第156話、黒塊を助けない錬金術師。

リュナドさんを見送った後、取り敢えずメイラが帰って来るまで作業をする事にした。

毎日の作業にしている分を作り終えたら、今度はメイラに教える練習を始める。

余り手早くやるとメイラが付いてこれないので、ゆっくり作業をする練習だ。


口頭説明はのんびり出来るのだけど、作業は意識しないと上手く出来ない。

実作業を教えた時に一度そうなって以来、私も要練習と気が付いたという訳だ。

気が付くとサクッと終わらせてしまう。慣れって怖い。


「薬の加工はまだ良いけど、道具作成時は本当に難しいんだよね・・・」


薬の作業は手早くやらないと不味い物も有るので、どうしようもない事だってある。

だけどその作業自体はそこまで技術を要さず、時間との勝負なだけで単純作業な事が多い。

ただ道具制作となると技術が要り、手早くやり過ぎると何をやっているのか解らない様だ。

勿論薬の作成だって技術が要る物も有るけど、基本的に大事な事は知識と手順だからね。


「あ、帰って来た」


庭が騒がしくなり始めたので、おそらくメイラが帰って来たんだろう。

手を止めて庭に向かうと、小道から彼女と精霊達が向かって来るのが目に入る。

彼女は私が出て来た事に気が付くと、ぱぁっと笑顔になってポテポテ走って来た。


「た、ただいま帰りました。今日も間違えませんでした!」

「おかえり。頑張ったね。そろそろその薬草類は大丈夫そうかな」


鞄を開いて見せるメイラの頭を撫でながら、中を確認して確かに間違えてない事を確認。

とはいえ私が確認せずとも、鞄に入れる前に精霊達が確認しているみたいだけど。


「あれ、精霊達、鞄も作ったの?」

『『『キャー』』』


良く見るとメイラ付きの精霊達が鞄を背負っていた。

メイラに渡した鞄と同じ形の鞄だ。みんなでお揃いが良かったらしい。

・・・何だか最近こういう事に慣れて来た気がする。


「精霊達の鞄にも薬草が入ってるの?」

『『キャー』』


あれ、一体だけ返事をしない。鞄を抱えてじりじりと下がりだした。

どうしたんだろうかと首を傾げていると、唐突に家精霊が下がる一体をひょいと持ち上げる。

キャーキャーと騒ぎ出す山精霊に構わず、無理やり鞄を開けて手を突っ込んだ。


「・・・え、黒塊?」


中から出てきたのは小さな黒塊。思わず目を塔に向けると、そこには確かに黒塊が居る。

じゃあこの小さな黒塊は何なんだろう。まさか黒塊と同じ存在が近くに居る?

もしそうなら危険だ。放置は出来ない。だって街が近くに有るんだから。

あの時の様な事が起きれば、ライナの住む街に被害が出る。リュナドさんだって困る。


「この黒いの、どこに居たの。教えて」

『・・・キャー』

「え、そう、な、の?」


返事を聞いたらすぐに出るつもりで訊ねると、意外な答えが返って来た。

この黒塊は塔に居る黒塊から千切った物だという事らしい。

千切るって。そんな事出来るんだろうか。いや、出来てるから問う意味は無いのだけど。


「え、えっと、この小さい黒塊は、意思は、有るの?」

『有る』

「・・・有るんだ」


本人から答えが返って来た。という事はこれ、内緒で外に出ていた事になるのかな。

なるほど、道理で家精霊が少し怒っている訳だ。

しょぼんとする山精霊達に何か叱る様に語り掛けている。


「い、家精霊さん、あんまり怒らないであげて。その、えっと、黒いのは、私の心配をしていて、山精霊さん達は、お願いを聞いただけだと、思う、から・・・悪いのは私、かなって」


