第161話、のんびりと引き籠り生活を満喫する錬金術師

王子が帰ってから暫く経ったけど、まだ彼から連絡は来ない。

とはいえすぐには無理だと言われていたので、多分何か理由が有るんだろうとは思っている。

そもそも街の移動も勝手にしたら怒られたんだ。国の移動はもっと大変な事なんだろう。多分。


それに王子は私と違って馬車での移動だから、帰る事自体にも時間がかかってるはず。

という事を考えれば、連絡が来るのもそれなりに時間がかかる。のんびり待つが吉だろう。

もしかするとまだ住処に帰り着いてない可能性だって有るかもしれないし。


なので私の生活自体には相変わらず特に変化はない。

朝起きて食事をとって、メイラの採取を見送って、自分の作業をして、お昼寝をする。

偶に狩りに行ったり買い物に行ったりはするけど、殆ど家に引き籠りの毎日だ。

今日ものんびりと作業をしながら、メイラの帰りを待っている。


「アスバちゃんが居ないから、狩りの依頼が少し増えたけど・・・のんびりしてるよね」


一般的に非戦闘員にとって危険な魔獣の依頼は、彼女が殆ど引き受けていた。

その彼女が今街に居ない、どころか国に居ないので、彼女と同じ依頼を受ける人間が居ない。

勿論他の人だって受けてはいるのだけど、彼女程あっさりと受ける人が居ない様だ。


引き受けて、特に準備もせずに即日出かけて、あっさりと狩って帰ってくる。

そしてその足でついでにもう一体、なんて事を一人で出来るのは彼女と私ぐらいだと言われた。

でもそこにはちょっと異論が有る。私はアスバちゃんみたいな事は出来ない。


彼女はその気になれば、装備はただの可愛らしいワンピースだけでも十分だ。

だって彼女の戦闘方法は、大量の魔力と年齢にそぐわない技術を使った魔法戦闘だ。

私にあんな事は出来ない。何が有るか解らない以上、ある程度の準備は必要だ。

ただその準備を常にして、すぐに出て行ける様にしているだけだもん。


「だからこの服、結構重いんだけど」


服の至る所に色んな物を仕込んでいるから、普段着の総重量はそこそこ有る。

魔法石だけでも結構な量だし、薬やナイフ、爆弾に暗器と、着てるだけで鍛錬になる重量だ。

リュナドさんは私を抱えた事が有るはずだから、その辺り解ってると思ったんだけど。

あの時は魔法石の大半使ったから、少し軽かったかな?


「・・・もしかして、あれが私の体重と思ったの、かな」


私は毎日この服着て、これでも一応なまらない様に訓練はしている。

だから筋肉が多いから普通の女性よりは重いけど、少なくとも太ってはいないはずだ。

そもそも彼は私の寝間着姿も見ているし、大体の重さは解っていると思う。


「うん・・・太っては、いない、はず」


腕をめくってみるとちょっと太いかもだけど、ライナの腕も大体こんなものだ。

彼女も毎日料理で重い物を持ったり振るったりするから、それなりの体格だけど。

でも仕事をする人の体って、大体そんなもの、だよね?


