第171話、来訪者が来たと教えられる錬金術師
「・・・何でだろう」
メイラをいつも通り見送った後、先日貰った手紙を読み返して呟きが口から漏れる。
何でなのか。それが一番素直な私の感想だ。この発言をした人の考えが私には解らない。
私はただ誘いを断っただけだし、領主もそれで良いと私に伝えたのに。
断った後もまた人が来ると聞いても、私の答えは変わる訳もない。変える理由が無い。
態々直接私に確認を取りに来た所で、同じ返事を訪問者に返すだけ。
だからただそれだけで、断っただけで話の終わる事だと、そう思っていた。
「確認じゃなくて、何か怒ってる、とかなのかな・・・」
私は良く解らないけれど相手を怒らせ、良いから言う事を聞けと言われているのではと。
子供の頃にそんな事が有ったのを思い出し、手紙を読んだ時は体が強張った。
相手が望む答えを求められ、だけど私にはそんな物は解らず、ただ素直な答えだけを返す。
すると私には何が悪いのかさっぱり解らないまま、答えた事自体を怒られたりした。
あの時と同じ様に誰かに怒られるのでは。だけどやっぱり私には理由が解らない。
幼少期の記憶と今の状況の合致に、そんな人達と相対する恐怖が頭を支配して。
『隊長なら、何とかしてくれますよ』
だけどあの言葉が、そんな思考を追い払ってくれた。
勿論完全に心配が無いなんて言えない。怖い物は怖い。出来れば怒っている人に会いたくない。
それでもその場にあの人が居てくれるなら、きっとまた助けてくれるだろう。いつもの様に。
とはいえやっぱり相手が不機嫌だと思うと、少々怖い気持ちになってしまうのは致し方ない。
ただ不安な気分で手紙を読んでいると、家精霊が背中から抱きしめてくれた。
今も家精霊はずっと背中にくっついていて、そのおかげか心は割と落ち着いている。
お礼に頬や頭を撫でてあげると、もっとと言う様に自分から擦り付けて来るのは微笑ましい。
「・・・それにしても、良く解らない会話が多いなぁ」
私をどうにかして連れて行こう、という事を語っているのは解る。そこは私にも解る。
ただ色々と良く解らな会話も多いんだよね。上半身が有れば事足りるとか、特に良く解らない。
上半身だけを持っていくつもりだろうか。それは流石に無茶が過ぎる。
私の体は脱着式じゃない。そんな事をしたら普通人間は死んでしまうのだけど。
「まさか、私を人間じゃない何かだと、思ってるのかな?」
精霊達に囲まれているから、私も精霊だと思われているんだろうか。
そういえばこの間黒塊は分裂出来たし、まさか山精霊がどこかで人を分裂させた?
「・・・君達、黒塊以外に、千切って分けたりしてない、よね?」
『『『『『キャー』』』』』
良かった、してないらしい。少しほっとした。でもそうなると余計に意味が解らないな。
うーん、不安だけど、これ以上悩んでいても仕方ないか。覚悟を決めておこう。
相手が最初から機嫌が悪いと解っていれば、少しは、多分、きっと、我慢出来る・・・はず。
「・・・出来ると良いなぁ」
取り敢えず少し泣いたとしても、全力で泣き喚かない様には頑張ろう。
あ、そうだ。この連絡くれた人に、お礼を言っておいた方が良いかも。
だってこれ、先に連絡貰ってなかったら、当日に恐怖で頭が真っ白になってたかもだし。
「久々に、酒場に行こう、かな」
確かこちらから連絡する場合も、マスターに伝えておいてって言ってたはず。
酒場は人が多いから余り行きたくはないけど、今なら仮面が有るから何とかなるし。
そうと決めたら外套を纏ってフードを被り、仮面を付けたら絨毯を手に家を出る。
「メイラには、すぐ帰ってくるって、伝えておいてね」
笑顔でこくりと頷いた家精霊をぎゅっと抱きしめてから、手を振って街道へ。
一応出かける事を伝えてから行った方が良いと思い、精霊兵隊さんの下へ向かう。
『キャー』
「え、リュナドさん?」
頭の上の子が「リュナドだー」と鳴き、確かに前の方が少し騒がしい気がする。
街道に近づくとそこには確かにリュナドさんが居て、見張りの二人と何か話していた。
彼は私に気が付くと顔をこちらに向け、怪訝そうな顔で私の格好を確認している。
「セレス、出かける、のか?」
「うん、酒場まで」
「そうか・・・なら、俺が付いて行こう」
「え、良いの? 酒場、だよ?」
「ああ。俺もどうせマスターに用が有るしな」
成程、ついでに付いて来てくれるんだ。なら甘えようかな。
少しご機嫌な気分になりながら絨毯を広げ、先に座って彼が座るのを待つ。
彼が絨毯に座ったの確認してからゆっくりと浮かべ、見張りの二人に行ってきますと告げる。
