第172話、全力で駆ける錬金術師
「今日も、来ないな」
メイラを見送った後、日課の作業をしながらの呟きが口から漏れた。
リュナドさんの報告から数日経ったはずなのだけど、訪問者はまだ来ない。
来て欲しい訳ではないけど、日が経つにつれ不意打ち感が増す気がして怖くなる。
メイラには城から来たという人達の事は話していて、家に来たら二階に避難する予定だ。
外出中にやって来た時はそのまま家に入らず、庭か倉庫で待っておくのが良いだろう。
勿論その間一人にさせるのも心配なので、家精霊達に付いていて貰う気ではある。
というか、多分山精霊達は言わなくても傍に居るだろう。メイラと仲が良いし。
相手が機嫌が悪いという事が解っている上に、男の人が大半だと聞いている。
どうやら一人女性が居る様だけど、そんなもの不機嫌な人間の集団の時点で意味が無い。
なのでこの事は早めに伝えてその時の行動を決め、私もそれなりに気構えをしていた。
だけど実際は全く来る気配が無く、リュナドさんからの連絡も特にない。
「何か問題でも有ったのかな」
要件は私への意思確認で、強引にでも連れて帰りたいと思っている人達だ。
ならすぐに私の下へ来ると思ったのだけど、あれから何事も無いのは何でなんだろう。
来れない様な何かが有ったのかな。ならそのまま帰って欲しいと切に願う。
リュナドさんに訊ねに行くのも有りかな。だけどそうすると領主館に行かないといけないし。
「・・・あれ、そういえば私、リュナドさんの家、知らない様な」
何時も来るのは彼で、私から彼の家に訪問した事は無い。
それは仕事の契約が理由でもあり、私の出不精が理由でもある。
とはいえ友達の家も知らず、いざという時に訊ねにいけないのは少々寂しい。
山精霊に頼めば連絡は取れるのだけど、それはそれとしてだ。
「ちょうど良いし、ちょっと、行ってみよう、かな?」
メイラを見送ってから然程時間は経っていない。作業も急ぎじゃないし中断して大丈夫だ。
訪ねに行って帰るだけなら、あの子が帰って来る前に戻って来れる。
聞く事もあれからどうなったのかだけだし、長々と話す事も無いだろう。
そう自分に行く理由を取り付けて、ちょっと楽しい気持ちになりながら行けない理由を潰す。
「うん、よし、行こう、うん」
決めたらパパっと片づけてしまい、家精霊に外出を告げてソワソワした気分で用意をする。
庭に出てリュナドさんの家を知って居る子を訊ねると、山精霊全員が元気な鳴き声を上げた。
「・・・まさか皆、普段からリュナドさんの家に出入りしてるの?」
『『『『『キャー』』』』』
どうやらしているらしい。リュナドさんの家は大丈夫だろうか。まさか齧り跡だらけでは。
もしそうなら謝った方が良いのかな。一応この子達、私を主人として見ているみたいだし。
因みにここで迷惑をかけていないかという問いをしても、山精霊達は殆ど大丈夫と答える。
何故ならこの子達は迷惑をかけている、と思っていないからだ。こういう所は私と似てる。
まあそういう時は後でライナか家精霊に叱られるのだけど。私も含めて。
「それじゃあ誰か案内を―――――」
『『『『『『『『『『『キャー! キャー!! キャーーーー!!!』』』』』』』』』』
まって、まって、音量が大きい。自分がやるのだと全員が声を上げて凄く煩い。
どうしようかと眺めていると、段々鳴き声を向ける先が私ではなくなり始めた。
僕がやるのだと、傍に居る精霊同士で言い合う様にキャーキャーと鳴き合っている。
最終的に傍に居た精霊同士でぽかぽかと殴り合いを始めてしまった。
見た目的にはとても可愛らしく見えるのだけど、あれ見た目だけで実際はかなり危ない。
精霊同士だから微笑ましく見えるだけで、多分威力は私の魔法石より少し弱い程度だ。
庭に出していた木材に空振りが当たって粉々に吹き飛んだし。どうしようこれ。収拾つくかな。
普段はここまで激しい事って余り無いのだけど、今日は争う数が多いせいか中々の惨状だ。
「・・・ん?」
だけどその騒ぎも突然全ての山精霊が動きを止め、怖がる様な顔を私に向けた。
いや、違う、これは私の背後を見ている。おそらく背後に居る家精霊を。
どんな怒った顔かと少し怖く、そーっと後ろを振り向くと、家精霊はにっこりと笑っていた。
