第159話、友人の出発を寂しく思う錬金術師。
何だか良く解らないけど、リュナドさんは海に行きたくない様だ。
ううん、別の国に行きたくない、のかな。街の兵士で居たいだけなんだって言ってるし。
彼はどこにでも付いて来てくれる、って思っていた。それは間違いだったのかも。
暗い顔してるし、そういえばこの間も急いでお仕事に戻ってたし、色々忙しくて大変なのかな。
街でのお仕事が大変となると、それで更に私に付き合うのは大変だと思う。
私は彼に頼ってばっかりで、彼がどこまで大変かという部分を考えられてなかった。
付いて来てもらえないのは寂しいし不安だけど、友達に辛い思いをさせたくはない。
それに今までの時点で沢山助けて貰ってる。メイラの事も有るし、何時までも甘えてられない。
私は今保護者なんだ。だったら保護者なりに頑張らないといけない事が有るはず。
なので彼に今までの感謝と謝罪を込めて、怖いけど自分で頑張ってみると伝えた。
そうすれば彼も笑顔になってくれると思ったけど、だけど彼は更に暗い顔で少し俯いてしまう。
そして困った様な顔を上げると小さく「違う」と呟いたのが聞こえた。
何か私は答えを間違えたんだろうか。解らない。ただその疑問よりも前に彼が口を開く。
「俺は、お前がこの街に住む限り、お前の助けになる。それが、俺の仕事だ。付いては、行く」
その言葉に思わず問い返してしまったけど、それでも彼は頷いて肯定してくれた。
嬉しい。そんな素直な感情が顔に出ているのが解る。にやけているのを自覚している。
だって私がこの街に住む限り、という事は、それはずっと付いて来てくれるという事だ。
この家を手放す気なんて一切無いし、ライナとももう二度と離れたくないもん。
それに彼やアスバちゃんという大事な友達だって居る。私がここから去る理由がない。
ただ一つ、街の兵士で在る事を忘れないでくれるならと言うけど、忘れた事なんて一度もない。
初めてこの街に来た時に彼が兵士さんだったから、門番さんだったから私は彼に会えた。
その事を今どれだけ感謝しているか。今までにどれだけ助けられたか。
ライナとの出会いと同じくらい、リュナドさんとの出会いに感謝している。
その事を伝えると彼は少し疲れた顔で頷き、だけど顔を上げた時は何時もの表情だった。
「胃薬、追加で作っといてくれ」
「あ、大丈夫、リュナドさんの為に、いつも予備作ってるから、要るならすぐに取って来るよ」
彼は疲労から来る胃痛や腹痛みたいだから、常時飲んでも体に不調が出ない様な特別製だ。
普通の胃腸薬と違って彼専用に合わせているから、別の薬と一緒に呑むと余り良くない。
なので薬が駄目になる様な事態が有った時の為に、ちゃんとストックは作ってある。
「・・・予備が有るのはありがたいが、薬が要らない状態が、一番、良いんだけどな」
「それは、そうだと思うけど、でもお薬無いと、リュナドさん辛いん、でしょ?」
「・・・うん、そう、だな・・・うん・・・なんか早くもさっきの決意を後悔して来た」
「うん?」
決意って何だろうと首を傾げると、彼は手を振って気にするなと言った。
なので素直に頷いて返すと、彼はまたため息を吐く。やっぱり疲れてるのかな?
「じゃあ、頼む。支払いはいつも通り後で持って来るから」
「ん、解った」
お代は要らないって何度か言った覚えはあるけど、彼は絶対代金を持って来る。
それに受け取らなくても山精霊がもって来たりするので、最近はもう断るのを諦めた。
ただその代わり他の薬よりも安めにしている。
相場とか良く解らないので、ライナに相談して値段を伝えたから多分大丈夫なはず。
家に戻って二階に向かい、薬棚からリュナドさんの薬を取り出す。
彼の薬や常時使う薬は全部家の方に置いているので取り出しは容易だ。
事前に袋詰めしてあるそれを手に取ってリュナドさんの元へ戻った。
「はい、どうぞ」
「ん、確かに」
リュナドさんが薬を受け取ると、彼の傍に居る精霊達がわちゃわちゃと荷車に乗りだす。
何体かは幌の上に乗って剣を持ち、前方を刺して「キャー」と鳴いている。
多分また何かの演劇の真似だろう。指示を聞いた精霊が馬の無い荷車で鞭を打った。
いや、馬役が前に居るみたいだ。鞭は当たってないけど痛そうに鳴きながら歩きだした。
でも何も繋がってないしただ前歩いてるだけだから、馬役って言って良いのだろうか。
まあ良いか。あの子達について真剣に考えても良く解らなくなる事も多いし。
「そういえばアスバに精霊が一体付いて行ったが、あれはお前の指示なのか?」
「ん? アスバちゃんと、よく一緒に居る精霊、の事?」
「ああ、王子の護衛について行った」
アスバちゃん護衛のお仕事しに行ったんだ。その事自体初耳なんだけど。
彼女が護衛なら道中の安全は確実だと思う。王子は良い護衛を雇ったみたい。
て事は暫く会えないのかな。護衛って事は王子の国迄行くんだろうし、時間かかるよね?
