第155話、何も知らない錬金術師。

メイラが採取に出ている間、とてもじゃないけど作業なんて出来なかった。

だってやっぱり心配だもん。帰ってくるまでハラハラして何も手につかなかったよ。

とはいえ帰って来て鞄を開き、嬉しそうに見せる姿に『心配』なんて言えなかったけど。


「え、えっと、今日は精霊さんに、違うよって言われませんでした!」


間違えると『それ野菜だよー?』とか『それ苦くて美味しくない草ー』とか言われるらしい。

なので全部ちゃんと間違えなかった事が嬉しくてしょうがなかったんだと思う。

その笑顔を曇らせるなんて私には出来ないので、全力で褒めてあげた。

結果、翌日以降も一人で行く様になり、翌日もまた何も出来なかったのだけど。


「セレスさん、行ってきます」

『『『キャー』』』

「ん、気を付けてね」


それでも何日か経てば多少慣れ、心配ではあるけどそれなりには平静で見送れる様になった。

勿論毎日庭の精霊達が半分ぐらい消えて行っている事が、安心の理由でも有るんだけど。

ただどうやら精霊達はメイラに内緒で守っているらしい。

態々『僕達が傍に居るのは内緒ー』と伝えてきたので、私も彼女に伝えていない。


因みに一人で採りに行かせている事はライナにも伝えている。


「あー・・・そっか・・・んー・・・止めた方が・・・いやでも、どうかなぁ・・・」


と、物凄く悩んだ様子を見せていた。やっぱり心配だよね。

ただ最終的にメイラの「頑張りたいんです」という言葉に折れていたけど。


「やりたい事を、って言ったのは私だものね・・・でも本当に、精霊達から離れちゃ駄目よ?」


メイラがその言葉に素直に頷くと同時に、山精霊達も元気良く返事していた。

幸いは精霊自身がメイラに懐いているから、頼まなくても守ってくれそうな所かな。

黒塊といい、山精霊といい、メイラはそういう物を引き付ける才能が有るんだろう。


後新しい変化として、リュナドさんが前より頻繁に訊ねて来るようになった。

王子と一緒にではなく、一人でふらっと、メイラが採取に出ている時間にやってくる。


「今日も向かったみたいだな・・・無理してる様子は、なさそうか?」

「うん、むしろ、前より楽しそう、かも」

「そうか・・・」


なんて感じで、メイラの様子を気にかけている。

ただ彼はこうやって私に聞きに聞きに来るけど、直接本人には訊ねない。

心配なら顔を見てあげればと一度言ったけど、怖がらせるだけだろうから良いと返された。


「俺が心配して何度も訪ねている、なんて言えば、あの娘は気にするだろ。顔を見せずに、少し気にかけている程度が、丁度いい」


無理をするメイラが彼の心配を知って、更に何か無理をするのを嫌がっているらしい。

何でみんなそんなに気づかいが上手いんだろう。私は言われないと気が付けない。

むしろ言われても気が付けない事も多いので、本当に凄いと思うし羨ましいな。

ただそれでも、偶には顔を見せても良いんじゃないかな、とは思う。だって―――。


「メイラは、リュナドさんには慣れたい、っていう事を前に言ってたよ」

「慣れたい?」

「うん。リュナドさんは助けてくれた人だから、何時までも怖がりたくないと思ってる、って」

「そうか・・・」


リュナドさんは少し困った様な顔で、だけど口元は笑っている。

どういう感情なのか私にはちょっと解らない。けど、多分、嫌な様子ではないと思う。


「・・・無理はするなって言っておいてやってくれ。怖がりたくないって事は、怖いんだろ?」

「それは、多分」

「ならその内で良い。態々必要も無い時に怖い物に向き合う事も無いさ」


優しく笑う彼の言葉に、何故か私が嬉しくなっている。これはメイラに向けた言葉なのに。

いや、メイラに向けた言葉だからこそ、改めて彼の優しさ感じられたからかも。


「ま、変化が無いなら良いさ。じゃあ、今日はかえ―――――」

『『『『『キャー』』』』』

「――――そうか、解った。今行く」


にこやかに去って行こうとしたリュナドさんだったけど、山精霊の呼びかけで表情が変わった。

声音も少し低くなり、少し怖い雰囲気に感じる。街の方で何かあったんだろうか。

首を傾げながら見つめていると、彼は私にその鋭い視線を向けたので、ちょこっとだけ驚いた。


「・・・俺は、行くが・・・良い、か?」

「え、うん、勿論、良いけど・・・」


むしろ今帰ろうとしていたんだし、何かあったなら急いで行った方が良いと思う。

慌てて去って行って、私が何か気にすると思ったのかな?

ああ、でも有りえるかも。私が変な気の回し方をして、迷惑をかける可能性は大いにある。


「私の事は、気にしなくて良いよ。大人しく、家に居るから」


迷惑はかけたくないし、元々行く気も無かったし、こう伝えれば彼も安心だろう。

ただ彼は私の言葉を聞いてキョトンとした顔になり、唐突にククッと笑いだした。

え、あれ、私何か、変な事言った、かな?


