第170話、情報を受け取り驚く錬金術師

「行ってきます」

『『『キャー』』』

「うん、気を付けてね」


今日も鞄を持って山に出向くメイラと山精霊を見送り、さて私は何をしようかと考える。

ここ最近海に行く準備を続けていたけど、そろそろ事前に要りそうなものも特に思いつかない。

勿論あれば便利な物は他にも色々あるけど、材料と環境の関係で作る気が無いし。


「・・・んー、精霊兵隊さんに、差し入れでも、しに行こうかな」


彼らへの差し入れは大体メイラが居る時と居ない時半々にするようにしている。

あの人達は割と穏やかな人達なので、メイラが慣れるにはきっと丁度好い相手なんだろう。

それでもやっぱり少し怯える姿が有る以上、毎回連れて行くのも見てるこっちが少し辛い。

仮面の奥の目が笑っている様で笑っておらず、小さく震えている時がやはり有る。


「簡単に治る物じゃ、ないよね」


本人は克服しようと頑張って、だけどその頑張りは私が見て解るぐらい無理を含んでいる。

無理はしなくて良いと思うんだけどな。心の問題なんて、簡単に克服出来ない。

それが解っているからこそ、私はあの子の面倒を見ると決めたんだから。


「リュナドさんだけは、大分マシになったのは、幸いかな?」


彼女が頑張ろうとする成果なのか、リュナドさんが特別何か許せる空気が有るのかは解らない。

ただ彼にだけは何となく、他の男性よりは気を楽にして話している、という気がする。

あくまで気がするだけ。他の人と話す時より、若干言葉のつまりが少ない。その程度の変化。


「リュナドさん良い人だからねー」


隣に浮かぶ家精霊に同意を貰う様に口にすると、ニコッと笑って頷いてくれた。

私もにへっっと笑い返してギューッと抱きしめてから家に戻り、二人で差し入れの用意をする。


今日は少し涼しくなっているし、飲み物は温かいお茶が良いだろう。

保温水筒に暖かいお茶を入れ、簡易テーブルとイスを山精霊に持たせ、家精霊が作ってくれたパイを包み、仮面を付けて玄関に向かう。


「それじゃ、行ってくるね」

『『『『『キャー』』』』』


私と山精霊の出発の挨拶に、ニコッと笑って手を振ってくれる家精霊。

多分あの子にとっては今の私の状況は好ましい事なんだろうな。

相変わらず外出は余りしないけれど、それでも前ほど人と関わらないという事は無くなった。

家主に良い環境を与える事が目的とすれば、この状態を保つ事があの子への恩返しかも。


「あの子には、いっぱいお世話になってるし、安心させたい、よね」

『『『『『キャー』』』』』

「ん、君達にも、色々手伝って貰ってるね。ありがとう」

『『『『『キャー♪』』』』』


どうやら家精霊だけ褒められた事が不満だったらしい。

なので素直に礼を言うと、それだけで嬉しそうに踊りだした。

楽しそうなのは良いんだけど、テーブルとイスを投げるのは人が来たら危ないから止めよう?

