第168話、特に気にせず話を聞く錬金術師

「もぐもぐ、んくっ、んはぁ~。あー、美味しい。久しぶりに食べると、近くにこの店が有るありがたさが解るわね。やっぱりこの店の料理は美味しいわ」

「あはは、ありがとう」


バクバクとライナの料理を食べ、満足そうに感想を口にするアスバちゃん。

それを作ったライナは笑顔で応えつつ、ゆったりした様子でお茶を飲んでいる。


時刻はもう閉店後。何時もなら客は居なくなり、私達が食べに来る時間帯。

ただお昼にアスバちゃんが遊びに来た際、夜に店に行くと言ったので一緒に来る事にしたのだ。

それまではのんびりお昼寝をしていた。三人で一つのベッドでも、二人が小さいから問題無い。


「向こうには、美味しい物、無かったの?」

「んー、無かったって訳じゃないんだけどね・・・堅苦しい食事か保存食しかなかったから」

「堅苦しい、って?」

「街の無い道中は保存食。街の近辺でも簡易な料理。かと思えば街ではお貴族様のお供で、料理を満足に食べてる余裕なんて無いもの。まあ、あんたは何も気にしないで食べそうだけど」


貴族のお供。王子と一緒に食事をしていた、って事なのかな。

私は気にしないで食べると言われても、私だって知らない人が一緒だと気になるよ?


「まあそれを抜いたとしても、ここの料理は美味しいけどね」

「うん、ライナの料理が一番好きだよ、私」

「私も今の所ここが一番かしら。本当に、田舎街で料理屋開いてる腕じゃないわよね」


ライナの料理の腕は凄いと思うけど、アスバちゃんでもそう思うんだ。

色々食べて知っているであろう彼女がそう言うなら、やっぱりライナの料理は凄いんだなぁ。

別に私が凄い訳じゃないのに、何だか誇らしくなってしまう。


「・・・で、そろそろ、本題に入っても、俺怒られないよな」

「あー、良いわよ。勝手に喋って」

「おい、アスバ。先ずは食事でしょうって、怒鳴った本人が何つー投げやりな返事しやがる」

「あいっかわらず細かい男ねぇ。そんなんだから何時も薬が要るのよ」

「お前な・・・」


因みに今日はリュナドさんも居る。友達勢ぞろいって何気に珍しいよね。

今日はどうやら店で私が来るのを待っていたらしい。

何か話が有って待っていたらしいのだけど、アスバちゃんがその話を止めてしまった。


『こちとら朝から何も食べてないのよ! 先ずは食事よ食事! 昼寝したから鈍っていたけど、店に充満する匂いで急激に空腹感が増してて、話なんか聞いてらんないわ!』

『・・・いや、別に、お前は聞いてなくても、良いん、だが』

『セレスだって空腹じゃ頭回んないわよ! 食べてからよ食べてから!』

『・・・セレスも、同意見か?』

『あ、そ、その、お腹は、ちょっと、空いてる、かな』


という会話が有り、そこで私のお腹がいつも通り大きな音を鳴らした事で終了した。

最近は毎日食べてるからマシになったけど、やっぱり店に来ると空腹が優先されちゃう。

なのでリュナドさんには申し訳ないけれど、私達のお腹が落ち着くまで待って貰う事になった。

精霊達がアスバちゃんに同意して鳴き声を上げていたのも大きかったのかも。


「えっと、ごめんね、リュナドさん」

「いや、まあ、良いよ。元々食事に来ていた訳だしな。うん、仕方ない。俺も悪い」


少し申し訳なくなって謝ると、彼はそう言って謝ってしまう。

リュナドさんは何も悪くないと思うけどなぁ。アスバちゃんが悪いとも言い難いけど。


「そうそう、あんたが悪い」

「おい、俺『も』って言ってんだろ。お前本当に俺の前では猫を被らないな」

「被る必要性を感じないもの。偉くなったらもうちょっと大人しくなってあげるわよ?」

「これ以上の地位とかごめんだ。めんどくせえ」


ケラケラと笑うアスバちゃんに、リュナドさんはまた大きな溜め息を吐いている。

その様子に少し心配になったけど、ライナが小声で『仲が良いわねぇ』と言ったのが聞こえた。

ライナがそう言うなら多分大丈夫なのかな。私にはちょっと判断が難しい。

多分メイラも同じ気持ちなのか、仮面の奥の目が少し困惑している様に見えた。


「で、話って何よ。城から人が来る目途が立ったとか、そんな話?」

「まさしくそんな話だ。どうやら今まで送る人間を選んでいたらしい手紙が届いた」

「選んで、ねえ。嫌がる人間の中から、阿呆を何とか見繕った、の間違いじゃないの?」

「俺達もその意見に同意だ」

「俺達って、領主とあんた?」

「流石にそこまで少なくねえよ。上の方の文官数人と領主秘書、後は俺とマスターだな」

「あの男本当に酒場の店主? 領地の話に関わり過ぎでしょ。ってか秘書なんて居たのね」


私への話のはずだけど、何故かアスバちゃんと話をどんどん進めていくリュナドさん。

とはいえその方が私としては助かるので、そのままぼーっと二人の会話を聞いている。

だってアスバちゃんの方が会話は上手だもん。聞きたい事全部聞くし。

気が付いたら会話が凄い勢いで流れるから、本当に凄いと思う。私には無理だ。


「来る人間は文官二人と従士三人、って話だ」

「あら、案外ちゃんとした人数ね。てっきり一人だけだと思ったわ」


え、そんなに来るの。私てっきり一人だけだと思ってた。

その人数に家に来られるのは緊張するなぁ。ちゃんと話せるかな、私。

落ち着いて話してくれたら良いけど、全員で話されたら対処出来る自信が無い。

あ、でもリュナドさんが同席してくれる予定だし、きっと何とかしてくれる、よね?


