第163話、少し問題を自覚する錬金術師
真剣な顔で渡された手紙を手に取り、大仰な印がされているのを確認する。
何だろう、この印。凄く仰々しいけど・・・あ、もしかして前の手紙と同じ様な物かな。
貴族の人って自分の家を示す印を使うらしいから、多分そうだよね。
そうか、それで判断は任せるって言われたんだ。確か前の手紙もそうだったもんね。
あれ、でも前は出来れば引き留めたい、みたいな事をアスバちゃんが言っていた様な。
中を見る前に悩んでいても仕方ないか。取り敢えず中を見てみよう。
そう思い開いて中を確認すると、また何やら同じ様な印が二つ・・・いや、片方は違う?
何だろう。片方は手紙に押してあるのと同じだけど、もう片方にも何か意味が有るのかな。
まあいいか。解らない事に悩むよりも内容が先か。
「・・・んん?」
中身を読んで思わず疑問の声を上げながら首を傾げた。
だって全体的に意図が解らなくなる言い回しが凄く多いんだもん。何これ読み難い。
それも文章から物凄く威圧感有るし、書いた人はとても苦手そうな人な感じがする。
何だろうこれ。何か城に来いって感じの事を物凄く回りくどく書いてる?
取り敢えず三回読んで解った事は『お前を雇ってやるから城に来い』って事だと思う。
たったそれだけの事を何でこんな長々と。これ書いた人って無駄話が物凄く好きそう。
井戸端会議の押しの強いおばちゃん達を思い出し、その人に会う事を想像して怖くなった。
別に雇って欲しくないし、城になんて行きたくないし、この人怖そうだし、やだなぁ。
と言うかそもそもこれ誰が書いたの。差し出し主が誰なのかが書いてないんだけど。
あ、でも、私の判断で良いんだよね、これ。好きにして良いんだよ、ね?
一応恐る恐るリュナドさんに上目遣いで確認すると、頷いてくれたので断る事にした。
自分で断りを入れなくて良い事にホッとしていると、何故か彼が暗い表情な事に気が付く。
「信じてる、からな」
最初はそう端的に言われて良く解らなかったけど、どうやら前の約束の事らしい。
つまりこれって、行かない様に、って引き止められてるって事なのかな。
だってそうだよね。私が街に居るのが大前提な話だもん。ちょっと、嬉しいかも。
「大丈夫だよ。忘れてない。リュナドさんの事だから、私はちゃんと覚えてるよ」
彼が真剣な様子で言って来た事を、私が忘れるはずがない。大事な友達の大事な言葉だ。
そう思ってにっこりと応えると、彼は小さく「そうか」と呟いて立ち上がった。
「領主に報告に行って来る」
「あ、うん、解った。手紙は、要らないの?」
「ああ、中身がどんな内容でも、セレスの判断を伝えるだけだからな」
「そっか、解った」
帰っていくリュナドさんを見送る為に外に出ようとした所で、庭が騒がしくなった。
わらわらと庭に山精霊達が戻って来て、それに少し遅れて小道からメイラが顔を出す。
そしていつもの様にパタパタと・・・あれ、走って来ない。何でだろう。
足を止めて少し首を傾げ、恐る恐る近づいて来ている。あ、そっか。リュナドさん。
「こ、こんにちは、リュナド、さん」
「ああ、こんにちは。頑張ってるみたいだな」
「ま、まだまだです。私、まだ覚えること沢山で、間違える事も多いので・・・」
「それが普通だよ。最初から出来る人間なんて、一握りの才能有る奴だけだ。頑張ってるよ」
「え、えへへ、あ、ありがとう、ございます」
あれ、なんかちょっとだけ、悪くない雰囲気の様な。メイラが男の人に笑顔だ。
仮面を付けているからとはいえ、少し予想外の反応に驚いた。もう、大丈夫、なんだろうか。
と思ったけど、良く見ると目が泳いでいるし体が硬い。やっぱりまだ駄目な様だ。
それでも頑張ってリュナドさんと喋るのは、彼に慣れたいと本人が言っていたからだろう。
「あ、あの、それで、セレス、さん、その、格好は・・・」
「ん、これ、朝に言ってた服だよ」
「そ、そうなん、ですか」
メイラは私に視線を向けると、何故か格好の事を訊ねて来た。朝に教えたのに。
何でだろうと首を傾げながら彼女を見ると、チラチラとリュナドさんの様子を窺い始める。
「いや、考えている様な事は何も無いからな。そもそも眼中に無いだろうし」
「あ、え、えと、そう、です、か?」
「ああ、そうだ」
「そうなん、ですか・・・」
・・・なんだろう、二人だけで解っている様な会話をしている気がする。私全然解んない。
ちょっと寂しいなと思いつつも、何だかんだ二人が前より仲が良いのは嬉しい。
勿論メイラが頑張ってるからなんだけど、それでも本人が仲良くしたいって思ってるからだし。
「じゃあ、俺は今度こそ帰るよ」
「ん、またね、リュナドさん」
「ああ・・・また、な」
『『『『『キャー♪』』』』』
精霊を伴って帰っていくリュナドさんに手を振って見送り、見えなくなった所で家に入る。
ただ入った所でメイラが私の手を引いたので、彼女の方に顔を向けた。
「どうしたの、メイラ」
「そ、その恰好で、外出るの、恥ずかしくない、ですか?」
ああそうか。それが気になってたんだ。でも外って言っても庭だったしな。
見てるのはリュナドさんと精霊達だけだし。特に恥ずかしいという気持ちは無い。
勿論この格好で外に出かけるのは絶対無理だけど。恥ずかしいというより目立って怖い。
「その、下着みたい、な、格好、ですし・・・」
「ふぇ?」
メイラに言われて自分の格好を改めて見てみる。下は別に良い。腰から足首まで覆っている。
ただ言われてみると上半身は『下着』と見えなくもない事に今気が付いた。
いや、見ようによっては下に穿いている分も、そういう下着に見えなくはない。
上は肩は出ているし、何ならへそ辺りも少し出ている。え、待って、という事は。
「・・・下着姿で、男の人の、前に、出てたように、見えた?」
「あ、あの、そ、その・・・えっと・・・はい・・・」
「――――――っ」
どうしよう、全くそんなつもりは無かったのに、そう思うと物凄く恥ずかしくなってきた。
い、いやでも、彼は大丈夫だよね。だってリュナドさんだもん。そんな目で見てないよね。
だって前にアスバちゃんに揶揄われた時だって、あの人はちゃんと私の目を見てたし。
「リュ、リュナドさんだから、その、大丈夫、だよ。私は、うん」
「そ、そうです、か」
大丈夫とは口にしつつも、下着姿という考えが中々頭から離れない。
だってそんなつもりは無かったもん。これ寝間着と違って透けてないし。
ちょっと体型がはっきり解るけど、でも、その程度なら、彼は気にしないはず。
「し、試着してみて、問題無かったから、着替えて来る、ね」
取り敢えず心を落ち着ける為に、普段の格好に着替えよう。
大丈夫と思っているのに心が落ち着かない。この格好のままだときっと駄目だ。
そう思いメイラに告げ、返事を聞かずに着替えに向かった。
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パタパタと顔を赤くして二階に向かったセレスさんを、呆然とした顔で見送る。
もしかして余計な事を言っちゃったかなと思っていると、家精霊がふいっと近寄って来た。
『大丈夫ですよ。暫くしたら平常に戻られますから』
「そ、そう、かな。だと良いん、だけど・・・」
人前であんな格好をしない人なのは解ってる。だけどその恰好をリュナドさんには見せていた。
それにリュナドさんだけは、セレスさんが素顔で良く笑顔を見せる男性だ。
今までだって、セレスさんは良くリュナドさんにくっついている事が有ったし。
他の男の人相手と違って距離感が近いし、やっぱり特別な感情が有るのではと思っていた。
だからさっき帰って来て、もしかしてタイミングが悪かったかなと、思ったんだけど。
でもそれはリュナドさんに否定され、セレスさんも特に気にしてない感じだった。
それは私に気を遣ってなのかと思って、その確認がさっきの質問になってしまった訳だ。
「もしかして、セレスさん、リュナドさんの事、本当にただの仲の良い友達と、思ってる?」
『間違いなく。恋、愛、といった感情は無いでしょう。勿論友愛はありますよ?』
「リュナドさん、大変、だね」
『ええ、主様はご友人には無防備ですので。彼はとても紳士に振る舞う様に気を付けておられますし、色々と気苦労が有るかと。今日も出来るだけ主様の目以外を見ない様にしていましたし』
男の人の本性がどういう物かは知っている。勿論皆そういう人じゃないとは思う。
だって彼は私を助けてくれた一人で、酷い事をする人とは思ってない。
だけどそれでも、男の人だから。きっと色々あると、思う。
ああ、止めよう。その事を思い出すのは良くない。無意味に体が震えて泣きそうになる。
「やっぱり、良い人、だよね、リュナド、さん」
『ええ本当に。せめてもう少し主様と意思疎通が出来ていれば、気苦労も減ると思うのですが』
「え、出来て、無い、の?」
『以前よりはマシになりましたが、肝心の部分がさっぱりです。今日も酷い物でした。主様はただ素直に答えてらっしゃるだけなんですが。困ったものです』
そうなんだ。私の眼からはお互いを良く解っている、みたいな感じに見えるんだけど。
セレスさんは彼を信頼しているし、彼もセレスさんを信用している、っていう風に。
何だか大人な会話の時も、二人は解ってる、みたいな空気が有るし。
『メイラー、そんな事よりおやつ食べよー』
『お仕事終わりー、休憩ー』
『リュナドは気にし過ぎでお腹痛い痛いだから、気にしても仕方ないよー?』
「う、うーん、そうなの、かな」
そういえば何時も胃腸薬持って帰ってるんだっけ。てっきり元々胃腸が弱いのかと。
もしかしてあれはセレスさんへの気苦労でなってるって事なのかな。それは流石に無いか。
『主様が戻って来た時にゆっくり出来るように、お茶を入れ直しましょうか』
「あ、手伝うね」
『ふふっ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えますね』
『僕達はお菓子先に出して――――』
『そうすると先に食べるので許可しません。大人しくそこで待ってなさい』
『家のケチー!』
『『ケチー!』』
『何とでも言いなさい』
精霊達のやり取りに笑いながら台所に向かい、お茶の用意をしてセレスさんを待つ事にする。
それにしても今日は何か大事な用事だったのかな。帰り際のリュナドさんの表情が硬かった。
私が気にしても仕方ないんだろうけど、何もないと良いなぁ。
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