なので私はあれっと首を傾げたのだけど、山精霊達には恐怖を感じる物だったらしい。
慌てて壊して散乱した木材を一か所に集め、全員整列して視線を彷徨わせながら座っている。
チラチラと私に視線を向ける辺り、私にも怒られると思っているのかもしれない。
「えっと・・・」
これは私の言葉を待っているのかな。でなければ家精霊が既に指示を出していると思うし。
多分さっきは誰かと言ったせいで、やりたい子達が多くて喧嘩になってしまったんだろう。
ならこちらが指定すれば先の様な事は起きないはず。多分。
取り敢えず先頭に並んでいた子の内三体を選び、道案内をお願いした。
その子達は喜んで飛び上がり、他の子達からは恨めしそうな目線を向けられている。
また再度喧嘩が始まらないか少し心配だったけど、流石に今度はそういう事は無かった。
『『『キャー♪』』』
「えっと、うん、じゃあ、任せるね」
ご機嫌な山精霊達の先導に従って庭を出て、背後からは不満そうな合唱が聞こえる。
ただこんな事が有っても、翌日になると楽しそうに遊んでいるのがこの子達だ。
この辺り人間と同じく感情が有る様で、だけど判断基準がやはり違うんだろうなと思う。
街道に向かうといつもの様に精霊兵隊さんが・・・あれ、今日は一人しか、居ない?
「錬金術師殿、良かった、ご無事なんですね。先程の精霊達の大きな声は何か有ったのですか。一応一緒に居てくれる精霊からは『問題ない』と言われたのですが・・・」
「あ、ごめん、なさい。煩かった?」
「いえ、そこはお気になさらず。問題が無ければ別に構いません。大丈夫ですか?」
「えっと、精霊達がちょっと、喧嘩して。でも、もう大丈夫」
「喧嘩、ですか・・・それは何とも・・・余り見たくない、恐ろしそうな光景ですね」
私も態々見たいとは思わないけれど、ぱっと見は微笑ましいよ。
この子達同士の喧嘩って、ぽかぽか殴り合ってる様にしか見えないから。
「その報告をしに来て下さったのですか?」
「ううん、ちょっと、出かけようと思って」
「あ、外出、ですか・・・しまったな・・・」
精霊兵隊さんは何故か困った様な顔を見せる。今は外出しちゃ駄目なんだろうか。
「その、少し気になる事が有りまして、見ての通り一人この場を離れているんです」
「何か、有ったの?」
「・・・王都から来た者達の一人がメイラ嬢を付けて行きました。念の為、追わせています」
メイラを付けている? 何の為に?
「錬金術師殿の前に、それに連なる者を捕まえて、という行動に出る可能性も有りますから」
私に合う前に、メイラを捕まえる? 何だそれは。意味が解らない。納得出来ない。
憤慨をあの子にぶつける気なのか。私に対しての攻撃的な感情じゃないのか。
そもそも捕まえて何をするつもりなんだ。メイラに危害を加えるつもりなのか。
それは許せない。私に向けてなら私が怖いだけだ。だけどそれは駄目だ。私以外には駄目だ。
――――――――それは、敵だ。排除するべき『敵』だ。
「確か、なの?」
思わず声が硬くなる。心が怒りで満ちているせいか、上手く言葉が出ない。
「―――――っ、はっ、つ、付けて行ったのは、間違い、ない、です・・・!」
そう、確かなんだ。そうか、敵なんだ。じゃあ、容赦、しない。する意味も、無い。
「精霊達、予定変更。メイラの傍まで案内して」
『『『キャー!』』』
「あ、れ、錬金術師殿!?」
山精霊が走り出し、その後ろを全力で付いて行く。
傍に精霊達が付いているし、周りにも潜んでいるから大丈夫だとは思う。
ましてや精霊兵隊の一人が付いて行っている。万が一は、きっと、無い。
「―――――そんなの、関係無い」
私の大事な存在を害する物は、絶対に許さない。
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この街に来てから数日経った。それでも光明は見えず、今日も今日とて街を彷徨っている。
最初の頃は複数人で行動していたが、ここ二日はもう全員ばらばらだ。
田舎町といは言えないぐらい広く、色んな噂が飛び交い、事前情報がまるで当てにならない。
なので兎に角様々な情報を集める為と、それぞれ独自に調査して夜に報告し合う事になった。
「・・・でも、知れば知る程、どうしようもない気がする。ねー?」
『キャー?』
