第151話、教える方向が決まって喜ぶ錬金術師

昨日のライナの言葉のおかげで、先ず私の教え方が一番問題だったという事が解った。

解ったんだけど、解った所でどうすれば良いのか悩んでいる。

ゆっくり教えなきゃいけないのは解ってるんだけど、どうすればそういう教え方になるのか。


「私、そういう教えられ方してなかったからなぁ・・・」


お母さんは私が一つ覚える度に片っ端から教えて来た。

何か作業をしながらの説明は何時もの事だったし、私も当たり前にやれていた。

ただあれはきっと『錬金術の才能が有る人間』への教え方なんだろう。


お母さんも私には才能が有るって言ってたし、多分私専用の教え方だと思った方が良い。

なので今日は作業の類はせず、メイラと相談して今後の方針を決めるだけにするつもりだ。

というよりも、すぐ決まる気がしないので、作業時間が無いんじゃないかなってだけだけど。


「さて、どうしよう・・・」


家精霊が入れてくれたお茶を飲みながら、先ずどうしたものかと首を傾げながら考える。

同じ様に目の前でメイラが首を傾げ、山精霊も『キャー』と鳴きながら一緒に首を傾げている。

メイラは兎も角、精霊達は絶対何も考えてないと思うけど。


「・・・そういえば、メイラは錬金術でやりたい事、何か、有りそうだった?」

「やりたい、事、ですか?」


ふと思って訊ねた事だけど、一応少しだけ理由がある。

私は錬金術の技術は出来るから覚えた物だけど、何だかんだ何かを作る事自体は楽しい。

だからこそ家の庭にも色々作ったし、依頼も作る仕事なので何の苦もない。


何より火薬だ。あれの存在は私の精神安定剤だ。爆発させた後の匂いはとても心地良い。

強大な破裂音は自身が放った物なので気にならず、その後の静寂は快感と言っても良い。

あ、そうだ、今度花火でも作ろう。


「お、お薬を、優先で、覚えたいなって、その、思って、ます」

「薬、か」

「は、はい。そうすれば、セレスさんのお仕事、手伝えます、よ、ね?」


私の手伝いをする為に、か。それはそれでやりたい事、って事で良いのかな。

そういえばライナに諭されていた時も、それが目的でやりたいって言ってたんだっけ。

私としては手伝いが欲しくなる程忙しい事って滅多にないんだけど・・・。


「そっか、じゃあ、薬の材料を覚える所、から、かな?」


それでもメイラがしたいというなら、それで良いんだろう。きっと。

だってこの間アスバちゃんもそう言ってたじゃないか。

師の為にというのは、自分の為だって。私達を師弟と見て良いのかは悩む所だけど。

取り敢えずは何から覚えるかの方向性が決まった事を喜ぼう。


「とはいえ、昨日の説明は、覚えてないん、だよね?」

「は、はい・・・ご、ごめん、なさい」

「あ、い、いや、謝らなくて良いんだよ。ほ、ほら、昨日ライナも言ってたでしょ?」


しょぼんとはしているけれど、泣きださなかった事にほっと息を吐く。

んー、じゃあ先ず良く使う材料を教えるとして、どうやって覚えさせればいいのかな。

目を伏せて少し悩んでいると、肩をトントンと叩かれたのを感じて顔を上げる。

すると目の前に板を持った家精霊が居て、板には『メモを取られては?』と書いていた。


「メモ、か。そうだね、覚えられないなら、そうすればいっか」


私も人と何話したか全然覚えてない事を、後でライナに貰ったメモとかで確認してたし。

依頼だって酒場に直接行ってた頃は、話しは半分ぐらい覚えてなかった。

後でマスターからライナ経由で手紙来たりしてて、覚えてない事には有効なのは体験済みだ。

・・・私本当に色んな人に助けて貰ってるね。こんなのが師匠で大丈夫なのかな。


「じゃあメモの為のノートとペンを・・・ペンはインクだと持ち運びが面倒かな」


よし、メイラ用にペンを作ろう。ペン先に使える鉱物も有るし、消す道具の材料も有る。

これなら間違えても何度でも書き直せるし、絵なんかも書き易い。


ノートはどうしようかな。今まで必要性を感じた事なかったから家には無いんだけど。

一応軽いメモ書き程度に多少の紙は有るけど、メイラの様子からそれじゃ足りないだろう。

紙も作ろうか。街で売られている紙より良い物作れるし。


『キャー』

「え、これ、私に?」


そう思っていると、山精霊がどこから持って来たのか一冊の本をメイラに手渡した。

彼女が受け取って中を開くと、最初から最後まで白紙の様だ。

もしかしてノートのつもりだろうか。だとしても何処から持って来たんだろう。


『キャー』

「え、そ、そう、なんだ、ありがとう、家精霊も」


メイラが家精霊に礼を言ったという事は、この本を用意したのは家精霊なのかな。

山精霊がそんな気の利く事が出来るとは思えないし。

成程、既にノートが有って、だからメモをとってみてはと提案したのか。

でも何時の間に用意したんだろう。少なくとも私は買った覚えが無いんだけど。


「え、あ、ライナさん、なんだ、これ用意してくれたの・・・また、お礼言わないと・・・」


私の親友の手はずだった。ライナは本当に凄い。どこまでお見通しだったんだろう。

こういう話になると思って、山精霊に持たせて送らせたのかな。

それで送って来た物を見て家精霊が提案をしたという流れだったのか。

ならノートはあれで良いか。ライナの気遣いを無下にはしたくないもん。


『キャー』

「え、私にも? なに、このメモ」


親友の凄さを感じていると、山精霊は私にもメモを渡してきた。

中を確認すると『薬草一つを見極められる様になったら次の薬草を、って感じで教える事。くれぐれも複数一気に教えない。複数教えるにしてももっと慣れてからよ』と書かれている。