そんな風に騒ぐものだから、精霊兵隊さんはすぐに私達の接近に気が付いた。


「あ、錬金術師殿、お出かけですか?」

「ううん、今日は、差し入れを。パイを焼いたから、どうぞ」

「「ありがとうございます」」


精霊兵隊さんの二人は礼を言うとテーブルと椅子を受け取り、お茶の用意を進めていく。

真っ先に私が座る様に椅子を置かれたので、素直に大人しく従っている。

テーブルが置かれたらお茶を用意し、パイの包みもテーブルに置いて開いた。


二人は私にお礼を言いながら食べるけど、家精霊が作った物なので後で伝えておこう。

一緒に居る精霊にパイを分けつつ、周りに群がる精霊に奪われながら、何とか食べる二人。

その様子をのほほんとした気分で眺めつつ、今日は人通りが少なさそうだと仮面を外す。

仮面を外しても首飾りと腕輪が有るので、この二人ならそれで十分だ。


「あの、ぶしつけな事を、少々聞かせて頂いても、宜しいでしょうか」


お茶の温かさにほっと息を吐きながらぼーっとしていると、唐突にそんな事を言われた。


「何、かな?」

「その、仮面は付けていないと、やはり駄目なんでしょうか」


改めて何を聞かれるのかなと思った。でもその疑問は当たり前なのかもしれない。

私はこれが無いと大変だけど、普通の人にとっては無くて問題無い物だから。


「そう、だね・・・これが無いと、色々、我慢出来ない、から」

「そうですか・・・すみません、余計な事を訊ねて」

「ううん、大丈夫。気にしないで」


むしろ謝るのは私の方だ。多分気を使わせているか、心配されているんだろう。

何せ彼ら相手ですら、未だに首飾りか腕輪が無いと少し不安なのだから。

それでも仮面じゃなくて大丈夫なだけ、ある程度大丈夫な相手だと感じているのだけど。


「貴方達なら、仮面が無くても、大丈夫なんだけど、ね」

「「―――――っ」」


何故か解らないけれど、二人が息を呑む様子を見せた。今何か変な事を言ったろうか。

首を傾げながら二人を見ていると、二人はお互いを見合わせた後に私に顔を向けた。


「その、ありがとうございます。ご期待に添える様になります」

「ええ、頑張ります」


お礼と意思表明をされてしまった。何かお礼を言われる様な事言ったっけ。言ってないよね。

言われた意味が良く解らずに問い返そうと思うと、二人の意識が唐突に街道に向いた。


「気が付くのが遅い。そんなんじゃまた隊長殿にどやされるぞ」


ただそこに居るのはマスターで、気が付いていたので私は特に気にしていなかったのだけど。

二人はどうやら気が付いてなかった様で、マスターの言葉に物凄く嫌そうな顔をしている。


「マスター。どうしたの? 急ぎの依頼?」

「いや、あんたに頼まれて、情報を預ける様に言われたという男が来た。覚えは有るか?」

「あ、うん、有るよ」

「そうか、覚えがないなら一度開けてからと思ったが、それなら問題はないか。ほら」


先日の市場であった人の話だろう。手紙にして預けていたらしい。

マスターは手紙をテーブルに滑らせて、私の前で手紙が止まる。


「―――――」


取り敢えず封を開けて中を読み、その内容に思わず手に力が入った。

手紙の内容が、私に危害を与えに来る人間が居ると、明確に書かれた内容だったせいで。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日は錬金術師殿が差し入れを持って来てくれた。

