第164話、着々と準備を進める錬金術師
「着心地はどう、かな」
私の質問にすぐに答えず、体を動かして確認するメイラを静かに待つ。
今日は先日作った服の改良版をメイラ用に作り、着心地を確かめて貰っている。
リュナドさんの分ももう作ってあるのだけど、彼はあれからまだやって来ないので棚の中だ。
「動きやすい、です。でもこれ、本当に、この前セレスさんが来ていた服、なんですか?」
「うん、ちょっと、反省をしたから」
メイラが今着ている服の素材は、先日私が来ていた物と同じ物だ。
ただその見た目は大きく変わっていて、見た目は普通のワンピースと変わらない。
下は相変わらずあのパンツなのだけど、それもスカートで隠れているから問題ないだろう。
「これなら、恥ずかしくない、よね?」
「確かに、これなら平気、ですけど・・・これで水に入るのは、重そうな、気が」
「大丈夫。水をはじくから。フリルやレースになってる部分も、殆ど水を吸い込まない素材で作ってるから、これで水に入っても重さは殆ど無いよ。ちょっと抵抗は増えたけど」
水に入る前提の服なのに水に入ったら動きにくいとか、本末転倒なので気を付けて作った。
そして私ではなくメイラ用というのも有り、ちゃんと可愛く見える服というのも必要だ。
「うん、可愛い」
その両立がしっかりと出来た事に満足しながら、メイラを見て頷きつつそう口にした。
隣で家精霊もコクコクと頷いてくれているし、山精霊もキャーキャーと足元を走り回っている。
・・・山精霊はただはしゃいでるだけかもしれないけど。
「あ、あう、その、えと・・・ありがとう、ございます・・・」
照れるメイラを家精霊が嬉しそうに抱きついて愛でていて、余計に赤くなっている。
仲が良いのは良い事だけど、私だけ何言ってるのか解らないのがちょこっとだけ寂しい。
「さて、じゃあ次かな・・・」
私の分の服はまた後日作るとして、次は潜る為の道具を作ろう。
と言っても既に素材の用意も下準備も出来ている。
ただメイラに見せながら作ろうと思い、組み立て前の状態で止めてある。
流石に最初の素材加工から始めるのはまた今度にするつもりだけど。
「メイラ、これ、何だと思う?」
「・・・石、何かの鉱物、ですか?」
棚から取り出した石ころの様な物をメイラに手渡すと、素直な答えが返って来た。
どう見ても石ころにしか見えないそれは、実は石ではない。
「これね、とある魚類の魔獣の肺なんだ」
「え、これ、え、どう見ても、石ころですよ?」
「前に教えた蛙の魔獣と同じ。体内に自分にとって必要な事を容易く出来る器官を作るタイプの魔獣で、元々は肺呼吸の魚の肺が、この石みたいな肺になった。通常の何倍も空気を溜め込んでおけるから、呼吸をする回数を極端に減らせるみたい」
魚はエラ呼吸なのが一般的な常識だけど、肺呼吸の魚も存在する。
これはその手の魚が魔獣になり、肺を強化して水中に長く居られる様にしたらしい。
実際解体すると本来肺が有るはずの位置にこれが有り、肺の機能を有していた事が解る。
おそらくだけど、呼吸の際に攻撃される危険から、こういう形に変化したんだと思う。
「これはそういう経緯が有ったからか、空気中に置いておくとドンドン中に空気を溜め込んでいく。これを使えば水中に潜る間、呼吸をする為の空気を確保出来る。勿論許容量の限界が有るから、無限に溜め込めるわけじゃないけど、これ一つ限界まで溜めれば数日潜れるはず」
「はぁ、凄い・・・呼吸は、それを水の中で咥えてたら、良いんですか?」
「それでも呼吸が出来ない事は無いんだけど、それなりに大き目だから咥え続けるのも大変だし、水につけているとドンドン空気が抜けて行っちゃうんだ。だからそのまま使うのはあまりお勧めしないかな。それでも半日は潜れると思うけど」
メイラの質問に答えつつ、その答えと言う様に事前に作っておいた蓋つきの器を見せる。
これは数種の鉱物を混ぜ、薄いけど頑丈な混合物で作った器だ。
蓋を開けて中に肺を入れ、蓋をしっかりと閉める。
「こうやって器に入れておくことで、水中でも空気が漏れないよ。勿論ちゃんと空気が漏れない様に、きっちりと蓋が閉まる様に作らないといけないけど」
「成程・・・あれ、でもこれ、穴があいてます、けど」
メイラが器に空いてある穴に気が付いた所で、用意してあったゴム製の管を手に取る。
「そこはわざと開けてあるんだ。この穴にこの管を通して、先を咥えて空気を吸う。水をわざと入れようと思わない限り中には入らないし、入ってもこの石が空気を出し始めるから水は出て行く。本当は一切隙間が無いぐらい密閉した方が良いんだけど、再利用出来る形にしたんだ」
これなら空気を使い切っても、また肺を外に取り出しておいておけば補充される。
