第153話、確認を取られる錬金術師。

「・・・あれ、何だろ」


採取を終えて家路に着くと、小道の傍に馬車が止めてあるのが見えた。

メイラと顔を見合わせて首を傾げ、一緒に山精霊も首を傾げながらキャーと鳴く。

もしかして誰か知らない人が訪ねて来たのかな。だったら帰りたく無いなぁ。


「あ、セレスさん、お帰りなさい」


・・・精霊兵隊さんに気が付かれてしまった。

無視するわけにもいかないので恐る恐る馬車に近づく。


「・・・あの、これ、は?」

「これは王子殿下の馬車です。そういえば見るのは初めて、でしたっけ」

「ああ・・・」


なんだ、王子か。なら良いや。びっくりした。じゃあ気にせず帰ろうか。

精霊兵隊さんに挨拶をして別れ、小道へと歩みを進める。

ただ庭に着いても二人の姿はなく、珍しいなと思いながら家に向かう。

途中で家精霊が出迎えに出てきて、お留守番のお礼を言って家に入った。


「お帰り」

「え、えっと、ただい、ま?」

「何で疑問形なんだ」

「・・・リュナドさんに言われるの、なんか、不思議な感じだったから」


言葉に出来ない不思議な感覚が有る。ライナに出迎えられるのとはまた違う感じだ。

嫌な気分ではない。少し嬉しいかもしれない。


「私もお邪魔しているよ、錬金術師殿」

「うん、大丈夫、知ってるよ」


王子が来ているのは表で精霊兵隊さん達から聞いたし。


「メイラ、今日は上で休んでおいで。続きはまた明日にしよっか」

「は、はい、わかり――――」

「待った。今日はここに居てくれ。俺達が怖いかもしれないが、メイラにも関係ある話だ」


何時も通りメイラを二階に上げようとすると、珍しくリュナドさんに止められてしまった。

その表情はとても真剣で、断れる様な感じじゃない。でも、大丈夫、かな。


「えっと、メイラ、ここに居て、大丈夫?」

「こ、ここに居るぐらいなら、大丈夫です。お二人共、何度も会ってる人、ですし」

「・・・そっか、解った。無理そうなら、ちゃんと言ってね」


仮面も有るし、面識も有る二人だから、ここでお茶を飲むぐらいは大丈夫、か。

ただリュナドさんが何をメイラに訊ねたいのかが気になるけど。

とはいえ私達は帰って来たばかりだし、取り敢えず一息つく為に家精霊にお茶を頼んだ。


「今日は、何をしに行っていたのか、聞いて良いか?」

「え・・・ただの薬草採取、だけど・・・」


何でそんな事聞くんだろう。兵隊さんからの報告は聞いてないのかな?


『『『キャー』』』

「おお、これは凄いな。綺麗で解り易い」


一緒に付いて来ていた精霊が、本を開いて今日書いた絵を王子に見せていた。

三体ともカラフルで上手だけど、少しだけ差が有る。

色に拘りの有る子。細かな筋迄書き込んでいる子。特徴を解り易く書いている子。

本当にこの子達は個体差有るなぁ。何で一つになった時に意思統一出来るんだろう。


『『『キャー♪』』』

「ふふっ、そうだね」


王子が褒めると胸を張ってふんぞり返る山精霊に、くすくすと笑って応えるメイラ。

もしかして褒めて貰いたかったんだろうか。上手だしもうちょっと褒めてあげれば良かったか。

そんな感じで絵を見ている間にお茶が用意され、一息吐いた所でリュナドさんが口を開いた。


「・・・なあ、メイラ。今回の事、全部承知の上で採取に向かった、って事で良いんだよな?」

「え、えっと、わ、私、ですか? そ、その、えっと、私がお願いしたから、セレスさんが連れて行ってくれた、事に、なると・・・思います」

「・・・大丈夫、なんだな?」

「え、は、はい。セレスさん、優しいですし、何時も私の事考えてくれますし、大丈夫、です」


もしかしてリュナドさんが今日やって来たのは、メイラを心配してなのかな。

彼女を連れて採取に向かったのが、本人の意思で行ったのか気になったって事か。

そうだよね。彼がメイラの無理する所に気が付かない訳が無い。私だって気が付いたんだもん。


もしかすると精霊兵隊さんも同じ様に思って、だからリュナドさんに声をかけたのかも。

皆良い人達だなぁ。もしかして山精霊達はそういう人を選んでいるのかな?


「・・・セレスは、良いのか・・・・大丈夫なのか?」

「うん・・・メイラの願いだし、頑張る。気を付ける、よ」


ああ、そっか、弟子の話をしていた時、リュナドさんも居たもんね。

私が出来るのかどうかも心配してくれていたんだ。本当に良い人だなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスの家に着くと家精霊に出迎えられ、帰って来るまで待つ事にした。