「ああ、成程、そういう事か・・・じゃあ、行って来る。メイラの帰りを待ってやっててくれ」

「うん? うん。勿論。リュナドさんも、何が有ったのか知らないけど、気を付けてね」

「ははっ、ああ、気を付けるよ。手早く済ませて来るさ」


あ、やっぱり何か街であったんだ。

何かあればすぐに駆け付けないといけないから、兵隊さんは大変だ。

でも手早くって言ってるし、そこまで大変な事でもないのかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今回の事でメイラは納得の上、というのは解っているが、それでもやはり気になっている。

まだまだ子供のメイラが、それもあんな目に遭った娘の心が、そんな毎日に耐えられるのかと。

なのでお節介だとは思いつつも、部下に毎日様子を訊ね、セレスにも経過を訊ねに行っている。


ただメイラが『男に会いたくない』という事を知っている以上、良く顔を合わせるのもどうか。

そう考え出来るだけ顔は見せていない。王子が訪問していた期間は致し方ないとしてもだ。

男に襲われた心の傷なんて、そうそう簡単に治る物じゃないだろう。

所詮想像でしかないが、その痛みを思えば、俺の気持ちの問題だけで近づくのは憚られる。


「リュナドさんには慣れたい、っていう事を前に言ってたよ」


そして俺が心配している相手は、心の余裕なんて本来無くて普通なはずだ。

なのにあの娘は俺の事にまで気をまわしていると、セレスは言った。


単純に聡い娘なんだという部分も有るんだろう。あの子は周りが良く見えている。

ライナも「余り子供らしくない部分が有るけど、仕方ないのかもね」と言っていた。

俺とライナという、それなりにセレスと繋がりの有る相手。

その相手に不快を与える事が、自分にとって不利益になる可能性を考えているんだろう。


勿論それだけじゃないのは解っている。きっと心を砕く良い娘なんだろう事は。

それでも自分が囮になる事を躊躇しないその在り方は、見ていて悲痛だ。

セレスは解ってやらせていると言うが、メイラの痛みに目を向けているのだろうか。

俺なんかに気を遣うぐらいなら、自分の身と心を大事にしてやれと言いたい。


「・・・無理はするなって言っておいてやってくれ」


そう思うからこそ、ただこんな事ぐらいしか告げられない事が、少し辛い。

勿論世の中そんな人間は溢れている。この世界、探せば何処にだって居るのは解っている。

だけど手に届く身近な人間ぐらい、多少は助けてやりたいと、そう思ってもどうしようもない。


なーにが精霊兵隊の隊長だか。ガキ一人もまともに助けられねえんだからよ。

そもそもメイラを助けたのだって、セレスが居たから助けられただけじゃねえか。

こいつが居なかったら、領主との交渉の場すら存在しなかったんだからな。

まあその前に、セレスが居なかったら多分あの場にいた全員が死んでいたと思うが。


「ま、変化が無いなら良いさ。じゃあ、今日はかえ―――――」

『『『『『キャー』』』』』

「――――そうか、解った。今行く」


精霊達から『連中が動きを見せた』と連絡が入り、心が仕事に切り替わる。

ただ即座に動こうとして、セレスの反応が気になった。

セレスはメイラを囮にしている。つまりは対策をした上で行かせているという事だ。

ここで俺が動く事がどういう事か、彼女は解っているはず。動いて、大丈夫だろうか。


「・・・俺は、行くが・・・良い、か?」

「え、うん、勿論、良いけど・・・私の事は、気にしなくて良いよ。大人しく、家に居るから」


どういう反応が返ってくるのか少し怖く、体に力が入っているのを自覚しながら訊ねる。

だがセレスは俺の問いにキョトンとした顔を見せ、その後にっこりと笑ってそう答えた。

彼女の反応の意味が一瞬解らず、だけどじわっと体に広がる様に意味を理解した。


「ああ、成程、そういう事か・・・」


つまり彼女は、俺が動く事を前提としていた訳だ。元々予定通りな訳だ。

勿論何も対策をしていない訳じゃないだろうが、そもそも本当に自ら動く気は無かったと。

俺に事情を伝え、ライナに事情を伝え、そうすれば俺がどう動くかを理解して。

本当に掌の上で踊らされてんなぁ。笑えて来る。


「じゃあ、行って来る。メイラの帰りを待ってやっててくれ」

「うん? うん。勿論。リュナドさんも、何が有ったのか知らないけど、気を付けてね」

「ははっ、ああ、気を付けるよ。手早く済ませて来るさ」


そうか、そういう事か。お前は『何も知らない』んだな。そういう事で良いんだな。

本当は叩き潰したいだろうに、王子の謝罪への答えでもあり、俺への貸しでも有るんだろう。

助かるよ。これで街には何の混乱も起きないし、何の騒動も無かった事になる。


「・・・後が少し怖いが、甘えさせてもらおうか」

『『『『『キャー』』』』』


セレスは俺に優しいから大丈夫、ねえ。それ単純に他と比べてってだけだろ?

今でも割と普段から胃を痛めつけられてる事を考えると、余り素直に頷けないんだが。

まあ、初めての頃に比べれば、普段の対応は格段に優しくなったと思うけど。


「今回はメイラが折れないから俺をあてにしていた、と考えれば多少は気が楽だが、どうかな」


実際の所は解らない。セレスは『何も知らない』からな。真意は彼女の胸の内だ。

取り敢えずその辺りは後にしよう。今はとっとと片付けるのが先だ。

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