第152話、弟子と山に向かう錬金術師。
取り敢えず携行しやすく扱いやすい様に、鉛筆と消しゴムを作った。
と言っても単純に木の枠に鉱物をはめ込んだ物と、ゴムの塊でしかないけど。
粘土と混ぜて焼き固めれば用途に合わせた硬度にも出来るけど、今はあれで良いだろう。
「はい、メイラ、これ上げる」
「これ、は?」
「メイラがこれからメモしやすい様に、専用のペンだよ。インクを付けなくても書けるから。ただペン先は削れていくから、無くなったら交換してね。これは替えのペン先」
「あ、ありがとうございます・・・!」
ペンをあげるとメイラはそれを胸に抱きかかえ、物凄く嬉しそうな様子を見せた。
間違える事も多いけれど、メイラ相手だと私の行動で喜ばれる事が多くて嬉しい。
考えた結果怒らせる、困らせる、何てのが常の私には貴重な相手だ。
『『『キャー・・・』』』
精霊がメイラに渡したペンをじっと見た後、自分の持っているペンを見て小さく鳴いている。
何か不満そうなその鳴き声の後、ペン先が形を変えていく瞬間を見た。
色が落ち、白く光る何かが形を変え、最終的にメイラに渡した筆と同じ形になる。
『『『キャー』』』
「あはは、うん、そうだね、おそろいだね」
どうやらメイラと同じペンが良かったらしい。しかし何でもありだね君達。
精霊の行為の動じてない辺り、メイラはこうやって何かを出す所を良く見てるのかな。
「それじゃ、取り敢えず普段よく使う薬草でも採りに行こうか。今日はそれだけにしよう」
「は、はい・・・!」
ぐっと気合を入れるメイラを見ていると、思わずくすっと笑みが漏れる。
ちょっと楽しい気分になりつつ装備を整え、何時もの仮面とローブで家を出た。
街道に着くと精霊兵隊さんが挨拶をくれたので、いつも通りこちらも返す。
「お出かけ・・・あれ、今日は徒歩ですか?」
「うん、その、この子に薬草を教える為に、少し出かけるだけだから」
「成程。では、参りましょうか」
「え?」
彼の言葉に思わず首を傾げてしまい、彼も同じ様に少し困惑気味に首を傾げている。
「あの、護衛、を・・・」
「えっと・・・街じゃなくて、そっちにまっすぐ行くから、大丈夫、ですよ?」
街道を歩いて街に向かうのではなく、横断して反対側の山へ向かうつもりだ。
だから別に人の目は気にならなくなるし、怖い事は特にない。
問題は何もないから大丈夫なんだけど・・・。
「そう、ですか・・・その、隊長に報告しても、宜しい、ですか?」
「え、う、うん。全然、構わない、です、けど」
「はっ、解りました。お気をつけて」
「えっと、ありがとうございます」
何だか良く解らないけれど、外出をリュナドさんに報告する必要が有るらしい。
前に勝手に領地に出て行かない、っていう約束をしたのが有るからかな?
別に本当に山に入るだけで、遠くまで行くつもりは無いんだけど。
取り合えず頷くと、二人居た兵隊さんの内新人さんの方が街に向かって走って行った。
靴使わないのかな。まだ使い慣れてないのかもしれないね。
彼の姿が小さくなるのを見届けてから、メイラの手を引いてそのまま街道を横断する。
「メイラ、進行方向の草木はある程度薙ぎ払うけど、足元が不安なら私のローブを掴んでいて」
「は、はい、わかりました」
山道もそのまま手を引いて、というのは逆に危ない。
それならメイラはローブを掴ませ、私は道の確保をする方が良い。
と思ったんだけど、意外な問題が出た。さしたる距離も進めずにメイラがばててしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・す、すみま、せん、セレス、さん・・・」
「あ、謝らなくて良いから、い、息を整えて。ちょっと休憩にしよう。ね?」
「だ、大丈夫、で、です。いけ、ます・・・!」
私でも少し解った事が有る。この子は大丈夫じゃなくても「大丈夫」という癖があると。
頑張り屋さんで無理をする子だから、きっとそう言ってしまうんだろう。
ここまで疲れていて大丈夫なんて、普通は言わない事は解るもん。私は絶対言わないし。
あ、例外が有った。ライナの為なら言う。そうか、無理して大丈夫って言われるの困るんだ。
解った事に申し訳なく思いつつも喜び、さてどうしたものかなと周囲を見る。
「・・・予定とは違うけど、あれも薬になる物だよ」
本当は軟膏の材料に一番良く使う薬草を教えようかと思っていた。
ただ近くにそれの代用品になる薬草が有ったので、指を差してメイラに教える。
今日が最初の一回で、そのうち沢山覚える事になるんだ。
この薬草だって何時かは教えるつもりだったんだし、今日はこれで良いだろう。
「え、ど、どれです、か?」
「そこに生えてるギザギザした葉っぱの。これは葉も根も花も薬になる。ただどれを使うかで製法が変わるけど、葉っぱだけはそのままでも怪我した所にあてると少しだけ治り易くなるかな」
