第169話、余り良く覚えていない人に会う錬金術師

「お、錬金術師様、今日はこっちも良いのが入ってるよ!」

「あたし達は今こっちで買い物してんでしょうが! 行くからちょっと待ってなさい!」

「おお、こええ。おチビちゃん暫く見ねーから、どっか行ったのかと思ってたのに」

「ちょっと、今チビって言ったの聞こえたわよ! ぶっ飛ばすわよ!?」

「待った待った待った! あんたが暴れたら商品が全部吹き飛ぶ! 俺が悪かった!」

「ふん、二度と人の事をチビなんて言うんじゃないわよ!」


私にかけられた言葉を、何故か真っ先に反応するアスバちゃん。

そのまま暴れそうな雰囲気だったけど、店の人が即座に謝ったので怒りを収めた様だ。

小声で「もう少ししたら大きくなるわよ」と呟いたのは、多分私以外に聞こえていなさそう。


「そうだぞ、巻き添え食ったらどうしてくれんだ」

「ばーかばーか! 潰れろー!」

「ああ!? てめえらに文句言われる筋合いはねえんだよ!」

「んだ、やるかてめえ!?」

「お、喧嘩かー? すぐそこに精霊兵隊さん居るし、市場には精霊様も多いの解ってるかー?」

『『『『『キャー!』』』』』

「「俺達仲良しだよな!!」」


・・・うう、騒がしい。普段から市場は騒がしいけど、今日は殊更騒がしい。

声を掛けられるとほぼアスバちゃんが大声で応えるから、周りも同じ様に大きな声になる。

普段はもう少し静かなはずの範囲も、彼女を中心に全員が騒いでる様な気すらしてきた。


今日は買い物に来ているのだけど、何故か一緒にアスバちゃんも付いて回っている。

それ自体に否は無いし、むしろアスバちゃんが会話を引き受けてくれているので多少は楽だ。

とはいえこの活気の良すぎると言って良い状況は、流石に仮面を付けていても気圧される。


いつでもどこでも楽しそうな山精霊が少し羨ましい。

何で君達何処でも順応できるのに山奥に引き籠ってたの?