彼女は時々こうやってやって来て、のんびりとお茶をして帰ってゆく。

俺達としては直接彼女と話す数少ない機会だが、特に何も話せない事が殆どだ。

特に仮面を付けて来ている時は気を張っているのだろうし、余計に話しかけるのは気が引ける。


「はふぅ・・・」


ただ今日は途中で仮面を外し、とてもぽやっとした様子でお茶を飲んでいる。

今日は街道に人通りが少ないからなのか、単純に彼女の機嫌が良い日なのか。

彼女には余り良くない噂も多いが、この様子を周りに見せればもっと減ると思うんだが。

良い機会なので、少し怖いとは思うが、その辺りの事を少し訊ねてみる事にした。


その答えは何と受け取れば良いのか少し悩むも、何となく納得出来る答えだったと思う

あの仮面は感情を抑える事が出来ると、隊長から伝え聞いた事が有る。

彼女の弟子の子が仮面を付けているのも、男性が怖いのを我慢する為の物だと。


だけど錬金術師殿にそんな『恐怖』を抑える必要は無い。彼女は本来守る必要が無い程に強い。

そんな彼女が感情を抑えるという事は、きっと敵意や殺意の類ではないだろうか。

以前の酒場での爆発事件を思えば、反射的に攻撃しない為の物、とも取れる。

それだけ彼女は周囲に敵がいると、周りに味方が居ないと思っているんだろう。


「貴方達なら、仮面が無くても、大丈夫なんだけど、ね」


だからきっと、自分達もその例外ではないと思っていた所に、そんな事を言われてしまった。

ニコリと柔らかい笑顔で、出かける時とはまるで違う顔で、俺達を信用していると。

隊長相手ならまだ解る。あの人は彼女に特別扱いをされているのは間違いない。

だけどまさか俺達にそんな言葉をかけるとは思わず、息を呑んで反応が遅れてしまった。


何ともむず痒く感じながら、慌てて期待に応えたいという気持ちを伝える。

ただ次の瞬間人の接近に気が付くのが遅れ、すぐさま失態を見せてしまったのが辛い。

錬金術師殿は当たり前に対応している辺り、おそらく俺達より先に気が付いていたんだろうな。

マスターからの言葉にも嫌な気分になりつつ、二人の会話を静かに見守る。


「―――――」


錬金術師殿が手紙を開き、読み進めて行き、唐突にその気配が剣呑な物に変ったのを感じた。

明らかに敵を相手にした時の威圧感。手紙を握る手は力がとても入っているのが解る。


「どうやら碌でもねえ情報らしいな」

「・・・本当か、どうか、解らないけど、マスターも、見る?」

「良いのか? なら読ませて貰おう」


この威圧を放つ彼女に対し、一切動じた様子を見せないマスターは尊敬に値すると思う。

しかも声音が完全に切れている。低くおどろおどろしく、不機嫌だとはっきり解る声だ。

目つきは完全に敵を見る目で、殺す対象を見つめる目でマスターを見上げている。


「成程、こりゃそういう顔にもなるな・・・どうするんだ、嬢ちゃん」

「・・・私は、ここから動く気は、無いよ。答えは、変わらない」

「成程。意向は理解した。教えてくれて感謝する。おい、お前らも読んどけ」


マスターは錬金術師殿の言葉に礼を告げると、手紙を俺達に投げてよこした。

そこに書かれていた物は、錬金術師殿が断れば足を切り落としてでも連れて行くという内容。

手紙を出した人間が道中でそういう話を聞いたと、会話内容が細かく綴られていた。


「お前らも精霊兵隊でいるつもりなら、覚悟を決めた方が良いぞ。逃げるなら今だ」


マスターはそう言って去って行き、残された俺達は重い空気の中困惑していた。

だってこれは、つまるところ、彼女は城の人間に敵対するという事だ。

それは最終的に国に対し喧嘩を売ると、そういう事態に発展してもおかしくないだろう。


おそらく逃げるなら今しかない。まだ本格的に事が起きて無い今しか。

自分は精霊兵隊なんかに選ばれたけど、元はただの下っ端兵士だ。

そんな大騒動に立ち向かえる度胸なんか―――――。


『貴方達なら、仮面が無くても、大丈夫なんだけど、ね』


――――――度胸なんか、無い。無いけど、だからこそ、あの信頼を投げ出す度胸も無い。

街を救ってくれて、街を豊かにしてくれて、精霊なんて守り神を付けてくれた人からの信頼を。


「俺達は、いえ、俺は最後まで味方です。きっと、隊長も」

「お、俺もです。それに、その、そうです、隊長なら、何とかしてくれますよ」


だからその気持ちを、もう後戻りが出来ないと解っていながら口にした。

どうやら同僚も似た様な様子だったらしく、ただ言いたい事が纏まっていない様だ。

彼女はそんな俺達を見てキョトンとした顔になり、少しして口元が緩むのが解った。


「うん、ありがとう。うん、リュナドさんが居るし、大丈夫、だよね」


この選択は、もしかしたら間違いなのかもしれない。かなり大それた事を決めた自覚は有る。

だけどそれでも、目の前の女性の柔らかな笑みに、自分達は間違っていないと思えた。

ただやっぱり、一番は隊長なのだなと、少しだけ悔しかったけど。

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