色々な草木が生い茂る中をかき分け、目的の薬草を丁寧に根ごと引き抜く。
「花は寒い時期に咲いて、花が一番効能が高い。ただ咲いてない時期は普段使ってる薬草の方が良いから、普段から使うものとは考えないかな。あくまで代用品」
「代用品、ですか。じゃあ、普段のを先に、覚えた方が、いいんじゃ・・・」
「本命はもっと奥に、高い位置に有るから、ここで息切れしていたら登れないよ」
そこまで標高の高い所に有る物ではないけど、そこそこ高い位置に生息している事が多い。
まだ山の中腹にすら来ていない所で息が切れているのに、そこまで行かせるのは無理だ。
・・・こういう所も、お母さんとかライナなら、行く前に気が付くんだろうなぁ。
「ご、ごめん、なさい・・・体力も、なくて」
「あ、い、いや、謝らくて良いんだよ。これも何時か覚えて貰うつもりだったから。ほ、ほら、代用品って言っても、さっき言った通り花が咲いた時期の場合、こっちの方が良いんだから。た、体力は、まだメイラ小っちゃいし、ね。こ、これから頑張ろう?」
「・・・はい、頑張ります。大丈夫です。何時までも何度も凹んでちゃ、駄目ですよね。私これから運動も頑張りますから。絶対、ちゃんと出来る様になりますから・・・!」
「え、あ、う、うん・・・」
顔を伏せたメイラを見てまた泣かせると一瞬焦ったが、顔を上げた時の目は強い物だった。
少しアスバちゃんの目に似た、強く思う何かが有る様な目に、私が少し気圧される。
『『『キャー』』』
「え、どうしたの精霊さん・・・え、凄い」
「・・・絵、上手いね、君達」
そこに精霊が泣き声を上げたので二人で目を向けると、それぞれ本を開いて掲げていた。
中には先程の薬草が色付きでスケッチされていて、とても解り易い物になっている。
・・・何で鉛筆で書いたのに色つきなのか、という点は考えても仕方ない。
『『『キャー♪』』』
「え、あ、ありがとう・・・」
山精霊達は何かをメイラに告げると嬉しそうに周囲で踊りだし、メイラは礼を返している。
一体何を言ったのか気になるけれど、意味が解らないという事は私には関係ないかな。
「え、えっと、続きの説明しても、良い、かな?」
「あ、は、はい。お願いします」
「先ずこれを採取する時は、土の上に葉が出ている物は全て根から抜いても構わない。この薬草は葉が土から外に出た時点で、既に次世代が土の中に居るんだ。だから土を掘って葉が出る前の物を取りつくさない限り、根ごと採ってもそうそう簡単には無くならない」
メイラは私に言われた事をノートに書きこんでいる様だ。なら一旦説明を止めた方が良いかな。
手が止まるまで待ってから、また説明を再開し、また少しして止める。
それを繰り返した後に現物のスケッチもさせてみて、メイラは余り絵が上手くない事も解った。
「あ、あうう、精霊さん、上手なのに・・・い、いや、が、頑張らなきゃ・・・!」
明日はいっそ採取をせず、この薬草のスケッチをさせて見ても良いかもしれない。
いや、単純に色々絵を描かせてみたら良いのかな。
設計図なり全体像なりを描く際にも使える能力だし、無駄にはならないだろう。
「じゃあ、近くにこれと同じ物が有るから、自分で採ってみようか」
「は、はい」
「因みに、これとそっくりな野菜も有るから」
「は、はい・・・え、野菜、ですか」
「うん、野菜。軟膏には使えない。昔は間違えて使われる事も有ったんだって。薬になる様な効能は殆どないんだけどね。あえて挙げるなら、食べたら体が少し冷えやすくなる、ぐらい?」
「き、きをつけ、ます・・・!」
気合十分に薬草採取をし始めたメイラと、何故か一緒になって探す精霊達。
私はその後について行き、周囲の危機確認だけをする事にした。
「・・・やっぱり、気のせいじゃない、か」
あの視線。あの嫌な視線を、ここまで来ても感じる。
メイラに伝えたら怖がると思うから、この事は伝えていない。
「・・・ここなら、誰にも迷惑はかからない、かな」
山の奥に入って来たから、周囲に人の気配は無い。有るのは私達と敵の気配だけだ。
街道に出た後からずっとついて回っている敵の視線。メイラを見る、視線。
仕掛けて来ないなら何もしないけど、来るなら容赦はしない。
今日は完全武装だ。魔法石もいつもより多めに持って来ている。
たとえ相手が黒塊クラスだろうと、今日は道具切れは起こさない。
いざとなれば即座に家に戻って家精霊の力も借りるし、ここなら山精霊も集まれる。
本気で戦闘しても、たぶん誰にも迷惑はかからないはずだ。
と思って身構えていたけれど、結局視線の相手は何もして来なかった。
なので薬草を採取して喜ぶメイラを褒めて、てくてくと帰宅する。
因みにメイラはしっかりと野菜を採り、精霊が間違えなかった事で凹んでいた。
