第166話、人が来るので覚悟をする錬金術師

「人が?」


訪ねて来たリュナドさんに言われた内容を確かめる様に、首を傾げながらそう口にした。

すると彼はこくりと頷き、私は余計に意味が解らない気分になってしまう。


「ああ、どうやら直接お前に話を聞こう、ってつもりらしい。その予定だって手紙が来た」


どうやらお城の件を断ったにも関わらず、今度は人が直接来るという話らしい。

リュナドさんがそう告げてお茶を啜るのを見て、私は逆に器を置いて溜め息を吐いた。

だって城からという事はおそらくこの前の手紙の件で、かつ断ったはずの話だ。

なのに何で城から人が来るのか、私には全く理解出来ない。


「直接会っても、返事なんて、変わらないのに・・・」

「俺達からすればセレスを知ってるからそうだろうが、知らない人間にとっちゃ違うだろうさ」


そういう物なんだろうか。そういう物なんだろうな。良く解らないけど。

だって私にしたらそれは逆の判断をする事柄だもの。

もし知ってる人が余りにらしくない事を言えば、気になって確かめに行くだろう。

だけど知らない人からの言葉なら、それはそのまま納得して絶対に気にしない。


「まあ返答をしたのが領主だから、領主が勝手に返事をした、なんて思われてるんだろうと、領主は言ってたけどな。実際の所は俺には解らないが」

「どちらにせよ、断ったんだから、来なくて良いのに・・・」


そこまでして何故私を城に来させたいのか、さっぱり解らない。

とはいえ来るものは致し方ない。と思えるのは私も少しは成長したのだろうか。

勿論知らない人に会うのは物凄く嫌だけど、今の私には仮面が有るもの。

そう思い少しだけ自分に自信を持っていると、メイラが不思議そうに首を傾げた。


「セレスさん、お城に、呼ばれてたん、ですか?」

「・・・メイラに教えてなかったのか?」


リュナドさんに少し困った様な顔を向けられ、そういえば言ってなかったなと思いだす。

だって断った話だし、もうその話はしないと思ってたし、言う必要を感じなかったから。

でもこうなった以上は説明しない訳にもいかないので、前回の手紙の事をメイラに話した。


「だ、大丈夫、なんですか?」

「何が?」

「いや、だって、その、断ったら、不味くない、ですか?」

「別に、大丈夫、だよ?」


メイラが少し焦る様に問いかけて来たけど、領主は好きにして良いと言っていた。

だから私はその言葉通りにしたし、好きにして良いという事は問題ないという事だと思う。

実際領主は特に問題が有ったとは言ってこなかったし、素直に断ってくれた。


「そう、なん、ですか? でも、お城から人が来る、んですよね?」

「ああ、うん、それは・・・」


一応さっき仮面が有るからと思いはしたけど、会わなくて良いなら会わないのが一番だ。

だって断る事が前提となると、絶対相手は不愉快な様子を見せるのが解っている。

確実に嫌な顔を向けられるのかと思うと、今から憂鬱で堪らないのはとても問題だろう。


「まあ、来る奴は無能だろうから、対処はしやすいだろうさ」

「無能、ですか?」

「ああ。お偉方は街の情報を正確に得ていても、それを信用する気は無いだろうっていう見立てだよ。田舎領主の策に上手く嵌められている、とでも思われてるんじゃないかってな。となれば情報を正確に読み取る人間は来ない可能性が高い。来るのは使えない人間だろう」


無能という言葉にメイラが首を傾げると、リュナドさんが優しい声音で説明を続ける。

何となくだけど、彼女に語り掛ける時は普段より更に優しい声音な気がするかも。

元々落ち着いた声音の人だけど、優しい声音は普段より殊更心地良い。

それにしてもそうなんだ。誘いに来るのだから交渉が上手い人とかが来るのかと思ってた。


「街の情報、って、例えば、どんなの、ですか?」

「例えば精霊達。こいつらが街を守っている、大量に街を闊歩している。それは見れば一目瞭然だが、態々自分の目で見に来ないお偉方には『何を言ってんだコイツ等は』って思う訳さ」

「精霊さん達を信じてない、って事ですか?」

「そうなるな。存在を信じてないって程じゃないんだろうが、街に溢れる程居て、更に町を守ってるなんて信じる気は無いだろう。更に言えば街に居る大量の規律有る兵士も、俺達精霊兵隊の存在も成果も、ぜーんぶ信じてないだろう。って話だ。ま、全部領主の言葉だけどな」