「私は一般的な女性より、ちょっと身長が高いから、余計に体格良く見える、だけだし」


・・・うん、何か考えが少しずつズレている気がする。余り意味が無い考えだ。

ちょっと疲れたのかもしれない。伸びをして作業を中断し、家精霊にお茶を頼む。

嬉しそうに台所に向かう家精霊を見送り、私はクッキーを取り出し席に着いた。

それと同時に家に残っている山精霊達がわらわらと寄って来る。


「君達は食欲に忠実だね・・・」

『『『『『キャー♪』』』』』


悪びれる様子も無く嬉しそうにクッキーを手に取りだす山精霊達。

それを眺めながらお茶を待ち、戻ってきた家精霊は諦めた様な溜め息を吐いていた。

何だかんだ家精霊と山精霊も仲が良いなと思いながら、持って来てくれたお茶を受け取る。


そうしてのんびりとお茶をしていると、庭の精霊の気配が増え始めた。

メイラが帰って来たんだろうと思い席を立ち、家精霊と一緒に迎えに行く。


「セレスさん、ただいま帰りましたー」

『『『キャー』』』

「お帰り、皆」


パタパタと走ってくるメイラを笑顔で迎え、帰ってきた全員にお帰りと告げる。

精霊達が大量について回っているのは内緒なので、その辺りは少し誤魔化してるけど。

帰ってきたメイラの頭を撫でて、彼女が鞄を開いて報告するのを頷きながら聞く。


採って来た物の確認と、今日あった事と、それをどう使うのかの復習。

どれも中々覚えられなくて大変だろうに、この子は楽し気にやるからこっちもちょっと楽しい。

それが終われば今度は薬の制作作業の練習をして、頃合いを見計らって終わらせた。


実は一度やりたいだけやらせてみたら、メイラは休憩もせずにやり続けた事が有る。

どうやら彼女は集中力はかなり有る様で、何時までも同じ作業をやり続けられるらしい。

それはそれで一つの才能なんだろうけど、問題は体が付いて行かないという事だ。


作業を終えた瞬間に疲労を自覚し、体力の限界以上に動いた事に気が付いたらしい。

それ以降はある程度の所で私か家精霊が止める様にしている。

もう少し成長して体力が付けば良いけど、今の彼女にはまだまだ無理はさせられない。


「メイラは、抱き心地が良いねぇ・・・」

「そう、ですか?」

「うん・・・気持ち良い・・・」


何時もの様にメイラを抱え、ベッドに転がってお昼寝をする。

メイラは何だか抱いているととても心地良い。子ども特有の体温のせいだろうか。

まだ外も暑いというのにくっついて苦にならない辺り、別の理由も有りそうな気がする。


家の中だと家精霊のおかげで過ごし易いのも理由だろうけど、それだけとは思えない。

余り考えたくはないけど、野盗共が彼女を殺さなかった理由もそこに有ったのかもしれない。

いや、よそう。この考えはしていて気分が悪くなる。折角心地良く転がっているのに。


「私も、その、気持ち良い、です」

「そっか、なら、良かった」

「はい、良かった、です」


私にもぞもぞとくっつきながらのメイラの言葉に、えへへと笑いながら応える。

胸に顔を埋めているので表情は見えないけど、声音は嬉しそうに聞こえた。

その事実が殊更心地良く感じ、家精霊にも守られる感覚を覚えつつ意識を落とす。

のんびりとした時間が続いていて、幸せだなぁ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「流石に、放蕩王子の気まぐれ、と言うには気になるな」


