第160話、親友を海に誘う錬金術師。
「ライナ、一緒に海、行かない?」
「え、海?」
「うん、海」
夜にいつも通りライナの店に来て、海への誘いをしてみた。
断られるかなと思いつつ悩む様子のライナを待ち、その間お茶を啜る。
「海って、気軽に誘うけど、国を超えないと海には行けないわよ?」
「うん、でも王子が、海に誘ってくれたから」
「・・・王子が? もうちょっと詳しく教えてくれるかしら」
眉間に皺を寄せて困惑するライナに、説明が足りなかったんだと判断して付け加える。
内容は王子に誘われた事と、私が自由に行き来出来る様にして欲しいと頼んだ事。
「すぐには無理、って言われたけど、その内行ける様に、なると思うから」
「・・・えーと・・・そう、ねぇ・・・うーん」
だけどライナは説明を聞くと、余計に困った様な顔になった。
何か説明の仕方が悪かっただろうか。ちゃんと伝えたつもりなんだけど。
「んー、誘いはありがたいけど、その、何日も店を留守にする訳にはいかないし・・・」
「ん、移動は荷車でするから、遅くても翌日には、多分帰れる、よ?」
「あー、そうねぇ・・・あ、そう言えば、その時はメイラちゃんも連れて行くつもりなの?」
「うん、そのつもり、だけど。海を見た事、ないらしいから、楽しいだろうし」
メイラの頭を撫でながら応えると、少しだけ照れくさそうにするメイラ。
そこに山精霊達もキャーキャーと鳴き始めた。自分達も見た事ないので行きたいらしい。
別に荷車に少し精霊が増えた程度問題無いので、一緒に来たいなら連れて行ってあげよう。
「それなら先ずは下見をした方が良いんじゃないかしら。彼女をいきなり連れて行って、危険が無いとも限らないのだし。リュナドさんはその辺りの見極めは上手いし・・・彼は一緒に行ってくれるんでしょう?」
「危険、そっか、危険か・・・考えてなかった」
海に行くばっかりで、危険とかそういうの全然考えてなかった。
確かに行った事ない所だし、私や精霊が傍に居るとはいえ何が有るかは解らない。
ライナの言う通り、許可が貰えたら一度下見に行った方が良いかも。
危険が目の前に有れば警戒するけど、事前警戒は自分基準で、相変わらずダメダメだなぁ。
ライナが居なかったら普通に連れて行って、二人共危険な目に遭わせたかもしれない。
あ、でもそれだとリュナドさんも危ない様な。でも、良いのかな。付いて来るって言ってたし。
彼は私と違って、色々解った上で付いて来てくれる、と思うけど、一応伝えた方が良いかな?
「ん、今度会ったら、リュナドさんに話してみる」
「それなら私が明日伝言しておいてあげる。明日は店に来る予定だから」
「そうなの?」
「彼の周りに居る子達が、偶にはここの料理を食べさせろって煩いらしいのよ」
「あの子達って自分で自由に来たりしないの? この子達みたいに」
街に住み着いている精霊や、店に住み着いている精霊はかなり自由だ。
家でだって家精霊が目を光らせていてもつまみ食いをしようとするし。
ただ最近はつまみ食いという行為が楽しいのではと、ちょっと疑ってるけど。
「私、精霊達に無条件で料理を作る事は少ないわよ。そんな事してたら材料が足りなくなっちゃうし。この子達底なしだもの。私は店を構える料理人である以上、基本的に対価を払わない者に料理は提供いたしません。リュナドさんと一緒に居る子達はそれを良く解ってるわ」
「対価?」
「そ、対価。店と周囲を守ってくれてるこの子達には、毎日一食は作ってあげる。外からふらっと来る子達には、店の手伝いをしたら作ってあげる。リュナドさんについて居る子達は、彼が折れて店に来たら作ってあげる。無条件に幾らでも、なんてどっちにとっても良くはないわ」
成程。あれ、でもそれって、精霊の見分けがつかないと無理だよね。
この子達こっそり紛れ込んで食べるとか、普通にする子だし。
「・・・ライナ、もしかして、精霊の見分けつくの?」
「ええ、人の顔を覚えるのはそれなりに得意だもの。それに毎日見てれば嫌でも覚えるわ」
凄い。私頭の上の子しか見分けつかないのに。メイラに付けてる三体も解んないもん。
取り敢えず三体ついてあげてってお願いしたら、あの子達が立候補した形だし。
メイラは見分けついてるのかな、もしかして。
「メイラは、解る?」
「え、えっと、全部は、ちょっと・・・でもこの子達は、解ります、よ?」
『『『キャー♪』』』
メイラ付きの三体はメイラの言葉に嬉しそうな鳴き声を上げる。
そっか、見分けついてないの私だけなのかも。リュナドさんも解ってるのかな?
