第158話、何を考えているのか問われる錬金術師

王子が帰った後、家に戻ってメイラにさっきの事を話をする事にした。


「いつになるか解らないけど、そのうち海に行くと思う」

「海、ですか。見た事ないんですけど、どんな感じ、なんですか?」


そっか、メイラは海を見た事が無いのか。なら素材を採りに行くのは後回しの方が良いかな。

先ずは海自体を知る事を先にして、それからの方が良いかもしれない。


「見渡す限り大きな水たまり、って感じ、かな」

「見渡す限り、ですか?」

「うん、何処までも水でいっぱいだよ」

「何だか、想像出来ないです・・・でも、ちょっと楽しみ、です」


えへへと笑うメイラを見ていると、ただ遊びに行くだけでも良いかなと少し思い始めている。

勿論素材は欲しいけど、自由に行き来出来る様にしてくれるのだから、急ぐ必要は無い。

最初はただ遊びに行って、メイラが知らない物を見せてあげるだけで良いのかも。


「うん、楽しみだね」


そこまで楽しみという気持ちは無かったのだけど、何だか楽しみになって来た。

そうだ、遊びに行く前提なら、ライナも誘えないだろうか。

お店が有るから無理かな。でも一応誘ってみよう。


その後はいつも通りメイラは鞄を背負い、精霊と一緒に採取に向かった。

一日ぐらいのんびりしててもと思うのだけど、メイラは絶対毎日採取に向かう。

少しでも覚えようという意識が無いと、私はきっと上達しませんから、という事らしい。

彼女はとても努力家だ。ただそれが結果に伴い難いのが少し可哀そうだけど。


「黒塊は、今日は付いて行ってるの?」

『精霊共が我を裏切者と言い、あれ以降我はついて行っていない』

「・・・もしかして自分であの状態になれないの?」

『そうだ。あれは精霊共が我を分けた。我自身にあのような力は無い』


あ、そうなんだ。あれって山精霊達の力なんだ。て事はもしかして、家精霊も分けられる?

と思ってチラッと家精霊に目を向けると、焦る様にプルプルと首を横に振って拒否された。

いや、えっと、出来るのかなって思ったけど、嫌な事はやらないから大丈夫だよ。


「さて、じゃあ残ってる精霊達は、積み込みを手伝ってくれる?」

『『『『『キャー』』』』』


元気に応えてくれる山精霊達を連れて倉庫に向かい、移動させた荷車に荷物を積んでいく。

別にどこかに出かける訳じゃなく、リュナドさんに渡す品物の積み込みだ。


最近酒場の依頼が前より増えて、領主の依頼も増えている。

その上どちらも彼が取りに来るので、最近は運びやすい様に荷車を貸す事にした。

彼なら精霊達が一緒に居るので荷車を使えるし、普通に運ぶよりも早くて楽だろうし。


『『『『『キャー』』』』』

「ん?」


精霊達が騒ぎ出したので目を小道に向けると、リュナドさんがやってくるのが見えた。

何時ならもっと遅めに来るのに、今日は随分早い訪問だ。

早めに積み込みを初めていて良かったかも。


「今日は、早いね」

「ああ、王子を見送った後、直接来たからな」


あ、成程。確かにそれなら街に帰る前に寄った方が手間にならないよね。

でもそれなら言っといてくれたら良かったのに。

早めに始めたから良かったけど、もしかしたら積み込み初めてなかったかもしれない。

まあいっか。実際はもう積み込み終わるし、何にも問題無いし。


「そろそろ積み込み、終わるから、ちょっとだけ、待ってね」

「・・・ああ」


精霊達の作業状況を見つつ彼に伝えると、彼は暗い顔をして俯いた気がした。

少し様子がおかしい、よね。どうかしたのかな。何かやな事でも有ったんだろうか。

そう思い首を傾げて訊ねようとしたら、彼は顔を上げて私より先に口を開いた。


「なあセレス・・・お前は、何処まで、何を考えているんだ?」


・・・え、えっと、何処までって言われても、何の事だろう。積み込みは、もう終わる、よ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺が独断で街から離れられるギリギリまでついて行き、後はアスバに任せて見送る事になる。