リュナドさんがそう言うと、メイラは少し首を傾げながら考え込む様子を見せ始めた。

どうしたんだろうと二人でじっと見ていると、視線に気が付いたメイラがアワアワと慌て出す。


「え、えっと、そ、その」

「ああ、すまん、何か考えてるなら待とうと思ったんだ。焦らなくて良いから」

「あ、あう、す、すみ、ません・・・」

「気にするな。今ここに責める様な人間は居ない」


ちらっと私の方を見ながらリュナドさんがそう言うと、メイラも私に視線を向けて来る。

言いたい事を全部言って貰った私はただコクコクと頷いて返すしか出来なかった。

何でみんなそんなにすぐに上手い気遣いの言葉が出るんだろう。不思議だ。

メイラは私達の様子に少し落ち着きを取り戻し、恐る恐るといった様子で口を開く。


「それって、その、えっと、セレスさんの事も、信用してない、って事に、なるんじゃ」

「おそらく、その可能性が高い、と予想はしている」


私の事を信用してない? それってどういう事だろうか。

いや、考えるまでも無く、会った事もない相手だから信用してないのは当然かも。

だって信用って知らない人にする様な事じゃないだろう。私も相手が怖いから断ったんだし。


「まあ、当然じゃ、ないかな?」

「そう、なんだろうな。残念な事に」

「そうなん、ですか・・・」


私が当たり前だと思って口にすると、何故かリュナドさんはとても残念そうな様子になった。

メイラは不思議そうに首を傾げながら納得の言葉を口にし、私も不思議な気分になってしまう。

最近リュナドさんは不意に暗い顔をするのだけど、その理由が全然解らない。


とはいえ大丈夫かと訊ねても『ああ、大丈夫だ』としか言わないから少し困る。

何処か辛いなら言ってくれれば、胃腸薬と喧嘩しない薬をちゃんと処方するのに。

無理してないか、心配だなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスへの連絡と同時に、彼女の反応を領主に報告する為に、城から人が来る事を伝えた。

これは領主からの命令でもあったが、個人的に気になる事でも有る。


彼女は先日俺に言った。自分の居場所はここで、王子の国に所属する気は無いと。

その彼女の言葉の意味を解くのであれば、それは少なくとも単純な所属の鞍替えとは思えない。

この居場所を守る為に戦うと言った彼女の顔は、初めて見る顔だったから、余計に。


気の抜けた様子ではなく、気に食わない物を見る目でもなく、何かを決意する様な顔。

あの顔を見た時に、もしかしたら俺が考えている以上に、街が危ういのではと思った。

何せ彼女が『戦う』と口にしたんだ。ここを守る為なら戦うと。

つまり彼女の行動は我が儘な行為ではなく、本当に街の為なのではと思い始めている。


ただ確証はない。今までも散々振り回された記憶が有る以上、勘違いの可能性だって大きい。

だからその彼女が今回の件にどう動くのか、それだけでも聞いておきたいと思っている。


「その、断ったら、不味くない、ですか?」

「別に、大丈夫、だよ?」


焦るメイラに対して、彼女は全く焦る様子を見せない。

ただ単に心配をかけない様に振る舞っているのかもしれないが、それだけじゃないだろう。

彼女にとってこの状況は予想の範疇内の出来事、なんだろうな。余裕過ぎる顔だ。

不快そうな顔も無く、疑問の様子も無く、ただ当たり前に応えている。


「まあ、当然じゃ、ないかな?」


自分の存在が信じられていないという事に、あっけらかんと答えた事から余計にそう思う。

彼女は解っているんだ。向こうの情報を何かしらの方法で手に入れている。

だから自分の存在の否定に対してすら、それはそうだろうとただ事実を口にするだけなんだ。


人が来るという話も疑問で問い返しはしたが、全部知っていた可能性だって有るだろう。

全部計算ずくだと言われても、俺はもう驚かない自信すらある。


ただ彼女に『当然』と断じられる国に不安を感じない、と言ったら嘘になるが。

それはつまり、上層部は危険に対する認識能力が『無くて当然』と言っているのだから。

そう考えると彼女はこの街に手を出される事を嫌い、その対処の為に動いている様に聞こえた。

危機管理能力の無い国に、この街を荒らされない為に、自分の住む街を守る為に。


「・・・で、実際の所、どうするんだ、セレス」

「どう、とは?」

「とぼけないでくれ。やってくる奴に、どういう対処するのかって話だよ」

「惚けたつもりは、無かったんだけど・・・会わなくて良いなら、会わないよ?」

「・・・こっちで押し留めるのは、ちょっと、辛いな。どうしてもやれってなら別だが」


もし国からの離脱に踏み切る場合、こちらに義と利が有る事が重要になる。

少なくとも国が強硬に出ていない事を阻止するのは、今の段階では余りよろしくない。

セレスに従って国王に否を突き付けたとはいえ、一応はまだ完全に離反した訳じゃないしな。

とはいえ領主の名で国王陛下の書状に断りで突っ返した訳で、半分喧嘩売ってる様なものだが。


「無理は、言わないよ。リュナドさんが、大変なら」

「いや・・・まあ・・・大変じゃない、とは、流石に言えないが・・・」


そう言うなら今までの無茶振りは何だったんだ。というか現行で無茶振りさせられてるんだが。

国王陛下の言葉を蹴れって、普通なら大概無理な話だろう。

領主とセレスは覚悟が決まってるのかもしれないが、連絡往復する俺の気持ちも考えて欲しい。

いやもう後戻り出来ないって解ってるから、俺も一応覚悟は決めてるけどさ。


「なら、会うよ。会って、ちゃんと、伝えるから。私の判断を」

「・・・そうか。その時は、同席して良いのか?」

「してくれるなら、その方が嬉しい、かな」


それはつまり、その場でどう動くかはっきり教えてくれるんだな。

国に喧嘩を売るのか、そんな単純な話じゃないのか、ちゃんと語ってくれると。


『私は、ここが、良い』


あの言葉の真意を、語ってくれると、そう思って良いんだよな。

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