「・・・メイラ、大丈夫?」

「あ、は、はい、だ、大丈夫、です・・・!」


私の手をぎゅっと握るメイラに問いかけると、大丈夫そうに感じない大丈夫が返って来た。

でも荷車に戻ってて良いよって言っても、多分戻らないんだろな。今までもそうだったし。

アスバちゃんには悪いけど、早く買い物を終わらせて帰った方が良さそうだ。私も辛いもん。


「セ、セレスさんこそ、大丈夫、です、か? その、ちょっと、機嫌が、良くは無さそう、な」

「・・・ん、まあ、仮面が有るから、我慢、出来てる」


メイラを心配して声をかけたのだけど、その声が擦れていたせいで逆に心配をかけてしまった。

あうう、上手く行かない。アスバちゃんはいつの間にか値段交渉始めてるし。


「はぁ!? 向こうじゃもっと安かったわよ!?」

「無茶言うなよお嬢ちゃん。干物でもあるだけましだぜ?」


何か魚が高いって文句言ってる。海が遠いから、干物でも海の魚が有るだけ良いと思う。

とはいえ川魚も基本干物が多いのは、やっぱり保存出来る物の方が好まれるんだろうか。

この辺り漁業に使えそうな大きな川は少ないし、海も無いから必然そうなるんだろう。


いや、今はそんな事はどうでも良いや。もう一旦買い物は少し諦めて休憩しようかな。

アスバちゃんが悪いとは言いたくないんだけど、彼女が居ると市場の音量が上がる。疲れた。

それに私は基本向こうの言い値で買ってるんだけど、彼女がそれを許してくれない。

結果としていつもより買い物の時間が伸びていて、じりじりと疲労感が増している。


「あの、すまない・・・貴女は、あの時のフードの女性、ではないかな」


その声自体は聞こえていたのだけど、私にかけられた言葉だと思ってなくて反応しなかった。

視線が私に向いていたとして、市場では視線が多過ぎて意識を割く理由にもならないし。

ただメイラが「セ、セレスさん?」と手を小さく引いたので、そこで私の事だと気が付いた。


「・・・誰?」


背後を振り向いて呼びかけた人物を見ると、知らない男の人が立っていた。

少し怖くて思わず身構え擦れた声で訊ね、何を言われるのかと様子を窺う様に男性を見つめる。

それに気が付いてくれたのか、付き添いの精霊兵隊さんが私の前に出てくれた。


「ま、まった、待って欲しい。危害を加えるつもりは無い。ただ、知ってる人物なら礼を伝えたかっただけなんだ。何時か言いたいと思って、中々出会えなかったから」


すると男性は慌てた様子でそう口にし、私は身に覚えの無さすぎる内容に首を傾げる。


「・・・礼?」

「あ、ああ、いつか熊の魔獣を倒してくれたのは、貴女じゃないかなと」


熊の魔獣・・・何度か倒した覚えが有って、正直どれか解らない。

依頼で助けてって言われて討伐したのも有るから、その時のどれかだろうか。

私が彼を見ながら悩んでいるからか、精霊兵隊さんは少し横にズレた。


「覚えてない、だろうか」

「・・・熊の魔獣は、何度か倒してるから、どれの事か、解らない」

「そ、そうか・・・その、俺の顔に見覚えはないだろうか」


見覚えが無いかと言われると物凄く困る。だって私基本的に人の顔覚えないし。

何故なら人の顔を見ないから。見てない顔は覚えられないのは自然な事だろう。

そもそも見ていたとしても、恐怖で頭が真っ白になって忘れる事も多いし。


「礼という事で様子を見ていたが、貴様本当に錬金術師殿に、それだけの為に近づいたのか?」


私が怖がっているせいか、精霊兵隊さんが再度私と男性の間に入った。

その声は私に話しかける時と違い、かなり警戒する声音になっている。


「ほ、本当だって兵隊さん。怪しい事をする気も、害する気も無い。この街には割と何度も来てるから、あんた達と精霊の恐ろしさは知ってる。何もしないって」

「だが彼女は覚えていないと言っている。ならばそれで納得して貰おうか」

「そうみたい、だな・・・残念だが、人違いだったのかも、しれないな。あの時置いて行ってくれた薬は、あの強烈な薬は噂の錬金術師ぐらいしか作れないと思ったんだが」


薬。置いて行ったという事は、私が必要と思って渡したという事かな。

でもその場合記憶にある限りではその場で礼を言われたはず。リュナドさんがだけど。

私は基本的に彼の背後に隠れていたので・・・あ、そういえば、一度逃げた覚えが有る様な。


「・・・もしかして、車輪の壊れた荷車、守ってた人?」

「あ、ああ、そうだ。その時に助けて貰った者だ。やはり貴女だったか。錬金術師の噂を聞き、何度か貴女に会おうとしたんだが中々会えず、あの時の女性なのかの確認も出来なかった。やっとそれらしき人物を見て、慌てて声をかけさせてもらったんだ。あの時の礼を言いたいと」


成程、あの時の熊に吹き飛ばされた人か、その仲間の人のどっちかかな。

殆ど覚えていないので、どれが誰かなんて解らないけど、多分そうなんだろう。


「あの時は本当に助かった。感謝している。おかげでだれ一人死なずに済んだし、あの後も元気にやれている。貴女が通りかかってくれなければ、おそらく俺達が全員熊の腹の中だった」

「・・・ん、気にしなくて、良いよ。通り道だった、だけだし」


確かにあの時危ないと思って助けに入ったけど、何事も無ければ避けて通るつもりだった。

元々は関わる気が無かった訳だし、結局の所最後は逃げ出したのだし。


「・・・警戒されるのは解る。今や君は味方も多いが敵も多いだろうからな。だが俺は本当に感謝しているんだ。俺の礼程度意味は無いと思うが、もし人の手が要りそうな時は、ここに連絡を寄こしてくれ。大した力にはなれないと思うが、助けになれる様なら全力で手を貸したい」


男性は何か小さな硬い紙を取り出し、それを精霊兵隊さんが受け取ってから私に渡した。

紙を見ると何やらどこかの送り先が書いてあり、多分そこは別の国である事が伺える。

態々別の国から呼ぶ程の事をしたつもりは無いんだけど・・・。


「俺の持っている貴女に有用であろう情報も渡しておきたいが、流石にここではな・・・こちらからの一方通行で構わないから、何か伝える方法は無いだろうか」


ここで喋れない様な内容を私に喋って良いんだろうか。むしろ何を言われるのか怖い。

でもまあ、情報を渡したいだけって言ってるし、返事要らないみたいだし、大丈夫かな。

何だか最近こういう事多い気がするなぁと思いながら、どうしたものかと少し悩む。

そうだ、情報って事ならマスターにお願いしたらどうかな。多分受けてくれるよね。


「・・・酒場のマスターに、渡しておいて、くれたら」

「マスター・・・錬金術師が、貴女が仕事を受けている酒場の、か?」

「・・・うん」

「解った。そろそろ護衛の人の目も怖いので、大人しく去るとするよ。もし街に居る間に手を貸せる事が有りそうなら、そのマスターに伝えてくれ。要らないかもしれないがね」


男性はそう言うと、あっさりと去って行った。

しかしそっか。全員無事だったか。それは良かった。完全に忘れてたけど。

それにしても私に渡したい情報って何だろうか。怖いけどちょっとだけ気になる。


「くそ、良いよもうそれで! もってけクソッタレ!」

「はっはっは! そういう罵倒は痛くもかゆくもないわね!」


・・・どうやら交渉は終わったらしい。そろそろ帰りたい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ぷはぁ~~~~」


