第173話、敵を見つける錬金術師

精霊達は高速で山林を何の苦もなく駆け抜け、その後ろを靴に魔力を注いで付いて行く。

ただ精霊達は私が付いて来ているかチラチラと振り返るあたり、まだ速度は上げれそうだ。


「そのままで、お願い」

『『『キャー』』』


こちらも一応余裕は有るのだけど、これ以上速度を上げると逆に面倒なので抑えている。

精霊達は物質をすり抜ける事も可能だけど、私にそんな事は出来ないので避けるしかない。

出来るだけ木々に当たらない様に走り、無理な時は木に手を添えて手袋で軌道を変えて行く。


「そこそこ奥まで、向かう様になったんだね・・・」


最近帰る時間が遅くなりつつあるとは思っていたけど、これじゃ遅くなるわけだ。

とはいえそれでも普通に帰って来れるという事は、大分体力もつき始めていると考えられる。

喜ばしい事だと思うと同時に、今日に限っては嬉しくない、と思うのは我が儘か。


もし無事でなければ。そんな考えが頭に過るも、可能性が低い事は解っている。

だって山が静かなのだ。精霊達が騒ぎ、暴れる音が聞こえない。その時点で何も起きていない。

その事が少しだけ心を落ち着けているから、そこまで慌てた感情は表に浮かばないでいる。


どちらかと言えばそういった焦りよりも、心を占めるのは怒りの方が大きい。

私への怒りをメイラに向けるなんて、意味の解らない行為への怒りの方が。


「――――居た」


まだ距離はあるけれど、木々の隙間からメイラの姿が見えた。

傍に精霊兵隊さんが盾の様になって立ち、その正面に見知らぬ女性が立っている。

ならあの女性がメイラに害を与えようとした相手だろうか。


だけど見た所、女性は攻撃に移る体勢を取っていない。

むしろどこか怯んでいる様子が見え、少しずつ距離を取っている。

攻撃をする様子が無いのであれば、あれは精霊兵隊さんの言っていた敵ではないのかも。

とはいえもう長々と思考する様な距離もなく、そこまで判断した所で三人の傍に辿り着いた。


「な、何!?」

「錬金術師殿!?」

「セ、セレス、さん?」


少し勢い余ったので三人の近くの木を蹴って慣性を殺し、そのまま落ちて着地。

取り敢えず一旦周囲を確認するも、現状近くにこの三人以外の人の気配は感じない。

周囲に精霊達が沢山居るのは解るけど、あの子達は動く様子は無い様だ。

ならこの女性は敵ではないのだろう。いや、それより先にメイラの無事の確認だ。


「・・・メイラ」

「――――は、はい」


メイラは無事な様だけど、声は少し震えている。もしかして既に何かあった後なんだろうか。

返事の際に息を呑んで怯えた様子だったのも少し気になる。


「あ、あの、何か、怒って、ますか? わ、私、いけない事、しました、か?」

「・・・へ?」


あ、しまった。感情のそのまま話しかけたせいで、メイラを怒っていると思ったのか。

め、メイラの目に涙が。ま、待って、泣かないで、ご、ごめん。あ、あう、ど、どうしよう。


「し、してないから、ごめん、メイラ、大丈夫、お、落ち着いて、ね」

「ほ、ほんと、です、か?」

「ほ、本当。怒ってない。メイラには怒ってないから」


ワタワタと慌ててメイラに弁明をして、既にひっくと泣きかけていたのを何とか宥める。

メイラの正面で膝を突いて手を握り、必死になって謝って何とか理解して貰えた。

落ちついてくれた事に安堵の息を吐いていると、背後から女性が近づく足音が耳に入る。


「あ、貴女が、錬金術師、なの?」

「・・・そう、だけど」

「―――――っ」


完全に女性の事を忘れていたけど、呼びかけられたので緊張しつつ振り返って応えた。

すると女性はさっきのメイラの様にびくっと怯え、怖い物でも見たかの様に後ずさる。

もしかしてこの人も他者との会話が苦手なタイプなんだろうか。