「流石に王都からここまで一人では来ないだろう。ただこんな話に乗っちゃう連中だからなぁ。阿呆か、扱い難い貴族か、どっちかだろう」

「貴族がこんな話に乗るかしら」

「餌が有れば乗るだろう。例えば三男から五男辺りが、上手く行けば上にって話をされれば」

「あー、成程。現実見えてない馬鹿だとすれば、あっさり餌に乗るわね、その辺りは」


餌って何の餌なんだろう。何か飼ってる人が来るのかな。

貴族が飼う様な生き物で、餌が嬉しいって、希少な動物なのかな?


「で、リュナド、私達は同席して良いのかしら?」

「いや、止めてくれ。ライナも心配かもしれないが、同席は無しで頼む」

「解ってるわ。大丈夫よ。私が居ると余計な面倒を起こしかねないもの」


アスバちゃんとライナは居ちゃ駄目なんだ。何でなんだろう。

良く解らないけど、ライナが納得しているならそれが一番なんだろう。多分。


「面倒ねぇ。私は別に気にしないんだけど?」

「お前が良くてもこっちが面倒なんだよ。大体お前は解ってて言ってんだろ」


リュナドさんが嫌そうな顔でそう言うと、にししと笑うアスバちゃん。

何故か山精霊達も一緒になって笑っていて、また盛大な溜め息が彼の口から漏れる。

ただ彼のポケットに良く居るらしい子は、彼の手をポンポンと叩いて慰めている様だ。


「ま、安心しなさい。邪魔はしないわ。手を貸す気だからこそ、ここに居るんだもの」

「・・・良いのか。場合によっちゃ、お前の目的に反する事になるぞ」

「ご心配感謝致します。でも良いのよ。私が決めたんだから」

「そうか・・・まあ、お前がそれで良いなら、これ以上言う事は無いが」


アスバちゃんの目的って、何かやる予定だったのかな。

でも損はしないって言ってるし、多分彼女にとっては想定通りなんだろう。

リュナドさんも納得した様に呟くと、そのまま視線を私に向けて来た。


「という訳だ。それでセレス、問題は無いか?」

「え、うん」


あ、しまった、反射的に頷いてしまった。余りにぼーっとし過ぎだ。

でも別に否定する様な事も無いし、別に頷いても問題無いかな。

人が来る時に彼が同席して、他の人は駄目だよ、ってだけの話だし。


「うん、何も、問題は、ない」

「そうか・・・なら、大丈夫か」


大丈夫、かなぁ。一応問題は無いけど、大丈夫かと言われると不安は有る。

五人も来るのはやっぱり憂鬱だなぁ。せめて二人ぐらいにして欲しかった。

でもそこは我が儘言えないよね。リュナドさんに解ったって言っちゃったんだし。


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段々と街道と呼ぶには雑な舗装になってきている道を、護衛として馬に乗って進んでいく。

ただ進めば進む程山手になって行くせいで、本当に街が発展しているのか不安になってきた。


「何だかどんどん田舎になっている様な・・・本当にこの先に大きな街が有るんでしょうか」

「噂ではそうだと聞いているがな」


隣には二人の文官を乗せた馬車が有り、そのうち一人は外を眺められる位置に居る。

そのせいか思わず文官に訊ねてしまい、ただ答えた本人も疑う表情を見せていた。

それは私達だけではなく、他の護衛も同じ様な気持ちを抱いている様だ。


「やはり噂は噂、という事かな」

「それならそれで良いじゃないか。のんびり行って帰って、晴れて騎士様だ」


同じ立場の従士が御者をしながら気楽そうに応え、もう一人の従士も同意する様に頷いていた。

彼らと私は今回の仕事が無事終われば騎士にする、という約束を上の方々から頂いている。


余りに破格の報酬に、周囲の友人や同僚からは『絶対怪しい』と何度も止められた。

だけど実際はどうだろう。この通り噂は所詮噂という感じだ。

おそらく噂の錬金術師とやらも、噂と違い平凡な担がれた人間に違いない。


「これで、念願の近衛になれるかも・・・」


私の夢は王妃様、もしくは王女様の近衛騎士だ。

女性のみがなれる騎士であり、なれる人数もかなり限られている。


女だてらに剣が好きで騎士を目指したけど、やはり現実は甘くない。

騎士になる事が出来ず、婚期も逃し始め、ズルズルと従士をやっていた。

そんな折に沸いたこの仕事だ。私にとって受けない理由が無かったのだ。


「仕事が終わった後の事も良いが、道中の護衛はしっかりしてくれよ。獣や魔獣が全く出ない訳じゃないんだ。特に今は田舎に向かっているからな。王都よりも獣が多い。それに野盗の類も警戒してくれ。のんびりお散歩というには、それなりの距離を移動するんだからな」

「勿論です。ですが危険な時は」

「解っている。逃げに徹する、だろう。無駄に戦って危険を冒すのも馬鹿らしいと、私達も思っている。そこは承知しているから事前察知に気を使ってくれ、という事だ」


確かに少し気が緩み過ぎていたかもしれない。何事も無さそうでも、道中平和とは限らない。

緩い仕事だからこそ、無事に帰らなければ意味が無いものね。もう少し気を張らなければ。

・・・だけどやはり、報酬の確約に少し浮足立ってしまうのは、致し方ないだろう。

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