第165話、自分の居場所を告げる錬金術師
『『『『『キャー♪』』』』』
「ん、出来たね。ありがとう」
出来上がった船の周りでキャーキャーとはしゃぐ山精霊に礼を言い、船を見上げた。
足場を組んでその上に乗せる様に作ったので、今は私の頭より上に船は有る。
船の作成には山精霊達にも手伝って貰い、だからなのか精霊達のテンションが高い。
既に船の上に沢山乗っていて、海賊の様な格好をして楽しんでいる。
倉庫の時と違って家精霊の加護が無いから、自分達の物でもあると思ってるのかも。
「船を作るって聞いたからどんな物が出来るのかと思ったんだが、小舟なんだな。海に行くのにこんな小舟で大丈夫なのか? 海に行った事は無いが、聞いた話じゃ危ないんだろう?」
リュナドさんは船を見上げながら、心配するようにそう聞いて来た。
今日は別段彼が来る予定は無かったのだけど、前の手紙の事を伝えに来てくれたらしい。
とはいえ内容は「領主は断りを確かに送った」という事だけだったけど。
「んー・・・波のある日は、こんな小舟で海に行くのは自殺行為、かな」
彼の言う通り、作った船はあまり大きくない。
余裕で乗れる人数は3,4人程。小さな池や川、静かな湖を移動する様な可愛い大きさの船だ。
ただこの船は普通の船と違い、転覆する可能性は極めて小さい。
「でもこの船、荷車と同じ加工をしてるから、いざとなれば浮けるし、漕ぐ必要も無いよ」
「ああ、なるほど・・・だからあの魔獣狩りに行ったのか・・・」
移動を魔力で行使できるから、移動に体力を使わない。
とはいえ空を飛ぶより抵抗が有るから、少し普段と加減が変わるけど。
「船の下の方に何か引っ掛ける物が有るが、あれは何なんだ?」
「あれは水中に潜る際に、これをひっかける為のフックだよ」
彼の質問に答える前に船を置く足場に近づき、その下に置いてある丸めた物を持ち上げた。
それは荷車の幌と同じ素材ではあるけど、端に船に引っかけるフックを複数取り付けてある。
「これを取り付けて、船の中にこの空気を溜めた肺を置けば、船のまま潜れるよ」
「船のまま、か。とんでもねえな・・・だがそれじゃ前が見えないんじゃないのか?」
「ん、それも大丈夫。ほら」
丸めていた幌を広げると、そこには帆先の方が見える様に、ガラスを張り付けてある。
水が中に侵食しない様に隙間の無い様に接着してあり、これで前方もちゃんと見える。
「本当は全面ガラス張りも考えたけど、割れた時が少し怖いから止めておいたんだ」
ただしガラスは簡単に割れない様に加工してあるから、余程の力でないと壊れない。
それを差し引いても弾力の強い魔獣の皮の方が、安全性の面では上と判断した。
船から降りて海に潜りたい時は、フックの一部を外して隙間から降りる予定だ。
「・・・着々と、準備を進めてるな」
「ん? うん、中々連絡来ないから、準備だけでもして、無駄にはならないかな、って」
本当は船はそこまで作る気は無かったけど、作れるぐらい時間が有ったんだから仕方ない。
最近もう涼しくなって来たし、服が有ってもずっと潜りっぱなしは疲れそうだし。
色々考えてると、どうしても何かを作ってしまう。役に立つかどうかは解んないけど。
「セレスは・・・あの王子の事、大分気に入ってるな」
「え、いや、全然。多少慣れた相手だけど、気に入ったか、って言われたら、そんな事ないよ」
別に嫌いじゃないけど、王子の事はお母さんの知り合い、って感覚だ。
だから邪険にする気は無いけど、相変わらず少し押しの強い相手というイメージが強い。
それでもそこまで相手が辛くないのは、普通に話してる分には落ち着いているからだろうな。
「そう、なのか。てっきり王子を気にって、あの国に住みたいんだと思ってたんだが」
「え、そんな事、全く考えて、ないよ?」
「――――ない、のか?」
「うん? うん、無い」
何でそんなに不思議そうな顔で確認してくるんだろう。そんなに王子と仲良く見えたかな。
私はただ海に行きたいだけだし、王子本人にも、彼の国自体にも余り興味は無い。
人を気に入ってっていう理由なら、この街以上に居たい所なんて、今の私には無いもん。
「ライナが居て、リュナドさんが居て、メイラが居て、精霊達が居て、私の家が有る。ここが私の居場所で、居たい所。アスバちゃんも帰って来てくれたら、尚の事」
うん、言葉に出して改めて思う。ここが私の居場所なのだと実感出来る。
ここが私の大切な場所。ここ以上のどこかなんて、少なくとも今の私には考えられない。
「私はきっと、ここを守る為なら、この居場所を守る為なら、お母さんとでも戦う」
もしこの場所をお母さんが見て、また引き籠っていると追い出そうとしても、絶対に抵抗する。
ここは私の居場所だ。前の様にずっと逃げていた、お母さんの保護の下の場じゃない。
未熟で色んな人に助けられながらだけど、それでも私が手に入れた私の居場所だ。