「「ごゆっくり、お二人でのお出かけを楽しんできて下さい」」
「ぶっ飛ばすぞ、お前ら」
二人の言葉にリュナドさんが不機嫌そうに応えると、二人はついっと目を逸らした。
その様子に首を傾げていると、リュナドさんに出発を促されたので上空まで飛び上がる。
「・・・さっきの、何でそんなに、不機嫌だったの?」
「いや、どう考えても揶揄ってるだろ、あれ。お前は腹が立たないのか?」
さっきの言葉って揶揄い、だったのか。私にはどこが揶揄いだったのか良く解らない。だって。
「私は、リュナドさんが一緒で、楽しいよ?」
「・・・それは、どうも」
私がそう伝えると、彼は少し困った様な顔になってしまった。彼は楽しくなかったのかな。
その疑問を彼に伝えると「・・・これは仕事だ。遊びじゃない」と返された。
つまりお仕事を真面目にしてる彼にとって、遊び感覚と言われたのが気に食わなかったのか。
・・・何だか私一人楽しんでいるのが申し訳ないな。
「セレス、お前を誘いに来た連中が、今日街に到着した」
「――――、そう、なんだ」
「・・・ああ。すぐに会いに来るつもりは無いらしいが、近い内に向かうだろう」
一瞬緊張で強張った私に静かにそう告げると、彼はそれ以上の事は何も言わなかった。
多分今の私に声をかけ、更に緊張してしまわない様に気を使ってくれたんだろう。
その気遣いを無駄にしない様に深呼吸をして心を落ち着け、最後に深く息を吐く。
「大丈夫、だから」
「・・・そうか」
落ち着いて彼にそう返すと、彼もただ静かに一言返し、そろそろ酒場が見えて来た。
酒場の上空に到着すると、脇の通路に着陸して絨毯を丸め、酒場に向かって扉を開く。
相変わらず大きな音のする扉を開くと、さっきまで騒がしかった酒場がいきなり静かになった。
皆は私をちらっとは見るけれど、その後すぐに視線をそらしている。
もしかして私が大声や見られて怯える姿を見て、気を使ってくれているのかもしれない。
優しいお客さん達に感謝をしながらカウンターに向かい、マスターの前に立つ。
マスターは私が好んで飲んでいるお酒をグラスに注ぎ、カウンターに置いてから口を開いた。
「直接来るのは久しぶりだな。何か用か」
「伝言を、お願いしたくて」
「この前の手紙の件か?」
「うん。ありがとうって、伝えておいて欲しい」
「・・・それだけで良いんだな?」
「うん? うん。それだけで、良いよ」
というか、それ以上に何が有るんだろう。あ、そうか、お礼の品とか送れって事かな。
そうだよね。感謝しているならそういうのも有って良いよね。しまった、どうしよう。
慌てて今持っている物を頭で確認し、はっとして以前彼らに使った薬を手に取る。
「この薬、渡しておいて、くれるかな。お礼だって」
「解った。確かに預かった」
あらかじめ用意していなかったのは申し訳ないけれど、あの薬なら役に立つはずだ。
「マスター、俺からも伝言を頼む。会いたいと言っている、と」
「・・・一応伝えておこう。相手がどう反応するかは約束出来んぞ」
「解ってる。内容を明かされている事も伝えてくれていい。信用出来ないなら無視で良いと」
「良いだろう。引き受けた」
リュナドさんも誰かに伝言を頼みに来たのか。
彼は会いたいみたいだし、相手も応えてくれると良いなぁ。
「それともう一つ。連中はもう街に入っていて、今領主館に居る。すぐに会いに行くのではなく、どうやら街の様子を確かめるつもりらしい。ここに来て噂通りの光景に戸惑ってる様だ」
「成程な。で、酒場の店主にそれを伝えてどうさせたい、隊長殿?」
「もしここに来たら、情報を全部くれてやってくれ」
「はっ、了解した。出来るだけ思いっきり脅かしておいてやるよ。くっくっく」
マスターが物凄く意地が悪そうな顔で楽しげに笑っている。
リュナドさんは若干呆れた様な顔だけど、一体何の話なんだろう。
思い切り脅かすと言っているし、何かいたずらでも考えているんだろうか。
「ああ、一応機嫌を損ねたくないから聞くが、錬金術師殿は、それで良いんだよな?」
「え、うん。全然、良いよ」
二人の会話に首を傾げていると急にマスターに声を掛けられ、慌てて頷いて返した。
機嫌を損ねたくないと言われたけど、お願いをしに来たのは私なのだし、損ねる理由が無い。
というか、お礼の伝言を伝える確認で機嫌を損ねるって、どういう状況だろうか。
良く解らない確認に首を傾げながら、仮面をずらしてお酒を飲む。相変わらず美味しい。
「じゃあ、マスター、またね」
「ああ、またな」
飲み切ったグラスをマスターの前に置き、リュナドさんと一緒に酒場を後にする。
絨毯を広げる為にわき道に入り、彼と一緒に家に戻った。