でも多分精霊も解ってて付いて行ってると思うし、彼女は無理やり連れてはいかないと思う。
何時も私の頭の上を陣取ってるこの子みたいに、自分の意志で付いて行ったんじゃないかな。
「何も言ってないよ。多分、その子が付いて行きたかっただけ、じゃないかな」
家の周りに住む事だって、庭に住む事だってそうする様にって言った訳じゃない。
私がこの子達に言った事は、街に被害を与えなければそれで良い、ってぐらいの事だ。
勿論メイラに付いて貰ったり、作業の手伝いはして貰ったりしてるけど、強制はしてない。
嫌だって言われたらしょうがないかって諦める程度のお願いだ。
勿論山精霊達が私を何故か慕ってくれているのは解っている。
ただこの子達はこの子達の意思が有るし、生きたいように生きれば良いと思う。
この街から出て行きたいなら、いや、この場合はアスバちゃんに付いて行きたいならか。
それがその子の判断なら、それで良いんじゃないかな。
「そうか。まあコイツ等気まぐれだし、アスバに懐いて付いて行っただけか」
「多分、そうだと思う。ライナの店に沢山居るのも、ライナの料理目当てだし」
そういえば最近はまた精霊の数が増えた気がする。街中で見かける数が多い。
私はあまり外出しないせいか、その量の変化が良く解る。
とはいえ市場に出向く事しか殆ど無いので、あそこに精霊が多いだけかもしれないけど。
この子達ってどうやって増えてるんだろうか。後で聞いてみようかな。
「じゃ、荷物は確かに預かった。薬もありがとうな」
「うん、じゃあ、ね」
リュナドさんはそれで用事は終わりだったのか、荷車に乗って去って行った。
しかしそうか、アスバちゃん街に居ないのか。
王子が帰って普段通りの日常になると思ったけど、彼女がお茶に来ないのはちょっと寂しいな。
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修繕が完全に終わり、いつも通り営業をする酒場に、相変わらず煩い扉が鳴る。
目を向けるとまた歓迎しない客が一直線に俺の方に歩いて来た。全く面倒臭い。
「酒を出せ」
「領主が無銭飲食か」
「ふざけるな、誰がそんな下らない事をするか」
金を先にカウンターに置いたので、その金で出せる酒を出してやる。
領主はグラスを掴むと一気に煽り、お代わりを要求して来た。
面倒臭いからもう一度注いだらもうボトルを渡してやる。
領主はもう一度酒をあおると、今度はぐたっとカウンターに体を預けた。
「やぁっと帰ってくれた・・・」
「あの王子か。そこまで気を張るような相手ではないだろう、あれは」
あの王子殿下は俺の下へも来た。だがあれは世の中を知っている人間だ。
綺麗事だけでは世の中は回らず、その上で綺麗事も吐く必要が有る。
その兼ね合いをどうやっていくかが肝心であり、本人が言外にそう語っていた。
あの王子ならば、我らが領主殿はむしろ気が合う部類の人間だろう。
「・・・俺を誘って来たんだ。何考えてるか解んねぇ。気を張るのは当然だろう」
「成程。確かにそれは面倒だな」
仕える国を変えろと来たか。以前ならまだ簡単に出来たかもしれない。
何せこの領地を欲しがる連中は居ない。押し付けられた領主が居るぐらいの土地だ。
と言うのも錬金術師が来る前の話で、今は虎視眈々と利益を狙われてると言って良い。
「狙いは錬金術師か、その結果栄えた街か・・・」
「全部だ」
「・・・随分と直球な王子様だな」
「俺と駆け引きをしたところで、錬金術師との駆け引きに失敗すれば意味が無いから、だとよ」
「くくっ、成程、力関係を良く解ってる王子様だ。くっくっく・・・!」
笑いが堪えられず震えた声で応えると、領主は不満そうな顔を向ける。
だが事実だ。この街は形式上は領主が錬金術師を使っているが、現実は逆だ。
錬金術師の行動に領主がのっかっていて、彼女の機嫌を損ねられない。
「・・・まあ、特にリュナドを欲しがってるみたいだがな」
「精霊使い殿、か」
「ああ、実際あれは俺にはもったいない兵士だ。あいつが野心有る人間なら、街を制圧して自分の物にしてもおかしくない。実力も立場もな。だがあいつはそれをしない。そんなあいつを欲しいと思うのは、上に立つ人間なら当然だろう。俺だって嘘みたいだと思うぞ、あんな部下」
ついこの間まではただの一般兵だった男が、街の守護者とまで言われている状況か。
ただそれは錬金術師の力添えが有るからであり、奴はそれをしっかりと自認しているが。
自惚れない。努力を怠らない。職務に忠実で、街の事を好いて守っている兵士。
その実力も今や確かな物で、荒くれどもからは恐れられている。