私の居場所を壊すような存在が現れたら、私は全力を持ってその存在に対処する。
・・・実際にお母さんと戦う事になったら、多分涙目になるけど。だって怖いもん。
「私は、ここが、良い」
「・・・そう、か。そうなのか」
「うん、そうだよ」
そんな事早々起こらないと思うけど。お母さんも態々様子見に来たりしないだろうし。
しかしそっか、私王子の国に住みたいように見えてたんだ。全然そんな気無かったのになぁ。
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辺境領主からの書状を臣下に読ませ、その内容に臣下共が怒りに満ちて行くのが解った。
表情は余り変えていないが、一人残らず怒りの様子というのは少々面白くもある。
内容は単純明快に、国王の誘いをただ『断る』と錬金術師が言った旨の内容だ。
「たとえ命令書の形ではなくとも、国王陛下からの誘いを断るだと?」
「成程、どうやらあの領主は調子に乗っていると見える」
「例え錬金術師が断ったとて、それでもなお連れて来るのが奴の立場だろうに」
「そもそも平民ごときが陛下の誘いを断る事が不敬。即刻処罰するべきでは」
少々臣下共の反応が面白かったので黙っていると、口々に辺境領主と錬金術師に毒を吐く。
流石に処刑はあの王子を怒らせかねないので周りに止められていたが、気持ちは同じ様だ
私としてもまさか平民が断るなどという事は予想しておらず、多少の怒りは有った。
ただ周りが私以上に怒っているせいで、逆に怒りが冷めてしまっている。
「・・・この件、本人にまで届いていない可能性が有るのではないか?」
そのせいか、ふと考えが口から洩れ、臣下達もはっとした様な顔を見せた。
普段ならこ奴らの方が思いつく事のはずだが、怒りで頭が回っていない様だ。
「確かに、平民が王族の誘いを断るなど、普通は有りえません」
「成程、あの田舎領主が止めたとなれば、返事を奴が行ったというのも合点がいきますな」
「となれば、本格的に陛下に、国に牙をむく覚悟が有ると見た方が宜しいかもしれません」
「田舎領主が、今までの恩を仇で返すつもりか・・・!」
国からの離脱。有りえない話ではないだろう。あの辺境には私の手の者が居らん。
故に領主は自分のやりたいように動けるし、領地の兵士共は領主の言い分が正義となりえる。
とはいえ田舎の兵士共の実力なぞたかが知れているが。
「陛下、これはもう、兵を差し向けてでも、国の意向を見せるべきでは」
「そうです。田舎領主は今まで余りに関りが無さすぎた故に、国を敵に回す事の危険性を理解出来ていない。ならばそのような愚か者は即刻叩き潰すべきでは」
先程の怒りを引きずった意見を臣下が口にするが、少し思う所が有る。
臣下共の言う通りだとして、領主をやっている様な人間が勝ち目のない勝負を挑むだろうか。
もし今回の件で国と戦う気が有るとすれば、それは確かな勝機が有るからこそ。
「・・・奴は、王子と密約を交わしている、という可能性は有るまいか」
「王子と、ですか?」
「錬金術師が街に居る限り手を貸す、とでもいう話が有るのであれば、この強気も理解出来る」
このまま臣下共の怒りのまま兵をあげれば、その被害が錬金術師に行く可能性は大いに有る。
女が欲しい王子としては、正式に話を通していたにも拘らず錬金術師に無理やり手を出したと、横槍を入れる理由を作る事になりかねん。
そうなれば一領地を取り上げる話ではなく、国と国との戦争だ。それは面倒この上ない。
放蕩息子の我が儘を許している国王だ。戦争の損得を考えるかどうかも怪しい。
「なれば陛下、先ずは錬金術師との接触を、直接させる事に致しましょう」
「直接?」
「ええ、今回の事は書状を送る形故に起きた事。ですが使者を直接錬金術師の下へ送れば、幾ら領主とて錬金術師に連絡を取らない、という事は出来ますまい。もし使者を処分などすれば、それこそ叩き潰される良い都合を作る事になりますからな」
確かに今回の事は仕掛ければ面倒になるが、向こうが先に仕掛けたのならば別の話だ。
その旨を王子に連絡し、手出し無用とした上で領地に兵を送れるか。
錬金術師は保護するとすれば、流石に横やりを入れる理由は出来はすまい。
「ならばそれで手を打て。ただし殺害の危険が有る故、使える者を送るなよ」
「心得ております。騎士や近衛になりたい従士はそれなりに居ります故、そこから見繕います」
成程、昇格を餌にやらせるか。もしそれに乗る奴が居れば阿呆であろうな。ならば良い。
さて辺境領主よ。国に喧嘩を売ったのだ、まさかこれで仕舞ではあるまい。次は何をする気だ。
何をしようと叩き潰してやろう。私は侮辱されて黙っている程に温厚ではないぞ。
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