肩に乗る精霊に首を傾げながら問いかけると、精霊も同じ様に傾げながら返してくれた。
何を言っているのかは解らないけれど、ここ数日でこの子達が人懐こい事は解っている。
とはいえ文官の二人にはそうでもないらしいから、単純に私が仲良くなれただけかもしれない。
「もう諦めて、錬金術師を訪ねたい、って言った方が早い気もするんだよね」
最初こそ領主や精霊使いの妨害、様々な監視、そして殺害を警戒した。
だけど実際はそこまで厳しい監視も無く、今日なんて精霊兵隊も付いて来ていない。
もう少し自由に歩きたいと告げたら、精霊を一体つけられただけで終わった。
とはいえこの肩に居る子が監視替わりだろうし、そう考えると街は監視の目だらけだ。
私達が集めている情報も、考えも、全部精霊使いの手の内、と考えるが妥当だと思う。
ならもう私達にやれる事なんて、素直に合わせて欲しいとお願いする事だけだろう。
それをしないならそそくさと逃げ帰るか、やりたくないけど決死の覚悟で挑むかだ。
「・・・やだなぁ、それはやだなぁ・・・勝てる気がしないもん」
精霊使いを紹介された後、兵士としての優秀さを見せようと、精霊兵隊の訓練を見せられた。
あれはおかしい。本当に同じ人間だろうか。あれに一対一で勝てる人間が居るとは思えない。
勿論数が居れば彼一人なら何とかなるだろう。生き物である以上体力の限界や死角が在る。
だがそれまでにどれだけの死体が詰み上がるか。その上彼には精霊という戦力が有るのだ。
本人も周りに居る存在も強く、精霊兵隊は全員規格外。あんな物、三人でどうしろと言うの。
「・・・こっちが、錬金術師の家の方向、だっけ」
『キャー』
私の呟きに精霊が答えてくれたので、のんびりと街道を進んでいく。
この道は片側は工事が進んでいるけど、片方は自然で溢れている。
錬金術師がそうしたいという要望で、その奥地に住んでいるそうだ。
「あれが入り口、なの、かな」
暫く進むと精霊兵隊であろう二人が立っているのが見え、情報通りならあそこが入り口だ。
普段からああやって警護をしているというが、それは警護なのか軟禁なのか気にはなる。
「・・・もし軟禁なら、ちょっと、可哀そうだな」
城への誘いを断るなんて、普通は有りえない。だけど錬金術師は断り、でもそれは領主の代筆。
それはもしかすると、錬金術師の有用性から軟禁している、という可能性も有ると思う。
確かに街では錬金術師の武勇も聞いた。だけど街に出る時は必ず精霊兵隊が付いているとも。
私達に対してすら緩い監視を、彼女相手には決して緩めていないという風にも取れる。
「本人の意思を無視しての軟禁、ならまだ・・・いやでも、だとすると尚の事無理だよねぇ」
肩に乗る精霊に目を向け、仲良くなった自信は多少あるけど、攻撃されないなんて考えは無い。
この子はあくまで精霊使いの僕であり、私はまだ敵対してないから仲良くしているだけだもの。
もし彼女が軟禁されているというのなら、連れ出すにはどうしても彼らと戦う必要が有る。
おそらく私達では時間稼ぎにもならず、あっという間に全員捕えられて終わりだ。
「ん?」
錬金術師の家へと繋がる通路から、誰かが出て来た。仮面を付けた・・・子供?
仮面。錬金術師は外出時に仮面を付けていると聞いた。まさか、あの子供がそうなの?
え、何、嘘。精霊使いと出来ているとかいう噂も有ったけど、あんな小さい子に手を出したの?
「・・・もし、そうなら・・・言いくるめられている、って可能性も、有るのかな」
『キャー?』
精霊に言った所で返事は返ってこない。どころかこれで彼女を見た事が精霊使いに筒抜けだ。
だけどそんな事はどうでも良い。幻滅した。あの強さに少し尊敬してたのに、大分幻滅した。
あんな子供を上手く使うとか、何が精霊使いだ。何でこの子達もあんな男に従っているんだ。
「・・・ねえ、あの子に少し話を聞くぐらいは、許してくれる?」
『キャー』
ダメもとで精霊に訊ねてみると、精霊は笑顔でこくりと頷いてくれた。
予想外な即答に少し驚きつつも、単独で山に入って行った子供を見て慌てて自分も入る。
ただ精霊兵隊に気付かれては面倒なので、少し離れた位置から回り込んで彼女の元へ向かった。
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