この後は国境まで、場合によってはその後もアスバは王子の護衛としてついて行く。


「気を付けてな、って言うまでもないか、お前には」

「言われるまでもないわね、と返したい所だけど、素直に受け取っておくわ」

「珍しいな」

「そりゃあ、ね。あの王子、セレスにしてやられたとはいえ、セレスが認めてる人間でしょ」


ああ、そうか、一番気を付けなければいけない相手が護衛対象って事か。

阿呆な貴族はアスバにとっちゃ扱い易い相手だろうが、あれは阿呆じゃない。

むしろ全力でこっちを利用しに来ている。悪意を出来るだけ見せずにだ。


「性質、悪いよな、あの王子」


悪意を見せない利用程、性質の悪い物は無い、と俺は思っている。

何せ利用されている事に気が付けない。善意で協力している気にさせられてしまう。

気が付いた時には戻れない程に泥沼、なんて結果を自分で選択させられるんだ。

相手のせいではなく、自分の選択だから、踏み止まる事すら難しくなってしまう。


「そうかしら。私は好感持てるわよ。だからこそ気を抜けないと思うだけで」

「意外だな」

「あら、私の目的を忘れたのかしら。私は師の名を正しく広められればそれで良いの。そういう意味ではあの王子は媚びを売る相手には最適だわ。利用価値を示せば使うタイプでしょう?」

「悪用されたら堪ったもんじゃないぞ」

「だから気を付けるわと、気遣いを素直に受け取っておくと言ったんじゃないの」


ほんと、コイツ単純なのか頭良いのか解んねえな。セレス相手だとあんな馬鹿みたいなのに。


「あんた今失礼な事考えたでしょ」

「気のせいだ。ほら、出発みたいだぞ。行けって」

「ふんっ・・・そういえば頭の上にずっと座ってるけど、あんたは付いて来るの? 今回は帰り遅くなるどころか、下手したら帰って来ないわよ、私」

『キャー』

「そ、あんたが良いなら別に良いわ」


アスバに懐いているらしい精霊は、帰れないと聞いても気にせずついて行く気の様だ。

ただコイツ等気分屋だから、途中で帰るって言いだしそうな所も有るけど。


「じゃあね」

「ああ、じゃあな」


もしかしたら今生の別れになるかもしれないが、お互いにあっさりと別れを口にして見送る。

ただ不思議とそうならない気がするのは、精霊があいつに付いて行ったからだろうか。


「さて・・・」


王子たちを見送ったら俺は踵を返し、そのままセレスの家に向かう。

庭に向かうとセレスは荷車に積み込みをしていて、俺が来る準備を既にしていたらしい。

一応出直すつもりはあったが丁度良い。気分的にも一回で済ませられる方が楽だしな。


本来ならこの時間に来る予定はなかった。これは俺の個人的な理由での訪問だ。

その結果セレスの機嫌を損ねるかもしれない。それでも、俺は聞いておきたかった。


「なあセレス・・・お前は、何処まで、何を考えているんだ?」


今まではっきりと、セレスに考えを訊ねた事は無い。

何処までも俺達の上を行き、予想外の結果を見せて来る錬金術師。

そういう意識が有ったからこそ、下手に質問しても無駄だという考えがどこかに有った。


だけど今回は違う。なあなあで済ましていい話じゃない。

王子の誘いは、セレスのあの言葉は、この国を見限るという話だ。

それはこの国に何かしらの問題があり、セレスはそこに気が付いて対策を講じている。


二人の言う事が本当なら、きっと遠くない未来に何かしらの理由で国が荒れるんだろう。

王子は明らかにその前提で物を言っていたし、セレスも惚けた様で応える返事をした。

セレス、お前は、俺をどうするつもりなんだ。この街をどうするつもりなんだ。


「何処までって、言われても・・・何、が?」

「海に行きたいと、自由に行きたいと、王子に言ったのは、何故だ」

「え、海の素材、欲しいなって・・・ただ今は、メイラに海を見せてあげたいなってぐらい?」

「・・・俺を連れて行く理由は、何だ」

「それは、街を出て行く時は、一緒にって約束、だったし、居てくれた方が、助かる、し」


ああ成程、どっちも納得出来る言葉だ。それ自体に嘘はきっと無いんだろう。

彼女は錬金術師で素材が要るし、メイラを楽しませたいというのも普段の様子を見れば頷ける。

街の外出も領主との契約だし、彼女は他人が余り好きではない。

俺が居て助かるというのは本当で、言ってる事は至極真っ当で、納得せざるを得ない。


だけど違うだろう。嘘は言ってないかもしれない。だが真実も言っていない。

俺は何だかんだ、お前の事を信用しているつもりだ。悪い奴じゃないと、そう思っている。

お前はやる事が無茶苦茶だが、それでも沢山の者を救ってくれた。今も救っている。


この街は基本的に平和な街だが、犯罪が無い訳じゃない。それも精霊のおかげで激減した。

犯罪自体も、被害者もだ。人が大量に増えたにもかかわらず平和な街を保っている。

そしてその平和な街だからこそ、金は更に回り、仕事も増えている。

お前には返せない感謝が有る。怖い相手だがここまで来れば仲間意識も有る。


「俺はこの街が好きだ。だからこそ兵士なんて事をやってられる。身の丈に合わない役職を与えられて、それでも何とかやってるのはこの街が好きだからだ」


領主に対し愚痴もよく言うが、あの領主が悪い領主だとは思っていない。

時々困った人だと思う時は有るが、それでも彼のおかげでこの街は上手く回っている。

下手な領主じゃきっとこうはいかない。ここまで順調には回らない。


何もかもが今までと違い、扱い難い存在を抱え、それでも大きな問題が起きていないんだ。

あの領主を裏切る事は、俺には出来ない。この街を捨てる事も、俺には出来ない。


「・・・俺は、この街を守る兵士で、居たいだけなんだ。それだけ、なんだ」


本当は精霊兵隊なんて、精霊使いなんて大層な肩書は欲しくない。欲しく無かった

今まで軽く伝えた事はある。だけどここまで彼女に真剣に胸の内を伝えた事は無い。

反応が少し怖いと思う所は有る。明らかに彼女の意にそぐわない事をしているのだから。


「ごめんね、頼り過ぎたの、かな。リュナドさんは、きっと助けてくれるって、思い過ぎてたのかも。ごめん、なさい。行きたくないなら、うん、解った。来て欲しいけど、我慢する」

「――――――っ」


何だよ、その優し気な笑みは。何時もならそんな反応じゃないだろう。

俺はお前に逆らってんだぞ。お前の算段では俺が付いて来るのが前提だっただろう。

何故、ちゃんと話してくれない。話す意味も無いと思っているのか。


「うん、大丈夫、何とか、頑張る。うん。一人で、頑張ってみる、ね」


一人で頑張るか。ああそうかよ。お前はどこまでも一人で生きていくのか。

くそったれ。何でこんなに苛々するんだ。こいつは今俺を切り離したっていうのに。

これでやっと自由だ。こいつはもう俺を利用出来ない相手と判断したんだ。


「―――――違う」


解ってる。解ってるよ畜生。こいつが勝手に一人で完結してる事を、俺が気に食わないんだ。

一人突出して、一人で全部背負い込んで、一人で全部何とかしてしまおうとする。

メイラの時だってこいつは自ら助けを求めなかった。逃げようともしなかった。

呪いとやらで消耗して、一人で立てない程になっても、こいつは逃げなかった奴だ。


ふざけんなよ錬金術師様。お前は確かに凄いよ。何でも出来るよ。俺じゃ絶対敵わないさ。

だけど――――――お前も俺の守るべき街の住人なんだよ。クソッタレが。


「俺は、お前がこの街に住む限り、お前の助けになる。それが、俺の仕事だ。付いては、行く」


馬鹿な選択を口にしていると、自分で思う。折角今なら戻れる道を、俺は自分で潰した。

結局何も引き出せてないのに、何も伝えられていないのに、こいつの判断に我慢出来なくて。


「・・・良い、の?」

「俺がこの街の兵士だという事を、忘れないでくれるなら、それで良い」

「忘れた事なんか、無いよ。リュナドさんがこの街の兵士さんで、本当に良かったと、何度も思ったもん。貴方が街に居たから、何度も助けられた。とても、感謝してるもん」

「そうか・・・」


心から嬉しそうに、声音もとても柔らかに伝えるセレスに、思わず溜め息と苦笑が漏れる。

本当に、悪意を見せない利用程、性質の悪い物は無いと、俺は思う。

自分の選択だからこそ完全な泥沼だ。我ながら損な性格してやがる。畜生。

こうなったら最後まで付いて行ってやる。お前が俺をこの街の兵士で在り続けさせる限りな。

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