・・・完全に普段作る薬の材料を作業場にずらっと並べる気だった。危ない。

またやらかして、メイラを泣かせる所だったよ。ありがとう、ライナ。


「・・・ところで、何で山精霊達も本を持ってるの?」


見るとメイラに付けている山精霊三体が、何故か小さな本の様な物を持っている。

それどころかペンも持っていて、白紙の本に何かを書いていた。


ただペンにはインクが付いておらず、なのになぜか紙には何かが書かれている。

その上色も様々で、真っ白だった中身がとてもカラフルに染まっていく。

因みに何を書いているのかはさっぱり解らない。取り敢えず何かグネグネしたものだ


『『『キャー』』』

「そ、そうなん、だ・・・そっか・・・」


山精霊曰く『作った』という事らしい。もしかして前に演劇やってた時と同じ力かな。

衣装とか剣とか自分で作りだしていたし、本ぐらい作るのは容易いだろう。


『『『キャー♪』』』

「う、うん、えっと、すごい、ね?」


山精霊達は本に書いた何かを誇らしそうにメイラに見せ、だけど彼女は困惑していた。

やっぱりあれ、何かいてるのか解らないよね。文字どころか絵ですらないもん。

取り敢えず私はメイラ用のペンでも作ろう。ペンなら紙と違って時間かからないし。

材料を削りだして嵌めるだけだからね。楽勝楽勝。


パパッと作ったら、近所の山にでも出かけて薬草を採ろう。

一つ取ったら、それをメイラに採取させて・・・あれ、何か、身に覚えが、有る様な。

そういえばかなり最初の頃、お母さんも私に似た様な事をしていた気がする。

後々はしなくなったけど、一つだけ薬草を採取して、私にそれを採集させていた。


・・・そうか、あれは解らない人に教える最初の行動だったんだ。

お母さん、凄いなぁ。忘れた頃にお母さんの教えに助けられてしまった。

その事にちょっと誇らしくなりながら、メイラ専用のペンを渡して山に向かう事にした。


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「何時になったら俺達は自由になれるんだろうな」

「言うなよ。馬鹿な上司と馬鹿な同僚が馬鹿やらかしてくれた事を思い出すだろ」


仲間の言葉に思わず溜息を吐きながら応えてしまう。

俺達は正直この街から逃げる算段を立てていた。

当然だろう。なにせあのまま従っていても先が見える気がしない。


なので時期を見計らって、色々と証拠になりそうな物を作って王子に接触するつもりだった。

王子に接触なんて本来は難関だが、あの王子様に限ってはその限りじゃない。

街にお忍びで侍従と二人で散策しているし、むしろ自分から街の人間に話しかけている。


それにあの王子は礼をとる相手を簡単に無下にはしない。

どれだけ相手が悪党であろうと、一応話を聞いてみるという善人っぷりだ。

とはいえ無警戒なわけでは無いし、下手な事をすれば侍従にやられるが。


「昨日、またあの店に入って行く所を見たってよ」

「だろうな」


錬金術師と繋がりの有る食堂の店主。あの女を襲った事は王子の耳に確実に入っている。

そしてこの様子だと、その原因が俺達だって事も解っている。

正確には俺達はあのバカな行動には反対したが、向こうにそんな事は関係ない。


むしろ自分の前でボロを出してくれれば自ら動き易い、とすら思っているだろう。

そもそも王子にしてみれば俺達は自国の恥部の様な物で、容赦なく叩き潰したいのが本音だ。

馬鹿をやらかす前なら防ぐ為に話を聞いてくれただろうが、もうそれは無理だろう。


王子と精霊使いに、俺達は『理屈の通じない馬鹿だ』と認識されているはずだ。

なにせあのふざけた包囲に無警戒に突っ込むような馬鹿を雇う馬鹿だ。

この街で面倒を起こすという事が、どれだけ危険なのかも解らない馬鹿共だ。


「ほんと・・・馬鹿じゃねえの・・・あんなのと同列で扱われたくねぇ・・・!」

「気持ちは解る。解るが嘆いても仕方ないだろう。死にたくなかったら何か手を考えねえと」


現状精霊使いは本腰を入れて俺達を排除しに来る気配は無い。

おそらく自棄になられるのを警戒しているのではないか、とは思っている。

なりふり構わずに街の人間を害して逃げる、何てのは誰でも簡単に思いつく事だからな。


そして王子に関しては、あくまで直接現場に関わらない限り首を突っ込む事は出来ない。

出来ないからあんなにも毎日街を歩き回り、錬金術師やその友人に会いに行っている。

いざという時、俺達の下まで辿り着いて殺すために。

だからって逃げ出そうとすれば、むしろそれを待っていたとばかりに襲ってくるだろう。


今は出来る限り大人しくしているのが、一番正解なんだ。

そうすれば王子は自分からは動けないし、精霊使いも何もしてこない。

王子さえ国に帰ってしまえば、何とか逃げ出す事も出来る、はずだ。


「錬金術師があの小さいのと二人っきりで山に入って行ったぞ! 精霊の居る方じゃねえ! 開発してる山の更に奥の方に向かって行った! 護衛の兵隊も精霊使いも無しだ!」


そう、思っているのに、見張りから頭の痛くなる報告が入って来た。

そのせいで上司様は何か名案でも思い付いたような顔をしている。絶対愚策だ。

・・・止めてくれ。頼むから馬鹿に餌を与えないでくれ。碌にな事にならねえから。

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