ただ彼はその後すぐに他の仕事が有ると去って行ったので、そこで別れたのだけど。
相変わらず忙しそうだなぁ。滋養強壮系のお薬でも作っておいた方が良いかも。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目的の街に近づくにつれ、途中にある街の様相が少し変わってきている事に気が付く。
王都からここまでの道のりの途中では、明らかに田舎町を何度も経由した。
だけど歩みを進めていくうちに、田舎町と思えない賑わいの有る場所が増えていく。
目的の街の隣の領地まで来ると、最早本当に田舎の領地なのかと思う程の街だった。
街の様相が明らかにおかしい。賑わいが有り過ぎる。まるで王都に近い街の様に。
幾ら鉱石が取れる街が近くに在り、そこからの流通が有るとはいえ何かがおかしい。
そんなぬぐえない違和感を持ちながら、目的の領地に足を踏み入れて更に異様な物を見た。
私達は、田舎の領地に来たはずだ。山の奥地に向かってきたはずだ。
なのになぜ街に向かう道が、馬車で楽に通れる様に舗装されているのか。
「隣の領地まで、舗装された道、だと?」
「有りえない。何故ここまでする必要がある・・・!」
文官の二人も驚いていたので、私の驚きは間違っていないはずだ。
流石に石畳などでしっかりと舗装されている道ではない。
だけど明らかに人の手の入った、きちんとした道がそこに在った。
人が通るから出来た道ではなく、人を通す為の道が。
困惑しながら進んでいくとその舗装も段々としっかりとした物に変化してゆく。
幅を確保して砂利を敷き詰めた物から、石を敷き詰めた完全な道路へと。
まるで王都の街中を進むかの様な道に、全員が困惑している。
そしてそれは、目的の街について、混乱に変化した。
田舎に在るとは思えない大きな街が、そこにはあったからだ。
不可解な気持ちを抱えたまま、城で渡された書状を門番に見せ、すぐ中に通された。
中に入ると整備が行き届いている街が広がっており、溢れる人はどこから来たのかと思う程だ。
それだけでも驚愕に値するのに、それどころではない物が街には存在していた。
キャーキャーと鳴く小さな何かが街に溢れ、住民はそれを精霊様と呼んでいる。
誰も信じていなかった街に住む精霊という存在を、まざまざと見せつけられてしまった。
その上その精霊が暴れる男共を捕えて投げ飛ばす場面も見て、力を疑う事も許されない。
気が付いた時には私達は領主の館に居て、領主に笑顔で歓迎されていた。
「こんな遠くまでようこそ。どうぞゆっくりして行ってほしい」
そう告げる領主の横には、他の兵士とは違う槍と鎧を付け、精霊達に群がられる男が居た。
「彼は我が領地が誇る最高戦力の精霊使いだ。君達が出かける際は、彼か彼の部下が護衛に付くので安心して欲しい。この街では決して君達に害を与えないと約束しよう」
「精霊兵隊の隊長を務めている、リュナドと申します。宜しくお願い致します」
『『『『『キャー♪』』』』』
本当に、居た。精霊使いが本当に居た。その事実に私達は内心冷や汗をかいている。
だってそれは、最悪あれと戦わなければいけないという事だから。
それはつまり、街にあれだけ居た精霊が、全部敵に回るという事だ。あの異常な量の精霊が。
普通なら一体会う事すら稀な存在で、下手をすれば一生会わない様な存在の群れと。
彼が護衛? 違う。監視だ。あれは私達が余計な事をしない様に、という監視だろう。
錬金術師が事情を知らず、だけど領主は断らせたい。となれば敵対は免れない。
色々と理由を付けて錬金術師に会わせず、会えたとしても事前に断る様に言われているのでは。
「・・・錬金術師に会いに行くのは、暫く後だ。先ずは街の情報を手に入れる」
「ああ、妨害の可能性も有る。どうにかして私達だけで会える手段を探すぞ。これは、不味い」
私達従士は文官たちのその言葉に従い、暫くこの街の事を調べる事になった。
他にも色々言っていたけれど、私の頭にはその程度の言葉しか残っていない。
だって仕方ないだろう。こんな、こんな状況、呆然となるに決まってる。
「・・・なんで、こんな、事に」
流石の私もこの状況に至って鈍い考えは出来ない。これは、命の危険が在る仕事だ。
下手をすればあの精霊使いに、領主に、殺される。そういう仕事だ。
「心配してくれた皆、ごめんなさい、皆が正しかったよ・・・!」
うう、泣きそう。どこが行って帰るだけの気楽な仕事なんだ・・・!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます