第157話、帰る王子にお願いをする錬金術師。

ある日、王子とリュナドさんが朝からやって来た。大体いつも昼前頃なのでとても珍しい。

何か急ぎの用だろうかと首を傾げつつ迎えると、今日は挨拶に来たと言われた。


「挨拶?」

「ああ。やりたい事が綺麗に片付いたし、そろそろ帰らねば、という訳で挨拶をね」


あ、帰るんだ。そうか、何時まで居るんだろうと思ってたけど、やる事が有ったんだ。

何だかいつものんびりお茶しに来るから、本気で暇だと思ってた。ごめんなさい。

だって最近はそうでもなかったけど、来た当初は二日に一回は来てたんだもん。


「君達にも世話になったね。ありがとう」

『『『『『キャー』』』』』


無事餌付けされた山精霊達は、王子との別れが解っているの少し名残惜しそうだ。

だって王子様だからね。もう二度と会わない可能性が高い。

あー、でもお母さんの事を聞きたがる人だから、何だかふらっと来そうな気配は有るけど。


「家精霊殿も、何時も美味しいお茶をありがとう。何時か君の姿を見たいものだ」


王子の言葉にニコリと笑い、カーテシーのような動きを見せる家精霊。

リボンの揺れで反応してくれたのを察したのか、王子は満足そうに笑っている。

そしてその笑みを消して真剣そうな顔を私に向けたので、少しびくっとしてしまった。


「・・・錬金術師殿、今回の件の謝罪は、国に帰ってから父と相談し、改めてさせて頂きたい。それなりの品なり、何か錬金術師殿の為になる物をお送りしよう」

「謝罪?」


真剣な顔で何を言い出すのかと思えば、謝りたいと言われて思わずコテンと首を傾げる。

謝罪って、あの貴族の手紙の事かな。あれぐらいしか謝られる事って思いつかない。

でもあれは前に謝られたから良いって言ったよね。もう気にしなくて良いのに。


「手紙の件なら、何度も謝る必要は無い、と思うけど」

「・・・口頭での謝罪を述べるだけでは済ませない事柄だと、私は認識しているのだよ」


律儀だなぁ。別に良いのに。本当に私は何も気にしてないし。

そもそもあの手紙が迷惑だったって話も、私には何の害も無かったもん。

ちょっと変な手紙が来ただけで、むしろ家に居たいという気持ちの再確認になった気もする。


「気にし過ぎだと思う。私はただ変な手紙を貰っただけ。それ以外は何もないんだし」

「――――ああ、そうか。確かに、そうだったな。私とした事が、忘れていた。すまない」

「ん? うん」


忘れてたって何の事だろう。まさか私が気にしなくて良いよって言ったの忘れてたのかな。

どれだけ手紙の事気にして謝りたかったんだろう、この人。


「そう、だな、うん・・・なら、あっさりと謝罪を受け入れてくれた礼と言っては何だが、我が国に来る時は出来る限りの歓迎をしよう。機会が有ればぜひ訪れて欲しい」

「王子の国に?」

「ああ、海沿いの国ゆえ、内陸では食べられない様な新鮮な魚介類などどうかな?」


そういえば海の在る国だっけ。この辺りは内陸だから、海辺の素材は無いんだよね。

あ、そっか、歓迎してくれるって言うなら、王子の国に行けば良いんだ。

そこまで遠い所じゃないし、荷車か絨毯が有れば移動もすぐだし、良いかも。


「なら、海に、自由に行って、良い?」

「―――え」


首を傾げながら向かっても良いか訊ねると、王子は目を見開いて驚いた顔をした。

え、何、私何か変な事言ったかな。で、でも歓迎するって、言われた、し。


あ、でも、これ、あれだ。言外の事を理解しろって、言われる空気な、気がする。

そんな事言われても解んないし、もしそうなら今後王子と上手く話せる気がしないんだけど。

不安になりながら王子を下から見つめると、彼は慌てる様に口を開いた。


「解った。ただ何時でも自由に移動となると、今の君は名が売れ過ぎている。領主殿も不安を抱くだろうし、移動はきっとあの空飛ぶ車でやるのだろう? だから、少し時間が欲しい」


あ、そっか、自由にって所に驚いてたのか。そういえば領地の移動も私は報告が要るもんね。

別の国に移動をして採取ってなると、また色々何か必要な事が有るのかもしれない。

前に門を通らずに街を出入りしてライナに怒られたっけ。それと同じ様な事を言ったのかも。

そもそも国の移動って話になると、もっと大変な話になるのかな?


「無理、言った?」

「いや、歓迎すると言い、貴女に謝罪したいと言ったのはこちらだ。貴女の寛大な行動に即座に応えられない事をこそ恥じ入るべきだと私は思っている。気にしないで頂きたい。むしろこちらとしては、貴女に返す価値の有る物が有った事に安堵している程だ」

「そ、そう」


何時もと違って早口でまくしたてられて、ちょっと気圧されてしまった。

とはいえ迷惑という訳ではない様なのは良かった。これで海の素材も採りに行き易くなる。


「時間が欲しいって、何時ぐらいまで待てば良いかな」

「そこまで長く待たせる気は無いが・・・それでもすぐにというのは難しい。申し訳ない。ただ単純に貴女を迎えるというだけなら、今すぐにでも出来るのだが・・・」

「それは、ちょっと、無理かな」


荷車が有れば移動にそこまで時間はかからないとはいえ、それなりに時間はかかる。

確か今日は後で薬の回収にリュナドさんが来る日だし、お昼は家に居ないと。

それにメイラの事も有る。出かけるなら彼女にもちゃんと話してから行きたい。


「ふっ、そうだろうな・・・それ以外に何か有るかな?」

「それ以外・・・あ、リュナドさんとメイラ、連れて行っても、良い?」


ちらっとリュナドさんを見ながら訊ねる。だって一人で行っちゃ駄目って言われてるし。

それに駄目って言われてなくても、出来れば付いて来て欲しい。

メイラには色々見せてあげたいし、海での採取も錬金術の勉強になる、よね。


「・・・成程。勿論構わない。ただもしかすると更に時間がかかるかもしれないが、良いかな」

「ん、別に急ぎじゃないし、良いよ」


出来れば温かい内に行きたいけど、我が儘は言えない。許可が貰えるだけで十分だ。

冬の海の中でも暖かい服とか作ろうかな。そうすれば寒くても潜れるし。

水中で呼吸出来る道具も有ると尚良い。いっそ潜れる小舟でも作ろうか。


「解った。感謝する。それでは、また。状況が出来次第、使いを出させて頂く」

「ん、気を付けてね」

「ああ、ありがとう。君のおかげで、安全が確約されているからね」

「うん?」


去って行く王子に声をかけると変なこと言われ、首を傾げるの彼は既に背を向けていた。

私のおかげで安全が確約って、いったいどういう事だろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なら、海に、自由に行って、良い?」


こちらの国に来て良いかという問いに、驚きで一瞬言葉を出す事が出来なかった。

その瞬間彼女の目が鋭くなり、ミスを犯した事に気が付いて即座に頭を回す。

よく考えろ。彼女は『自由に』と言った。つまりそれは拠点を動かす気は無いという事だ。


つまりこの街に居ながらも、私の国に彼女の存在を当然とさせろという事か。

やはり彼女は気が付いているのではないか。この国の王族の無能さに。

連中の行動次第ではこの国に見切りをつけるつもりが有るのだろう。これはその為の準備だ。


私としては否は無い。ただ彼女の行動と結果を考えると、すぐにという訳にはいかない。

なので彼女が自由に移動出来るだけの下準備が多少要ると、そう伝えた。


「無理、言った?」


隣国を敵に回す可能性の有る事を準備をしろ、という事ならば確かに普通は無理な話だろう。

だが目の前に居る人間にはそれだけの価値が有る。即座に否定した。そうしなければいけない。

きっと私は今試されている。彼女への謝罪の時の様に、上手く立ち回れと言われているのだ。


「時間が欲しいって、何時ぐらいまで待てば良いかな」


時間を気にしている辺り、おそらく近い内に変化が有ると思っているのだろうな。

今すぐにという訳ではないだろうが、そう遠くない未来を見据えている。

いや、もしかすると彼女は独自の情報を持ち、既に動きを知っているのかもしれない。


ならばと思い直接的な誘いも口にしてみたが、まるで興味の無い態度で断られた。

これは断られると思っていたので構わないが、ここまであっさり断られると少し笑ってしまう。


「リュナドさんとメイラ、連れて行っても、良い?」


ただそこで、もう一つの真意を理解した。彼女は自らの為だけに交渉をしているのではない。

リュナド。精霊使い。その存在はこの街の守護者でもある。

彼を受け入れろと言われているんだ。つまりは街ごと受け入れる覚悟をしろと。


見透かされている。私が彼等も欲しいと思った事も当たり前の様に悟られている。

本当に彼女に敵う気がしない。君と君の母は本当に強過ぎる。


「・・・成程。勿論構わない。ただもしかすると更に時間がかかるかもしれないが、良いかな」

「ん、別に急ぎじゃないし、良いよ」


成程、何かしらの動きは掴んでいるが、まだ急ぐ必要が有る段階ではないのか。

それならば変に焦る方が問題が出るな。お言葉に甘えてゆっくり準備させて貰おう。

彼女に感謝の言葉を告げ、家を去って車に戻る。


謝罪に来たつもりが、礼の品の話をしに来たつもりが、気が付けば土産を持たされてしまった。

今後も確定した錬金術師との繋がりと、彼女が重宝する精霊使いとの繋がり。

これは下手な金銀を手に入れるよりも大きな価値が有る。

何せ上手く行けば、精霊と精霊使いが我らの国も守ってくれるかもしれないのだから。


「楽しみにしているよ、君達が来るのを。精霊使い殿の名が我が国にも轟くのをね」

「・・・期待されても困ります。私はただの兵士です」


ふふ、どうやら彼は乗り気ではないらしい。それはそうだろうな。

彼は街の兵士としての職務が天職、と言わんばかりなのだから。

国を敵に回せば小さくない騒動になる。それは街に危険が迫るという事だ。

彼女は何処まで彼を納得させられるのか、それも一つ見ものだな。


そして彼女と彼に会えたおかげで、もう一人、良い人材に巡り合えた。

錬金術師が、精霊使いが認める、大魔法使いと名乗る少女に。

その力は軽くだが見せて貰った。確かに彼女は他に類を見ない本物の魔法使いだ。


今回捕まえた連中をなるべく手早く連れて帰る為に、国境まで実力の有る人間を借りたかった。

彼女ならば一人で多人数を抑える事が出来るし、少人数の移動となればそれだけ楽になる。


問題は、彼女が高潔過ぎるという事だろう。故に彼女は下手な貴族につく事を良しとしない。

自らの力の強大さを理解していて、それを悪用される事を極端に嫌っている様だ。

一般人と貴族相手ではまるで対応が違うらしいが、片方しか見れていないのが少し残念だ。


その彼女が私の護衛を引き受けた。理由は『錬金術師が仮面を付けずに話す』という点らしい。

私の事は信用出来ずとも、錬金術師の事は信用している。そういう事だ。

それにそんな彼女が関りを直接持ち続け、領主が『扱い難い』と言う程信用する態度を見せている事は、やはり面白いと言わざるを得ない。


「待たせたね、アスバ殿。道中の護衛、改めて宜しく頼む」

「仰せのままに」


綺麗な淑女の礼をとる彼女に、その年齢以上の何かを感じる。

決して貴族に気を許す気のない気配と、年齢にそぐわない実力と落ち着き。

ともすればナイフを首筋にあてられている様な錯覚すら覚える迫力が有る。


本当に、この街に来て良かった。錬金術師に会いに来て良かった。

全ては彼女の導きだろう。感謝します、プリス殿。

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