ただ山精霊達を庇う様に、メイラは家精霊の手を引いてそんな事を言い出した。

こうなれば家精霊は折れるしかなく、山精霊達は感謝する様に鳴きながら足元に群がる。


『我は別に頼んでおらん。奴らが勝手にやった事だ。娘は悪くない』

『『『『『キャー!?』』』』』


あ、酷い、黒塊。メイラを庇ったんだろうけど酷い。

山精霊も驚いて文句の声を上げているっぽい。


「も、もう、な、何でそうなの。だから嫌なの。わ、私は皆に迷惑かけたくないの。嫌い!」

『――――――』


小さい黒塊が地面に落ちた。大きい方も塔から落ちてる。

嫌いは大分ショックだったらしい。私もメイラに嫌いって言われるのは辛いけど。

落ちた黒塊を山精霊達がベシベシ叩き出し、家精霊はそれを無視してメイラを家に入れた。


「・・・今日は、まあ、仕方ないよね。でもやり過ぎないようにね?」

『『『『『キャー』』』』』


あんまりやり過ぎるとメイラに影響が出ると思うので、一応釘はさしておく。

今回ばかりは私も助けないよ。メイラがあんな風になるの初めてだったし、反省して欲しい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふふっ、居るな・・・精霊が傍には居るが、少し待てば・・・!」


嫌な奴がメイラを見つめて、何か言ってる。

メイラの傍に居る僕達も気が付いているけど、メイラが怖がるから内緒みたい。

ただあの僕達はお勉強して採取が楽しいのか、ちょっと離れちゃう時が有る。

メイラが気が付いてくれるから良いけど、主にばれたら凄く怒られそう。内緒にしよう。


「もうあのやな奴殴ろうよー。その方がメイラ安全だよー?」

「えー、駄目だよー」

「今殴ったらライナのお弁当貰えないよー?」

「特別お弁当、僕食べたいよぉー」

「むー、僕だって食べたいけどぉー」


メイラを見る目が何だか嫌で、殴ろうと提案したら僕達に反対された。

むーっと頬を膨らませていると、嫌な奴らが増えて来た。

メイラを捕まえるって言ってた奴らだ。この前ライナを襲った奴らと話してた奴も居る。


「増えて来たねー」

「全員来たねー」

「リュナドは―?」

「今こっちに来てるってー」

「はやくはやくー」

「リュナドおそーい」


早く来ないと大変な事になるかも。僕達よりこいつらの事が嫌いなのが居るから。


「黒いのー、見てるだけだよー? 動いちゃ駄目だよー?」


小さい黒いのに声をかけると、地面に落ちていた黒いのが少しだけ浮いた。

大きな黒いのを伸ばしてちょっとだけ千切って、庭の僕が持って来たやつだ。

僕達の手で隠せるぐらい小さいから、家の奴も気が付いてない。


『ふん、問題ない。貴様らこそ家のを出し抜いて、後の事など我は知らぬぞ』

「あー、そんな事言うともう連れてきてあげないよー。メイラの様子見たいんでしょー?」


小さい黒いのを摘まんで伸ばすと、黒いのは黙った。むー、意地っ張りー。


「あ、来たー」

「リュナドきたー」

「王子も来たよー?」

「王子の傍の人も居るねー」

「あれ、何でその傍にやな奴が居るのー?」

「あ、僕知ってる。えっとね『我が身可愛さに仲間を裏切る者を信用できないというのであれば、無視されても構いません。確かに我が身可愛さは有ります。ですがこの街で行動を起こす事がどれだけ愚行かを理解している者として、王子にお伝えに参りました』って言ってたー」