なんて思いながら彼女の姿を改めて見て、肩に精霊が乗っている事に気が付いた。

精霊が懐いているという事は、多分私の敵じゃないだろう。という事は近くに敵は居ないのか。

そう思って心が完全に通常に切り替わろうとした所で、精霊兵隊さんが小声で私に告げた。


「錬金術師殿、彼女は、城からの使者です」

「――――――そう」


メイラが無事な事を確認し、泣かせた事に謝っていたので少し心は落ち着いていた。

だから目の前の知らない人に少し緊張をしていたのだけど、そんな物は全て吹き飛んだ。

心は一瞬で怒りで埋まり、目の前の存在を『人』という概念から除外する。


女は目を大きく開くと、じりじりと怯える様に後ずさる。さっき彼相手にしていた様に。

そうか、つまり彼がメイラの助けに入って、それで距離をとろうとしていただけか。

動きと構えから戦闘訓練はしている様だけど、そこまで脅威に感じる気配は無い。


とはいえ隠し玉を持っている可能性が有る以上、相手を弱いと判断するには少し早いけど。

それに何よりも、一番確認しなければいけない事が、一つ残っている。精霊の存在だ。


「・・・君は、私の敵って事で、良いの?」


女の肩に乗る精霊は、女を攻撃する気配がない。メイラの敵だというのにだ。

つまりそれは精霊はあの女に付くという事で、精霊も敵の戦力と考える必要が有るだろう。

周囲の精霊が敵となると、女一体を相手にするのとは違って戦力想定の変更が要る。


今まで精霊はメイラを守ってくれると思っていたけど、考えを改めなければいけなくなった。

彼女の傍に居る三体も敵になる可能性が有る。少し、引き離すか。

元々自由な性格な事は知っているけど、まさか私の敵に回るとは思わなかった。


いや、あの女が私に勝つ力を持つ可能性が有る、という事かもしれない。

この子達は強い物に従う傾向が有るし、女が強いのであれば主の鞍替えは有りえる。

となれば尚の事戦力想定は更に上げ、持てる全力で挑む必要が有るか。

ただ問題はそうなるとメイラが危険だ。先ずは彼女をこの場から全力で逃がす必要が有る。


『キャー!?』

『『『キャー!!』』』

『キャー!? キャー!! キャー!!!』


ただ女の肩に乗る精霊は私の問いかけに驚く様な鳴き声を上げ、ブンブンと首を横に振った。

その事に少し眉を顰めていると、案内をしてくれた精霊達が咎める様に鳴き声を上げる。

すると肩に居る精霊はぴょんと地面に降り、弁明する様に鳴き声を繰り返し上げた。


「あ、あの、セレスさん、ち、違う、と思います。その人、悪い人じゃない、と、思います」

「・・・そう、なの?」

「は、はい、精霊さんは、そう、言ってます」


メイラの言葉を聞いてから精霊に目を向けると、頭が取れるかと思う勢いで縦に振っている。

良く見ると女は若干半泣きの様相が見え、戦闘をする意思は無い様に見えた。

・・・あれ、私、もしかして、何か勘違いで敵意を向けてしまった、の?


「――――」


サーッと血の気が引いて行く感覚を久しぶりに実感した。不味い。完全にやらかした。

ど、どうしよう。お、怒られるかな、これ。怒られるよね。ああう。

どう弁明しようか、何て謝れば良いのか、そもそもなんでこんな事に。

そんな風に混乱して口をパクパクさせていると、唐突に目の前の女性がばたりと倒れた。


「え・・・え、え!? な、何で!?」


慌てて駆け寄り、一旦触らずに女性の状態と状況を確認してから、ゆっくりと抱き上げる。

幸い倒れた位置が柔らかい草むらだった事で緩衝材になったらしい。

膝から崩れて前に倒れたのも幸いしたのだと思う。倒れた外傷はそこまで問題無いかな。

とはいえこのままにはしておけない。取り敢えず揺らさない様に気を付けて家に連れて行こう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


