすると話は事実だけど、それは私以外の錬金術師の話だったのかもしれない。
「あうぅ・・・」
完全に私が思い込みで行動しただけで、どう考えても悪いのは私だ、これ。
うう、彼女の目が覚めたら怒られるんだろうなぁ。怖いなぁ。
メイラの前で泣く姿は余り見せたくないので、その間はメイラには席を外して貰おう。
「あ、あの人、起きたみたい、です」
家精霊に伝言を頼まれた様で、メイラは女性が起きた事を私に告げる。
問題無く起きた事は喜ばしくはあるけど、もう少し寝ていて欲しかった。
まだ覚悟がちゃんと出来てない。でも行かなきゃ駄目だろうなぁ。
うう、怒られるんだろうなぁ。行きたくないなぁ。でも行かなきゃぁ・・・。
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「ううん・・・あれ、私、寝て?」
ゆっくりと意識が目覚め、目を開けてぼーっとしながらも周囲に視線を走らせる。
目は覚めたけど頭が起きていない。そんな状態のまま、ゆっくりと体を起こす。
周囲を観察すると明らかに知らない所で、知らないベッドに寝ていた事が解った。
「ここ、どこだろう。いや、その前に、私、何で寝てたの・・・」
状況が理解出来ない。少々混乱しながら、寝る前の事を必死に思い出そうと頭を回す。
「確か、えっと・・・女の子を追って山に―――――」
口に出して覚えている事を確認し、途中で全てを思い出して一気に目が覚めた。
そうだ、私は錬金術師に会って、その際に気を失ったんだ。
「体に目立った怪我は・・・無いみたいね」
あの時、正直殺されたと思ったのだけど、どうやらそうじゃないらしい。
怪我らしい怪我が見当たらないという事は、多分私が勝手に気絶したという事だろう。
「な、情けない・・・!」
王国騎士を目指している人間が恐怖で気を失うとか、余りにも情けなさ過ぎる。
自分の不甲斐なさに泣きそうになっていると、誰かの足音が近づいて来るのが耳に入った。
目を向けるとそこには階段が有り、誰かが上って来たのを確認する。
「・・・目が、覚めた、みたいだね」
「―――――っ」
それは先程気絶する程の恐怖を感じた相手が、私の目覚めを確認しに来た姿。
体を覆うローブに表情の解り難い仮面を付け、だけどその眼の鋭さはハッキリと解った。
身長は低くない女性なのに、私はベッドに座って低い位置なのに、下から睨み上げられている。
明らかな敵意と確認の際の低い声音に、思わず恐怖がぶり返して息を呑んだ。
「・・・体に、異常は、無い?」
異常は無いけど、確認する意味は何だろうか。まさか寝ている間に何かされたのだろうか。
その事を確認したくて口を開き、だけど声が出せずにそのまま閉じてしまう。
下手な質問で彼女の神経を逆なでし、この場で殺される事が怖くて。
彼女には敵だと、そう認識されている。態々確認をしたのだから間違いない。
おそらく領主に代筆をさせたのは、二人が同じ考えを持っているという意思表示だったんだ。
錬金術師は城に出向く気は無く、領主も命令に従う気は無く、敵対する覚悟を持っていると。
いよいよ生きて帰れる可能性が無くなって来た。私はどうなるのだろうか。
流石に簡単に殺されたくは無いし、出来る限りの抵抗はする気でいる。
だけどどうしても目の前の人間から逃げられる気がせず、挑んでも殺される予感しかしない。
「っ・・・!」
彼女の一挙一動を見逃すまいと、じっとりと手汗をかいているのを自覚しながら見つめる。
ただ彼女は構えていながらも、私を黙って見つめて動かない。
とはいえ変化が無い訳ではなく、その視線がドンドンと鋭さを増している。
同時に山で感じた異様な威圧感にも襲われ、最早私はただ捕食者に睨まれる存在になっていた。
「・・・邪魔して、良いか?」
どれだけそうやって見つめ合っていただろうか、唐突に男性の声が耳に入った。
その瞬間に私を支配していた威圧感が消え、錬金術師の視線が私から切れる。
「――――――はぁ・・・! はぁ・・・!!」
そこで自分が呼吸も真面に出来ていなかった事に気が付き、震えながら呼吸を繰り返す。
何とか呼吸を整えようとしつつ、錬金術師の視線をゆっくりと追った。
彼女が視線を向けた先に居たのは、階段から顔を出す精霊使いの姿。
どう足掻いても逃げられないという現実が見えた。もう一度気絶して現実逃避したい・・・!
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