市場から早足に去り、人の波を抜け、人気の少ない路地に入って大きく息を吐いた。

まだ胸がバクバクとなっている。緊張と恐怖で上手く体も動かない。


「噂を聞いてはいたが、まさか噂通りとは思わなかった」


彼女に初めて会った時の出来事は、命を救われたと言って良い出来事だったと思う。

だからそれが噂の錬金術師だと思った時、悪い噂に対してあまり良い気分では無かった。


錬金術師は前に立つ者に殺気を放ち、気に食わなければ殺す程の気難しい人間だと。

そんな噂を聞いて、その人物に助けられたかもしれない者としては、苛立つのが普通だろう。

だが段々と変わっていく街の情勢を見て、もしや意図的に流しているのではと思った。


自身に手を出させない為に、もしくは領主がそう考えているのではと。

仮面を付けている話も、威嚇の為の意図があるのではないかと、そう思っていた。


「冗談抜きで、殺されるかと思った・・・」


だが実際は、相対した相手に明らかに異常な威圧を放ち、何時でも飛び掛かれる体勢だった。

もし敵対の意志を少しでも見せていたら、あの場で殺されていたかもしれないと感じている。

彼女の実力をこの目で見て知っているからこそ、余計にその恐怖は体に現れていた。


「けどこれで、目的は何とか果たせたか」


本来の予定なら俺は今頃この街に居るどころか、遠くの街を出発している頃合いだろう。

だが今回良くない話を聞き、急いでこの街に戻り、噂の錬金術師を探した。

最悪の場合、信用は出来ないが酒場のマスターに情報だけを投げる、という事も考えて。


その場合俺は酒場を信用していないし、向こうも俺を怪しいと思うだろう。

結果はどうなるか解らない。だから出来れば錬金術師を見つけ出したかった。

そもそもあの時の本人なのかも、まだ確認が取れていないのだから。


「恩人に不穏な手が伸びてるのは、見過ごせないよな・・・」


帰りの途中で偶々耳に入った錬金術師の話。また彼女の噂話かと最初は思った。

本当に有名になったなと、なのに何故会えないのか、などという気分で。

ただその話をしている連中がやけに身なりが良く、何となく様子が気になった。


『もし、錬金術師が誘いに乗らなかった場合はどうする?』

『城への誘いだぞ。庶民が乗らない訳が無いだろう』

『だからもしもだ。もしもの話だよ』

『その時は・・・従士共に命じて無理やりにでも連れ帰るまでだ。生きていれば問題無い』

『奴らはその命令を聞くと思うか? 特にあの女は聞きそうにないぞ』

『聞かなければいけないだろう。奴らも私達もだ。この仕事は確かに成功すれば破格の仕事だが、逆に失敗すれば身の破滅だ。誰の命令かを考えればな。なら手段は選ばん』

『断れば騎士になれないどころか、下手をすれば親元にも帰れないか。やるしかないだろうな。まあ相手は錬金術師という事だし、荒事には不向きだろう。それに上半身が有れば事足りる』


聞き間違いかもしれない。別の人間の事かもしれない。だが不思議とそう思えなかった。

そこで仲間に事情を話し、明らかに悪意を持った人間が向かう事を告げる為、急いで街に来た。

更に偶然にも市場に錬金術師が居るという話を聞き、初めて彼女に会う事が出来た訳だ。

何やらあの魔法使いの少女が騒いでいたおかげで簡単に見つけられた。


この話は精霊兵隊に伝えた所で、ただのいたずらと思われる可能性も有る。

いやむしろ、国が彼女に危害を加えようとしていると告げれば、逆に彼女を捕らえかねない。

誰がどこまで信用出来るか解らないのが不安だ。彼女が国から逃げる時間が稼げれば良いが。

勿論彼女があの程度の連中に負けるとは思えない。だが国を敵に回すのは厳しいだろう。


「恩を返せると良いが・・・」


彼女が手を貸して欲しいというなら、国外逃亡に手を貸す事も考えている。

命を救って貰った恩だ。それぐらいでやっと釣り合いが取れるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る