仮面の女の子を追って山の中へ入り、少しだけ彼女を観察する事にした。

あそこから出て来た以上は錬金術師なのだと思うけど、確信が持てなかったからだ。

それに必ずついているという監視も付いておらず、情報との食い違いに困惑もしている。


「あ、でも、精霊が付いてるのか」


私と同じ様に精霊が傍に居るのが見え、それも三体も一緒に傍に居る。

楽し気に話しかけている様子から仲が良いのだろうけど、この子と同じく監視だろう。

確かに精霊が傍に居て監視についているなら、山に入って行っても逃げる心配は無い。


ただそれは、つまるところやっぱり隙は無い、という事なのだけど。

その事実に思わず溜め息を洩らしつつ付いて行くと、女の子は足を止めてしゃがみこんだ。


「薬草の採取、かな?」

『キャー』


精霊に確認する様に問いかけると、笑顔で頷いて返してくれた。

どうやら正解だったらしい。薬草採取という事は、やっぱり彼女が件の錬金術師なのか。

となると街で聞いた武勇の類は信憑性が無くなってしまった。


勿論彼女が不思議な道具を使うとは聞いたけど、そこまで凄い事が出来る子には見えない。

山道で時々足を取られ、精霊に助けて貰っている姿もあり、尚の事荒事が出来る様に感じない。

そうして何となく彼女の行動を観察していて、かなり山奥まで入ってしまった事に気が付く。


「あ、あれ、これ、帰れる、かな・・・」


土地勘のない所で特に道を確認せず山奥に入り、無事帰れるのかと少し不安になった。

だけど良く考えたらあの子は単独で入っている訳で、付いて行けば多分戻れるだろう。

・・・今の私、ちょっと情けなくないだろうか。


それにふと気が付いたのだけど、ここからどうやって彼女に話しかけようか。

客観的に見て、今の私って不審者じゃないだろうか。言い逃れが難しい気がする。

い、いや、肩に居る精霊が許可を出してる訳だし、多分問題無いはず。


「そろそろ、話しかけてみようかな」


ここまで奥地に入れば、他人が邪魔する事も無いだろう。

そう思い一定距離を保つのを止め、女の子にゆっくりと接近―――――。


「ひゃわ!?」


―――――しようとして途中で足を滑らせ、そのままお尻を打って坂を少し滑り落ちた。


「あいたたた・・・ああもう情けない・・・!」

「あ、あの、だ、大丈夫、です、か?」


お尻を抑えて立ち上がろうとした所で、目の前に仮面の女の子が立っている事に気が付く。

心配してくれている様子ではあるけど、同時にどこか怯えた様子にも見える。

当然か。いきなり高所から滑り落ちて来た見知らぬ相手だ。警戒する方が普通だろう。


「えっと、ごめんね、驚かせ―――――」

「それ以上近づくな。そこから一歩でも寄れば捕えさせてもらう」


立ち上がりながら安心させようと口を開くと、その言葉は突然出て来た兵士に遮られた。

見覚えが有る。この男は街道に立っていた二人の精霊兵隊の内の一人だ。

兵士は女の子を庇う様に立ち、何時でも槍を振るえる様に短く持っている。

山の中だから槍の有利性は落ちるけど、それも想定済みの訓練をしているんだろう。


「つけられてた、んだ」


兵士は答えない。ただ静かに私を睨み、近づく事を許さないと威圧を放っている。

思わず肩の精霊に目を向けると、精霊はこてんと首を傾げた。ちょっと待って。

君が許可してくれたから近づいたのに、その反応は無いでしょう。

まさか最初からこれを狙っていたとか、そんな落ちなの!?


「待って、私は―――――」


弁明をしようとした所で、突然何かが私達の間を高速で通り過ぎた。

びっくりしながら顔を向けると、何故か木に真横になって立っている人間が居る。

意味の解らなさに困惑して固まっていると、その人物は地面に降りて近付いて来た。

ただし私には興味が無いとばかりに背を向け、仮面の女の子に声をかける。


その声が余りにおどろおどろしく、驚きと困惑で見ているしか出来なかった。

背を向けられているはずなのに隙が見えない。明らかに異常な威圧感を持つ存在が恐ろしくて。

それはどうやら私だけではなく、兵士も緊迫した面持ちでローブの人物を見つめている。

ただそんな威圧感は、女の子が泣き出した事で唐突に霧散した。


慌てて女の子を宥める姿と、先程のおどろおどろしさの消えた声音。

その様子を暫く見つめていたおかげか、少し落ち着いて来るのを自覚出来た。

それでも先程の異様な恐怖は後を引いていて、少し手が震えているのだけど。


ただ訳の分からない状況の中、一つだけ新しく確かだと思える情報が有る。

てっきり私はこの女の子が錬金術師だと思っていたけれど、どうやら違うらしい。

さっき兵士はこのローブの人物を錬金術師と呼んでいた。

良く見ると確かに仮面をしていて女性体型だ。ただ一応、口頭で確認しておきたい。


「あ、貴女が、錬金術師、なの?」

「・・・そう、だけど」

「―――――っ」


話しかけた事を後悔した。振り向いた彼女の眼は私を睨み上げ、飛び掛かる体勢になっている。

明らかに敵とみなされている態度だ。これは不味い。錬金術師は本当に領主側だ!


「・・・君は、私の敵って事で、良いの?」


今まで感じた事の無い、明確な死が、見えた気がした。

目の前の相手は駄目だ。この相手と敵対したら生きて帰れない。

何を理由に故そう思ったのかなんて解らないけれど、本能的にそう感じているのが解る。

だというのにその相手は私を『敵』と言い、今から戦うと宣言をされてしまった。


このままでは不味いのに、恐怖が限界を超えているのか声も出なければ体も禄に動かない。

足を後ろに動かしているつもりだけど、本当に動いているのか解らない程に感覚がおかしい。

力が入っているのか、そもそもちゃんと立てているのか、全てがあやふやに感じる。


もう音も聞こえない。彼女の眼だけが、殺意の籠った目だけが私が今確認出来ている全て。

ただそんな死の気配が唐突に消え、思わず力が抜けたと同時に視界が真っ白に染まった。

・・・私、死んだ、のかな。

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