器も蓋もチューブも分けているので、劣化したら個別で取り換えればいい。
そもそも凝った作りじゃないというのは、代替えが容易という事なのだから。
とはいえこの肺も何度も何時までも使える訳じゃないから、使用回数の限界は有るのだけど。
何せリュナドさんの槍と違い、魔力を通して素材が活性化する使い方をしている訳じゃない。
死亡した後も生き続ける器官を素材に利用している、という形だからだ。
とはいえそれも使い方を変えれば、槍と同じ様にかなり長期間保たせる事も可能だけど。
これは結局核と同じ様な物だ。そしてその性質は空気。
上手く使えばそれこそ台風や竜巻を起こす事も可能だ。今回はしないけど。
「あとは船かなぁ・・・この素材まだ余裕が有るから、船ごと潜る事も可能なんだよね」
「船も作るんですか!?」
「あ、船って言っても、小さなのだよ。小舟。2,3人用の物」
「はぁ・・・それでも、凄いです。本当に、何でも作れちゃうん、ですね」
とはいえ船はまだどうしようかな、と悩んでる段階だったりする。
海辺の街となれば船は普通に有るだろうし、潜るなら服作ったからそのまま潜れば良い。
船に武装積むなら有りだけど、そこまで仰々しい船作るのもなぁ。
「でも、ここで船作って、どうやって運ぶんですか?」
「ん、荷車に積んで行けば良いかなって。幌外して」
「あ、そっか、あれに乗せれば行けますね」
・・・よく考えたらあの荷車は移動用に作った訳で、船も要領同じに作れば良いのでは。
そうだ、船飛ばせば良いんだ。荷車を作った時に狩った魔獣は、殲滅はしていない。
探しに行けば見つかると思うし、荷車と同じ加工をすれば潜る為の道具も要らないし。
「よく考えたら、幌も水を中に入れない物だし、まだ素材は残ってるよね・・・」
よし、思いついたしやっぱり作ろう。リュナドさんに出かける報告しに行かなきゃ。
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「はっ、解り易い企みだ」
錬金術師に関して『検討するので時間が欲しい』といった返答の手紙が帰って来た。
余りにも解り易く予想通りの反応に苦笑を漏らしつつ、手紙をテーブルに投げ捨てる。
「阿呆どもめ」
過去に彼女の様な傑物が存在した事が無い、というのであればその反応もおかしくは無い。
だが国を単独で亡ぼした魔法使いや、一人で軍隊を撤退させた剣士が居た記録が世には有る。
それをおとぎ話と済ませるのは簡単だが、良く調べればそれが事実だった事ぐらい解るはずだ。
「急成長を遂げた街。結界石。魔獣討伐の経歴。呪いの塊とやらの戦闘。それらを何故無視出来るのか。余りに平和ボケが過ぎる。王とて仕える民が居なければ何の価値もないというのに」
やはり典型的な『王様とその側近』しか、あの国には居ないらしい。
自分の常識と見たい物だけを信じ、常識外れの存在を認める事が出来ない。
有りえない存在ではなく、有りえる存在にもかかわらずだ。全くもって愚物だ。
「さて、彼女はどう出ると思う?」
「私にはさっぱり解りません。何せ一度も顔を合わせていないので」
「くくっ、そうだったな」
少しつまらなそうに返事をする侍従の態度に思わず笑ってしまった。
だが実際の所、顔を合わせていた自分にも彼女がどう動くのかは解らない。
むしろ彼女よりも、私は精霊使いの行動の方に興味が有る。
一体彼は、今回どういう判断を下し、どう動くのだろうか。
精霊使いの性格上、今回の事はやはり少々受け入れがたい事のはず。
その彼がどう動くかで、彼女の動きも変わる気がする。
何せ彼は、彼女が唯一と言って良い、身近に置く事を認めている戦力の様だしな。
「・・・しかし、惜しい事をした。いや、有る意味では良かった、か」
つい先程までこの場に私と侍従以外の人間が居たが、その人物は今急いで移動を始めている。
魔法使いアスバ。彼女がどう反応するかを知りたかったのだが、まさかにべもなく帰るとは。
それも私の誘いを蹴って。彼女にとっては有益な誘いだったというのに。
『殿下のお誘いは大変ありがたく、身に余る光栄でございます。ですが私は、友に大きな借りがあるのです。この借りを無視して安穏とここで待つ事は、私には出来ません』
彼女はそう告げて、この場を去って行った。確かな殺気を私に向けて放ちながら。
錬金術師殿は良い友人を持っている。これであの国の勝ち目は無くなったと言っても良いな。
魔法使いの実力は道中で見せて貰った。あれは常人では決して止める事は叶わない。
さて、どう動く、愚物よ。貴様が苦しむだけなら良いが、民を苦しませるなよ?
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