何よりも扱い難いあの錬金術師に意見を言える、数少ない貴重な人間だ。
「・・・今のあの男の立場を考えると、まるで理想の兵士だな」
「全くもって手に余ると言って良い優秀な部下だよ。俺への愚痴を言う程度はするが、それ以上の事は無い。偶に本当にこのまま使っていて大丈夫かと、自分の器が不安になるぐらいだ」
大丈夫だ。貴様の器なんぞ、そのグラスよりも小さいから気にするな。
「で、本題は何だ。領主様よ」
「・・・ふん、これだから貴様の事が嫌いなんだ。偶にはただ酒を飲みに来たと思わないのか」
それは結構。俺もお前の事は好きではないし、むしろ嫌いな部類だよ、領主様。
「あの王子はこの国が近い内に揺れる事を予想している気配が有る」
「・・・本当か?」
「成程、そういう反応って事は、お前の方でも何も掴んでいないのか」
ちっ、しまった。こいつにしてやられるのだけは他の誰よりも腹が立つ。
まあ良い、これは俺にとっても利の有る情報だ。乗ってやろう。
「・・・少なくとも、俺は知らん。そんな気配は無い。近くで戦争の気配が有るかと問われれば、ここから少し離れた国では小競り合いが有る。そこから飛び火の可能性が無い訳じゃない」
「ああ、それは俺も知っている。だがあれは交流も薄い国だし、飛び火は無いだろう」
「解らんぞ。勝った方が勢いに乗って制覇だのなんだの言いだせば、戦火は移るだろうよ」
実際はその可能性は薄いとは思っている。だが王子がそう言っていたという事は少し怪しいか。
一度詳しく情報を集めてみるとしよう。幸い錬金術師殿のおかげで金は有る。
むしろこれで回り回ってまた俺の下にいくらか帰ってくるだろうしな。
「リュナドは直接王子に国が揺れる前に来ないかと誘われた様だ。真意が解らん以上何が起きても良い様に警戒するに越した事は無いが・・・良い話でも有るだろうな」
「・・・いざとなれば国を捨てる、と言っている様に聞こえるが?」
今の発言は危険な物だ。聞く人間が聞けば国家反逆と思われかねない。
いやむしろ今の会話の流れで言えば、戦火に乗じて国を潰すと言っている様にも聞こえる。
「俺は国に対し義理を果たしてきた。今も果たしている。その結果評価されちゃいないし、むしろ連中は「金が有るならもっと寄こせ」と言うだけだ。万が一戦火がここまで来ても、王都まで被害が有ると判断する段まで応援を寄こすとは思えない。平和ボケし過ぎだからな、連中は」
確かに有りえないとも言えない話だな。戦争を対岸の火事としか見ていない所が有る。
「ただ今は機会じゃない。先ず何より今のままでは色々と手が足りん。国を敵に回すには厳しいだろう。だが、回せないとも思わない。街がこのまま在る為に、使える手は全て使う」
「錬金術師を、乗せるつもりか」
確かに彼女ならば数の有利を覆せる。それは精霊兵隊と言う部隊が証明している。
彼女が頷けば精霊も力を貸すだろうし、そうなれば下手な軍隊なぞ簡単に押し返せるだろう。
「彼女はリュナドをこの街の兵士にし続け、精霊使いという神輿にした張本人だ。多少は責任を全うして貰う。普段好き勝手やってるんだ。協力して貰わないとな」
「お前・・・本当に奴が逃げても知らんぞ」
つまりは彼頼りという事だろう、それは。奴の事を気にして錬金術師が動く様にと。
本当にこれだから文句を言いたくなる男なんだと、本人が自覚しているから性質が悪い。
解っていても曲げる気が無い人間というのは、本気で決断した時は簡単に折れないから面倒だ。
「その時は街が無くなるだけだ。どっちみち無くなる可能性が有るなら、街全部が無事に残る可能性が高い方にかける。こんなつまんねぇ奴一人の命でどうにかなるならそれで良いだろ」
「錬金術師に、殺される覚悟、か」
「そういう騒動の時に命を懸ける為に、本来領主ってのは居るんだろうが。まあ勝算が無い訳じゃない。リュナドの報告からは錬金術師が奴を重宝しているのは確かだ。それに王子の判断に全面的に同意してはいなくとも、乗るような素振りを多少見せている様だしな」
馬鹿が。柄にもない覚悟決めてやがる。ったく。
溜息を吐いてカウンターを少し離れ、奥からボトルを一つ持って来る。
「飲め」
「そんな高い酒に払う金はない」
「はっ、ケチな領主様にそんな期待はしていない。奢ってやる」
「どんな気まぐれだか。まあ、ありがたく頂いてやるよ」
新しいグラスを態々出して酒を注ぎ、奢られるくせに態度のでかい馬鹿に手渡してやる。
一応は応援してやるよ。せいぜい殺されない様に立ち回れ。
もし死んだら・・・その時は腐れ縁として骨ぐらいは拾ってやる。
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