「そういえば・・・王子と言えば、アスバちゃんが王子様の護衛を受けたらしいわね」
「あれ、ライナ、知ってるの?」
「ええ、前日に直接本人から聞いたもの」
ライナには言うのは私も解る。解るけど、それなら私も教えて欲しかったなぁ。
リュナドさんは仕事だから知ってて当然だろうけど、何か、うみゅ・・・。
「私はリュナドさんから聞いただけ、だったから・・・見送りぐらいは、したかったな」
唇を突き出してちょっと拗ねる様に言うと、ライナは目を少し見開く様子を見せた。
だけどすぐに優しい笑顔に戻り、ふふっと嬉しそうに笑う。
「そう、聞いてなかったのね。そうね、見送りは、出来たらしたかったわよね」
「うん、残念」
友達が近くから居なくなるのは寂しい。寂しいけど、帰って来るって解ってるなら見送れる。
もう二度と会えないと思うと寂しくて堪らないけど、今回はそうじゃない。
行先は解っているし、彼女なら絶対無事に帰ってくるし、何の心配もない。
ただちょっと、私が寂しいだけだ。少しの間そう感じるだけ。
「成長したわね、セレス」
「んえ?」
何故かライナが嬉しそうに頭を撫で、良く解らないけど嬉しかったのでされるがままになった。
ライナの手、気持ち良い。最近撫でられてなかった気がするから嬉しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ、また明日、ライナ」
「はい、気を付けてね、二人共」
「は、はい、ライナさん、おやすみなさい」
『『『『『キャー』』』』』
絨毯で飛んで行く二人を精霊と一緒に見送り、見えなくなったら店を閉める。
セレス達が使った食器を洗って片付け、伸びをして自分の為だけのお茶を入れた。
「・・・あのセレスが、見送りたい、か」
彼女は私が去って行く時、見送る事は出来なかった。ただその気持ちは解らなくはない。
だってセレスは何時だって私に縋っていたし、私が居なくなる事は苦痛だったと思う。
そんな彼女が街を去る友達を見送りたいと、そう言える日が来るとは思わなかった。
その事が少し嬉しい。あの子はこの街に来てから、本当に成長出来たと思う。
最近その様子が殊更目覚ましいのは、守るべきメイラちゃんが居るからかしら。
『リュナドと領主には伝えているけど、場合によってはこの街には帰らないわ。セレスの奴と決着を付けられないままなのは残念だけど、自分の一番の目標を違える訳にはいかないもの』
彼女はそう言い、他国へと向かって行った。彼女の目的を果たす為に。王子を見極める為に。
正直な気持ちを言うと、彼女はもう少し成長すれば、何処でだって名を上げられると思う。
今の彼女はその幼さからどうしても侮られるし、良い様に使おうとする人間が多いはず。
だけどそれさえ無くなれば、彼女は実力を見せて行けば、それで上手く行く才能の持ち主だ。
むしろ、今でも上手くやれば名を上げられる力が有る。だけど彼女はそれをしない。
手段を択ばずに名を上げる行為は、師の名を汚す事だと彼女は言っていた。
勿論セレスに勝負を仕掛けたり、そこから領主に取り入ったりと、綺麗事だけじゃない。
だけど彼女は悪事で名を上げる事は良しとせず、である以上は自分を使う人間も選んでいる。
基本的にはとても良い子なのよね。だから最初のセレスとの接触時に見誤ったのだけど。
『私はね、師の為に失敗は出来ないの。ううん、失敗だけなら良いわ。だけど仕えるべき人間を間違える事だけは、絶対に出来ない。それをやったら、死んだ後で師に顔を合わせられない』
そう言っていた彼女が、少し楽し気に王子について行った。
二度と帰ってこないかもしれない。そう、思う。
どうなるかはまだ解らないけれど、それが彼女の決断ならと私も笑って見送った。
勿論セレスは隣の国への道中の護衛というのも有って、今生の別れとは思ってないとは思う。
普通に帰ってくるかもしれないし、そう思えば少し寂しい程度かもしれないわね。
だけどそれでも、友の門出を見送れる余裕が出来た事を、嬉しく思う。
ただアスバちゃんの出発を寂しがってばかりも、セレスの成長を喜んでばかりも居られない。
セレスはまた爆弾を持って来た。これは下手をすれば色々と面倒な事態になると思う。
国境間を自由に移動させろという事は、セレスの頼みを王子が個人で聞いたという事。
そしてそれを実現させる為には、王子だけの判断では不可能だもの。
何せ国家間の自由移動となれば、それはこの国の王族とも話を付ける必要が出て来るはず。
話が済んでしまった以上止める事は出来ない。むしろもう既に進み始めているかもしれない。
なら王子が国に損を出してまで執着している錬金術師。おそらく他者にはそう映るわよね。
その話が変に膨らめば、セレスの取り合いなんて事になる可能性も有るかもしれない。
いや、それならまだ良い。下手をすればセレスを人質か盾に、なんて馬鹿な事をし始めるかも。
折角そういう騒動にならない様にしたのに、住んでる国が主導でされたら堪った物じゃないわ。
「いや、待って、むしろ・・・」
わざと国とこの街と錬金術師の関係の悪化を狙っている?
自由に、と言う言葉の意味を、王子がどうとったのか気になるわね。
それ次第で王子の行動が大きく変わる気がする。
「リュナドさんは、何処まで知ってるのかしら・・・」
幸い明日は彼が来る予定が有るし、少し詳しく聞いてみよう。
精霊達に聞くのも手だけど、この子達じゃ情報の整理が大変なのよね。
解った所で私が手を出せる範囲じゃないと、もうどうしようもないのだけれど・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます