第162話、新しい服を見せる錬金術師
「いらっしゃい、リュナドさん」
「ああ、せれ―――――」
家に訪ねて来たリュナドさんをいつも通り出迎えると、彼は私を見て固まってしまった。
困っている様な、驚いている様な、そんな感じの表情だ。
どうかしたのだろうかと首を傾げていると、彼は視線を少し彷徨わせた後に口を開いた。
「セ、セレス、その恰好、何、だ?」
「ふえ? これ?」
私の胸元を指で差して訊ねるリュナドさんを見て、その後に自分の格好を見る。
そこでやっと彼の様子がおかしい理由が解った。成程私の服装がいつもと違うせいなのか。
今の私は普段の仕込み服ではなく、新しく作った身軽な服で身を包んでいる。
「えっと、海に行く準備に、寒くても潜れる服、作って、試着してたんだ」
あれからまたそれなりに日数が経ったが、王子からの連絡はまだ来ない。
この調子だと暖かい内に海に向かうのは無理そうだ。
という訳で前に考えていた通り、寒い海でも潜れる服を作る事にした。
手持ちの材料で作れたのは僥倖だけど、若干強度に不安が有るのが懸念材料かな。
強度まで考えると、ちょっと材料採取が大変なので今回は諦めた。
採りに行くのが大変というよりも、見つけるのが大変な部類の素材なので。
「そ、そうか・・・寒くても、潜れる、ねえ・・・見た感じ、薄そうなんだが」
「この服の材料に、水を含むと熱を持つ材料を混ぜ込んであるの。ゴム類と合成しているから伸縮性も有って動きやすく、体にぴったりで暖かいよ。材料の内訳は――――」
「待った待った。中身を話されても俺には解らないって。要は寒い所で着る服って事だな?」
「ん、まあ、そう、だね」
とはいえこれは今言った通り、水気で発熱する様になっている。
なので水気も無く汗すらもかかない状況になると余り意味を成さない。
ただ雨や雪なんかで体を冷やす危険が軽減されるので、やっぱり寒い日用かな?
一応これ自体も中に熱を保ちやすいし、余程体温を奪われない限りは暖かいだろうし。
「・・・その恰好で、外出るのか?」
「え、こんな格好で、人前に出るなんて、無理」
この服は肌を全て隠すように作っているので、今出ている部分は顔だけだ。
とはいえこの格好を友人以外に見せるのは少し恥ずかしい。
何せぴっちりとしているので体型がはっきり解る上に、外でこんな格好は目立つ。
訪ねて来た人がリュナドさんでなければ、確実に着替えを待って貰った。
もしくはこの上に何か羽織らないと、人前に出るなんて絶対に出来ない。
「・・・俺の前では、良いのか?」
「え、だって、リュナドさん、だし」
「・・・あー・・・んー? そう、か」
リュナドさんは何か困った様な顔をしていたけど、納得した言葉を口にしたので大丈夫だろう。
そうだ、リュナドさんも付いて来てくれる予定なんだし、彼の分も作ろうかな。
彼の体型は前に体を触った時に把握しているし、材料もまだ有るからすぐに作れる。
「リュナドさんの分も、作っておくから」
「え、俺も潜るのか?」
「ううん、さっき言ったように、寒い日には、中に着れば、温かいかなって」
「ああ、そうか、中にか」
「うん。あ、そうだ、袖、通してみる?」
肩幅の問題で着る事は出来ないだろうけど、袖ぐらいはきついけど通せるはず。
この服は上下に分かれているので、上を脱いで彼に手渡そうとした。
「――――――っ」
「んえ? どうしたの、リュナドさん」
ただ脱いだところで彼が固まっていて、目を見開いて私を見ていた。
不思議に思いつつも服を前に出すと、彼は深くため息を吐いてから受け取る。
「・・・中、着てたんだな」
「ん? うん」
この服と同じ素材の物で、もう少し薄手の物を中にもう一つ着ている。
流石に何も着てないのに脱ぐのは友達相手でも恥ずかしい。
相手がリュナドさんとはいえ、彼は男の人なのだし。
・・・ただこれは肩が出てるのが、ちょこっとだけ恥ずかしい、かな?