隣国の王子からの書状に目を落としながら、臣下に問いかける様に口にする。

中には辺境に住む錬金術師を名乗る人間の、国家間の自由移動を認めて欲しいという物だ。

勿論無償ではない。要求を聞くならそれなりの返しをするとも書いてはあるが。


「最近噂の錬金術師、ですか。荒唐無稽な噂の多い存在ですな」

「それこそ、その荒唐無稽を真に受けただけでは。彼の王子は物好きだというのは、それなりに知られている話なのですし」


臣下の反応は薄い。言葉通り錬金術師の噂を信じていないというのが大きいのだろう。

勿論その錬金術師が辺境を拓いたという話はここまで届いている。

実際そ奴が居る領地からの税収は上がった様であるし、領主が国に納める金も増えた。

ただその本人の噂自体は、どうにも信じられない噂が多過ぎるのが問題だ。


「そもそも単独で馬鹿げた量の魔獣を狩る人物、という時点で怪しい存在かと。複数人でやった事を、その人間一人がやったという事にしているだけでしょう」

「優秀な人材があの地に生まれたのは確かでしょうが、大きく話しているだけでしょうな」

「実際そのおかげで噂を信じた者達は大量に住み着いています。まあその人物とやらが生み出した、この結界石、という物が信憑性を高めているのでしょうが」

「ですが精霊使い、でしたか。あの話も胡散臭い事この上ない。確かにこの石の効果には目を見張りますが、これも一人で作っている訳ではないでしょう」


確かに臣下達の言う事も良く解る。私とてこの手紙が無ければここまで気にはしなかった。

何せ馬鹿げた話が多過ぎる。いくら何でもその存在を信じるには余りに馬鹿げた話だ。


街よりも巨大な精霊とやらを吹き飛ばした。軍の居る街を蹂躙できる巨大魔獣を容易く討伐。

精霊と契約した精霊使いを街に住みつかせた。更にその精霊によって街を守っている。

山を幾つも吹き飛ばした化け物を、精霊使いと二人で撃破した、等々。


どれもこれも噂が噂を呼び、話が大きくなっただけだと、そう思うが普通だ。

市井に生きる者達ならばその噂を真に受けるのも解らなくはない。

だが為政者側としては、人間を上手く使う為の情報操作、と見るが当然だろう。


「だが、奴からの正式な報告書も上がっている。他の領主からもだ。それは何とする?」


少なくとも『化け物を錬金術師が倒した』という事実は、正式な報告書が存在する。

これは噂と王子の行動から、この件に関わっている領主に人を送って上げさせた。


「差異が無いという事は、確かに真実の様に見えます。ですが口裏を合わせた可能性も」

「ええ、特にあの戦闘馬鹿の領主は辺境領主と多少関りが有る」

「金を配った、という可能性も有りますな。今は平時故に連中は金を欲している」

「なればそこを突き、罪に問うて鉱山とこの石の利権を上手く取り上げられないものか」

「そうだ。陛下への報告書を偽造させたなぞ大罪です」


この件に関わった者全員で口裏合わせか。確かに無いと言えない事も無い。

化け物が出たという話は兎も角、山が吹き飛んだという事は事実だ。

有るはずの物が無いという事は見れば解る事であり、実際に見に行った者からの報告が有る。


となれば余程の何かが有ったであろうに、それを誤魔化すには稚拙ではなかろうか。

余を馬鹿にでもしていると、そう捉える事も出来てしまう程だ。

もしそれだけの何かが有ったのならば、それこそ二人でどうにかする事など不可能だろう。


「良い機会です。金になるのであれば、あの土地を取り上げてしまえばいい」

「立地条件は相変わらず良いとは言えんが、周囲の山を切り崩して街道を通せば何とかなるだろう。それを理由に税を上げればいい。不思議と安全らしいからな、あの地は」

「元々使えない土地だからこそ、税も低く誰も気にしていなかっただけ。使える土地なのであれば、田舎領主が懐に金を仕舞い込むのを許す必要など何処にも無い」


そんな話がしたかった訳ではないのだが、いつの間にかあの領地を取り上げろと騒ぎ出す臣下。

だが確かにそれも一つの手だ。海に面した土地を持つ国の王子が気にする土地。

ならばその地を抑えておけば、交易には有利となるだろう。


とはいえ交易その物をするには遠回りになる故、貿易の為の地としては役に立たんが。

考えれば考える程、何故他国の王子が気にするのかが解らん。何をするにも立地が悪い。

となればやはり、気になる人物が居る、という事が一番の理由か。


「その錬金術師を登城させるか」

「陛下、何を!? まさか戯言を信じなさるので!?」

「件の錬金術師は女。ならばこの手紙の意図は、と思うのはおかしな事か?」

「・・・成程、確かにその方が納得がいきますな。そういう事でしたら。手配をしておきます」


女を力ずく、というのは好きではないのだろうが、それが仇となったな。

悪いが貴殿が惚れた女は上手く使わせて頂く。

立場の無い者に惚れておきながら、攫わなかった貴殿の愚行を恨め。


安全を思うならばすぐに攫って妾にでもしておけば良かったのだ。

これはそちらの手落ちだ。悪く思うなよ。

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