僕の一人が演技のかかった口調で、やな奴が王子に言った言葉を口にする。

つまりあのやな奴は裏切者なんだ。あれはどうしたら良いんだろう。

王子の事もリュナドからは何も言われてないけど、山に入れて良いのかなー。


「裏切り―?」

「裏切者だー!」

「吊るせー!」

「吊るすのー?」

「前の演劇では裏切者は吊るされてたよ?」

「でもやな奴の裏切りだから良い奴?」

「なら吊るすの中止ー!」


僕達が裏切者の処遇を決めている間に、やな奴らはメイラの周囲に近づいて行く。

その背後には口に手を当てて静かにしている僕達が潜んでいる。そうしてないと喋っちゃう。


「あ、リュナドリュナドー」

「リュナドだー」

「おーそーいー」

「ああ、悪い悪い。解ったから騒ぐなって。見つかるだろ」


むー、すぐ呼べって言ったのはリュナドなのに、遅いのが悪いのにー。

それに僕達ちゃんと小声だもん。煩くしてないもん。


「リュナドー、王子来てるけど、良いのー?」

「そうだ、何かやな奴も王子と一緒に居るよー」

「王子と一緒に居るのも居るー」

「・・・は、殿下が? え、ちょっと待て、何処だ」

「あっちー」

「マジかよ・・・!」


王子が居る事を伝えると、リュナドは王子の方へと向かって行く。

僕達も一緒について行くと、王子は剣を構えてすぐに下ろした。


「何だ、君か。驚かせないでくれ、精霊使い殿」

「それはこっちの台詞ですよ。何でここに居るんですか」

「偶々遊びに来たら知ってる子を不穏な連中が尾けていて、これは放置出来ないと思ったのさ」

「偶々で普段持ち歩かない剣を持って来るんですか、殿下は」

「そういう気分だったのさ。気分は大事だろう、精霊達よ」


そっか、気分かー。解るー。気分って大事だよねー。

うんうんと僕達が頷いて返すと、嬉しそうに笑う王子。

でもリュナドは何だか疲れた顔してる。リュナドは色々気にしすぎー。

そんなんだからお腹痛い痛いになるんだよー。


「はぁ・・・まあ、良いでしょう。で、てめえは何でそこに居る。連中の仲間だろ」

「――――で、殿下に奴らの情報を伝えに来た」

「はっ、保身の為に裏切りかよ。だったらもっと早めにやりやがれ。大体どうしようもなくなったから裏切るぐらいなら、最初からこんな下らねえ仕事やってんじゃねえよ・・・!」


リュナド、本気で怒ってる。珍しい。リュナドあんまり怒らないのに。


「精霊使い殿。怒りは解る。だが今はそのような場合ではないだろう」

「・・・ええ、解ってます。そいつとの取引は?」

「すまない。身柄は私で預かると約束した」

「・・・まあ、そいつ自身はこの街では何もしてませんからね。殿下に任せます。それと今回の事は、あの娘には気が付かせない様に終わらせます。それがセレスの望みですから」

「錬金術師殿の・・・となれば、私達は傍に近づくのは止めておくか。ただ一人離れた位置に居る、あのバカは私達に任せてくれ。あれだけは確実に捕らえる」

「解りました。お譲りします。それ以外は精霊達に任せて下さい」

「「「「「まかせてー!」」」」」


みんなでオーッとこぶしを突き上げながらリュナドの言葉に応える。


「あ、リュナドリュナドー、やるってー」

「解った。行くか」


やな奴らが合図で一斉に動き出したので、背後について回っていた僕達が殴り飛ばす。

ちゃんと死なない様に気を付けたから、多分死んでないと思う。

後はメイラに気が付かれない様に回収だー。


「ん、な、何かな、今、そこでガサガサって・・・や、山の獣かな、精霊さん、そ、傍に」

「大丈夫ー、あっち行くよー」

「平気平気ー」

「離れてごめんねー?」

「う、ううん、大丈夫。目の届く所には居てくれてるから。えっと、本当に、大丈夫、かな?」


やな奴らを引きずって離れるのを、メイラが心配そうに見ている。

でも多分姿は見えてないから、ガサゴソ遠くへ行ってる音で安心するよね?

ズルズルと引きずりながら離れると、一緒に居る僕達を抱きしめながらほっと息を吐いていた。


「手早いな。流石精霊使い殿、と言ったところか」

「殿下の侍従殿も、合図も無しに綺麗に動いてくれたみたいですけどね」


王子の所に戻って来ると、気持ち悪い独り言を言ってた奴が気絶してた。

これで終わりかなー。はー、やっとお弁当食べられる。楽しみー。


「・・・良し、人数は報告通り。捕り逃し無し、と」

「こいつらの身柄は、良ければ私に預けて貰えないだろうか。けして悪い様にはしない」

「・・・殿下に頼まれては一兵士が否とは言えません。領主様にお伝え下さい。その為に、そいつを連れて、この場に来たんでしょう?」

「すまない。この借りは何時か」

「別に構いませんよ。私はただ街を守る兵士の仕事をしただけですから。その後の事は私の知る所ではありません。セレスも『私は何も知らない』と言っていましたから」

「そうか・・・本当に、あの親子には、敵わないな」


・・・お弁当、早く、食べたいなー。お話しまだかかるー?

あれ、そういえば黒いのが居ない。何処に・・・あ、居た。メイラの傍に近づいてる。

メイラに付いてる僕達が気が付いて、メイラに気が付かれる前に慌てて鞄に仕舞った。

危ない危ない。もし気が付かれたら家に酷い事される。






メイラ達が帰った後、鞄の中の黒いのが家に見つかったと僕達から連絡が来た。

今度行く時怖い。僕リュナドのお家でお留守番してようかな・・・。

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