「はい、リュナドさん」
「・・・ああ」
今度こそ彼は服を受け取り、袖に腕を通す。
ただ体格に合ってなくて通しにくいのか、眉間に皺が寄っていた。
伸縮するから多少は何とかなるけど、やっぱり彼の体格に合わせた物をちゃんと作ろう。
「確かに、温かい、な」
「うん。雪の中の凍死とか、確実に防げる、よ?」
「そんな状況はごめんだが・・・まあ、セレスについて行く事を考えると、作って貰っておいた方が良いんだろうな。頼んどくよ」
「うん、任せて」
良し、なら早速明日彼の分の服を作るとしよう。
衣服の材料自体は失敗や試作を考え大量に作ったから、後は切り取って合わせるだけだ。
という所で家精霊がお茶を持って来てくれたので、私も彼も礼を言って席に着いた。
あれ、そういえばリュナドさん、何の用で来たんだろう。聞きそびれてる気がする。
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緊張した気持ちで訪ねていたのに、彼女の格好で色々と気合がかき消えてしまった。
幾ら肌が出ていないとはいえ、あの体型のはっきりと解る格好は少々目の毒だ。
まあ彼女は相手が俺だからと、眼中にないので気にするだけ無駄なんだが。
いきなり脱ぎだしたのには本気で驚いたが、流石に中に着てるよな、うん。
何かもう、良いように遊ばれている気がしながら、彼女に渡された服に腕を通した。
確かに暖かい・・・というかこれ、単純にセレスの体温では。
何か貰った石鹸とはまた違う良い匂いするし、凄く反応に困る。
取り敢えず動揺を悟られない様に当たり障りなく話しを進め、何とか気分を落ち着けた。
家精霊がお茶を持って来て気分を変えてくれなければ、少し難しかった気がするが。
とはいえこれでやっと本来の要件を話せそうだ。いや、むしろ落ち着いて話せる気がする。
もしかして、わざと俺を焦らせたのだろうかと思い、少し溜め息が漏れた。
「これを」
とはいえ気を緩ましても居られないと思いながら、手紙を一つテーブルの上に差し出す。
手紙には大きな印が有り、その印により王家からの手紙だとすぐ解る様になっている。
セレスはその印を見ても特に動じた様子は見せず、ただ小さく首を傾げていた。
「どう判断するかは、セレスに任せると、領主からは言われている」
流石に王家の印の入った手紙を勝手に開ける訳にもいかず、何と書かれているのかは知らない。
だがこの手紙を見た領主は、何となく中身の内容を察している部分が有った。
因みに俺は、碌でもない予感がしているのでわざと内容を考えない様にしている。
むしろ考えた所で、目の前の女が俺の予想を超えて行くので無駄だろう。
彼女がどう動くのかを決めてから、話を聞いてから考える方が効率が良い。
どうせ彼女の意向に付き合うしか俺には選択肢が無いんだ。
そう思いつつ、彼女が中身を確認する様子を静かに待つ。
「・・・んん?」
手紙読んだセレスは怪訝そうな声を上げ、首を傾げて手紙を見つめる。
彼女がこんな反応をする様な内容となると、余り想像したくない事が書いていそうだ。
反応が少し怖い。訳の分からない内容に彼女が怒り始めるのだけは勘弁だ。
セレスはそのまま少し考え込む様子を見せた後、顔を少し上げて鋭い目を向けた。
最近余り見ていなかった、睨み上げる目だ。やはり内容は気に食わない物だったらしい。
「・・・リュナドさん、領主は、私の好きにして良い、って、言ったんだよね?」
「ああ、確かに言っていた」
セレスが居ないと街は成立しない。俺達の装備しかり。精霊達しかり。結界石しかり。
薬師も街に新しく住み着いていない訳じゃないが、やはりセレスの薬は人気だ。
今後セレスがメイラを育て上げ、後継者として置くというのであれば話は別だろう。
だが現状はセレスの代わりはどこにも居ないんだ。
この街の発展はセレスが要因であり、その維持もまだまだ彼女が居ないと厳しい。
精霊と良い関係を築けている今なら、彼女が居なくなってもある程度は大丈夫だろう。
だが結界石という安全性を保障する道具が無くなる事は、この街にとって大きな痛手になる。
おそらく領主は、セレスの反応次第でこの国からの離脱を考えている。
王から賜った土地を何と心得る、なんて言われて領地奪還に兵を送られる事を覚悟の上で。
自分の利権の為ではなく、街を好きに弄らせない為に、街の住民の為に。
だけどそれでも、セレスが乗ってくれなければ、全てはご破算だ。
この計画は全て、彼女が国王に対し悪感情を抱いている前提なのだから。
「・・・断りは、領主に頼めば、良いの?」
「――――――っ、解った。そう、伝えておく」
鋭い目から発せられた重い言葉に、思わず息を呑んでしまい反応が遅れた。
つまりこれは、領主に乗ると、やはり国王は敵対する相手だと判断したんだ。
国を敵に回す。かなり大仰で、昔の俺なら信じられない話だ。
そんな事になれば確実に争いになるし、負傷者どころが死者も出る。
だがそれは『普通に戦争をすれば』だ。
こちらに彼女が居る。この街をここまで大きくした要因の錬金術師様が居る。
彼女の手が有れば、戦力差を返せると、そう判断出来るだけの戦歴が有るからだ。
特に平和ボケした今の兵士共なら、セレスの魔法を見たら戦意を無くさずにはいられない。
「信じてる、からな」
「え?」
俺の言葉を聞いた彼女は、今までの表情が完全に消え、キョトンとした顔を見せた。
「お前が、俺をこの街の兵士で在る事を忘れないって・・・信じてるからな。お前が街に居て、俺が街の兵である限り、お前について行く話を、お前が忘れてないって」
・・・嘘だ。「信じている」じゃない。「信じたい」だろう。
付いて行くと決めた決意は嘘じゃない。だけどそれでも、やはり不安は有る。
だから思わずこんな馬鹿な事を口にしてしまった。これは悪手だと解っているのに。
俺が彼女の真意を測るような真似をして、彼女の機嫌を損ねる訳はいかない場面だというのに。
「大丈夫だよ。忘れてない。リュナドさんの事だから、私はちゃんと覚えてるよ」
だが彼女は俺のそんな不安を理解しているかのように、にっこりと笑顔を見せた。
先程の不快そうな顔を消し、安心しろとでも言い聞かせる様に。
「・・・そうか、それなら、良いんだ」
「ん、大丈夫」
大丈夫。再度そう告げる彼女に、自分の考えも全て理解していると言われている様に感じる。
きっとこの後に起こる事も含めて、彼女にとっては「大丈夫」な事なんだろう。
この彼女笑顔を信じるなら、きっと悪い様にはならないと、そう信じたい。
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