うん、その、何て言うか、本当に気長に頑張ろうね、メイラ。私も頑張るから。
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何時もの様に街の見回りをしていると、王子と街中でかち合った。
セレスの家や領主館に居る時の様な服ではなく、普通の街人の様な格好の王子に。
というか、今の格好だとくたびれたおっさんに見える。服装の力って凄いな。
「・・・本当に王子様なんですよね?」
「あはは、良く言われる。まあ見ての通り中年だからね」
王子は思わず出た俺の失礼な言葉を笑って返した。
勿論俺もそういう返され方をすると解っていたからしたのだが。
そもそも街中で出会った場合、かしこまった態度は止めて欲しいという要望だ。
「本当は、そういう気軽な外出とか止めて欲しいんですけどね」
「すまない。だが迷惑はかけんさ」
「・・・解ってて言ってますよね」
「勿論」
街に出る事自体が迷惑だ、なんて口が裂けても言えないが、王子は解って言っている。
それでも彼は自分の目的の為に、自国の馬鹿共をどうにかする為に外に出る気だろう。
「はぁ・・・正直に言いたい事を言っても良いですか?」
「どうぞ、遠慮なく。私は言っただろう。君とはいい関係を築きたいと」
良い関係ねぇ。王族と良い関係とか、何かごたごたに巻き込まれる予感しかしねぇ。
「うちの国の王様に事情話して、もっと兵を寄こして自由に動く、って案は無しですか?」
「無しだな。君達に借りを作るのは怖くないが、この国の王族に借りを作りたくはない」
「・・・そこにどういう違いが有るのか良く解りませんね」
俺達に借りを作るという事は、結局この国に借りを作るのと変わらないんじゃないのか。
「全然違う。君達に借りを作るという事は、たとえ借りでも君達との繋がりを持てるという事だ。それは私にとっては利益に繋がる。だがこの国の王族に借りを作るという事は、ただ損しか見えて来ない。であれば私は王子として、自国に損害を与える行為をこれ以上は出来ない」
・・・どうもこの王子様は、うちの国の王族を嫌っているというか、下に見ている気がする。
いやまあ、正直俺としては別にそこまで国王に愛着は無いが、悪い王ではないと思うんだ。
領主同士での領地争いとかも基本無い平和な国で、悪い統治はしていないと思う。
「殿下は――――」
「隊長!」
その辺りの事を少し聞いてみようとした時、部下が俺を呼ぶ声が耳に入る。
急いで走って俺の下に向かってきて、傍に来ると息を荒くしつつも敬礼をした。
「どうした。非常事態か?」
「れ、錬金術師殿が、我らを伴わずに山に向かうと言われ、隊長に報告に参りました」
その報告を聞いて、俺はすぐに握り拳を作り、部下の頭に叩き込んだ。
「あだっ!?」
「・・・あのなぁ、そんな事を焦って走って伝えに来るな! 何事かと思うだろうが!」
「す、すみません、で、ですが―――――」
口答えをする部下の頭を抱え、グイっと引き寄せる。
「解ってる。急いで伝えた事は正しい。だけどやり方を考えろ。今ので誤魔化したが、セレス関連は街の人間にも敏感な話題だ。前からの住人には特にな。さっきのは詳しく聞こえちゃいないと思うが、不要な不安を与える事になる。俺達が焦るってのは、そういう事だ。良いな?」
「――――は、はい、申し訳ありませんでした。」
さっき声を荒げて部下を殴ったのはわざとだ。何事も無いですというアピールだ。
俺達は何時も余裕綽々でいなければいけない。でなきゃ無駄に不安を与える。
勿論今回の件は不安要素の有る事だが、だからと言って自分達の本分を忘れちゃ元も子もない。
「取り敢えず、お前は戻れ。後は任せろ」
「はっ!」
部下を送り出してからため息を吐き、王子に向き直る。
すると彼は何だか楽しそうに俺を見ていた。
「やはり君は、素晴らしいな。何処までも街の為、か」
「盗み聞きは感心しませんよ、殿下」
「それはすまない。聞こえてしまったんだ」
嘘を吐くな。小声で話したから、聞こうとしてないと聞こえてないはずだ。
まあ良いか。どうせ彼には隠したところで意味のない話題だ。
「セレスの奴、とうとう行動に出たのかもしれません」
「なのだろうな。君達を連れていないという事は、そういう事だろう」
「勘弁して欲しいんですけどね。あいつがやると周囲が吹き飛ぶ」
「だからこそ、人の居ない山なのでは?」
「だったら良いんですけどね」
目的は解っていても、取り敢えず事情を聞きに行くのが優先か。気が重いなぁ。
精霊達に頼んで合流って手も有るけど、それすると余計に怒りそうな気もする。
仕方ない。セレスの家で待たせて貰おう。メイラの件は有るが、今回ばかりは仕方ない。
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