外出理由を家精霊に聞くと『メイラ様に薬草を教えに出かけました』と答えられている。

それが本題なのか、建前なのか、現状では解らない。家精霊の主はあくまでセレスだからだ。


帰って来たセレスはメイラを二階に上げようとしたが、今回は彼女も関りが有る。

流石に本人が全て納得の上でなのかは聞いておきたい。

そもそもセレスだってメイラの境遇を知って引き取ったんだ。

同情の気持ちが有るのに囮に使うだろうか。その疑問は少し有る。


取り敢えずセレス達が席に着くと、山精霊が嬉しそうに自分達が書いたと絵を見せて来た。

薬草の一種らしく、採取に行った事自体は本当らしい。

前に王子に弟子の話をされていたし、その気になって教え始めたという事だろうか。


「・・・なあ、メイラ。今回の事、全部承知の上で採取に向かった、って事で良いんだよな?」


それでも一応、ちゃんと確認しておきたかった。例えセレスに反感を買われるとしても。

だが返答は予想外にあっさりとした、全て解っているという返答だった。

その事に少し困惑しつつセレスにも確認を取ると、彼女は『頑張る』『気を付ける』と言った。


普段なら彼女はこういう問いには頷いて返す事が多く、余計な言葉は余り挟まない。

その彼女が気を付けるという事は、セレス自身も余り乗り気ではないのだろうか。


「もしかして、余り気乗りはしていない、のか?」

「・・・気乗りはしていない、というよりも、私が未熟な事の心配、かな。でもメイラの望みは、出来る限り叶えてあげたい、から」


そう言ってメイラの頭を撫でるセレスの顔は、とても優しげだ。

メイラを馬鹿共の餌としてぶら下げる為に使っている、という様子には全く見えない。


「・・・なあ、メイラ。その、手に持ってる本は、精霊と同じ様に採取物を描いたのか?」

「え、は、はい」

「良かったら、見せて貰って良いか?」

「え、えっと・・・その、わ、笑わないで、下さい、ね?」


おずおずと差し出された本を頷いて受け取り、適当に開く。

そこはまだ白紙で、めくっていくと最初の方以外はほぼ白紙だった。

ただ最初の数ページに何か草の様な物が描いてあり、効能や使い方なども書いていた。


どうやら薬草を教えているという事は本当の様だ。

建前だけの為に連れて行った訳ではない事が伺える。

もし建前だけなのであれば、こんなに書き込むほどの情報を伝えないだろう。


「ありがとう、返すよ。頑張っているんだな」

「は、はい、あ、ありがとう、ございます」


出来るだけ警戒されない様に笑顔で返し、そのままセレスに向き直る。

彼女が優しく『良かったね』とメイラに語り掛ける姿に、不穏さは見て取れない。

ただし彼女はそういう演技が上手い。本心はどこかに隠している可能性も有る。


「しつこいと思うが、もう一度聞いておきたい。メイラも納得の上、なんだよな?」

「え、うん、そうだよ。私も最初はどうしようかなと思ったんだけど、メイラがやりたいって、強く言うから、それならやらせてあげたいなって」


そうか、全て話した上で、メイラ自身の要望なのか。

だが本来それは、お前の立場なら否定しても良い事だろう。

いや、弟子にとる以上、あえて荒事にも慣れさせるつもりなのか。


・・・まだ男に怯える娘に、酷じゃないのか、それは。


「・・・メイラ、無理はして、ないんだな?」

「は、はい、その、ライナさんにも、セレスさんにも、無理しない様に、何度も、言われて、ます、から。き、気を付ける様に、頑張ってます」


・・・そうか、ライナも止めて、それでもやるのか。それならもう俺には何も言えないな。


「そうか、頑張れよ」

「は、はい」


メイラの意志は固い。何を言っても多分譲らないつもりなんだろう。

何せセレスを折らせたんだ。あのセレスが折れた以上、俺がどうにか出来るはずもない。

なら俺がやる事は決まっている。いつも通り、当たり前に、仕事をするだけだ。


「今日はその確認をしたかっただけなんだ。邪魔したな」

「え、もう帰るの? 王子も居るのに、珍しい」

「ああ、今日は何時もと逆で、殿下は俺に付いて来ただけだからな」

「ははっ、そういう事だね。じゃあ、お暇するとしようか、精霊使い殿」


王子は静かに成り行きを黙って見詰めていたが、俺に応えて席を立つ。

そのまま車に戻って王子は領主館に戻るが、俺は少し一人で歩く事にした。

とはいえ俺の周囲にはいつも通りキャーキャーと騒ぐ精霊達が躍っているが。


「なあ、お前ら、多分メイラの事気に入ってるよな?」

『『『『『キャー』』』』』

「だよな。家に行くと大体顔を見に行くし」


俺にいつもついて回っている精霊達は、セレスの家に行くと大体二階に向かって行く。

間違いなくメイラに会いに行っているし、毎回という事はそういう事だろう。


「なら、あの子が面倒な事に巻き込まれるのは、嫌だよな?」

『『『『『キャー』』』』』

「ああ、あの子も『街の住人』だ。俺が守る義務の有る存在だ。精霊達、連中の行動を逐一回してくれ。今までよりも密にだ。行動に移したらすぐに連絡が来る様に。出来るか?」

『『『『『キャー♪』』』』』

「あー・・・解った解った。今度ライナに注文するから。頼んだぞ」


本当は迷惑だと思うから、あんまりあいつの店に注文したくないんだけどなぁ。

まあ仕方ない。働いた報酬は有ってしかるべきだ。とはいえ、これで精霊の協力は得られた。


「あとは馬鹿共が動いたら・・・行動に出た瞬間に捕らえる・・・ぐらいだな。全く、面倒な」


だがそれが一番平和で安全な方法だ。セレスが戦闘するよりは遥かに平穏に終わるはずだ。

セレスだって今回は乗り気じゃねえみたいだし、横から割り込んでも嫌な顔はしないだろう。

そもそも協力してくれれば一番良いんだが、その気は無いんだろうな。俺に何も言わないし。


しっかし、クソ馬鹿共が。こっちだって何も気にせず見逃してる訳じゃねえんだぞ。

動いたら即座に叩き潰してやる。手前等のせいでこんな事になってんだからな。胃薬代よこせ!

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